2010年01月24日

ダヴァオ紀行:その54 サマール島 ハギミット滝(写真をクリック拡大)

タキツボ2.jpgコウモリ洞窟からメインストリートに戻って30分。ハギミット滝の標示で右折。サリサリストアーの前で車を止めた。ここも一人20ペソの見物料を払って階段を降りて行く。しばらく歩くと渓流の水音が聞こえて来た。下を覗くと林の隙間から泡立つ滝壺が見えた!まだ、かなり距離がある。例によって、この暑さ。体裁なんかそっちのけで首に巻きつけたタオルで額をぬぐうが、もう汗が止まらない。一緒に行ったお嬢さん達は、滝を見て興奮したのか歩調が速くなった。やっと階段が終わり渓流に辿り着くと、まずはタオルを流れに浸し、汗を拭いて一息。今度は川岸に沿って滝壺へ向かう。
タキ3.jpg樹木に覆われた清流の流れは速いし、両岸に張り出した樹木は、いかにも涼しげに見えるが、風が吹いてくるわけでもなく、いっこうに汗が引かない(笑)。この滝を始めて見るダヴァオ娘達は、こんな気候にはなれっこだし、なにより美しい景色に興奮して、水を掬ったり、浅瀬に入ったりして、ハシャイでいた。そこから少し行くと、小さなあずま屋が2軒。そこから流れは急流となり、下が滝壺になっていた。日本で見る滝と違って落差はせいぜい10メートル。水量も特に多くはないが、子供達の水遊びはいかにも”涼しげ”だった。
ここで一服。わずか1キロ程度とは言え、帰りの登り坂を思うと、それだけでウンザリしてしまうが、気合を入れて出発。兎にも角にも、重い足を引きずりながら、車に到着。島に何軒も無いレストランを捜し当て、遅い昼食を摂ってから、予約の入れてあるリゾートホテルに向かった。
リゾート・ホカ.jpgホテルはヤシに囲まれた白砂の海辺にあり、入り口が別々の2部屋で1軒。広々とした敷地に20部屋位だろうかーーでも宿泊客は私達5人だけ。ルームチャージが面白い!温水シャワーの出る部屋が2,200ペソで冷水シャワーの部屋が1,800ペソだって?!早めに着いたので、夕食を注文してから海辺を散歩。部屋でゆっくりしてからレストランに行ったが、待てど暮らせど料理が運ばれて来ない!1時間以上も待たされた上に、ステーキを注文したのに焼き肉が出て来た!?”これ、ステーキじゃないよ”と言うと、焼き肉を持って帰ったが、なかなか戻って来ない。やっと戻って来たと思ったら”コックがステーキはこれだ!”と言ったから、と又同じ焼き肉を持って来た。私も唖然としたが、”このリゾート”ではこれをステーキと呼んでいる(?)と諦めて出された肉を平らげた(失笑)。
ア・シンジュ1.jpg次の日の朝食も、トーストを頼んで置いたのに、出て来たのはライス。もう全員、顔を見合わせただけで、出て来た物を食べ、昼食はダヴァオに帰ってから”美味しい店”を探しましょうと言うことになった。ホテルのレストランを出ると、海に突き出した堤防の先端に小船があり、人影が見えるから行ってみた。早速、陽に焼けた青年が黒真珠のネックレスとイアリングを取り出し、安いよ!ペアーで1,500ペソだと売り込んで来る。勿論、買う気など無い!ここのホテルには、私達5人しか客は居ないのに、何時まで、客待ちをする心算だろう?それにしても、サービスが悪いせいなのか、客が少ないからサービスが悪いのか、こんなに素晴らしい場所なのに、観光客が極端に少ない。理由はどうあれ、素晴らしい自然が残るこの島を訪れる人が少ないのは、”宝の持ち腐れ”の様でモッタイナイ気がして仕方なかった。

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ニシキヘビ.jpg />これ!本当の話だよ:ルソン島の南のはじに、レガスピと言う場所がある。かなり田舎らしいが、そこから出稼ぎに来ていた女の子と仲良くなった。休みの日に、買い物がしたいから一緒に来てくれと言う。行った先は、大工道具屋さん。ノコギリ・クギ・大型のクギヌキ・クギ他をしこたま買った。自分の”稼いだ”お金を元手に、おかぁさんが田舎でブタを飼う、そうだ。その子の話だと”儲かるだよ。”となる。半年も経った頃、ブタはどうしたの?と聞くと、暗い顔をして”子ブタは全部パイソン(ニシキヘビ)に食べられた。”んだってさ。”そんな馬鹿な!いくら大きなヘビだって、何十匹も居る子ブタを全部、食べるわけないだろう。””だって、ブタの世話を任せた人が言うんだから、しょうがないんじゃない!”ときた。”あっそう!”と答えるしかしょうがない、わなぁ(笑)。
テラピア・イケ.jpgこっちはテラピアだ!田んぼの一角、20坪位を池にしてテラピアと言う淡水魚を飼うと一寸した小遣銭になるそうだ。私の友人も、テラピアを飼うことにした。上手くいけば、田の管理を任せてある一家に”おこぼれ”を上げよう、程度の軽い気持ちだった。5・6ケ月が過ぎた頃、網を入れて池をさらったが、魚が居ない!任せていた一家の主に問いただすと、”時々ヘロン(サギ)が来ていたからーー”と言った。そういえば、田植え前、”土起こし”をすると、サギが群れになって集まり、エサを食べていたっけ。
この人以外からも同じ様な話を聞いた!どうやら”頭の黒いサギ”がテラピアを食い尽くすらしい(爆笑)。そんなわけで、田んぼの一角にある池は、勝手に住み着いた雑魚の棲家になっていた。

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2010年01月17日

ダヴァオ紀行:その53 サマール島・コウモリ洞窟(写真をクリック拡大)

シュッパツ.jpgコ・バージ.jpgダヴァオから船で15分、そこにサマール島があり、海岸線はリゾートで、宿泊施設を備えた白いプライベートビーチがひしめき合っている。今回は、”島の内部を探検(?)してみよう”と、この島出身のお嬢さんに案内を頼んだ。まずは、いつもお世話になっている”日本レストラン・Akiko”の前に集合。オーナーの持つ四輪駆動でササ桟橋へ向かった。バージと呼ばれるカーフェリーに乗って(車一台270ペソ)サマール島に到着。舗装された道を10分も走ったところで、右に折れると、人家も見当たらないデコボコ道をゆっくり走る。幸い好天続きで、水溜りは無かったが、それでも、この道を普通車で走るのは、余程の腕がないと無理だ!”コウモリ洞窟”へ行きたいのだが、看板も標識もないし、道を聞こうにも人が居ない。やっとサリサリストアー(よろず屋)を見付けて、洞窟の場所を聞き出し、枝分かれした悪路を更に下って行くと、右手にレストラン風の建物があり。車が3台程、駐車出来る空地に出た。
リョウキンジョ.jpgここで車を降り、小屋の外に”ぶら下がって”いる紐を引くと、チリンチリンと上の家から音が聞こえ、青年がゆっくり階段を降りて来た。一人、20ペソを払い、階段を上がり始める。すぐに”チーチー”と小鳥の声が絶え間なく聞こえて来た。案内のお嬢さんが”ほら、コウモリが啼いてる!””えっ!コウモリって、昼間からこんな声で啼くんだっけ、小鳥じゃないの?”お嬢さんは”コウモリだ”とキッパリ答えた。それにしても、この生臭い匂い。何処から来るんだろう!全員、示し合わせたように鼻をつまんで顔を見合わせる。”これコウモリの糞よ。”ウヒャー、まだ洞窟にも入ってないのに、この匂い!この後、どうなるのかと心配になった時、”ほらっ”とお嬢さんが指差した先に、
ドウクツイリグチ.jpg高さ1メーロル、幅10メートル位の穴があり、内側は濃い茶色で縁取りされていた。よくよく見れば、茶色はコウモリの色でアリのように密集している。木陰になってるとは言え、居場所から追い出されたのか、エサの虫を食べるためなのか、明るい中を飛び回っているのもいた。確かに”チーチー”と言う、小鳥らしき声は、ここから聞こえて来る。見学者が洞窟に転落しないように丈夫な木柵で囲ってあった。が、他に観光客は居ないし、監視員も見当らないから柵を乗り越え、禁断の(?)穴を覗き込むと、ムツとする匂いが鼻をつく。壁にはコウモリがビッシリと張り付き、底は深くて見えない。それにしても、このコウモリ、何万匹いるんだろう。飛んでいる姿を見ると、かなり大きい。翼長は、ゆうに30センチ以上ありそうだ。
洞窟の中を進み、懐中電灯で天井からぶら下っているコウモリを見るんだとばかり思い込んでいた私は、上から覗く意外さにアッケに取られていた。かの、お嬢さん、そんなことにお構いなく更に階段を登って行く。すぐに階段は終り、”日当りの良い庭”の様な場所に出た。木陰で一休みして、”帰るのかと、思いきや”
アナ・ヌケ.jpgコウモリ3.jpg木立の下にある柵に寄り掛かって、下を覗き始めた。遅ればせながら、私も大きな井戸の様な穴の中を見ると、”居るは、いるは!”壁はコウモリで埋め尽くされていた。同じ様な、ほら穴と言えば良いのか、洞窟と呼べば良いのか?色々な角度で地下に延びる穴が4ッツもあった。いずれの穴にも、入り口ギリギリまで、コウモリが密集していて、合計すれば、どの位のコウモリが居るのだろう?夕方になれば、ここに居る何十万匹、いや百万匹を超えるコウモリが一斉に飛び立つ、壮大な儀式が見られたのだろうが、何も無いところで何時間も待つわけにも行かず、次の目的地・ハギミット滝に向かった。が、車に乗ってからも、頭の中ではコウモリに対するイメージの混乱が続いていた。
コウモリは可愛い小鳥の様な声で啼きますよ(え~)!明るい中でも飛びますとも(うそ~)!コウモリの棲家は、洞窟ばかりじゃありませんよ。井戸の中にだって住めますぞ(またぁ~)!

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サンパギータ.jpgサマール島に残る大戦のツメ後:案内を頼んだお嬢さんの”おばぁちゃん”が近くに住んでいると言うので、”是非、会って見たいと”頼んだ!最初は恥ずかしがっていたが、重ねてお願いすると、首を縦に振った。人家もまばらな道をはずれ、ヤシとバナナが生えた草原を少し走ると、粗末な平屋が数軒点在し、小さな子供とニワトリが木陰でノンビリ、時を過ごしていた。どうやら、どの家もお嬢さんの親類らしく、大人は玄関から顔を出し、子供は近寄って来る。奥まった小さな家の玄関に”おばぁちゃん”は腰掛け、お嬢ちゃんは隣に座った。
ロウジョ.jpg指は”ふしくれ”だって、リュウマチに侵された膝を曲げるのも痛そうだ。年齢は80歳後半だろう。若い頃”美人だった”面影を漂わせていた。お嬢さんが抱き寄せる様にして、語り掛けると”日本がフィリツピンを占領した(1942年)”当時のつらい”思い出話”を始めた。
新婚早々だった”おばぁちゃん”はセブ島に住み、村一番の美人!日本軍に占領されたら大変なことになると、夫と数人の親類を誘って”セブ島脱出”を企てた。道路を行くのは危険だから、ジャングルに分け入り、川を渡り、自給自足の生活を送りながら漁師の船で島から島へ。この逃避行は命懸けだったろう。どうにか、50日かけて、ここサマール島にたどり着き、居を構えたと話してくれた。ミンダナオ本島ではなかったので、大戦中は比較的、おだやかな生活だったそうだ。その後、子宝にも恵まれ、今は親族に囲まれて、貧しいながらも”満ち足りた老後”を送っている。
人生を激変させた日本軍や日本人に好感を持てる筈はないが、話を聞き終えて、ただ謝罪するしかない私に、おばぁちゃんは天使の様な”微笑み”で答えてくれた。

日本料理 Akiko 082-222-6825(ショッピングモール・ビクトリア 近く)

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2010年01月10日

トリプルファイター:孤独のケリー(写真をクリック⇒拡大)

ブラック・イナズマ.jpg今回の怪人・ブラックサンダーは、落雷を呼び、そのエネルギーを集めて早瀬兄弟を狙う強敵だった。不思議な落雷を追って現場にやって来た勇二は、ブラックサンダーの光線攻撃(サンダーフラッシュ)を受け、かろうじて身をかわすが、怪人は空中に姿を消した。これを、愛車・ランクルに乗り、遠くから見つめていた迷彩服の男・ケリーも、いずこにか走り去った。SAT本部では、デビルの最新情報を集め、勇二を狙った怪人がサンダーフラッシュを武器に地球破壊を目論んでいるのを知る。その時、早瀬兄弟を呼び出す、怪人の声が受信機から流れて来た。この電波を傍受しているケリー。この男はいったい何者なんだ!
クゲキ・satバギー.jpgケリー・コウセン.jpgSATバギーで呼び出された地点に向かう哲夫とユリ。ケリーもランクルを運転して、一足先に到着。群がるデビラとの戦いが始まっていた。SATバギーから飛び降りる哲夫とユリ。すかさずブラックサンダーがサンダーフラッシュを発射した。足を怪我をするユリ。これを見たケリーが光線消滅機を発射。サンダーフラッシュは、あえなく空中で爆発した。逃げ出すデビラ。もうそこには、ブラックサンダーの姿もない。敵が居ないのを確かめると、ケリーは愛車に跳び乗り、お礼を言おうと駆け寄るユリに目もくれず、草原に消えた。
ブラックサンダーはサンダーフラッシュを無力化する光線消滅機を狙い、デビラにケリーの隠れ家を襲わせた。倒しても、倒しても襲って来るデビラ。流石のケリーも追い詰められて行く。その時、デビラの動きを追っていた哲夫とユリがSATバギーで駆けつけ、ケリーを助けたが、”怪人との決着は一人で付けると、”ユリの心配を振り切った。
ロケット・ユリ・ケリー.jpg秘かに”想い”を寄せるユリが哲夫の許しを得て、ケリーを警護する為、隠れ家を訪ね、ケリーはデビル星に滅ぼされた星の住人で、妹の敵、デーモン怪人を滅ぼす誓いを立てて、いたことを知る。
ブラックサンダーはケリーを誘き寄せ、光線消滅機を破壊するため、雷を呼んだ。謎の落雷を追って、この地点に向かうケリー。追うSATバギーのユリ。だがケリーはユリの追跡を巧みにすり抜け、たった一人で敵地に乗り込んで行く。待ち構えるデビラ。デビラの執拗な攻撃で、ついに光線消滅機は破壊され、ユリが駆け付けた時、ケリーも傷付いて、気を失っていた。
ユリ・バギー・ヘンシン.jpgユリを助けにバイクで出動した哲夫・勇二も待ち受けていたデビラとファイターに変身して戦うが、サンダーフラッシュの攻撃に追い詰められて行く。光線消滅機を破壊された今、ブラックサンダーを倒せるのはトリプルファイターしか居ないのだ!オレンジファイターに呼び掛けるグリーンファイター。兄達の窮地を知ったユリは傷ついたケリーを置いて、SATバギーに飛び乗り、戦いの場に駆けつけるや変身。トリプルファイターの出現で、さすがのブラックサンダーも爆発されて、戦いは終わった。ケリーを心配して駆けつける3人。だが、もうケリーは立ち去った後だった。

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ケリー・ホンキョ.jpg安藤達己的思い出:今回の主役は、元SAT隊員でデーモンを敵と狙うケリー(加藤 寿)だった。この俳優さん、ナカナカの”イケ面”で、アクションも上手い。後半、ユリが想いを寄せる、設定になっていたから、当時、若者に人気のランドクルーザーを運転させて”格好良さ”を強調した。
1話目(月)のラストカットで、ケリーの運転するランクルが荒れ地を走り下りるところでは、スピードを出し過ぎ、横転するのではないか、と心配した。それにしても赤いSATバギー、白のランクル、黒いデーモンカーと画面は華やかで、車が走るシーンも多く、その分、SATカーと”あつし”の出番が無かった(失笑)。
そうそう、勇二の運転には、いつも、ひやひやさせられるが、今回もバギーでUターンするところで、左前車輪を歩道に乗り上げた。
今回のロケ地では、川原に砕石場がある山梨県の上野原に行ったが、アクションを撮るには絶好の場所で、アクション物では良く使われたていた。今はどうなっているのだろう?
このエピソードもゲストが主役の”ドラマ路線”で、トリプルファイターの中に、この路線が定着してきた様に感じられた。終わってみれば、この回が13話目。26話(2クール)で終わった、このシリーズの折り返し点に当たるエピソードだったのですね。

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2010年01月03日

初詣:川崎大師(写真をクリック⇒拡大)

ホンドウ.jpg初詣:人出のベストスリーっちゃ、毎年、決まってらぁな。人口が密集してる東京圏よ。明治神宮、成田山と巡ってきたから、今年は川崎大師ってぇことになる。天気予報じゃ、強い冬型気圧配置になるとかで、日本海側は吹雪。東京あたりも、北風が吹くってんで、完全武装で家を出たぁな。”普段の行い”が、良いせいか、天気はよし。風も吹いてねぇ。あっしが知らねぇうちに、東京の”足”も、随分と便利になってらぁ。いつ開通したかのか、地下鉄が走ってるぁ、相互乗り入れはあるぁで、人形町で京急に乗り換えるってぇと30分で川崎駅よ。早ぇことは早ぇが、その分料金は高ぇよ(笑)。ここから”大師線”とやらに乗り継ぐ。
ダイシエキ.jpg西新井大師もそうだがよ、大師様ってぇのは、どうして盲腸みてぇな支線が好きなんだろう(笑)。窓外を眺めたって、タンクみてぇな物しか見えねぇ駅を過ぎて、三つ目が”川崎大師駅”。ここで大方の乗客は”下車”なさるってぇわけだ。駅外に出りゃ、真向いが”表参道”。警戒の”おまわり”さんが、ハンドマイク片手に、”左側通行をお願い”してた。本殿までの距離が1キロだと。”人の流れに身をまかせ”、のろのろ歩けば、両側は、例によって、ビッシリと屋台だぁな。定番の”やきそば”・”たこやき”・”いかやき”・”七味唐辛し”にまじって”ケバブ”なる肉を吊るして売る店、タイラーメンに韓国XXまである。随分と国際的になったもんよ。こんな景色はもう当たり前になったぁな。”いつか、外国屋台で試食してやれ”と思っちゃいるが、”おぞうに”を食べて、すぐ出掛けてきたせいで”食いもの”にゃ、魅力がねぇ。
チャンコ.jpgアメザイク.jpg左っかしに、人だかりが出来てっから、覗いて見た!何と!お相撲さんが”チャンコ”の丼を客に”手渡し”サービスしてらぁ。ったって、テレビでお馴染みの顔じゃねぇ。幕下以下の力士だろうが、これまで、相撲部屋が出してる屋台なんざぁ、見たことがねぇ。”すもう”を身近に感じて欲しいのか、部屋の財政がきびしいのか(笑)、あっしにゃ、関わりのねぇこったが、こいつにゃ、ちょいと驚いた。その先にも黒山の人垣が出来てらぁな。何があんのか確認しねぇことにゃ”野次馬”の名がすたらぁ。”ごめんなさって、ごめんなさって!”と最前列まで、しゃしゃり出たいっ。おっとっと、最近じゃ、滅多に見られなくなった”アメ細工”の真っ最中よ。その手際の良いことーー5分もしねぇうちに怪獣を仕上げて、子供に渡したぁな。そう言やぁ、縁日で”ラウ屋”さんを見なくなって久しい。もうキセルを使う人も居ねぇっか。綿アメはどこでも売ってるが”カルメ焼き”も、お目にかかれねぇ。
ダルマ2.jpg”立ち止まらないで下さい”なぁんて声に、急かされて、山門にたどり着きゃ。入場制限とやらで、待たされること10分。境内に入ったが、中は意外な程狭めぇ。五重塔が聳えてるだけで、”ひやかす”屋台も出ちゃいねぇ。そうかって、大金を払って(?)”お札”を貰いに来たわけでもねぇ。そう言う、こったから、お賽銭を投げ入れ、人並に手を合わせて”おざなりな願い事”をすませると、本堂と山門に背を向けた。
参道を駅に向かえば、大師様と切っても切れねぇ、ダルマを売る店と、何故かアメを売る店が軒を連ねてたいっ。どの店も、人は入ってるが、売れてるのか、どうかは分からねぇ(大きなお世話か?)。”入学試験”でも受けるんだろうよ、子供にダルマを買っている年寄りが居た。

出たっ!安藤達己が撮影した動画をバックに安藤達己が作った音楽:
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オザワ・カネ.jpg安藤達己的毒舌:これが、元旦に配達された一面記事よ。”年の始め”ぐれぇ、もう、ちぃったぁ、明るい見出しが無かったのかよう!思い出したかぁねぇが、”政治と金””普天間基地””景気対策””高速道無料化”と、肝心なこたぁ、軒並み今年に持ち越しだぁな。”児童手当”にしたって、確たる財源が有るわけじゃねぇ。今年は、何とかなるとしてだ!年間、何兆円も掛かる政策の財源がはっきりしてねぇってのは、どう言うこったい。結局、国債に頼って金を配りゃ、やがて子供達が税金で払う事になるんじゃねぇか!
現内閣の皆さんよ。思い出してくんな!マニフェストに掲げた政策の財源は、行政の無駄を省いて、予算を”コンクリートから人へ”付け替えれば、”増税なしで充分やって行ける”って言ったなぁ、誰だっけ?”事業仕分け”だって、パフォーマンスとしてはともかく、出て来た無駄が1兆円に満たないんじゃ、どうしようもないやね。各省庁に付いた予算を削ってみたって、あんなもんよ!
思い切って、この予算はゼロ、位のことをやらなきゃ、10兆以上の金が出て来る訳、ねぇだろうがーーそんな覚悟もなくて”マニフェスト”をデッチ上げたのかよ。だいたい”事業仕分け”の基準が”あいまい”だから、生温い結論になるんだろうがーー行政の方は”バブル時代”の組織を温存してっから、政府は毎年、赤字国債で補い続けて来たんだろうが。ここは、国民へのサービスは低下するが、”行政コスト”を下げて、今、一番必要な所へお金を使います。と宣言して、バブル以前の行政組織に戻したらどうでぇ。税収があったら、あっただけ使い、一度作った組織は潰さねぇのが”役人”のサガなんだからよ。
”新政権”だからと、いつまでも甘い評価をしていられるほど、国民にゃ余裕はねよ。民主党の皆さん!行政にこびりついた”錆び”を剥がして、無駄をバッサリと叩き切っておくんなせぇ。

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2009年12月27日

ダヴァオ紀行:その52 安藤達己オリジナルソング(写真をクリック⇒拡大)

さて、平成21年も政権交代と言う、大きな潮目を経験して、大晦日が近付いて来ました。皆さんにとって、今年はどんな年だったでしょうか?もうすぐ、寒さの中で迎える”お正月”。常夏の島、ミンダナオ島の景色をバックに流れる軽快な音楽を聴きながら、コタツで”おぞうに”な~んて言うのも、粋じゃありませんか?
Bosanova-princess

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Sampaguita

”想えば遠くへ来たもんだ!”もう三年以上前のことになる。いつもの様にカラオケで楽しく歌って席に戻ると、お気に入りのオネーチャンが”私達の歌を作って”と言い始める。”出来る訳ないだろう!”と相手にもしなかった。ところが、数日して、パソコンの前に座っている時ーー突然、飲み屋で働く外国人女性の”望郷の想いと、故郷に遺した家族の生活が”頭の中を駆け巡り始めた。
それを文字にしてシラブル(文字数)を合わせてゆくと、何と!詩が出来てしまった。そこでこの詩を、趣味で作曲をしている友人に見せたところ、”是非、メロデーを付けてみたい”と言い、奥さんは”歌ってみたい”と言って、最初の曲”Someday”は仕上がった。
シロイスナ.jpgそれから、どうゆう訳か詩が次々と浮かんで来る。浮かんで来るから書き留める。半年も経たないうちに15曲も出来てしまった(失笑)。その中から作曲家が気に入った8曲を選び、曲を付けたところで、慣れないパソコンを”イジクリ”まわし、まがりなりにも、最初のCD完成にこぎつけ、その後、作曲家の強い要望で、4曲の日本語バージョンを加え、結局12曲入りのオリジナルでCDを完成させた。こんなのを”ヒョウタンからコマ”なぁ~んて言うのかなぁーー
仕上がれば、多くの人に聴いて欲しい!と、思っていると、友人から"You Tube"の話を聞いた。今年11月、ダヴァオに行ったついでに、エキゾチックな2曲を選び、これに相応しい動画を撮ってみようと決心した。と言っても、特別なカメラを持って行くわけじゃない、普通のデジカメで動画の標準設定。隠し撮りに近い条件だから、全カット”手持ち”で撮る。この範囲でやるっきゃない。
yu.jpgまずは現地で、素人さんにダンスらしきステップを踏んで貰って撮ったのが”Bosanoava-Princess”。ダヴァオ市内の有料公園で週末にアトラクションで踊っているプロのダンサーによるエスニックダンスを、何の予備知識もなくブッツケ本番で撮ったムービーを編集したのが"Sampaguita"と言うわけ。映像については、”もう少し”と思わないでもないが、スタッフは私一人(笑)、時間に制限があり、機材は普通のデジカメと、悪条件だらけの撮影じゃ仕方がないっか。それでも、皆さんに、私の曲をエキゾチックな映像と共に聴いて欲しいと、思い切ってYou Tube にアップロードをしたわけで。ーー是非、トロピカルな映像と私のオリジナル曲を聴いてみて下さい。
このページ左上:赤い字(安藤達己オリジナルソング)の下・Sampaguita・Bosanova-princessをクリックしても、同じ2曲が聴けます

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2009年12月20日

クリスマス:六本木ヒルズ(写真をクリック⇒拡大)

ヒルズ2.jpgヒルズ.jpg12月に入ぇりゃ、クリスマス・イルミネイションの話題で持ちきりだぁな。今年ぁ不景気で、それどころじゃねぇ!なぁ~んて、”むき”も多いんだろうが、せめて”暮れ”ぐれぇ、パーッと明りぃ、大都会の景色を眺めようってんで、六本木くんだり迄やって来たいっ。地下鉄を降りるってぇと、ただ、ひたすら案内板に従って、地下道を歩く。ヒルズ出口の階段を登ると、ド~ンとフロアーが広がってたい。テーブルを囲んで、くつろぐグループも、かなり居らぁ。まるでパリのオープンカフェみてぇな風景だぁな。そこらの名所に、お出ましの団体さんたぁ違って、若者が圧倒的に多い。服装だって垢抜けたもんよ。とは言っても、ここぁ、六本木のどの辺なんでぇ?外に出て見なけりゃ、どこに居るのか見当が付かねぇ(笑)。
ケヤキ・タワー.jpgビルの外にゃ、クリスマスらしい、電飾に飾られた大きなリースがあった。振り返って、見上げりゃ、ガラス張りの高層建築は、これでもかってぇ程、上に伸びてらぁな。さて、こいつを、どうやってカメラに収めたもんかと、うろうろしてる内に、首が痛くなってきたいっ。ウソじゃねぇって。そこから、お目当ての”けやき坂”に行きてぇが、方向が分らねぇ。”まぁ、何とかなるだろうよ。”とりあえず歩き出したぁな。5分と経たねぇ所に、方向標示があらぁ。”けやき坂”方向に進めば、また、すぐ標示よ!お陰で、誰に聞くまでもねぇ。街路樹が青色ダイオードで染まった目的地に着いた。
信号が変わると、歩道上で立ち止まった人が、同じ方向にカメラを向けてらぁな。そこにゃ、東京タワーがオレンジに輝いてたいっ。あっしが、ここにやって来た目的もこの景色よ。さっそく、カメラを構えたが、手前のイルミネイションは明る過ぎるわ、タワーは遠いわ。なかなか上手く収まらねぇ。歩道を行ったり、来たり、やっと撮れたのが、この程度の写真ってぇこった。
オオヤネひろば.jpgクリ・セール.jpg写真も撮れたことだし、そろそろ約束の時間だぁな!アリーナの後ろにある階段を登り始めた時よ。突然、クリスマスソングが聞こえて来たぁ。手摺りから身を乗り出して、舞台を見るってぇと、動物の衣装を着た子供達の大合唱。少し離れたところにゃ、ヤグラが二つ。カメラが舞台の方に向けられてらいっ。どうやら某TV局がクリスマスに流す番組の”録画撮り”をやっているらしい。
階段を登り切りゃ、大屋根広場よ。流石は若者の町。趣向をこらした飾り付けの屋台が軒を連ね。空いたテーブルが無い程の賑わいだぁな。待ち合わせた友人が現われたところで、ヒルズの中にあるレストランへ向う。途中にある店を覗いてみりゃ、どこも、クリスマスらしい装いだった。
”腹ごしらえ”も終り、時代の最先端を行く東京の一角を堪能したところで、ふと思い出したぁな。つい数年前、IT産業の寵児と持てはやされ、ヒルズに本社を置いていた会社の”あの人達”は、今、どうしているのだろう?

急告!安藤達己が撮影した動画をバックに安藤達己が作った音楽を楽しめます:
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安藤達己的毒舌:モタモタしてっから、ほらみねぇ、次々と問題が起こって来たぁな。
ハト・ケンキン.jpg献金問題ったって、業界や団体から、怪しげな金を受け取ったわけじゃねぇ。親が呉れた金を”人が寄付したかの様に記帳した”だけだぁな。とは言っても、こんな金持ちの母親を持つ人は居ねぇやね(羨ましい)。首相だって、逃げ隠れすることぁねぇ。”秘書がやって、知らなかったといえ、結果的に脱税になったのは申し訳なかった。”と、記者会見を開くなり、国会で陳謝すりゃ、支持率の高ぇ頃なら、野党に成り下った自民党だって追及しきれなかった、だろうよ。
続いて起こったのが普天間基地移設問題だぁな。日米首脳会談で”trust me.”と総理が言ったのを、大統領は、てっきり自民党と約束した”辺野古”への移転がOKだと解釈したんだろうよ。これで日米関係がギクシャクしてきたぁな。首相の方は、結論を先送りにして、基地をどこに持って行く気か知らなねぇが、”結局、辺野古でした。”じゃ、収まらねぇよ。でぇいち、外交的な合意は”政権が代わった”からったって、そう簡単にゃ、反故に出来ねぇ。ましてや、自民と同じ保守政権じゃねぇか。ここは13年も掛けて合意に達した”辺野古”への移設を速やかに実行し、腰を据えて”駐留なき安保条約”の実現を目指した方が賢かったんじゃねぇかい!
米ソ対立時代じゃ、あんめぇし、兵器のハイテク化をみたって、3万人もの米軍が日本に駐留しなきゃならねぇ理由なんざぁ無ぇやね。日米首脳の信頼関係がしっかり、してりゃ、時間はかかっても、首相の考える”駐留なき安保条約”が実現出来るんじゃねぇかい。それこそが”我が国の国益にそっている”と、あっしは考えるんだがーーー

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2009年12月13日

トリプルファイター:スリラー館の対決!(写真をクリック⇒拡大)

ス・サブ.jpgゴストンカゲ.jpgこのエピソードはスリラー”仕立て”だった。怪人ゴーストンはなかなか姿を見せない。声と影だけが不気味に響き、早瀬三兄弟を恐怖におとし入れて行く。一日目(月)。デビラカーを挟み撃ちにしようと、哲夫はバイクで後を追い、勇二とユリは先回りしてデビラカーを待っていたが、突然、笑い声が響き渡り、銃弾が二人を襲った。見えない敵に向かって銃を発射する勇二とユリ。そこにデビラカーが現われ、走り去った。SATバギーに飛び乗り後を追う二人。突然、デビラカーが消えた。ゴーストン怪人は消えるデビラカーと共に、早瀬三兄弟の前に立ちはだかったのだ。廃墟の暗がりからデビラを指揮する怪人。一体何を企んでいるのだ。二日目。三日目。消えるデビラカーを追って哲夫と合流した勇二とユリは、”死んだデビラが空を飛び始める”不思議な光景を見た。
バギーとバイク.jpgスソト・サンニン.jpg空飛ぶデビラの死体を追って走るバイクとSATバギー。行き着いた所は怪人ゴーストンが待ち構える廃墟だった。恐る恐る、中に入る早瀬三兄弟。三人がバラバラになったところをユリが狙われた。勇二を襲うデビラ、地下室から兄を呼ぶユリ。スピーカーから出ている声とは気付かず。デビラカーでユリが運ばれていると思い、SATバギーで追う勇二と哲夫。一人、廃墟に取り残されたユリは、自分とそっくりな女に肩をつかまれ、逃げれば手裏剣が飛び、哲夫が居たと思えば、これも暗がりを利用したゴーストンの変身だった。恐怖に取り付かれたユリは、ついに気を失った。罠に気付いて哲夫、勇二が乗ったSATバギーが廃墟の前で止まると、デビラが待ち構えていた。勇二はデビラと戦い、哲夫は廃墟の中でユリを捜すが、なかなか見付からない。やっと地下室の入り口を見付けた頃、外では勇二とデビラの激しい戦いが続いていた。
ゴとレッド.jpgゴとトリプル.jpgついに姿を現したゴーストン怪人、勇二もレッドファイターに変身して戦うが、怪人は忍者のように、消えたり、現われたり。レッドファイターは、見えない敵に苦戦を強いられていた。弱り切ったユリを見付けた哲夫が廃墟の外に出て見ると、レッドファイターは、ゴーストンの”不思議な光線攻撃”を受け、立っているのがやっとだった。哲夫はユリを休ませ、グリーンファイターに変身。レッドファイターを助けようとゴーストンに立ち向かうが、二人とも、光線攻撃を受け、弱り始めた。この怪人を倒せるのはトリプルファイターだけなのだ。必死にユリを呼ぶファイター。呼び掛けに気付いたユリは、最後の力を振り絞ってオレンジファイターに変身。そしてトリプルファイターが出現した。姿を消して攻撃を仕掛けるゴーストン。しかし、トリプルファイターには通用しない。見えない怪人に向って、飛び上り、姿を現したゴーストンを見事に投げ飛ばした。地面を”のたうつ”怪人を爆破して、戦いは終わった。

急告!安藤達己が撮影した動画をバックに安藤達己が作った音楽を楽しめます:
このページ左上・赤字・安藤達己オリジナルソング:下:SampaguitaとBosanova- princess をクリックして下さい。

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安藤達己的回想:今回の主役は、新たに登場したSATバギーだった。SATカーと違って、”車の乗り降り”が素早く出来るから、アクション物には適している。ハッシャ・バギー.jpgオープンカーだった上に、色も赤で目立つ。第一、バギー車、そのものが、”珍しい”時代だった。後部に小型ロケット発射台があり、今回も走りながら発射する、”格好良い”カットを撮った。物語の展開上、未舗装の道を走るシーンが多いが、車の後部が重いので、前輪が浮き上がり、見た目程、運転性能は良くない(失笑)。SATカーもガルウイング(屋根が鳥の羽の様に持ち上がる)を装備して、”目あたらし”かったが故障が多く、撮影には向いてなかった。そんな訳で、今回はSATカーの出番はなし(笑)。円谷作品では、人里はなれた場所が撮影現場になることが多い。今回は、殆どが多摩川上流だった。制作部がエピソードの舞台に、ぴったりの廃墟を見付けてきた。上手く探すもんだ!
毎日がアクションでつないで行く筈のトリプルファイターだったが、ドラマを中心に据えた作品や今回の様にスリラー劇があったりと、試行錯誤を繰り返しながら撮影は進んで行った。

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2009年12月06日

ダヴァオ紀行:その51 市民生活(写真をクリック⇒拡大)

カ・ジュウタク.jpg”平均的なダヴァオの市民生活”を決めるのが意外と難しい。日本人が住んでいる場所は特別で、XXビレッジと呼ばれる高級住宅区にあったり、ガレージ付きの小奇麗な建物ばかりが並ぶ一角にあって、庶民の生活環境とは程遠い。
不法占拠地域は、湿地帯や未整備の山林が多く、不衛生で、平均的な市民生活とは言えない。今回、お邪魔した家は丁度その中間にあたる。メインストリートからは、かなり遠く、出掛ける時は、まず、トライシクル(エンジン付三輪車)に乗ってジープニーの走る道に出なければならない。雨でも降れば、デコボコ道は”水溜り”だらけ。歩くのも容易じゃない。近所の家も木造住宅だが”持ち家”だ!日本の住宅と比べれば、粗末過ぎるほど粗末で(笑)、終戦直後のバラックと呼ばれた家を思い出させるが、ダヴァオは常夏の気候だから、雨露さえしのげれば、基本的に困らない。この家の家族構成は、両親と学生生活を終えた女の子が三人(社会人と呼びたいが仕事が無い!)と中学生の男の子一人、合計6人。一番上の女の子は、現在、外国に出稼ぎ中。1ケ月の生活費を聞いてみたが、なかなか答えてくれない(これが一番聞きたいことだった!)。8,000-ペソ位(16,000-円)?と聞くと、小さく頷いた。
カ・サリサリ.jpgお母さんはサリサリストア(よろずや)を営んでいる。”よろずや”と言っても、商品は極端に少なく、この辺で売れる安物しか置いてない。アメ・ガム・パン類・魚の干物に駄菓子、あとはコーラ類が営業用の冷蔵庫にあるだけだ。近所の人を相手に商売をしていて、女の子がいるから、顔見知りの人達が集まってくる。失業率が30%を超えるダヴァオでは、暇人が多い(失礼)。誰が作ったのか、お店の横にビニールシートで天井を張り、その下にはテーブルと椅子まで置いてあった。いつの間にか、集会所のようになり、駄菓子を食べながら世間話をしていくのだろう。メンバーが4・5人集まればカードを取り出し、ささやかな賭け事が始まる。
カケ1.jpgカケ2.jpg私が行った時、運悪く小雨が降っていて通りは閑散としていた。粗末な門を開けて中に入ると、テーブルを囲んでカードゲームの真盛中。小雨の中を見物している人さえいる。ポーカーやオイチョカブの様に、さっさと決着が付く”賭け”じゃない!ギャンブルと言うより、”冗談を言いながら、暇つぶし”の様相だ。ゲームが終わるまで10分以上もかかる。どうやら最後まで、沢山カードを持っていた人が”勝ち”らしく、負けた人たちは、悔しそうに5ペソ、10ペソを払っていた。写真を撮らせて貰うのだから、”せめて、お礼を!”とサリサリストアーに入り”コーラとスプライトの1リットルボトルを計4本”、スナック10袋とパン1袋を皆さんに差し入れた。これがたったの170ペソ。念のためコーラの値段を聞くと、19ペソだった。私も仲間に入りたいところだが、ルールを覚えるのが大変そうだし、時間も掛かる。ーーー又の機会に、と言うことにして家の中を見せて貰うことにした。
テクノロジー.jpg外の博打場(?)が丸見えの玄関を入ると、4畳位の応接間があり、小さな机が一つ。中学生が”テクノロジー”と書かれた教科書を覗き込んでいた。テキストは”英語”で書かれ、コンピューターの使い方と原理を説明しているらしい。そこでOSについて聞いてみたが、マイクロソフトにもアップルにも興味を示さない。ましてや、ソフトウエアーについての知識は殆どない。それでも”コンピューターを使った事がある。”と言う。案の定”ネットカフェ”だった。どうやら、もっぱらゲームで遊んでるらしい。ダヴァオでパソコンを持っている家庭は、ほんの一握り。PCを使って仕事している人を、身近に見たことの無い子供達にとってパソコンと言えばゲームなのだろう。こんな国が沢山あるのに、世界は容赦なくデジタルへ、ハイテクへと進み続けている。近い将来、この子がハイテク社会に放り出された時のことを考えるとーーーこのギャップに唖然とする私だったが。

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日本のお米が食べて見たい!と言うダヴァオの友人に、日本産コシヒカリ1キロを持参した時のことだ。そこのお嬢さんに、”明日の夕食は、日本のライスと、私達が”オカズ”を作って上げるよ!”と言うと大喜び。更に米は1キロ250ペソだと教えると、目を丸くして驚いていた。そりゃそうだ、ダヴァオでは米1キロが30ペソ程度で買える。
ショクタク.jpgダイドコロ.jpg次の日、食材を買い出しに行った時、念のため、ナベ、フライパン、ガス台の数を聞いてみた。”エッ!本当かよ!ガス台1個、ナベ1個と炊飯器があるだけだと言う。”ガス台は近所から借りて貰うとして、中華ナベ、フライパン、ナベ3コと包丁を買い、食材と共に大荷物を運び込んだ。さぁ、それから使った事の無い灯油のコンロに悪戦苦闘。4時間以上かかって私はチャーシューを2、5キロ。カレーは牛のコマギレ1キロを使って2時間も煮込み15人前。それに持ち込んだミソで貝のミソ汁。以上3品を作り上げた。
友人の方は、流石にグルメ!イタリアンでまとめた。小さなイカを使った海鮮スパゲティ10人前。イタリア風、焼ブタ1キロ。ふっくらと仕上がったタマゴ焼。の3品を仕上げた。午後7時、夕食の盛り付けに入る。チャーシューをスライスしていると、お嬢さんと友達がやって来た。切れ端を渡すと、その美味しさにビックリ!その場を動かない。友人も大皿にスパゲティを盛り、タマゴ焼も綺麗に切り分け、ここの家族5人と娘の友人に私達2人、計8人で賑やかな夕食が始まった。美味しそうに食べる一家を見ながら、腹もふくらんだところで、”カレーはジャガイモが入っているから冷蔵庫で保管してね。”と言い残してホテルへ。
翌朝、ホテルにやって来たお嬢さんに、”昨日の料理、悪くならないように気を付けてね。”と言うと、私の顔をジッと見つめ、あれから家族が”おいしい、おいしい”と全部食べて、もう何も残ってない!だって、本当かよ!たった5人の家族で、どうやったら、あれだけの量を食べ切れるのだろう?!

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2009年11月29日

紅葉:昭和記念公園(写真をクリック⇒拡大)

イチョウナミキ.jpg春のサクラも良いが、あっしは秋の紅葉の方が好きだなぁ。ってぇ言うわけで、連日の報道に追い立てられるように西立川駅に降り立ったいっ。改札を出りゃ、正面が昭和記念公園の入口よ。てっきり、開園に合わせて、駅が出来たんだと思ったが、これが大間違ぇ!戦後、米軍に接収されて、立川基地(立川飛行場)だった頃、ここで働く日本人の通用口が、今の公園入口なんだとよ。思い出しゃ、40年前、立川にあっしの友達がいて、ちょいちょい、やって来たが、町中、黒人兵で溢れてたなぁ。その後、基地は日本に返還され、昭和天皇在位50周年を祝おうてってんで、計画されたのが、この公園よ。目出く、お披露目にこぎ付けたのが1983年ってぇから、26年が経ったことになる。でも、未だに完成したわけじゃねぇ。まだ工事が続いてるところもあらぁ。
ユキ・ウツリ.jpgサザンカ.jpgもう、昼時だってぇのに、どうでぇ、この寒さ。まるで真冬並だぁな。お天道様もさっぱり顔を出さねぇ。小雨せぇパラつてきた。気温だって都心たぁ2・3度は違うんじゃねぇかい。話題のイチョウも、ちょいと遅そ過ぎたか?大方、落ち葉になってらぁ。まぁ、その分、黄色に染まった地面が綺麗だったがよ。ここから日本庭園を目指して、歩くこと20分。”カヤ葺き’の門を潜りゃ、”あずまや”と池が見えて来る。晴れてねぇから水辺の紅葉が、今ひとつ目立たねぇが、ユキツリの松があったりして、秋らしい景色にゃなってたなぁ。池の周りを”ぐるり”一周。来た道を戻り始めたところで、”サザンカ”の群生に気が付いた。周りが”冬模様”になってゆく中で、赤い花が冴え渡ってらいっ。日本の景色は変化があって良いやね。てぇげぇの樹木が幹と枝だけになり、”わびしさ”を感じさせる頃。今を盛りと、花を咲かせる木もあるってぇこった。
セセラギ・オチバ.jpg西立川方面出口に近付いたところで小さな橋を渡る。広々とした景色の中で、こじんまりとして、気付かなかったが、じっくり見ると、紅葉の色具合といい、セセラギに沈んだ落ち葉といい、日本の秋を凝縮したような景色があった。ほんの狭い、庭の一部位の広さだから、見過ごしちまう人も多いんだろうよ、あっし以外、カメラを向ける姿はなかった。
腕の良い庭師が作り上げたに違いねぇ。さりげなく落ち葉をまとった岩やシダが自然の美しさを醸し出してたなぁ。何だか、一人だけ得をしたような気分になって、余分なものが写らなねぇように気を付けてシャッターを切ってみた。近付く足音に気が付き、振り返ぇと、駅伝大会でもやっているのか、ジャージの上に大学名の入ったジャンパーを着た若者が数名。黙々と、あっしの横を走り過ぎて、紅葉の広がる緩やかな坂を下って消えて行った。


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ジギョウ・レンホウ.jpg安藤達己的毒舌:いよいよってぇか、とうとうってぇか”事業仕分け”が始まった!この作業についちゃ、初仕事になる筈だった一年生議員が、突然外される不可思議な出来事もあった。何と!来年度から実行に移す児童手当、高校授業料の無料化、農家個別保障、ガソリン税の廃止、その他。現政権がマニュフェストで掲げた政策を実行すんにゃ7兆円の追加予算が要るんだとよ!この金を、行政の無駄を省いて捻出するってぇのが約束だから、こりゃ、大変だぁ!現在のところ、3,000以上ある予算要求項目から440を選び出し、査定に入った。無駄は無ぇのか?この出費が本当に必要なのか?
民間と民主党議員からなる”仕分け人”対予算を削らせめぇとする”官僚”のガチンコ勝負が公開の場で繰り広げられたぁな。これを見ようってんで、会場は大入り満員の盛況よ!
ジギョウ・カンリョウ.jpg現在のところ、削った予算と埋蔵金を合わせて1兆6千億がとこの捻出だと。これをどう評価するのかぁ別にして、予算がどう使われてるのか?始めて国民が見える所に出て来た。驚いた事にゃ、一つの独立行政法人に10以上の公益法人がぶら下ってらぁな。その上、法人に天下ってきた役員の給料が高いぇこと!これじゃ、国民は納得出来ねぇよ。来年の税収が40兆円を切るってぇのが大方の予想だぁな。そうなりゃ、予算執行の不足分は50兆円を超える。こんな程度の生温い査定で、日本は持つのかよ?”仕分け人”にゃ、省庁にぶら下るXX独立行政法人をO査定する位の”大ナタ”を振るって貰わねぇと、どうにもならねぇ!下野した自民党は”景気対策”はどうするんだ?と吠えてるようだが、XX族と官僚の癒着で、こんな国にしたのぁ、誰でぇ。緊急を要する対策を除いて、景気対策は補正予算で大胆にやりゃ良いじゃねぇか。今の日本にゃ、与党と野党がいがみ合ってる余裕なんざぁ無ぇ。100年に一度の経済危機だと”のたまわった”なぁ、どこの誰だっけ?ここは政治家の知恵を結集して、日本の危機を救う、ウルトラCを見せて貰おうじゃねぇか。

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2009年11月22日

ダヴァオ紀行:その50 リサール公園(写真をクリック⇒拡大)

シチーホール.jpgダウンタウンの外れにダヴァオ市庁舎がある。その横が市民の憩いの場、リサール公園だ。集会が開ける屋根付のステージ。木陰には大きなゾウの彫像が目立つ。噴水と池もあり、見た目は涼しそうだが、いつもの事ながら昼間は暑い。人が出る所には、必ず屋台あり(笑)。大きなショッピングモールに対抗するかのように、バウシンバウシンと言う、安い商品を売る小売店が同じ屋根の下に出店する建物が数棟。ここでも目立つのが、何店舗あるのか、分からないほどある携帯電話関連の販売店だ!入り口には携帯修理の技術者が陣取り、忙しそうに部品を、いじくっている。質流れ携帯を買い求めた人や、保障期間が”あいまい”な安物を買った人にとって、無くてはならない、サービスだそうな(失笑)。購買力の程はともかく(笑)、スピーカーから流れる大音響の音楽と活気は十分過ぎるほど溢れていた。
コ・クツミガキ.jpgコ・イケ.jpg公園と道路の境い目には、大人の”靴磨き”が数人、誰が頼んだのか、せっせと仕事をしている。終戦直後の”靴磨き少年”を思い出させる光景だ。道路を挟んだ向かいには小さな屋台で貴金属、特に金の買い取り、販売をしている”年寄り”が、昔ながらの”天びん秤”を前に、”客待ち”をしていた。世界的に金価格が急上昇している世相を反映しているのだろう。
公園にある濁った池の中では少年が二人、”オニゴッコ”の様な水遊びをしていた。病気にならないか?と心配になるが、注意をする大人は誰も居ない!こんな光景は日常の1コマなのだろうかーー木陰のベンチに座ってはみたが、額から流れる汗は止まらない、やむなくホテルに退散。日が暮れてからもう一度、夜の公園付近を散策してみよう。
タベモノ・クツ.jpgヨウフク.jpg午後6時半、ガイドのお嬢さんが現われたところで、リサール公園に向かった。外は、とっぷりと日が暮れ、肌を突き刺す様な暑さはもうない。ホテルを出て5分も歩いただろうか、左手の空地から”もうもうと”煙が上がり、薄暗い中を群衆が、うごめいている。ビニールシートの屋根を掛け、裸電球を灯した店の前は立ち食いをする人達でごったがえしていた。薄暗い広場は、”にわか作り”の物置台が、ビッシリと並び、その上には、あらゆる商品が積み上げられていた。靴、バッグ、洋服が主流だが、大抵の日用品は揃っている。全部、中古品で、ほとんどが10ペソ(20円)、20ペソ(40円)と言う値段だ。いくら物価の安いダヴァオでも、新品となれば100ペソ以上する商品ばかり!薄暗い中で、真剣に品定めをする客と、一品でも多く売りたい商人の駆け引きが続く。ここダヴァオには、使える品物を捨てる様な”ふとどき者”は居ない!徹底したリサイクルが行なわれていた。リサール公園に行く筈だったのにとんだ道草になってしまった。私も屋台の”茹でた南京豆”を5ペソで買い、食べながら、この光景に感動。さて、今日の夕食は何にしよう?--

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本当にあった!ダヴァオの出来事:3年前だったか?デジカメを買い替えた。付き合いのあった家族が、欲しいと言うから、”もう古いタイプだよ、それでもよかったら”と差し上げた。”キャノンだから凄い!”と大喜びだ。数日後、時間が出来たから、ちょいとその家に立ち寄って、ビールをご馳走になり、”あした、海のリゾートに行くけど、一緒に来られる人が居たら連れて行くよ。”と言うと、奥さんとお嬢さんが一緒に来る事になった。
rorekkusu.jpg早速、二人は、現地語でしゃべりながら、部屋を出たり入ったり、キャビネットを開け、引き出しの中を探している。ついに大きな”飾り壷”の中に手を入れ、ヌイグルミやバッグを次々と取り出し、目的のデジカメを見付けた!ここでは、人の欲しがる物を持つと、盗まれない様に隠しておくのが大変だ。もし、なくなったら”盗まれ損”がこちらの流儀らしい?!
こちらに住む日本人、友達も増え、生活にも慣れた来たある日。友人がロレックスを数個持って現われた。”お買い得だから、買っておいた方が良いよ”と言う。”どうせ偽物なんでしょう?”とからかうと、”勿論、偽物だけど、そこらにあるやつとは、物が違う。中身はセイコーだ”と胸をはった?!

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2009年11月16日

トリプルファイター:グリーンファイター応答せよ!!(写真をクリック⇒拡大)

ユリ・クラッシュ.jpgクラッシュ.jpg”たたかえ!オレンジファイター”がドラマ中心の作品なら、”グリーンファイター応答せよ!!”は、企画に忠実な、毎日が”アクション”で始まり、”アクション”で明日に繋ぐ作品だ。このエピソードのデーモン怪人は不思議な光線銃を使う”クラッシュ”で早瀬三兄弟を改造して自分の手下にしようと企んでいた。第一日目(月)。宇宙研究所から盗まれたマイクロフィルムを取り戻そうと捜索を始めるユリ、そのユリを襲うデビラ。突然、煙りの中から姿を現すクラッシュ。ユリは、すかさずオレンジファイターに変身して、息もつかせぬアクションが続く。二日目も冒頭からオレンジファイター対デビラの戦いだ。急を聞き付けて駆けつけた哲夫がバイクの曲乗りをしながら銃を発射。ユリを救うと、二人はバイクでデーモンカーを追ってカーチェイス。トンネルの中を、カーブを、坂道を追跡する。
ヒドラ・タン.jpgデーモンカーは、コンクリート製の怪鳥が聳え立つ、クラッシュの本拠地で止まった。バイクを飛び降り、デビラ共と戦う哲夫とユリ。忽然と崖の上に”あつし”を抱いたクラッシュが現われた。すかさず変身する二人。オレンジファイターとグリーンファイターに襲い掛かるデビラ共。炸裂する”スクリューパンチ”。崖から飛び降りて来たクラッシュの光線銃が火を噴くと、オレンジファイターは不思議な空間をさまよいながら、”あつし”が捕らわれている地下に落ちて行った。SATカーで哲夫、ユリの後を追う勇二。三日目も始めから、グリーンファイターとデビラのアクションが続いていた。ファイターキックで、倒しても、倒しても、ウンカの如く現われるデビラ共。ここにも銃を構えたクラッシュが登場。空中に飛び上がり交差するグリーンファイターとクラッシュ。組み合ったまま地上を転がり回る二人。サボテンの生えた崖をバックに激しい戦いは続いたが、光線銃に撃たれてグリーンファイターも地下に落とされて行った。
ヒドラ・ユウジ.jpgSATカーで乗り付けた勇二が、哲夫のバイクを見つけた時、又もやデーモンカーに乗ったデビラ共が襲って来た。必死に戦う勇二。地下では、デビラ共が椅子に縛り付けられた哲夫とユリに電気と光線を当て、クラッシュの子分に改造する準備が進んでいた。地上の勇二はデビラに追い詰められ、身を翻して怪鳥の背中へ飛び上がった。デビラも勇二を追って地上3メートルの怪鳥の背中へ。両者は再び始まる戦いに備えて、睨み合った。四日目は地上3メートル、怪鳥の翼の上で始まったアクションが激しさを増し、やっとの思いで、デビラ共を蹴散らして、哲夫とユリを捜すが、行方は分からない。地下室に閉じ込められた”あつし”が我に戻ると、哲夫とユリが気を失ったまま椅子に固定され、人間改造マシーンが動こうとしていた。子供ながらにデビラと戦う”あつし”。
ファイ3-1.jpgトリ・バクハツ.jpg勇二もレッドファイターに変身、クラッシュと戦いながら、テレパシーを使って、哲夫とユリに呼び掛けていた。目を覚ました哲夫は、椅子から逃れるとユリを助け、またまた、デビラ共と戦い。機を見てファイターに変身。”あつし”を抱いて地上へ。レッドファイターと合流するや、トリプルファイターに合体。クラッシュと戦い、危ないとみるや、3人のファイターに分散変身と言うサービス(?)まで入れて再度、合体変身。トリプルファイターがクラッシュを爆破して終わる。

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安藤達己的思い出:”グリーンファイター応答せよ!!”の舞台は、殆どが伊豆シャボテン公園内で、立ち回りに使った”怪鳥”のモニュメントは、ウルトラマンで使った”高原竜ヒドラ”だった。
エミュー・ユウジ.jpgデーモンカーが走る広場はシャボテンが植えられた崖で囲まれ、子供を連れた孔雀が動き回り、可愛かったが、これは映像に入らなかった。他にも、大室山をバックにエミューがいたり、象ガメがいたり。この二種類は出演して貰った(笑)。そうそう、バイクは専ら哲夫が乗り回すことになり、早速、曲乗りやデーモンカーとカーチェイスが繰り広げられた。
毎日がアクションに次ぐアクションで、背景の中心に据えたのがヒドラだ。哲夫とユリの”立ち回り”はヒドラの下を使い、体育会系の勇二は”羽根の上”でのアクションを主体にした。ヒドラの背中に上がってみると結構、高い、デビラ達はお面を被っているから視界が悪く、心配したが事故も無く、上手くやってくれた。ファイターに変身すれば、今度は崖(サボテン)に囲まれた広場を使い、”立ち回り”が多い分だけ、背景の変化にも気を付けたがーーー
シャボテン公園は子供に人気があり、珍しい”手長ざる”、”チンパンジー”も居た。普通の子供向け作品なら、ふんだんに動物を入れた映像が撮れただろうにーー何せ!アクションが売り物のトリプルファイター。折角居る動物を映せないのは、勿体ない気もしたがーーこの動物達、今はどうなっているのだろう?

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2009年11月07日

等々力渓谷・一人歩き(写真をクリック⇒拡大)

トド・エキ.jpgケイ・ゼンケイ.jpg上り下りの線路に挟まれて等々力駅がある、ってぇことよ。この景色を見りゃ、どこの田舎に来たか、と勘違ぇするが、ところが、どっこい高級住宅地のど真ん中だぁな。踏み切りを渡って、5分とかからねぇ。橋際の階段を降りりゃ、巨木に覆われて鬱蒼とした低地を谷沢川が流れてらいっ。川沿いにゃ遊歩道。落葉樹からぁ、さかんに落ち葉が降ってたぁな。まったりとしたペースで散策を始めたが、都会の喧騒がウソのように消えて、わずかに”せせらぎ”と、木の葉を揺らす風の音が聞こえるだけよ。川を覗いて見たが、魚の影は見えねぇ。この渓谷、元はと言やぁ、多摩川に注ぐ渓流が崖を削り、峡谷を創り上げたと、記されてたぁな。いつの時代も、人間の生活にゃ水は欠かせねぇ。太古の昔、ここら辺りに横穴住居があったんだと。川にも清流の魚が泳ぎ、古代人が捕ってたんだろうよ。
ネッコ.jpg自然の姿を残して保存されている1キロの渓谷。川沿いにある巨木の根っこが、むき出しになり、自然が持つ”すさまじさ”を映し出してたなぁ。もう200メーターも歩いて来たか?大木の下で、珍しそうにドングリを拾っている親子がいた。と、突然、セミの鳴き声よ。あっしも驚いたが、誰もが一斉に樹木を見上げた。セミの姿なんざぁ、見える筈もなく、思わず苦笑いしたが、もう11月。紅葉でも見られるかと来て見たが、セミの鳴き声じゃ洒落にもならねぇ。渓谷入口にあった温度計が20度を指してたのを思い出したぁな。川の右手にゃ、稚行大師堂がある。弘法大師が幼い頃の像らしいが線香と花が供えてあった。その脇にゃ清水が湧き出し、ポリ容器で水を汲んでいる老人が一人。額の汗を拭いてたなぁ。
フドウメイオウ.jpgトド・ショイン.jpg川沿いを更に下ると、左手にゃ不動明王よ。かなり古いものらしいが、来歴を読んだって、宗教に”うとい”あっしにゃ、チンプンカンプンだぁな(苦笑)。その向い側にお茶屋があって、この付近は桜が見事なんだとよ。紅葉もてぇしたもんらしいが、セミが鳴いてるようじゃ、しょうがねぇっか(笑)。この先で右手の石段を登るってぇと、平坦な所に風情のある書院と芝生の広場があった。あいにく休館中で、書院の中にゃ入れねぇ。窓越しに覗いて見たら、古文書らしきものが飾ってある。木陰の芝生では、かなりの人達が遠足気分の食事中。結構なこった。入り口の地図にゃ、全長1キロとあったから、更に歩いてみようと50メーターも行くってぇと、右手は立派な住宅街。渓谷も、ここまでかと諦めて、来た道を戻り始めたぁな。正直な話。天然林らしい景色は5・6百メートルってぇところさね。でもよ、こんな一等地に太古を偲ばせる渓流と森を残したんだ。これからもずっと大切にして欲しいもんよなぁ。

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09ハト.jpg安藤達己的毒舌:いよいよ臨時国会が始まったぁな。恒例にしたがい、先ずは、新首相の所信表明演説よ。脱閣僚を掲げていた党首だけに、これまでと違って、原稿を棒読みしてる様子はねぇ。分かり易い言葉で総理の理念を語ってたなぁ。だがよ、50分以上ってぇのはどう見たって長過ぎらぁ。聞いてるだけでも大変だったが、翌日の新聞に載った全文は、見ただけで投げ出したいっ(苦笑)。もうちっと歯切れ良く、新政権が何をやるのか具体的に言って欲しかったなぁ。
09カクリョウ.jpg続いては予算委員会よ。閣僚の席にゃ、見慣れた”耳打ち官僚”の姿は無かった。野党に成り下がった自民党の質問に、各大臣が自分の言葉で答弁してたのぁ結構だったが、郵政の人事問題になった途端に答弁があやしくなった。そりゃぁそうだ!昨年、日銀総裁問題で官僚出身を全面否定していた民主党が、郵政会社の新経営陣に3人もの”天下り”を受け容れたいっ。しかも、”省庁が斡旋したんじゃなく、有能な人材をこちらからお願いした”んだから、”天下り”じゃねぇと、きたもんだ。
こんな屁理屈に説得力があるかけぇ?首相の政治資金問題についても、現在、検察が捜査中だからコメントをさし控える。と、のたまわった。あっしら、国民は政治家から同じ言葉を何度も聞かされて来たいっ。耳にタコが出来てらぁ。新政権になりゃ、もっと謙虚で責任者らしい答弁があるんじゃねぇかと思ったがよ。なんのこたぁ無ぇやね。船出したばかりの政権が、来年度予算からいくら無駄を省いて、国債を減らすのか、沖縄基地問題をどうするのか、と大変なのは分かってるが、国民の期待だけは裏切らねぇでやっておくんなせぇ!

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2009年11月01日

ダヴァオ紀行:その49 イータリィ(写真をクリック⇒拡大)

ミセサキ.jpgオカズエラビ.jpgまぁ、日本語に訳せば”お食事処”になるんだろうが、特徴は、とに角安いことだ。ダヴァオにもファストフードの代表・”マック”もあるし、マックをしのぐ人気の”ジュリビー”もある。双方とも、店造りは綺麗で、衛生的だが、一食、100ペソ(200円)はかかる。大学出の給料が¥10,000-程度で、殆どの場合、半年契約の仕事となれば、ファストフードで食べる昼食はかなり贅沢だ。そこでイータリィが庶民のお食事処となっている。ダヴァオの町を歩けば、間口が1間位(180cm)で、店内が5坪もない小さなイータリィがやたらに多い。メニューもないし、セルフサービスだが、庶民はここで食事を摂ったり、”お持ち帰り”したりしている。お一人さま40ペソ(80円)程度で済むからこれは安い。最近ではイータリィが10軒以上一ヶ所に集まっている場所もある。
オカズ.jpgメニューは、その日に作った家庭料理で、入り口のカウンターの上に5種類位の料理がナベに入って並んでいる。客はフタを開けては品定め。2・3種類注文すると、粗末なサラに乗った料理が運ばれてくる。気に入った料理が無ければ他の店に行く。外食で済ませている人は行き付けの店があるらしいが、基本的に”日替わり料理”だから、飽きが来ないのだろう。でも、客の立場からすれば店が集まっている方が便利だ。私もイータリィ密集地に行ってみた。店によって料理も違うし、店内の広さも違う。カウンターに並んでいるナベのフタを開けながら店から店へ、気に入ったオカズを探すのも結構たのしい。
フタリ100ペソ.jpgジョセイト3ニン.jpg今回、入ってみた店は、シーフード中心の店だったが、高級食材は一切無い(笑)!店内は10坪位で、イータリィとしては広い方だ。混み合う時間じゃなかったから、客は7・8人。ナベを覗いて、小さなイカの煮物、スープ、ニガウリの炒め物とサラダを二人前。これに小瓶のビールを一本飲んで100ペソだった。隣では女子大生が3人、おしゃべりをしながら遅い昼食を摂っていた。私達が席を立った時、学生達もそれぞれお金を出そうとして、コップの水を引っくり返し、店の子がフキンを持って飛んで来た。野次馬の私は早速”三人でいくらなの?”と聞いて見た。”48ペソ。”なんと!一人16ペソ(32円)だ。”小父さんが払うから、写真を撮らせてくれる?”と聞くと、私のガイドが手早く説明したのだろう。喜んで撮らせてくれた。いつも昼食代はこの位の出費で済ませていると言う。1ケ月の”小使い”を聞くと、暫く考えていたが、”500ペソ位”と一人が答え、他の二人もうなずいた。その額なら、16ペソの食事だって毎日は無理だろう。100ペソ札を店の子に渡して、”オツリは3人で分けてね。”と言うと、学生達は私のガイドにお礼を言って帰っていった。

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ミンダナオ島にコーヒーを美味しくする動物が居ると言う。その名はシベット:イーグルセンターに行った時のことだ。金網の中に鳥カゴ位の木箱があり、動物が居る様子だが外には出てこない。それもそのはず、夜行性で昼間は寝てるとのことだ。飼育員の説明によるとコーヒー農園では大事にされている動物だそうな。シベットが熟れたコーヒー豆の外皮を食べ、消化出来なかった種(コーヒー豆)を排泄すると、消化液だか腸内菌だかの影響でコーヒーが熟成されるらしい。
ジャコウネコ-1.jpg写真を撮ってこなかったので、シベットを調べてみると、どうやらジャコウネコの排泄物(香料の原料)と言う意味と動物名そのもと二つあることが分かった。そこで、”特別なコーヒー”を調べてみた。今は滅多に無いそうだが、ジャワ島産コーヒーの中に、”コピ・ルアク”と呼ばれる幻の豆があり、ルアクと呼ばれる(マングースの仲間)動物の排泄物から採取したコーヒーだ、とあった。一般には知られていないが、ダヴァオ近郊でもコーヒーは栽培されている。マラグサンと言う山岳地帯に行った時、車があまり走っていない道路一杯にコーヒー豆が干してあった。聞いてみると、豆は大企業が一手に買い取り、”フィリッピンコーヒー”としては、あまり流通してない。
シベットもルアクの親類なのだろう、ダヴァオではシベットコーヒーと呼ばれて高級品だと言う。早速、ダヴァオに住むM氏に連絡を取り、このコーヒーを調べて貰った。”ありました!”ダヴァオの西に位置するコトバト州から”お取り寄せ”で手に入る。しかし、しかし、1グラムが何と!何と!600ペソ(1,200-円)。一人前のコーヒーを入れるのに、コーヒー豆が10グラム要る(12,000-円!)。---と言うわけで、どんな味なのか、お伝え出来ないことをお許し下さい(笑)。

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2009年10月25日

川越まつり(写真をクリック⇒拡大)

ダシー1.jpg終点、本川越で電車を降りるってぇと、祭囃子が聞こえてきたぁな。てっきりテープかCDだろうと思ったが、駅前にゃ”山車”が一台。ここの舞台(囃子台)から生演奏よ。てっぺんにゃ、主題の人形(御神像)が鎮座ましますっと。人形も山車ごとに、歴史上の人物がありゃ、能楽に由来するものまで、誠にもって多彩だ。囃子台は2畳ほどもあるか、狭めぇ場所に笛、鉦、小太鼓、大太鼓に踊り手が乗り込んでっから、さすがに窮屈そうだぁな。こんな山車が18台、次々と街へ繰り出す。見物客でごったがえす”蔵造り通り”に入ぇったところで、大概の山車は止まって”お囃子と踊り”をご披露するってぇ段取りよ。こうなるってぇと、正面に行きたくても黒山の人だかりで身動きが取れねぇ。と、頃を見計らって、お兄さんの掛け声で”囃子台”を90度、ぐっぐっと回転させたいっ。こうして”ぐるり”一回転出来るんだとよ。なぁ~る程、これなら山車の見物客は何処にいても、正面から見られるってぇわけだ。
ダシー2.jpg驚くのぁ、こればかりじゃねぇよ。かって、この山車が、お江戸は新富町あたりまで、お出ましになったんだとよ。そこでだ!城門を潜り抜ける時、”人形”が邪魔にならなねぇように、まずは人形を台座の中に降ろし、この台座を又下の台座に納める。ってぇ、手の込んだ構造になっていた。あっしの田舎でも、稲の刈り入れが済んだ9月にゃ八幡神社(何故か、”やはた”と読ませる。)の祭礼で、川越とそっくりの山車が曳かれるがよ、こんなに手の込んだ仕掛けは無ぇ。電線も電信柱も無ぇ昔のこった、人形が邪魔になるものは無ぇし、舞台を回す程の人出も無かったんだろうよ(失笑)。
”祭”と言ぁ、心踊らせるのが派手な屋台だろうよ。メインストリートの”蔵造り”通りにゃ、出店がひしめいてたがよ、あまり”変わり映え”はしねぇ。あっしが面白かったのぁ、蔵造りの店が商っていた品物よ。芋菓子と狭山茶は名物だから当然だが、今時、見掛けなくなった”刃物”・”銅、鉄専門店”・”かつおぶし屋”まであった。ちょいと横道に入ぇると”川越七福神”の一つとか言う寺があったりする。その境内を覗いて驚いた。
オバケー2.jpgシャテキ.jpg懐かしい見世物小屋が開店中よ。境内が狭めぇから、何軒もあるってぇわけにゃいかねぇが、安っぽい”ロクロ首人形”と口上で客引きする手法は昔のまんまだぁな。あっしがガキの頃、握り締めたコインを何枚か払っちゃ、なぁ~んだ、こんなもんかと後悔し、次の年にゃ、また後悔したのを思い出したなぁ(笑)。木戸銭は400円。子連れの親がお金を渡すと10分もしねぇ内に子供は出て来た(笑)。この頃じゃ、親が呉れた金だから、子の方は”損した気分”にもならねぇんだろうよ。付近にゃ”射的屋”さんが3軒も出てた。それに本物(?)を使った”金魚掬い”、親子が本気で掬ってるのを見たなぁ久し振りだったなぁ。東京の縁日じゃ、せっかく掬った金魚を飼うのが大変だってんで、持って帰らねぇんだとよ。だからプラスチック製の魚を引っ掛けて遊ぶ”金魚掬い”も出て来たぁな(失笑)。
クラズクリ.jpgヒョットコ.jpgさすがにカーバイトで商ってる屋台は無ぇが、時代を感じさせる”蔵造り通り”をそぞろ歩きをしてりゃ、”祭囃子”が絶え間なく聞こえてくらぁ。それもその筈、100メートルも間隔を置かねぇで、”囃子台”のような小せぇ舞台が次々に現われる。某テレビ局番組がロケをしたせいか、驚く様な人出に、気合が入ってんだろよ。どこの”囃子台”も踊りの真っ最中。それも6人一組のご一党さんに、子供が加わっているのが圧倒的に多い。
あっしがガキの頃、夏休みになりゃ、神社の境内で、町の長老が子供達を集め、笛や太鼓を教えてた。その”お囃子”が聞こえるだけで、もう”祭”が待ちどうしくてしょうがなかったなぁ。娯楽が少なかったせいもあるが、お陰で郷土芸能の後継者にゃ、事欠かねぇやね。それが今はどうでぇ、お囃子の後継者どころか、若者にソッポを向かれ、”祭”の存続さえ危ねぇ町が沢山あらぁ。神輿をトラックに乗せて、テープのお囃子で、走る町もあるんだとよ。それに引き換え、川越はてぇしたもんよ。子供達が”祭”を盛り上げてらぁな。”祭”だって立派な無形文化財。これが寂れて行くのぁ、勿体ないやね。この賑わいがいつまでも続く様に願いたくなったなぁ。

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ユウセイ・カメイ.jpg安藤達己的毒舌:郵政会社、社長がついに辞任したぁな。昨年来、”簡保の宿”売却問題で総務大臣が辞めさせられるは、本社ビルの建て替えが物議をかもすはと、問題はあった。まぁ、あれだけの巨大組織を民営化しようってんだ、誰がやったってそう”すんなり”とは行かねぇ。その後釜が立派な元官僚よ。担当大臣が3人しか衆院議員が居ねぇ政党のボスだぁな。4年前の選挙で”郵政民営化”に反対、新党を作った、いわくつきの人物よ。まさか”郵政国営化”なんぞと言い出すんじゃ、あんめぇな。
担当大臣よ!あんたは反対だったかも知れねぇが、総選挙の結果。国民の総意は”郵政民営化”で決着済みよ。そこんところは忘れねぇでくんな。大体、あんたぁ、目立ちたがり屋だぁな。本来なら、取るに足りねぇ少数政党の代表が連立のお陰様で大臣になった途端に、中小零細企業と住宅ローンにまで3年間の返済猶予(モナトリアムとか言っている)をブチかました。だがよ、金を借りた人が約束通りに返済するのは当ったり前だろうがーーそのへんは、借主と貸主が上手くやってきたんだよう。
昨今の金融危機で、借り手が大変なことは想像出来るが、なんでんかんでん税金を使って処理すんなぁ無理じゃねぇかい。
自分が所属する少数政党を、何とかしようと”人気取り”をしたい気持ちは分るが、国民は来年の参院選挙がらみで”存在価値を示してぇんだろう。”位のことぁ、とっくにお見通しよ。何か言いてぇことがあったら、国民から信託を受けた閣内の同意を得てからにしてくんな!それが民主主義ってぇもんだろうよ。

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2009年10月18日

”タカを救う会”・飲み会(写真をクリック⇒拡大)

3ニンカン.jpg”タカを救う会インジャパン”の総会となってはいるが、年次報告は、5月に出したし、特に話し合う問題があるわけでもない。要は、”一年に1度か2度、気の会う同士で飲みましょう。”と、言うだけのことだ。先ずはカンパイから始まって、とりとめのない話が続く。芸術家の柿坪氏は、金属加工の社長でありながら、趣味のメダルを作って楽しんでいる。こんなご時勢だから、経営者の苦労が有るに違いないが、そんな話に触れる気配もない。年金受給者(?)になった今日まで、子宝に恵まれなかった。そのせいかどうか20年ほど前から、奥さんの提案で犬を飼い始めた。最初の小型犬は、柿坪氏が食べていたスペアーリブを欲しがり、奥さんの制止も聞かず、犬に与えたところ、骨が食道に刺さり、東大獣医科に駆け込んで大手術。運がなかったのか、お犬様は天国に召された!
ミニチュアシュナウザー.jpgこの悲劇が起きてから、柿坪氏は奥さんのイエスマンに成り下がった!すぐに代わりの犬を買い求め、”散歩係り”は氏が”おおせせつかった。だから、何処に出掛けも午後10時の門限を守り、毎日、お犬様を連れて散歩に出る。今は、ミニチュアシュナイザーなる小型犬が3匹もいる。私には、どんな犬か分らないから、集合写真を撮って呉れる様に頼んだら、”3匹はそれぞれ勝手な行動をとり、とても無理だ。”と、この写真を送ってきた。随分と我侭な犬に育てたもんだ(笑)。今回も門限が近付けば、そそくさと帰って行ったが、”奥さんのしもべ”と成り、お犬様に仕えるのが結構楽しそうに見えた。
トメ・レース2.jpg次は、アーバンボーイの大留氏だ。毎年、”一年間の反省、”をお願いします。と、頼むのだが、”何も無い!”と言い張る。”タカを救う会”が発足して19年。当時、30代だったとしても、察するに?50代の筈だが、暇を見付けては、仲間と”車を走らせて”遊んでいる。結婚する気配すら見せない!宇都宮あたりにアマチュアが走れるサーキットがあるとかで、一年に数回、レースに参加するそうな。チーム名は”ボンバロッサイースト”とか言う洒落たやつで、アルファロメオを転がす集団だそうな。
チームは現在、3台のアルファロメオを所有。写真の車が1977年モデルで排気量1800ccのオリジナルを2000ccにチューンアップ。もともとスポーツカーで売ったメーカーだから車のバランスが良いのだとか。レース用に内装を全て取り外し、転んでも死なない様にロールケイジで補強してある。私から見れば”しょうもない中年暴走族”だが、大留氏、楽しくてしょうがないらしい。最後になって、”そうだ!今年はレースの成績が、今一だった。”とほざいた。どうやら、これが反省の弁らしい。
ソ・ラニー.jpgそうだ!”タカを救う会”らしい報告があるのを思い出した。6年間に亘って、高校生の面倒を観てくれたマネイジャーのラニーに辞めてもらった。今はもう、”お母さん”になっていると思うが、5月に会った時、妊娠6ケ月。シングルマザーに成ると言う。私自身、シングルマザーを否定するほど、保守的ではないが、高校生を指導する立場のマネージャーとしては、ちょっと拙い。ラニーの叔母さんに当る女医、ビンキーに相談したところ、40歳になるグレンダが後を引き受けて呉れると言う。発展途上国では、どこも同じらしいが、殆ど教育を受けずに年頃を迎え、人生設計も無く子供を作り、無責任男は去って行く。ダヴァオの風俗(マッサージやカラオケ店)で働く女性達は、母子家庭が驚くほど多い。せめて私達が援助した高校生には、貧しくても、幸せな人生を送って欲しいと願うのだがーー

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ハネダ・ハブ.jpg安藤達己的毒舌:”羽田をハブ空港に!”国交省大臣がブチ上げたいっ。これに異議を唱えたのぁ千葉県知事よ。成田空港っちゃ、大変な反対運動を押し切り、双方、血で血を洗う抗争の末、1978年、開港にこぎ付けたぁな。だがよ、30年以上経った今も、まともな滑走路が一本(4,000m)と半端なのがもう一本(2,500m)の二本しか無ぇ。離発着も午後11時から朝6時まで御法度だと。こんなハブ空港が他にあるけぇ?
インチョム.jpg着陸料だって仁川(インチョン・写真)空港の3倍よ。気が付きゃ、アジアのハブ空港は、日本を素通りして、韓国、香港、シンガポールになってらぁな。そうりゃそうだ、あっちは立派な滑走路が三本以上あり、24時間営業よ。成田は国際線・羽田は国内線なぁんて、日本にしか通用しねぇ島国根性で、時流に取り残された訳よ。これを打開して、本当のハブ空港にすんにゃ、成田と羽田が手を組んで2空港で1空港なみの24時間サービスを考えるっきゃ無ぇやね。それにゃ、空港間を10分台で繋ぐ交通手段が不可欠だぁな。運賃も飛行機を乗り継ぐ客はタダにする位のこたぁ、あったりきしゃりき!日本得意のハイテクを駆使して、リニアカーで空港間を繋ぐってぇのはどうでぇ。これが実現してみねぇ、世界に類のない”双子空港”の誕生よ。物見高ぇ観光客は”リニアにも乗れる”ってんで、日本に殺到するだろうよ。そうなりゃ、ハイテク国家、日本の良い宣伝にならぁな。
赤字になるのが見え見えの空港を作り続け、気が付きゃ国内に98も出来た。車がロクに走ってねぇ高速道路もある。こんな事に使う金があったら、何故、”成田、羽田をリニアで繋ぐハブ空港化”をさっさと実現させなかったんだよう!これまでの政治にゃ、日本をどんな国にしたいのか、全く青写真が無ぇ。政権交代が実現した今こそ、各省庁にゃ分かり易い未来像を示して貰い、国民が納得できる予算編成をして貰おうじゃねぇかーー

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2009年10月10日

トリプルファイター:たたかえ!オレンジファイター(写真をクリック⇒拡大)

テロル・ホンブ.jpgユリ・オンナ.jpg今回の怪人、テロルは突然、姿を現したり、消えたりする上に、予備の心臓を持ち歩き、トリプルファイターを倒すため、ユリ(オレンジファイター)だけを狙って攻撃を仕掛けてきた。デビラ達はユリの行動を徹底的に監視。ユリが私服で出掛けたところを尾行するが、同じような服を着ていたマヤをユリと思いこみ、テロルに命を狙われることになる。
このエピソードはこれ迄のアクション路線と違って、ユリとマヤの若い女性間に芽生えた”友情と別れ”を描いたドラマだった。ロケ地は伊豆の”城が崎”。岩場、つり橋、灯台、波の美しいバックが作品を盛り上げる格好の舞台となった。一話目(月)には全く”立ち回り”がなく、ユリと間違われたマヤ。マヤを追うデビラ。これを追うユリと勇二。”さてどうなるでしょう?”と言う終わり方で二話目(火)に繋いだ。この回から、ロケ地は伊豆高原周辺になる。勇二と合流したユリはマヤを追うデーモンカーをSATカーで攻撃。デビラ共は退散してホットするが、銃を持ったテロルはマヤをユリと思い込み、待ち伏せしていた。
タ・オンナ.jpgユリ・オンナ3.jpgテロルとデビラに捕まったマヤは処刑されそうになるが、これを見ていたあつしが本部に連絡。勇二とユリが駆けつけ、二人は激しい”立ち回り”の末、マヤを助け出した。勇二があつしを送っている間に、マヤとユリの会話が弾み、すっかり意気投合した二人は友達になることを約束する。
そこに姿を隠していたテロルとデビラが現れ、マヤをかばいながら、ユリはデビラと闘い、追い払うが、自分と一緒に居たらマヤが危ないと、マヤと分かれた。一部始終を見ていたテロルは今度こそ、本物のユリを銃で狙った。危険を知らせようと、マヤが叫び声を上げると、テロルはマヤに向けて銃撃して来た。肩を撃たれて倒れ込むマヤ。三日目(水)を終わって、まだ誰もファイターに変身していない。果たして明日はーー
タ・オレンジ.jpgユリはマヤを助け様と駆けつけるが、テロルが待ち構えていた。ユリはオレンジファイターに変身。SATカーで応援に来た勇二と合流。テロルを追い払い、マヤを病院へ運んだ。ユリは自分を倒すために、マヤの命まで狙うテロルの卑劣さに怒り。きっと自分の力でテロルを倒して見せると誓った。あくまでユリに的を絞ったテロルは、入院中のマヤの命と引き換えに、ユリを”吊り橋”に呼びだした。命懸けの決闘を控えたユリはマヤを一目見ようと病院を訪れ、もう、かなり回復したのを見届けるとテロルの待つ吊り橋へ。一方、ブルコンから緊急事態を知らされた哲夫と勇二もユリを助けに出動した。
タ・トリ.jpgユリ・オンナ4.jpg吊り橋の上を走りながら変身する哲夫と勇二。戦闘中のオレンジファイターと合流するや、トリプルファイターに変身してテロルを倒した。そしてエピローグも入院中のマヤを見舞ったユリが、次の戦いに向かう決意を胸に”別れ”を告げて終る。このエピソードはドラマ主体で、その分、ファイター達のアクションも極端に少なかった。レッドファイターとグリーンファイターの出番は最終回。それも短い”立ち回り”の後、トリプルファイターに変身。テロルとの決戦も、あっけ無く終わる。その分、ユリとマヤの芝居が多かったのだが、これは”毎日がアクション”と言う企画から、少しはずれた冒険作だった。そして、もし、この作品が”良い”となれば、アクションだけと思われていたトリプルファイターに”ドラマ路線”を持ち込む事が出来る。ーーー

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タ・スイゾク.jpg安藤達己的回想:このエピソードは”伊豆シャボテン公園”とのタイアップで、スタッフが泊まったのは”城ケ崎”に近い東拓(現在の海洋公園)だった。円谷プロとは”ウルトラマン”の頃から、親交があったらしく撮影には随分協力的だった。デーモンカーのバックにある地球儀の様な建物は水族館で、東京方面から、ここを右折すれば”伊豆シャボテン公園”まで、ほんの10分。格好の目印になっていた。地球儀の横は”ソテツガーデン、ランド”と名付けられ、オリエンテーリングが楽しめる様な広場とドライブインレストランが建設中だった。ここはデビラの訓練場所として使ったが、これ等の施設は全て”シャボテン公園”の経営。今はどうなっているのだろう?
タ・ツリバシ.jpg吊り橋と灯台は当時のままで、切り立った崖に砕ける波は、今も変わらない。この付近の海岸は岩場ばかりで、画像としては綺麗だが、”立ち回り”を演ずる俳優さんは大変だったろう。そうそう、今回の主役だった”マヤ役”勿論、新人だったが、撮っていて楽しい雰囲気のある女優さんだった。
バイクには哲夫が乗る事になった。免許の無い勇二では、バイクを格好良く乗り回す、なんてとても出来ない(失笑)。今回も、勇二が運転するSATカーがデーモンカーを追う場面で、車が縁石を擦った。ア~ァ
撮影前のロケハンの時、海を見下ろす高台に小屋があった。人は住んでいない様子なので、案内を頼んだ地元の人に聞いてみると、”イルカ”の監視小屋で、長老がここに陣取って漁船群の指揮を取り、イルカを港に追い込んで一網打尽にしたそうな。当時、伊豆のイルカ漁は有名だったが、国際批判が激しくなった今も、続いているのだろうか?ーーー

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2009年10月04日

ダヴァオ紀行:その48 フィリッピン・フライト事情(写真をクリック⇒拡大)

マニラソトー2.jpg成田からダヴァオへ行くには、殆どの場合、マニラ経由となる。例外的にセブ経由もあるが、私には経験が無い。成田→マニラは、今、話題の日本航空(JAL)・フィリッピンエアーライン(PR)・ノースウエストの3社が毎日、1便ずつ飛ばしている。マニラで、その日のうちに、国内線に乗り継ぐ客は、9:30am 成田発のJALかPRを利用する。ノースウエストの運賃は一番安いが、午後のフライトになるから、乗り継ぎが難しい。私は、チケットが取れるかぎり、PRを利用する。勿論、マイルサービス(Mabuhay Miles)に登録していることもあるが、PR以外を使うと、マニラで国内線に乗り継ぐのが厄介だ。一度、国際空港ビルを出て、バスかワゴン車で、行く先によって違う国内線ターミナルビルに向かう。英語やタガログ語に自信のある人でさえ、料金交渉と道路の渋滞に”うんざり”させられる。
マニラチュウキー1.jpg国際線、国内線共にPRを使うと、同じビルの中を一階から二階へ移動するだけで乗り継ぎが出来る。運賃は、新規参入してきたセブパシフィックやエアーフィリッピンの方が安いらしいが、私の様に年、1・2回しか出掛けない外国人には、5・6千円の差額より、”わずらわしさ”から開放される方が有り難い。
マニラから地方空港へのフライトは、時間表どうり到着することは滅多にない。私がダヴァオへ行く様になって20年。30回以上往復した事になるが、ほぼ定刻に飛んだのは今年の5月が始めてだった。以前ほど、ひどい遅れは無くなったにしろ、出発ゲートに記されたフライト時刻がアナウンスも無しに変わっている。30分や1時間ならまだしも、4時間と言うのもあった。でも、乗客は文句も言わずに待っているだけ。カウンターで本当の(?)出発時間を確認しているのは、2・3人の外国人だけ、フィリッピンでは定刻どおりに飛ばないのは当たり前になっているらしい。だから、旅行者はその日の内に目的地に着けば、それで”よし!”と思った方が”いらいら”しない。うっかり友人と目的地の空港で待ち合わせをしようものなら、しゅっちゅう到着時間の変更を連絡しなければならない(本当だよ)。宿泊するホテルが決まっていたら、到着便のフライトナンバーを知らせておいて、シャトルバス(コーテシイカー)に空港で拾って貰うのが最善策だ!ホテル到着後の予定を、前もって入れる等はもってのほかだ!
フリーオモテ.jpgここ数年、機内持ち込みの規制が厳しくなった。液体は100cc 以下。ハミガキ粉、化粧品も透き通ったビニール袋に入れておかないと、手荷物検査で没収される。2年前、帰りのマニラ空港でタイガーバーム、正露丸、ハミガキ粉に至るまで没収された!小袋にバラバラに入れて置いた、私が悪いと言えば、それまでだがーーそんな訳で、飛行機の乗り継ぎがあるから、大好きなスコッチを成田で買うことが出来なくなった。幸いダヴァオ空港の中と外にデユーティーフリーショップが出来たので、そこで買うのだが、閉店時間が午後7時半。到着時間が遅れれば、スコッチは次ぎの日まで”おあずけ”。フィリッピン産ラム酒のポケット瓶(180ccで100円位、でもそれなりの味ですよ)で我慢するしかしょうがない。街でスコッチを買えないのか?って、買えますよ、イミテーションで良ければね(笑い)。
ダヴァオ・デパーチャアー.jpg心を残して(?)いよいよ帰国。これもホテルのシャトルバスでダヴァオ空港まで送ってもらう。万が一、途中、事故で道が塞がれていても、流石はプロの運転手、こんな脇道があったのか思う様な細~い通路を巧みに抜けて、時間通りに空港へ。手前の軍隊によるチェックポイントも、ホテルの車だから簡単に通してくれる。ダヴァオ→マニラは国際線への乗り継ぎ客がいるから、第一便が午前8時頃のフライトになる。これが信じられないほど、正確に飛ぶ。たった一度だけ、途中にある台風のせいで大幅に遅れ、成田に帰れない事があったが、飛行機には付き物の出来事。これは仕方がない。つまりハブ空港へ向かうフライトは国際線に乗り継ぐ人が多いから、時間通りに飛ばないと航空会社の国際的信用が落ちる。何故、地方へのフライトがそんなにいいかげんなんだろう?そこは賢明な皆さんが想像する通りだと思うよ!乗り継ぎがない空港へのフライトは遅れても、慣れっこになっている乗客から文句も出ないし、キャンセルも出ないものね。
PRの別名はPAL(Philippinne Air Lines)だが、旅なれた人は:Plane Always Late.の頭文字をとったんだと言っている(笑)。

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安藤達己的考察・フィリッピンの日本人観光客:朝、7時30分。ダヴァオ空港へ着くと、チェックインカウンターが騒がしい。8時15分のフライトなのに電光掲示板は14:00?職員に聞いてみると、セブ島付近を台風が通過中だと言う。脇のカウンターでは日本人客が数名、”今日中に成田に着きたいから他の便でマニラに行けないか”交渉中だった。理由が天候のせいなら、どこの航空会社だって、飛行機を飛ばさない筈なのに。
ケイタイ.jpgこんな時に役立つのが携帯電話だ。早々とメールで我が家に連絡。少々高いが、日本の友人にも国際電話(1分・175円)をかけて事情を説明。後は、出来るだけ早くマニラに行けるのを待つだけだ。チェックインカウンターの横では、例の日本人グループがまだ交渉中だった。私は、街に戻っても別にやりたい事もナシ、空港内で本を読んだりテレビを見たり。昼になれば、PRが用意してくれた昼食を食べ、ひたすら出発を待つ。結局、飛行機が飛んだのは16:30分。マニラに着くとPR職員がチケットとパスポートを集め、明日の便に変えてくると言う。国際線に乗り継ぐ客は成田に行く日本人が8人。中近東へ向かうアラブ人が一人。アラブ人はその日の内にフライトがあるらしく、空港職員と出発ゲートへ向かった。残ったのは、ダヴァオでしつこく交渉していた6人のグループと私、それに奥さんの親の葬儀に出席してきたと言うT氏。計8人の日本人だけとなった。
タンチケン.jpgグループのリーダーらしき男は、明日、PRより早く午前中に飛ぶノースウエストに変えて貰うと言って事務所に向かった。私は残った5人に声を掛けたが、まともな返事が返ってこない。こんな事態になっているのだから、日本人同士、助け合えば良いのにと思ったが、相手が口をききたくないならしょうがない。一人旅のT氏は心細いらしく、”明日、成田行きの飛行機に乗るまで一緒にいても良いですか?”と聞いてきた。こっちは一向に構わない。ホテルも二人部屋だろうし、私も好都合だ。
1時間も待たされただろうか、PR職員が、パスポートと変更済みのチケットを配り始めた。なんとT氏はウエイテングリスト、とのことだ!T氏は明日帰れなくなるんじゃないか、と心配するから、職員に確かめると”一番目になっているから、絶対大丈夫だ”との返事。例のグループは、おぼつかない英語で、まだフライトの変更を強要していた。職員はこの中にもウエイテングリストになる人が出るほど満席だから、ノースウエストへの変更は無理だと思うが明日の朝、やっては見るとの返事。だが、このグループ、職員の説明(英語)が理解出来ない。困り果てた職員が私を呼び、”説明して欲しい”と頼むから”変更は無理だよ!”とはっきり言ってやった。
ホ・マニラワン.jpg午後8時過ぎ、やっとホテルに落ち着いた。入り口で、シェパードに手荷物まで嗅ぎまわられたのにはビックリしたが、これもセキュリティのためなら仕方が無い。翌朝、レセプショニストにPRが迎えに来る時間を聞くと、”食事をしている間に問い合わせてみる”と、笑顔で答えた。レストランでは感じの好いウエイトレスが”卵料理はタダだけど、どうしまか?”と聞くから目玉焼きを頼み、朝食を終えた。迎えのバスは11時との返事だ。それなら時間はたっぷりあるから、窓外に見えたマニラ湾周辺を、ゆっくり散歩。T氏も同じ飛行機に乗って一日遅れで、無事成田に到着。そうそう例の6人、バスで迎えに来たPR職員の案内で空港に入り、ここから先はそれぞれ手続きして下さい、と言われるまで、私の後をぴったり付いてきた。
自分勝手で協調性のない日本人が増えましたなぁ。

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2009年09月27日

秋の七草:殿ケ谷戸庭園(写真をクリック⇒拡大)

国分寺駅.jpg吹く風もめっきり秋らしくなってきた。そう言やぁ、今年の夏は短かったなぁ。梅雨だって、明けたのか、明けなかったのか、はっきりしねぇ。暦を見りゃ、九月も下旬。”秋の七草”なぁ~んて、風流な言葉に誘われてやって来たのが国分寺よ。南口を出ると、立派な銅像が目に入ぇった。流石は中央線、駅前の風景が垢抜けてらぁ。
殿ケ谷戸庭園っちゃ、聞くまでもねぇ。左手の坂を下って2分も歩きゃ、右手にこんもりとした森が広がる。庭園に足を踏み入れるってぇと、痛ぇほどの緑が目に飛び込んで来る。枝ぶりの良い松もあったぁな。芝生の向こうは崖下のような風情で石段の下に池が見えてらいっ。先ずは目的の”七草”を見ようと、展示場へ向う。
女郎花.jpg撫子.jpg黄色いのがオミナエシで、ピンクで可愛いのがナデシコよ。だが、いかにしても花が小さくて目立たねぇ。そりゃそうだ、秋の七草の由来は万葉集まで遡るんだとよ。当時、和歌を”一ひねり”なぁ~て言うご仁は、わびだのさびだのにこだわる暇な貴族か、坊さんだったに違いねぇ。ひっそりと咲く野の花を愛でて、はかない人生を思い遣ったりしてたんだろうよ。春の七草が、冬場の野菜を補って実用的なのに比べりゃ、秋の七草は風流人だけが喜びそうな選択よなぁ。
桔梗.jpg雑草から顔を出してるのが薄紫のキキョウだぁな。これだって、背が低くって、手入れを、しねぇと草に隠れちまうわ。今時の花屋にあるのぁ大振りで存在感もあるし、トルコキキョウなぁんて外来種もある。ここに咲いてる花は、純国産(?)で当時を偲ばせてるんだろうよ。それにしても地味だなぁ!展示場が狭いせいで、どの花も群生ってぇわけにゃいかねぇ。
萩.jpgハギを這わせたトンネルもあったが、時期が早過ぎるのか、遅ぇのか、中途半端な花具合だったなぁ。そこで、こんもりと咲いていたハギを撮ったが、草花なのか、木に咲く花なのか、不粋なあっしにゃ見当が付かねぇ。外に花は無ぇか見渡して見るが、どうやらこれだけらしい。そこでポケットから”虎の巻”を取り出し、七草を確認して見た。フジバカマとクズそれにススキがここにゃ無ぇ。反対側からやってきた夫婦に聞いて見たが、”下の方にススキはあるが、あとの二つは分らない”ってぇこった。兎に角、自分の目で確かめるしかないやね。苔むしたシシオドシを通り過ぎ、谷(?)に向かって石段を降りて行く。途中に”ハケ”と呼ばれる、地下水が湧き出してる場所があった。水道の無ぇ時代、武蔵野台地に位置するここら辺りは、川からも遠い。この水は貴重だったんだろうよ。ちょいと口に含んで見たが、冷たくて、美味しかった。
芒.jpgコイの泳ぐ池を過ぎ、登りに差し掛かるってぇと、左手にゃ竹林。右手にゃススキがあった。おぉ~、これこそが、派手さはねぇが、昔ながらのススキだぁな!子供の頃、”月見ダンゴ”の前にゃ、必ず活けてあった。だがよ、近頃、見掛けるヤツは穂の部分がやけに大きくて、まるで綿のように見えらぁ。背丈だって、あっしより、はるかに高ぇ。きっと外国から入ぇって来た種類なんだろうよ。残るは、クズとフジバカマ。坂道を登りながら探すが、それらしき花は見当たらねぇ。落ち着いた、あずま屋の前を通り過ぎると、向こうに入り口が見えて来たい。この二種類は諦めるしかねぇっかーー写真を撮りながら、庭内を一周しても一時間はかからねぇ。運動不足のあっしにゃ、丁度良い散歩ってぇ、ところだったなぁ。そうそう、”秋の七草”、あっしはカタカナで書いたが、難しい漢字で書くのが本当なんだとよ!蛇足かも知れねぇが順番に漢字で書くと、女郎花・撫子・桔梗・萩・芒・葛・藤袴・以上ってぇこった。

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安藤達己的毒舌:ヤンバダム.jpgいよいよ鳩山政権の船出よ。総理は国連に出席。世界に先駆けて颯爽と温室効果ガス、25%削減を約束したぁな。国内では母子家庭加算を年内に復活させるは、来年度からの高校授業料無料化を約束するはでーー案の定、内閣支持率は75%を越える人気ぶり。と、ここまでは申し分がねぇ。だが、マニフェストで約束した”八ツ場ダム”建設中止を宣言するや、現地から凄まじい抗議が殺到したい!そりゃ、そうだ。この工事が始まって50年以上ってぇから、住民にとっちゃ三世代の確執があった上で事業が中止されることになる。
だが、待ってくんねぇ。このダムを計画した政党も行政も「治水・利水」の必要性を強調するがよ。そんなに重要な工事だったら、さっさと完成させりゃ良かったじゃねぇか。この50数年、未だに完成しねぇダムが”無いから困った。”と言う話を聞いたことがねぇ。ってぇことぁ、医療、福祉を後回しにしてでも優先する公共工事じゃなかったって、こった。この事業に使われた税金が3000億円以上。あ~ぁ。
ダムのために移転した住民や人生設計を狂わした住民への保証は、政権が変わってもキチッとしなけりゃ、なんねぇが、あの作りかけの設備をそのまま、”政・官・業”癒着で、国民の生活を無視して出来た記念碑にして、観光資源にしちゃどうだろう?物見高い国民のこった、案外”八ッ場”ブームが起こって、名所になるかも知れねぇよ。
国交省の大臣にゃ気の毒だが、まだ川辺川ダムの問題も、日本航空再建問題も残ってらぁな。特に日航の問題は、強すぎる労働組合、高過ぎる年金支給、採算の取れねぇ空港を作りまくった政・官・業の馴れ合い、そんな空港に定期便を就航させた日航のズブズブ関係が背後にある。一番簡単な解決方法は、日航を破産させて、新会社に引き継がせることだろうが、それが出来ねぇ再建となりゃ、こいつぁ容易じゃねぇ。このために使われる税金は、今年度だけで推計1000億円以上。来年度を含めりゃ、4000億円とか。あ~ぁ。
新閣僚の皆さん:無責任に言わしてもらうが、友愛の心を忘れずに”業者のため。じゃ無かった、国民のために頑張ってちょうだい!”

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2009年09月19日

えっ!安藤達己主演・台湾映画だって?(写真をクリック⇒拡大)

時は1966年、湯浅浪男監督のチーフ助監督として、松竹映画”やさぐれシリーズ”を撮っている頃だった。日台合作映画”母ありて命ある日”の話が持ち上がり、パスポートを申請しろ!と言って来た。パスポートは現在のように10年間か5年間の期間で選ぶのではなく、一回か複数回で外務省に当人が直接申請する方式だった。早速、台湾観光ビザを取得、有効期限は3ケ月。滅多に乗る機会が無いジェット機727(セブントウセブン)に乗り込み、台北空港に降り立つと、空港には報道陣と共に台湾側のプロデューサーが迎えに来ていて、そのまま台北市内の一流飯店(ホテル)に落ち着いた。
霧夜2.jpg台湾式歓迎会はすさまじい!向こうでは”すきやき”と称していたが、日本の”しゃぶしゃぶ”みたいな鍋料理で宴会は始まった。日本側は俳優さんを含めて6人。台湾側関係者は40~50人。”うたげ”が始まって30分もすると、台湾側の幹部らしき人がシングルグラスと紹興酒を持ち、日本側スタッフの席に来て”乾杯(カンペイ)”を要求する。”カンペイ"とは一気飲みのことだった!”そんな事を露知らない、うぶな私は、うかつにも”カンペイ”なる儀式を受けてしまった。それを見ていた台湾側スタッフが雪崩をうって”カンペイ”を求めて私の席に押し寄せて来る。断れば、”何で、あいつとカンペイ出来て、おれと出来ないのだ!”と引き下がらない。その結果、翌日はひどい二日酔いで、吐き気と頭痛に見舞われながら、ひたすら後悔するのだった(笑)。
台湾側スタッフとの顔合わせが終われば、すぐに撮影が始まる。日本人が映画を撮りに来るなんて、珍しい時代だったから、新聞は連日のように報道する。従って、物見高い少女たちは、毎日ホテルの前にたむろして撮影スタッフが帰って来るのを待ち受けていた。その数、ざっと200人前後。こんな日々が一週間も続いた、だろうかーーそんな或る日、理由はハッキリしなかったが日本で撮影したフイルム(10分程度)が税関を通らないことが判明。結局、合作映画”母ありて命ある日”はアッケなく制作中止となった。惨めだったのは私達日本側スタッフだ。ホテルは場末の三流どころに移され、当然、ギャラが入って来ないから一文無し。日本にも帰れない。途方に暮れている最中に、
ツザキ.jpg台湾側プロデューサーが”安藤達己”が主演するなら、映画を一本作っても良い、と意外な提案をしてきた。理由を聞いて、これ又びっくり!ホテル前で”きゃー、きぁー”騒いでいた少女達の目的は安藤達己だったと言うのだ。湯浅監督は渡りに船と、この話に飛びつき”アンちゃん頼むよ!”と笑っているが、私はとても乗り気になれない。しかし、場合が場合だからNOなんて言える筈もなく。監督は早速、日本題名”夜霧の停車場”、台湾タイトル『霧夜的車站』の脚本に取りかかった。勿論、私も当然のように手伝い、3・4日で脚本を仕上げると、通訳とスクリプター(男性でチーフ助監督)がプロデューサーと共にやって来て、ドンドン台湾語に訳していく。こちらでは台本を印刷しない。現場でスクリプターがセリフを俳優さんに渡す。
英々.jpgプロデューサーはさっさと台湾側の配役を決め始めた。私の妹役、東條民江の恋人に売り出し中だった”高鳴”。私の母親は名女優”英英”。脚本が仕上がれば、大切な”金づる”だから、すぐにクランクイン。現場は北投で日本の箱根のようなリゾート地だ。スタッフ、俳優は全員、クランクインからクランクアップまで同じホテルに泊まっているのでスケジュールを組むのは楽だが、時間にルーズで大道具、小道具が揃わず、撮影が大幅に遅れるのは当たり前。でも誰も怒らない。”台湾時間だ!”と笑っている。
私は助監督兼主役。準備に追われ、出番が来ればカメラの前に立つ、相手役は台湾語で話し、私は日本語で受け答えをする。なんともはや、奇妙な現場だ。セリフのきっかけを掴むのがやっとで"良い芝居”をするどころの騒ぎじゃない!と言っても、もともと俳優じゃないから”良い芝居”なんて出来っこないか(苦笑)ーー挙句に、監督は日本語の通じる(?)私に、”アンちゃん、こう動いた所でカットを切り換えるから”とか、勝手な注文を付けてくる。そんな事がありながら撮影も無事終わり、アテレコ、ダビングを経て、湯浅浪男・第一回台湾映画・『霧夜的車站』は完成した。
雑誌.jpg映画は台湾語版・北京語版が同時に華々しく封切られ、それなりに話題になった。主演俳優(?)の私は、映画の封切り後、どんな待遇を受けたかって?恥かしくって自分の口から言いづらいかなぁ!このあたりの話しは、今月発売された雑誌:「台湾映画」東洋思想研究所発行(電話・FAX 0744-28-0635)の”安藤達己監督インタビュー”(取材・日本大学講師 山崎 泉)で語られています。
 
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霧夜1.jpg安藤達己的想い出話:古いアルバムを引っ張り出して、やっと見付けたのが、このブログで使った写真。セピア色に変わっていた。当時の話を始めるには”昔々あるところに”と言う、まくら言葉が必要なほど時間が経ってしまった。昔々(?)まだ蒋介石総統が健在だった台湾では、総統が出掛けるとなると、自動小銃を持った軍隊が30メートル位の間隔で道路に配置され、厳重な警戒網が引かれていたんだとさ。
*当時、中国も台湾も一つの中国を主張。名目上は戦闘状態にあった。だが、実際は金門島でお互いに(台湾側と中国側)時間を決めて大砲を撃ち合っていただけで、犠牲者なんか間違っても出ない状態だったそうだ。実際に金門島で兵役に付いていたスタッフの話だから、間違いない。こんな不可思議な戦闘が行われていたのは、米国が台湾に共産主義封じ込めの最前線と言う意味合いで莫大な資金援助をしていたからだろう。
*映画の撮影中に、私物が全部、盗まれる被害にあった。困ったのはパスポートが無くなったことだ。これを再発行して貰うのに、まずは警察署に被害届を出し、10日位、警察が捜査(実際は何もしないそうだが)。紛失証明を貰って日本大使館に再発行を申請する。その間、約1ケ月、パスポートがないから、一人では何処にも行けない。
*台北で楽しいのは、屋台で食べる夕食だ。一人では言葉が分らないから台湾人スタッフと一緒に行くが、ずらり軒を連ねたお店を覗いては、好きな”つまみ”を4・5皿頼んで老酒を一杯。仕上げは麺で、これも種類が多い。スパイスも豊富で、私には台湾麺が一番美味しかった。確か2元(20円)だったと思う。
*”母ありて”の撮影が中止になり、ダンスホールで知り合った、日本語の上手い女性と出掛けた時のことだ。マーケットの前を通ると、ご存知のように”ブタのもも”や”アヒル”、”ニワトリ”の丸焼きが無造作に吊り下げられている。くだんの女性、ニワトリの足(モモ肉ではありませんぞ。指のあるところ)を見付けると、二本買った。”アンドウも食べるか?”と聞くが、勿論、遠慮した。”おいしいのに”と言うやいなや、指のあたりから、”むしゃむしゃ”と食べ始めた!?
*いよいよ日本に帰る事になり、有名なヒスイでも買いに行こうとしたら、親切なスタッフが一緒に来てくれた。”私が呼ぶまで、外に隠れてろ!”と言うから、その通りにして指輪を買ったが、当時の台湾では土産物には全て”アメリカ値段”・”日本値段”・”台湾値段”の3段階があったそうだ。この友達のお陰で、私はヒスイの指輪を”台湾値段”で買えたことになる。
面白いが他人に言えない話も沢山ある。それは別の機会に:と言うことにして、では、また来週!

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2009年09月13日

ダヴァオ紀行:その47 終の棲家(写真をクリック⇒拡大)

セブンシー.jpgフィリッピンからのタレントが、日本に入国出来なくなって久しい。それでも我が家の近くに”フィリッピンパブ”なる店が結構ある。ここで働いているフィリッピン女性は、かって程若くはない(苦笑)。ほとんどが30代で日本人と結婚しているか、結婚していた人達だ。正確な数字は分からないが、日本に住むフィリッピン妻の離婚率は50%を超えているのではないだろうか?そこでと言っては失礼だが、
ダヴァオを”終の棲家”と決めて、フィリッピン女性と結婚。ここに居を構えている日本男性の”本音”を聞きたいと、無理を承知で”ダヴァオ桜会”の特に高齢の方に”お会い”したい事をA氏に伝えると、KA氏とKO氏が快く応じてくれた。
カ・モン.jpgカ・オウセツ.jpg約束の朝・ホテルのレストランで待っていると、80歳を超えているKA氏が、マイカーを運転して迎えにきてくれた。15分程で氏の家に到着。と言うことはダヴァオの中心部に”住まい”があることになる。瀟洒な平屋で40坪の敷地に建坪が、やはり40坪位だろうか?2年前に買ったそうだが日本円で六百万円。土地は外国人が持てないから、奥さん名義なのだろう。
奥さんのフィリッピン女性とは19年前に日本で知り合い、KA氏にとっては3回目の結婚に踏み切った。すぐに、前妻との間に出来た氏の一人息子と相談の上、マニラに移住。数年後ダヴァオに居を移した。現、奥さんとの間に3人もの子宝に恵まれ、末っ子は10歳。氏が72歳の時の子供だ!奥さんの妊娠を知ったKA氏は自分が高齢であることから中絶を考え、夫婦の間で、かなりの軋轢があったようだが、奥さんは氏の話に一切、耳を貸さなかった。この件について率直に聞いてみると奥さんは”アボーションなんて飛んでもない。考えて見て!子供が欲しくても妊娠出来ない人がいるのにーー授かった子を産むのは当たり前でしょ。”と言い放った。ごもっとも、流石はクリスチャン。正論で御座います、ハイ(降参)。で、KA氏は今、どう思っているのか確めてみた。”アンドウさん。女房の頑固さに感謝してますよ。今は10歳になった末娘がもう、可愛くて、可愛くて”だそうです。二人の”結婚して本当に良かった。”と言う言葉を聞いたところで、”いとま乞い”をしてKO氏宅まで送って頂いた。
コ・オウセツ.jpgコ・ゲンラン.jpgこちらのお宅は小ざっぱりした二階建で、貸家だそうな。結婚してまだ5年しか経っていないとかで、そこはかとない新婚気分が漂っていた。駐車場の脇には1坪ほどの紗で囲われた棚があり、デンドロビュームとカトレアの鉢が並んでいる。KOさんの身内はもう誰も居ないそうだから、この奥さんと、その親戚が親族の全てだ。家賃が12,000ペソ(24,000円)で、お手伝いさんが2人。夫婦二人きりの生活だから贅沢な気もするが、お手伝いさん一人2,000ペソ位で雇えるとなれば、奥さんの身内への援助になっているのかも知れません。
こちらの二人も、今の生活に満足している様子で、50歳近い年齢の差がある若い奥さんはKOさんの”優しさ”と”思い遣り”に感謝していた。私はてっきりKOさんが、若い奥さんの家族に金銭的援助しているに違いないと思ったら、それは”一切無い”とのことだった。ちなみに1ケ月の生活費を聞いて見ると30,000ペソ(60,000円)で済むと言う。KOさん、毎日、散歩を欠かさず、少しでも長生きしたいと健康には気を付けている。こうして幸せそうな二人を見ていると円満な結婚生活に国籍なんて関係ないことが良くわかる。勿論、ダヴァオで生活している日本人男性全てが、この二家族のように幸せではない。最近では行き場の無い、年老いた日本人男性が、遺体の引き取り手もなく地元の教会で永眠する例さえあると聞く。故郷を離れて、愛する者同士が暮らすのであれば、是非、幸せな余生を送って欲しいものですね。
80歳代になって若い奥さんに愛され、不満の無い生活しているKA・KO氏。今の生活が何時までも続きますようにと祈って、帰途に着いた。

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ダヴァオで聞いた恐~い話:ダヴァオから北に200キロ程行くとコトバト州がある。どの辺で金が出るのか分からないが、10年前に会ったオーストラリア人は、故郷で出資者を集め、コトバトで、本格的な金の採掘を始めた。その秘書に聞いてみると、この事業は成功し、金鉱からは毎日1キロの精製された金が採れていると言う事だった。
私の友人はご他聞にもれず兄弟が多い、その弟が”よろず屋”を営んでいる叔母さんを頼ってコトバトに行く事になったと言う。その叔母さんが16歳の弟を迎えに来ているが、私と一緒にホテルに行っても良いかと電話してきた。こちらは一向にかまわない。程なく二人が現れた。叔母さんは30台半ばの、なかなか美人さんだ。ところで、弟がコトバトに行くと、ダヴァオと違って仕事が有るのか聞いてみた。何と!山の中で金塊を探すのだと言う。
”へぇ~、金て、そんなに簡単に見付かるの?””簡単じゃないけど、金塊を掘り当てて、大金持になった話は沢山有るよ”と答えた。私はただ、ふぅ~んと眉毛を擦るしかないが(笑)ーーただ、そこは夜、出歩くと危ないんだと云う。叔母さんがダヴァオに来る数日前にも殺人事件があったそうだ。私があっけに取られていると、割り当てられた掘る場所に人の血を染み込ませると金が育って大きくなるから(?)、その付近では殺人事件が良く起こるのだと、真顔で話す。”馬鹿な!”と思わず笑うと、”大きな金塊を掘り当てた人は皆、人間の血で金を育てたんだ!”と、平然と言ってのけた。どうやら二人はこんな話を信じているらしい。ことの真偽はとも角、金塊探しの山中で、殺人事件が多発するのは本当らしい。薄気味悪くなった私は、話題を変えてから、二人を夕食に誘った。
その後、この弟が”大金持ち”なった話は聞かない。今はどうしているのだろう?
これ本当に聞いた話だよ!私の友人も、その叔母さんも決してオカルト趣味の人じゃなく常識ある(?)フィリッピン人だからね!

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2009年09月05日

トリプルファイター:トリプルファイター脱出せよ(写真をクリック⇒拡大)

ダ・SAF.jpgこのエピソードが2話目になるが、1話目と同時にクランクインするから、実質的には、1話目を撮っている感覚だ。SAT本部になっている早瀬家の洋館入り口も、このエピソードの冒頭に入れた。悪役で”からむ”怪人やデビラは殺陣師(宇仁・高倉)のグループだがら、事前にリハーサルを終え、撮影する時には自分達の動きが分かっている。しかし、”からまれる”俳優さんの方は、現場で動きを渡されるから大変だ。レギュラー俳優さんは、アクションに馴れていない上に、全編アクションで彩られた番組の経験も無い。早瀬三兄弟の性格設定では、長男の哲夫は頭脳明晰。次男の勇二は力自慢の体育会系。ユリは心優しいお姉さん。だったから、1話では勇二のアクションが中心の作品になった。
ダ・ゼンイン.jpgとは言うものの、それぞれが変身してグリーン、レッド、オレンジファイターとして戦うわけだから、哲夫もユリもデーモン怪人やデビラとの”立ち回り”が多い。このエピソードでは、河原でバレーボールを楽しんでいた早瀬三兄弟にデビラカーを連ねてデビラが襲って来た。3人3様のアクションで追い払うが、デーモンが繰り出して来た今回の怪人ゲランは、不思議なガスを使ってファイター達を一人ずつ異次元空間へ追い込み、ここで息の根を止めようと、まずは勇二がデビラと戦っている所に、忽然と空中から現れ、勇二がレッドファイターに変身するやピストルとガスを使って、不思議な空間へ追いやった。
ダ・ゲラ3.jpgダダ・ユリ.jpg行方不明になった、勇二を探して出動した哲夫だったが、突然現れたデビラ軍団に襲われグリーンファイターに変身した途端、ゲランのガス攻撃によってレッドファイターが閉じ込められている空間に落とされて行く。デビラ達はさらに”あつし”を誘拐、柱に縛り付けてユリを誘い出し、激しいアクションの末、”あつし”を救出したが、またまたゲランが出現、オレンジファイターに変身したところでガス攻撃に合った。出口を探して空間を走り回るレッド、グリーンファイター。そこに倒れ込んでくるオレンジファイター。3人は巡り会えたが、ゲランが現れ、ファイター達を思いのままに”いたぶる”。この空間では、ゲランの方が圧倒的に強いのだ。
ダ・イジゼン.jpgダ・トリ.jpg霧に包まれた不思議な空間で、ファイター達は、互いに助け合いながらゲランに立ち向かうが、全く勝ち目が無い。やっとの思いで三人が円陣を組むとトリプルファイターに変身。すると異次元空間は消え去り、ゲランとトリプルファイターの戦いは河原で始まっていた。空中を飛ぶ二人。体当たりで倒れ込み、組み合ったまま転げ回る二人。パンチを撃ち合った末、空中に飛び上ったトリプルファイターは必殺のキックを繰り出すと、さすがのゲランも、のたうちながら爆発して戦いは終った。

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安藤達己的撮影秘話:ダ・デモンカー・シュツドウ.jpg第一話目はビルの階段や屋上を使った”立ち回り”もあったが、今回は”ひとけの無い”河原(多摩川)や山林が多かった。スタッフが撮影中にどこで見付けたのか、野ウサギの子供を数匹捕まえて来たのには驚いた!こうした山林も今は、立派な住宅地になっていることだろう。哲夫のアクションも結構あるが、思ったより体が硬く、なかなか”様に”ならない(失笑)。勇二はバイクを乗り回す設定なのに、何と!免許証が無く、バイクを走らせるのがやっと(失笑)。吹き替えで哲夫に乗って貰ったが(?)、今後が心配だ。紅一点のユリも馴れない”立ち回り”に苦労していたが、”からむ”方は、もっと大変だったろう(笑い)。
デビラカーは、プロデューサーが、ほぼポンコツ(笑い)に近いスバル360ccを10台(本当にポンコツになったり?修理中だったりで、画面に現れたのは最大で5台だった)集めて来た。ウンカの如く出現するデビラ軍団には10台では少な過ぎる。そこで使ったのが、珍しい”作画合成”でマンガチックな絵だったが、これはこれで可愛いかった。デーモン怪人は予算の都合で、頭の部分だけ変えて、違った怪人として出て来ると言う、苦肉の策。一回の放送が七分弱の番組をどう展開して行けば良いのか?1・2話が仕上がったところで、プロデューサーを始め、シナリオライターと監督に出された課題は多かった。

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2009年08月31日

09・衆院総選挙(写真をクリック⇒拡大)

シュ・トウヒョウジョ.jpgショウドク.jpg8月30日(日):衆院総選挙・小選挙区、比例代表選挙も5回目になる。事前投票が簡単になったせいもあるだろうが、有権者の13%(1400万人)がこれを利用すると言う。前回の投票率が67%で自民党の圧勝だったが、今回は”政権交代”が実現するかどうかで、全く逆の風が吹いている。投票率も70%を超えると予想する向きが多い。私も、台風が近づき、午後から雨の予報だったから、早めに投票所に向った。入り口には消毒スプレイが置いてあり、新学期を真近に控え、新型インフルエンザの流行が気にかかる。校庭に駐輪する自転車は、かなりの数で、有権者の出足も良さそうだ。今回こそ民主主義が持つダイナミズムが実現する、初めての選挙になるのだろうか?戦後64年、連立政権も短期間あったが日本の政治は自民党が独占してきた。少なくても第一次オイルショックに見舞われた昭和50年頃までは、日本的やり方、”政官財一体となって産業を育成する”方法が成果を挙げ、日本を世界一の経済大国に押し上げた。当時の日本経済は、常に右肩上がり。行政に無駄が入り込んでも、それ以上の税収が無駄を吸収。国民の生活は豊かになった。
しかし、平成年代に入ると日本経済は成熟し、税収の大きな伸びを期待する時代は終わりを告げた。それなのに、思い切って行政の無駄を省こうとしなかった政治体制。日々の生活で精一杯の国民の目には、政も官も既得権益にしがみついて甘い汁を吸い続ける姿にしか映らない。これに追い討ちをかけたのが、昨年、サブプライムローンの焦げ付きから始まった米国発の経済危機。この影響を、もろに受けたのが日本を代表する製造業。そこに働く非正規社員(労働人口の30%・1000万人)の解雇が相次いだ。最新の失業率は5,7%。こうした状況の中で
ソウコウジ.jpg8月18日・衆院総選挙が公示された。7月の下旬に衆院解散予告の後、解散と言う不思議な段取りで長~い選挙戦に突入したせいか、公示日には各メデアが早々と民主党の優位を伝えていた。TV局が企画した各党、党首討論会では、自民党党首が民主党のマニフェストに噛み付き、他党の質問も民主党に集中。まるで与野党が入れ替わったような光景だった。
わずか4年前の衆院選挙では、”郵政民営化を旗印に小泉旋風が吹き荒れ、”小泉チルドレンと呼ばれた新人が大量当選”。自民だけで、ほぼ300議席を勝ち取る大勝だった。そして2年後、小泉首相から福田さんに内閣が引き継がれるや、目まぐるしく総理が変った(笑)。昨年10月、選挙管理内閣だ、と思われていた麻生総理は、リーマンショックで世界経済が激震に見舞われるや、これ幸いと(?)100年に一度の危機だとばかり、”国民に信を問う”のは後回し、政策だ!政策だ!と四回も補正予算と予算を成立させた。
セ・エキマエ.jpgヨソウ.jpgその政策も中身を見れば、凍結したはずの高速道路建設が復活。どう使うか分からない××基金に4兆円。国民生活に直接影響する、消えた年金は、いつ解決するか目途が立たず。福祉と高齢者医療の負担は増えるばかり。”行政の無駄をはぶく話”は例のごとくお題目をとなえるだけ。その上、税収が44兆円しかないのに国家予算は100兆円を超えている。不足分は勿論、国債発行だ!その返済は近い将来、上げる予定の消費税となれば、”おとなしくて、物言わぬ”国民も、現政権に愛想をつかした。と考えなければ、新聞各社が予想する民主党圧勝は説明がつかない。
私の住む選挙区も、これまで自民党が強かったが、新聞報道によれば民主党候補者と大接戦になっている。それなのに、我家の辺りは選挙カーも来ないし、静か過ぎる。世間の様子を探りに(?)駅前に行ってみたが、立候補者の姿はなかった。きっと有権者が多いところで、最後の”お願い”に忙しいのだろう。でも、それもあと二日。30日には”国民の審判”が下る。

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マニフェス.jpg安藤達己的毒舌:結果は大方の予想通りってぇか、あっしにゃ、驚きだったが、308対野党連合(自民119・公明21)140で民主党の大勝だったぁな。だがよ、勝った民主党だって”浮かれてる場合じゃ、無いやね!”今やイデオロギーの違いで、政党を選んでるわけじゃねぇ。そりゃそうだ、民主党の党首も首脳陣も大半は元自民党だぁな。マニフェストを見比べたって、自民と民主に根本的な違いは無ぇ。その結果がこうなったのぁ、50年以上続いた自民党政権じゃ、マニフェストに立派な事を書いたって、実行出来ねぇことを国民が見通してるからだろうよ。
ヨ・シンブン.jpgつまり、長く続き過ぎた政・官のやり方が制度疲労を起したってぇことよ。国民が民主党に期待してんなぁ、マニフェストに書いてある通り、無駄を徹底的に省いて、税金の使い方を変えて欲しいってぇことだぁな。天下り先に税金を流すなんざぁ論外よ!それに、どこの家庭だって、その年毎にお金の使い方が変わるだろうが、それなのに自民党政権の予算案は、各省庁の取分(パーセンテージ)が何十年も変ってねぇ。これじゃぁ、”官僚が予算を仕切ってる”って言われたって、しょうがねぇやな。民主党は、お金(税金)の使い方を政治が決め、国民が必要としているところに重点配分するって言うが、予算の付け変えったって簡単にゃ行かなねぇよ。50年かけて作り上げた行政の牙城は、簡単にゃ崩れねぇ。まぁー、伏魔殿だぁな。
この壁を乗り越えて、国民のためになる予算を編成出来れば、国民は民主党を支持し続けるだろうし、出来なければ、即退場となるだろうよ。なにせ今回の選挙を通じて、”政治を決めるなぁ国民の一票”だってぇことを知ったんだからよう!

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2009年08月23日

第19回関正子杯小中学校生卓球大会(写真をクリック⇒拡大)

ブドウ・イリグチ.jpgカリ2.jpgおぼんの真っ只中・8月13、14日に関正子杯小中学生卓球大会は開かれた。私が会場の東京武道館に着く頃には、すでに90テイームの参加選手が熱戦を繰り広げていた。この大会は変則的だが予選リーグを中断して入場行進を行う。地方から参加して、前日から泊まっているテイームは良いとして、当日、遠方から参加して来るティームのために、第1回大会から開会式は午後1時からとなっている。12時を過ぎると、40台も使っている卓球台は、進行係りの先生の指示に従って、会場で手伝っている大人と選手達が協力してアッと言う間に片付けてしまう。
選手達は入場口でティームごとに集合。先頭の選手が用意してあるプラカードを持って、合図を待つ。会場には関杯のテーマソング、”未来へ”と”ファイト、ガッツ、スマッシュ”が流れ、いよいよ選手の入場行進だ。大会に参加している選手に取って、卓球日本選手権が開かれた同じ会場を使った関杯は”晴れ舞台”なのだろう。”うつむきながら”の行進もあれば、”上気した顔で”入場してくるティームもある。
ナカゼンケイ.jpgウンエイ.jpg全ティームが整列し終わると、開会式を手短に切り上げ、すぐに試合が始まる。参加条件は、いたって単純”中学2年生以下が6人以上で1ティーム”だけ。だから、中学校単位の参加もあれば、クラブティームは勿論、2校、3校が共同でティームを組んでいるところもある。ティーム力も”全中”で勝負できるクラスから、卓球を始めたばかりの選手で編成しているところまで、さまざまだ!
この大会は関正子・元世界チャンピオンが”選手のための大会を開きたい”と言う、熱い思いでスタートした。進行を務める先生方は大変だろうが、予選リーグで負けても、卓球台が空いていれば相手を見つけて練習試合が出来る。大会1日目が終われば、指導に当っているコーチや先生方が参加して”関正子を囲む懇親会”が開かれる。懇親会ではザックバランに”卓球技術”についての問題や疑問が話し合われ、若い指導者に関さんや、実績のある先生達が適切なアドヴァイスをする。引率者は先生が多いから、話は多方面に亘り、難しい中学生の生徒指導についてもベテランの先生が”自分の経験談”を話す事さえある。そして、この会合に必ず参加する先生の一人が
カリ1.jpg桂萱(かりがや)中学校を指導するS先生だ。群馬県の公立中学校の教員だから、当然、何年かに一度、学校は変わる。変わらないのはS先生が卓球と教育に掛ける情熱だ。卓球部の顧問だから、生徒には”卓球が強くなって欲しい”と技術指導に余念がないのは当然として、人間教育にも力を注いでいるのが見てとれる。入場行進での規律が取れた元気良さは一際目立つし、試合中の応援態度も立派だ!挨拶もキチッと出来る。きっとS先生は、卓球を通じて、義務教育中の生徒に”目的を持つ大切さ”や”正々堂々と生きる尊さ”を教え込もうとしているのだろう。元来、関杯は卓球日本の復活を夢見て、より多くの人が卓球を楽しみ、卓球人口の底辺が広がれば、頂点に立つ人の技術も高くなると信じて運営してきたが、S先生は、顧問として卓球指導は勿論だが、子供達が社会人に成る日をも視野にいれている。それは”卓球が強いだけの人間で終わって欲しくない”からだろう。

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ハチ1.jpg卓球にかける情熱なら八王子六中のO先生にかなう人は居ない。家族に取っては迷惑な話だが(笑)、生活の全てを卓球指導に捧げて(?)いる。東京代表で卓球の全国大会に出場するような中学校は、小学生の段階から強かった選手を集めるのが普通だ。ところがO先生が顧問をしている中学校には、そんな生徒は居ない。中学校に入ってから卓球を始めた子供ばかりだ。定年を真近に控えても、”自分の教え子を全国大会に送り出したい”と言う情熱は燃え上がるばかり。奥さんに愛想を尽かされようと、そんなことに怯む気配も見せず、ただひたすら、生徒と共に夢を追う。
卓球に魅せられた原点は、”30年前に押し付けられた卓球部の顧問を引き受けると、選手の頑張りで東京都大会で3位に輝き、その感動に酔いしれた先生は、子供から貰った感動の恩返しをしたい。”と言うものだった。それから30年、O先生は今もその恩返しのために生徒を指導し続けている。
ミタカク.jpgマルゼン.jpg大会も2日目、午後からベスト4によるリーグ戦が始まった。男子は丸善クラブが3戦全勝、他の3ティーム(市川六中クラブ、TOMAX、鴻巣北中学校)は1勝2敗で並ぶ大接戦。言い方を変えれば、丸善クラブだけが抜け出していたと言うことになる。まれに見るほど”優勝争い”が白熱したのは女子決勝リーグだった。本命と目されていた武蔵野中学校は27回連続で全国大会に出場。今年も当然のように関東大会を勝ち上がった。勿論、関杯に3年生は出られないが、その強さは誰もが認めるところ。ここと優勝を争ったのが美鷹クラブ、なんと!小学生だけで出場して来た。優勝を争う2ティームの勝敗は5番手まで持ち越され、3-2で美鷹クラブの勝利。6人の選手たちは無邪気に喜びを爆発させた。この子供達が順調に育てば、10年後に日の丸を背負う選手が出てくるかも知れない!
大会も無事終わり、心地よい疲れと満足感、ほのぼのとした期待が私の心をを満たしていた。

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2009年08月16日

ダヴァオ紀行:その46 インターネットカフェ(写真をクリック⇒拡大)

パナボバスストップ.jpgイッカイ・ワールド.jpgダヴァオから30数キロ、パナボと言う町がある。鉄道が無いミンダナオ島では、庶民はバスに頼るしかないが、マイカーを持つ人は大都会、ダヴァオの喧騒を嫌って田園風景が残るこの町に居をかまえる。毎回、交流を重ねてきた”ダヴァオ桜会”の会員の中にも、ここに住む人がいる。その中の一人、O氏はなんと!ネットカフェを経営していた。これまで農畜産業や飲食店を経営している日本人には会ってきたが、時代の最先端を行くIT関連の経営をしている人は始めてだ。早速、”店を見たい!”と申し出ると、”どうぞ、どうぞ”と快く、応じてくれた。ダヴァオのバスターミナルから1時間、パナボ市のターミナルに着くと、小さな出店がひしめき合うように並んでいた。この付近が市の中心地と言うことになる。中心地と言ってもレストランや雑多な店が30数軒ある程度で、のどかなものだ。その一等地(?)にO氏が経営するワールドネットカフェはあった。店に続く階段の幅は狭く、丁度、開店二周年のサービス週間が終わったばかりで、入り口には垂れ幕やビラが貼ってあった。
ネットゼンイン.jpgゲ-ム10.jpg中に入ると、右側は通路、左側が三っつのブロックに仕切られていた。受付けの向こうは、学生らしき若者が、隣の客と肩が触れ合うほど狭いスペースの中で、パソコンのモニターに見入っている。モニターの数はざっと40。奥の長椅子で席が空くのを待っている学生もいる。こんなに若者が集まっていても、人声は全く聞こえない。丁度、今は学年末(六月が新学期)で学校は休み。どこの国でも十代の子供達はパソコンゲームが大好きだ。だが、フィリッピンのPC普及率は一桁。当然のように学生達はネットカフェに集まる。ここのブロックはゲーム専門で、ゲーム以外にパソコンを使うわけには行かない。その分1時間の料金が、たった10ペソ(20円)と信じられないような安さだ。
コシツ・ソト.jpgコシツ15.jpg他の2ブロックは、普通のネットカフェ。個室スタイルで40室もあり、中は2畳もないスペースにPCと椅子が一つ、横になるのはとても無理だ(笑)。勿論、ゲーム以外も出来る。定員は2名。貴重品は自己管理。ポルノサイトは禁止。と張り紙があった。こちらは1時間、15ペソ(30円)。
インターネットへの接続スピードを聞いてみると、私の予想より遥かに早く・2、7メガビット、常に1メガ以上は出ている言うから立派なブロードバンドだ。ウイルス対策も、客が帰る時に電源を切れば、必ず初期設定に戻るようにセットされて、ここのPCは感染したことがないと言う。従業員が7人もいて、これだけ人が入っている。かなりの利益を上げているのかと思えば、一ヶ月平均、30,000-ペソ(60,000円)程度で、副業の収入の方が多いそうだ。ついでだから(笑)、副業を聞いてみた。O氏はPCを使って印刷屋の様なことをしている。な~るほど!名刺や招待状のように何百枚単位の印刷物は、早くて綺麗に仕上がるからパソコン普及率の低いフィリッピンでは結構、注文があるのだろう。奥さんは奥さんで、商才があり、種類の多い果物の収穫時期に、果物に合った輸送用の木箱やダンボール箱を農家に納めている。二人の副業収入が本業より多いとなれば、子供2人の4人家族。物価の安い、この地なら、余裕のある生活を楽しめるだろう。”羨ましいなぁー”
ネオンダフウフ.jpgO氏と奥さんの出会いは15年前にさかのぼる。日本で出会った二人は、意気投合して、程なく結婚。4年前には物価の安い、奥さんの故郷で暮らすことを決意。パノボ市にやってきたが、外国語を素早く使いこなす才能と、商才に長けたO氏は現地に多くの友人を作り、この地に合った事業を考えていた。そんなある日、パソコンの普及率が低いことから、思いついたのがインターネット関連の商売だった。一等地の二階に貸し店舗があり、割安だったので、店面積200ヘーベの権利とPC、その他の費用を含めて50万ペソ(100万円)を投資。ネットカフェをオープンした。家賃が22,000-ペソと安かったお陰もあり、商売は軌道に乗り始めている。
さて、まだまだ若いO氏夫妻、次は何を仕出かすのだろうか?期待して、将来を見守りたいカップルだった。

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フィリッピン事情:最近の新聞から・アロヨ・オバマ.jpg任期があと1年もないグロリア・アロヨ大統領が突然のようにオバマ米大統領と会談。ミンダナオ島の政情安定のためにMILF(モロイスラム解放戦線)と和平交渉を再開するそうだ。ついこの間、夫のホセ・アロヨは賭博関係者からのワイロ騒動で、国民が反アロヨ運動を起こしたのに--今度は自分の人気取りに走っているらしい!消息通は次期大統領選挙(2010年)への出馬を取り沙汰しているが。アロヨ政権は2001年の大統領選で副大統領に当選。エストラダ大統領が収賄がらみで失脚後、すったもんだの挙句、繰上げ大統領となり、2004年の大統領選で当選。結局は変則的な形で9年間も在位している。フィリッピン大統領の任期は6年。再選ナシの筈だが---
エストラダ.jpgこの動きを牽制するかのように、恩赦で終身刑をまぬがれたエストラダ元大統領が本職の俳優に戻り、映画の主役を演ずると発表した。大統領選を1年後に控えた今、この動きも様々な憶測を生む。そうそう、夫のペグニノ・アキノ氏がマニラ空港で暗殺され、1986年の選挙でマルコスがコラソン・アキノ(ペグニノの妻)に勝った筈が”選挙結果に不正があった。”と国民の怒りを買い、フィリッピン国軍にまで裏切られて”独裁政治”に終止符を打ったマルコスは亡命先のハワイで死亡。今は故郷に葬られている。そして今年の8月、ピープルズパワーの応援でマルコスを追放。第11代大統領になったコラソン・アキノ氏もガンの悪化で他界した。時間は無常にも大事件を歴史の中に閉じ込めて過ぎて行くが、今、不可解な動きを始めたフィリッピン政界に何が起ころうとしているのだろうか?

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2009年08月09日

七夕飾り:阿佐ヶ谷(写真をクリック⇒拡大)

ア・エキマエ.jpgタンザク.jpg”七夕飾り”っとくりゃ、7月の平塚、8月の仙台だろうよ。東北の三大祭に数えられるとかで、今日から始まった”七夕まつり”をニュースで流してらぁ。あっしは”ヘソ曲がり”だからよ、”なりは、でけぇ”は”色は、ぎょうぎょう”しい昨今の飾りが好きになれねぇ。もしや、願い事を短冊に書いてぶら下げた、懐かしい”ササ飾り”にお目にかかれるんじゃねぇか、と阿佐ヶ谷くんだりまでやって来たいっ。階段を降りて、改札を出りゃ、黄色い声の大合唱が聞こえる。”願い事を書きませんかぁ~”。夏休みの奉仕活動なんだろうよ。ボーイスカウトのご一行さんだった。駅の外にゃ、長い机が用意され、星型や短冊にせっせと筆を走らせる人が数名。地元の女学生らしきグループもゆかた姿で広場にたむろしてた。さて、どの道を行きゃ良いんだろうと見渡すってぇと。左手の信号辺りに人が群がり、ガードマンも手に赤い懐中電灯みてぇな棒を持って交通整理に余念が無ぇ。パトカーの灯りも見えてらぁ。
ア・イリグチ.jpg近づいて見りゃ、ドームの上にパールセンターの文字よ。その天井から”吹き流し”みてぇなものが、束になってぶら下がってらぁ。見た目にゃ、派手すぎる程、派手だがよ、これじゃ、江戸時代の”火消し組”の看板か、海でさんざ痛ぇ思いをした”くらげの足”みてぇだぁな(笑)。ササ飾りが一本だけ、申し訳なさそうに仲間に入れて貰って、”寂しげ”だった。
道幅は、そうさなぁ、6メートルもあるか?派手で、でけぇ”飾りつけ(ササ飾りじゃねぇよ)”が道路にはみ出してるは、アーケードになった天井から”吹流し”みてぇなものが風にあおられてるは、毒々しいほどの色彩よ。これが、今時の”七夕さま”なのかなぁ。あっしにゃ、悲しいが、人集めの行事になっちまったんだろよ。お陰で、行き交う人の肩が触れ合うほどの人出だった。ゆかたやじんべぇを着て、何やら飲みながら歩くお嬢さん達に混じって、外国人も目についたなぁ。ちょいと路地を覗きゃ、縁日に付き物のカキ氷だのフランクフルトを食べてる若者がいたが、屋台は意外な程、少ねぇ。軒を連ねた商店街じゃ、屋台の出番は無ぇっか。どの店も、この人出を逃すまいと、総動員で客に声を掛けてたぁな。
アゼン1.jpgア・タケ2.jpg”飾り”のコンテストもやってるらしく、天の川賞・織姫賞なぁんてビラが下がった大きな作り物があったが、ほとんどアニメのキャラクターだろうよ。あっしには、名前さえ見当がつかねぇ。それも道路の中央にデンとぶら下がって、言ってみりゃぁ特等席に鎮座ましますっと、こういうわけだ。おっと、あっしが探してたのぁ、願い事の短冊を吊るした、普通のヤツよ。これが簡単にゃ行かねぇ!700メートルの道路を探しに、探して、やっと見付けたのがこのササ飾り、一本だけ。願い事は書いてあったが、紙の短冊じゃねぇ、薄っぺらいビニールよ。時代は変わっちまったなぁ。もう郷土色豊かな行事なんざぁ望むべくもねぇっか。七夕さまっちゃ、規模は違っても、日本中、似たような飾り付けに、似たようなハリボテ人形。
そう言やぁ、最近、何処を旅しても、夜飯は似たような”おかず”が出てくるなぁ。サシミに天ぷら、後は卵とじーーー宿を出て夜の街をそぞろ歩きゃ、パチンコ屋、コンビニにカラオケかぁ。

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安藤達己的毒舌:アソウ・ハトヤマ.jpg長ぇー、長ぇー選挙戦が始まったい。投票日は、ずぅーっと先だってぇのに、舌戦の方は終盤を迎えたかのような加熱振りよ!そりゃそうだ、大方の見方ぁ、政権交代は避けられねぇってぇこった。それを承知だからかどうか知らねぇが、与党の民主党攻撃は、与野党交代したかのように”すさまじい”。特に民主党が主張する児童手当についちゃ、財源をどうするのかって?攻撃の手をゆるめねぇ。だが、待ってくんねぇ。民主党は行政の無駄を省いて財源を捻出するって、言ってるじゃねぇか。役人の言い分を鵜呑みにする与党にしてみりゃ、そんな財源は出てこねぇっちゅうことなんだろうよ。民主党は天下り先になっている××法人を整理して、現在12兆円も流れて行く金から9兆円の財源を搾り出そうとしてるらしいが、その程度じゃ甘すぎるんじゃねぇかい。社会保険庁の仕事っぷりが、いい加減だったのぁ、”ねじれ国会”のお陰で周知の事実となったぁな。農水省の”ヤミ専従職員”も大規模だった。防衛省も事務官が、とんでもない契約で特定の業者を優遇してクビになったぁな。
この人達、全員、税金から支払われる結構な給料を貰ってたんだぜ。あきれて物が言えねぇ!いいかい、あっしが言いてぇのは、どの省庁と言わず、国民が必要としている役所仕事の中にムダがあるってぇことだぁな。ここは一度、民間会社の手法で行政費用(税金)に対する質的、量的効果を検証して、余分な人員や部署を整理すりゃ、予算の10%どころじゃねぇムダが見つかるだろうよ。現、与党のように”役人の言い分”を鵜呑みにしてりゃ、予算の執行に”一切、ムダは無い。”ってぇことになるに決まってらぁな。役人に”屁理屈を言わせりゃ、誰も太刀打ち出来ねぇ。”そこんところを、よ~く承知した上で、新政権にゃ”大ナタ”を振るって貰おうじゃねぇか。そうすりゃ、20兆円どころじゃねぇ財源が出てくるなぁ、間違いねぇやね。それを新政権が出来るかどうか?国民は半信半疑だぁな。なんたって支持母体が労働組合の民主党のやるこったからよ。
与党の皆さん!”行政のムダを省く”ってぇ、お題目を唱えて何十年国民を騙してきたんだよう。予算が足りなきゃ国債を発行して、借金王国を作り、”ツケ”を子供や孫に残したのは、お前さん達だろうが、どの面さげて、他党が掲げるマニュフェストの財源に文句を付けられるんだ!
あ~ぁ、血圧が上がってきたいっ。後は”声なき声”を持つ国民が選挙で決着つけるしか、しょうがねぇやね。それが民主主義ってぇものなんだからよ。

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2009年08月02日

トリプルファイター:行け!栄光のファイター(写真をクリック⇒拡大)

ユ・トリヘンシン.jpgユ・テ・ユ・ユリ.jpgいよいよ”トリプルファイター”の撮影が始まった。TBSで17:30~17:40に帯番組で放映。月曜~金曜の5回で、一つのエピソードが完結する。確かに、帯ドラマはNTVの”チビラくん”で経験していたが、これは独立した枠ではなく、”おはよう子供ショウ”の1コーナーでハッタル家とゴルバ家の子供が対立しながら成長し友情を深めて行く”着ぐるみ”のホームドラマだった。
トリプルファイターは違う!円谷プロが得意にしてきた”ヒーロー対怪獣”の戦いを巨大化せずに中心に据え、分かり易い勧善懲悪の物語を展開する。変身するヒーローもパリに本部を置くSAT(スペースアタックテーム)日本支部の隊員で、長い戦いの末に悪玉デビル星に滅ぼされた銀河連邦、M星の子孫だった。この3人、早瀬哲夫・早瀬勇二・早瀬ユリが、デーモン、デビラと戦い、ピンチになればグリーン・レッド・オレンジファイターに変身。最後は3体が合体変身して最強のトリプルファイターが誕生。怪獣を爆破して止めを刺す。なんとも贅沢な(?)、変身ヒーローが、4体も出てくる作品になった(苦笑)。
ユ・グ・オレ・レッド.jpgユ・トリファイター.jpgトリプルファイターに4人ものヒーローが出てきたのは、企画段階からスポンサーのオモチャメーカー・ブルマークが関わっていたからだった。
SAT側が、変身前・変身後・トリプルファイターと3段階でアクションを繰り広げれば、悪役デビル側も姿を見せず緑の球から指令を発するデビルモンスター・その指令を実行するために、次々と送り込まれては敗れ去るデーモン(毎回、違った姿で現れる)・デーモンの子分、デビラ達と出演陣は”てんこ盛り”だ。まずタイトルバックから撮影を始めたが、10分帯番組の宿命で、時間が極端に短い。それでも番組を象徴する画像は全部入れたいからカットを短く繋いで、忙しくなったが(苦笑)、スピード感に溢れるタイトルバックに仕上がった。
ユ・デーモンカー・テツ・ユ.jpgダークマン.jpgいよいよ本編の撮影に入る。いきなり隊員たちとデビラの戦いだ。SAT側はSATカーとバイクで土手を川原を走り回り、デーモンに率いられた黒タイツとドクロ模様のお面を被ったデビラは悪役のくせに、スバル360を黒塗りにした可愛い車で押し寄せてくる。体育会系の勇二はバイクを乗り捨てて、路上で、荒地で、ビルの通路から階段、屋上へとアクションに次ぐアクションだ。そしてついに今回のデーモン、ダークマンが姿を現した。牛をモチーフにしたダークマンの武器は、全てを破壊する体当たりだった。川原で哲夫、ユリが乗るSATカーと対決し、激突するダークマン。傷を負ったダークマンを見逃してやる心優しいユリ。3隊員の性格を戦いの中に散りばめながら、戦いは金曜日のクライマックス・トリプルファイターの出現へと続いて行く。グリーン・レッド・オレンジファイターが合体したトリプルファイターはダークマンとの空中戦、肉弾戦の末に、必殺技トリプルキックを繰り出し、さしものダークマンを爆破。戦いは終わった。

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ユ・サット・バイク.jpg安藤達己的”あの当時”:この作品が放映されたのは昭和47年(1972年)だった。円谷プロの”変身巨大化ヒーロー”に対して他社が仕掛けた”等身大変身ヒーロー”作品が視聴率を上げ、円谷プロも手をこまねいてはいられなくなっていた。等身大ヒーローであれば、合成もミニチュアワークも殆ど要らない。したがって特撮班を編成する必要が無いから制作費も半分以下で済む。それにも増して、この作品で特筆すべきは、スポンサー、ブルマークが企画段階から関わっていたことだった。
ウルトラマンの放映が始まると、人形(フィギャー)を売りたいオモチャメーカーがコピーライトを争い、文具、Tシャツ、靴メーカー等々もこれに加わり、円谷プロが著作権専門に扱う別会社、エンタープライズを創立しなければならない程のフィーバー振りだった。まぁ、そのお陰で制作費の赤字が埋められた面もあったようだが(苦笑)ーーこんな背景があったから、ブルマークはフィギャー(人形・ミニカー)の独占販売を狙って、スポンサーになると共に、企画から参加していたのだろう。SATカーもスポンサーからの提供で、オモチャにすれば売れそうなデザインだったが、アクション作品で使う車としては強度が足りなくて使いずらかった(苦笑)。
ユ・デビラ・クチュウ.jpgこれまでの円谷作品と比べれば極端に少ない予算(1作品150万円程度)しかないから、撮影日数が少ない。アクションが売り物で、10分毎に明日に繋ぐクライマックスを設定するからカット数は増える。デーモンカーが出てくれば、これを運ぶのに運搬車が要る。この時期、すでにポンコツに近かった(笑い)スバル360は、スピードを出したり、悪路を走ると、すぐに故障が起きて大切な時間を食われる。動かない車はどうしようもないから、コンテを変えざるをえない。トリプルファイターでは、SATカー、バギー、バイクを含め、車には泣かされることが多かった(苦笑)。車以外でも、ファイターに変身後の立ち回りや、忍者のように姿を現すデビラを撮るために、撮影隊は常にトランポリンと6尺台(1.8メートル)、マットを持ち歩き、普通のカットを撮り終わると、最後の儀式(?)のように、プロの人に何種類もの扮装をしてもらってトランポリンを飛んで貰う。このように、円谷プロが始めて取り組んだ”等身大変身ヒーロー”作品は、難題を抱えながら、忙しい撮影が続けられていた。

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2009年07月26日

ダヴァオ紀行:その45 サマール島 マンゴー・ファーム(写真をクリック⇒拡大)

オミヤゲ.jpgファ・メンセン.jpg定宿にしているグランドメンセンホテルで、社長と四方山話をしていると、テーブルの上に一際大きなマンゴーが運ばれて来た。”わぁー、日本産だったら¥5000-だなぁ。”と声を上げると、社長が”なぬっ!”とばかり目をむいた。こちらのは完熟すると表面が鮮やかな黄色になる。宮崎県産のような赤と緑がブチになっている種類とは明らかに違う。味は似たようなもんだが、似てないのは値段だ!ダヴァオのやつは1キロあっても、せいぜい50円。私は5000円も出してマンゴーを食べるほどグルメでもないし、金持ちでもない(失笑)。
果物の町・”ダヴァオ通い”が始まって20年。これまでプランテーション(同一農作物を大量に生産)と呼ばれる農園に行った事がない。そんな話をしていると、何と!社長の妹が持つマンゴー農園がサマール島にあると言う。”えっ!行って見たい。”と思わず口走る。社長は丁度ホテルに来ていた妹、マリリンの携帯に電話を入れる。5分もしないうちに、品の良い50歳がらみの女性が現れた。私のガイドも同席していたので話はアッと言う間にまとまり、最近、午後になると海が荒れるから1時前にはホテルに戻った方が良いだろう、と次の日の午前8時、農園の従業員が車で迎えに来ることになった。
バージ.jpgササ・ジュウタク.jpg翌日、ダヴァオ側のササ桟橋に着いたのが8時30分。カーフェリー(バージと呼んでいる)を待つ車が多いのに、売店が一軒も無い。ガイドの話だと2003年、ダヴァオ空港とササ桟橋でテロによる爆弾事件が発生、死者が出たため、出店禁止になったそうだ。係員の指示に従ってカーフェリーに乗り込むと、対岸のサマール島がはっきり見える。距離は1キロ位だろうか、橋を架ける計画はあるが、海上に架ける橋となると、高度な技術とお金がかかるので、なかなか実現しない。桟橋の左手には竹馬に乗ったような海上住宅が密集していた。これも不法占拠なのだろうか?
船が桟橋を離れると15分で対岸のサマール島に着く。なるほど、朝の海は穏やかで、ほとんど揺れなかった。下船した私達の車はマンゴーファームに向けて、海岸沿いの細い道を進む。海側には海水浴場とバンガロー風の宿泊施設が次々と現れ、見覚えのあるパラダイスアイランドも木の間越しに見えた。ハイビスカスやブーゲンビリヤに囲まれた豪華な別荘もある。ダヴァオからこの島に橋が架かれば、この一帯が高級リゾート地になるのは明らかだ。それを見込んでいるのか、造成中の宅地もかなりあった。
ノウエン・スタッフ.jpgマンゴ・オンナ2タリ.jpgデコボコ道を15分のドライブでマンゴーファームに到着。従業員が数人、木陰で待っていてくれた。この付近のマンゴーは先週、収穫期を迎え、1000本分の果実が味の素に輸出された。日本産のマンゴーは、温室でツタのように見える木で実を付けているが、フィリッピンの木は大木になる。一本の木に500~2000ものマンゴーが実り、同じ木から一年に3回も収穫できる。この農園では2000本の木を1000本づつ二組に分け、収穫時期をずらして年6回、収穫している。42ヘクタールもあると言う敷地を進むと、次に収穫するマンゴーに一つずつ覆いを被せていた。実も、大分大きくなっているが出荷するにはあと2ケ月必要だとかーーそれにしても日本企業の海外進出は凄い!まさか私の泊まるホテルの関係者が持つ果実園のマンゴーが全て”味の素”に買い取られてるとはーーー
Grand Men Seng Hotel (電話) 082-221-9040

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ドラゴン.jpg経営者は、次なる輸出用果実の栽培を目論んでいた。コンクリートの柱で支えたサボンテンをどうするかって?これ、ただのサボテンじゃないんです。日本でも、出回ってきたドランゴンフルーツがなる木(サボテン)がこれなんです。桃、栗三年と同じように3年目から収穫できるそうですが、この木はまだ2年。来年から、いよいよ出荷の予定だとかーー気候に恵まれている地域だから、ドラゴンフルーツの市場価格が下がっていなければ、マンゴーと共に、この農園の主力作物と成る筈です。現在の作付け面積は、僅かに5ヘクタールだが、今後が楽しみな商品だ。他にも、小規模だが高温多湿の気候に合ったマッシュルームも栽培していた。設備はいたって簡単。背の低いビニールハウスの上にヤシの葉を被せ、日光をさえぎってやればキノコが育つ。
マッシュ3.jpgゴヤバーノ2.jpg現在は手の空いた人が収穫している程度だが、健康に対する意識が強まれば、当然、キノコ類の需要が増える。私はスープ以外に、このマッシュルームを食べたことがないが、きっと他にも美味しい料理法があるに違いない。農園の中には色々な果物の木がある。特に植えたわけではなさそうだから、勝手に生えてきたのだろう(笑)。周りにトゲがあるゴヤバーノは血中の酸化を防ぐ効果があるとかで、味は兎も角、日本なら健康ブームに乗れそうな一品だ。ほかにもアティスと言う、やたら種が多くて、トロッとした舌ざわりの果物があり、これは疲労回復の特効薬だとか、ピングータンピースは女の子が喜びそうなピンク色の可愛い果物で、美味しいとは言えないが喉が渇いた時に食べてみたかった。
ピングタンピース.jpgこのように、マンゴーファームを散歩していれば、エキゾチックな木の実がそこらじゅうにあり、退屈することはない。物好きな私は、片っ端から味見をしたが”まずくて食べられない”ものは無かった。特に、”健康に良い”なんて言われると、新しい漢方薬を見つけたような興奮を覚える(笑)。
いつの間にか3時間が過ぎ、海が荒れ始める午後に差し掛かってきた。急いで車が待つ作業所に戻り、木からもいだばかりのヤシの実を豪快に叩き切ってもらうと、ストローを突っ込んでココナッツジュースを一飲み。クーラーの効いた車でカーフェリーの待つ桟橋に急いだ。

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2009年07月19日

残念・無念ホタル狩り!小諸・中棚荘(写真をクリック⇒拡大)

シン・ニカイ.jpgトウ・コウナイ.jpg新幹線で、軽井沢に出ようってんで東京駅にやって来た。さすが、メガロポリスの玄関口。新幹線のホームったって、五つや六っつじゃねぇ。目的の列車を探して、通路をさまようこと10分。やっとのことで”しなの○号”と書かれた案内ボードを見つけたいっ。冗談じゃねぇ。東京に住んでいながら、迷子の一歩手前よ(笑い)。ホームに上がりゃ、一本前の列車が止まってた。こちとら、歳のせいで(?)早め早めに行動を取る。これ程、頻繁(ひんぱん)に発車してるんじゃ、気を付けねぇと、違った電車に乗っちまうゎな。向かいっかしのホームも違う路線の新幹線よ。こっちの列車と比べりゃ、格段にデケェ。どうやら二階建ての(ダブルデッキと洒落たヤツよ)列車らしい。先頭の機関車まで行くってぇと、こりゃ驚いた!スピードを出すためだろうが、見事な流線型よ。この”格好良さ”じゃ鉄男・鉄子なる鉄道ファンが増えるのも納得だぁな。
ナカダナ・イリ.jpg座席に落ち着いたところで、駅弁を広げ、久しぶりの”幕の内”を味わって、お茶の一つも飲んでるってぇと”次は軽井沢”のアナウンスよ。えっ!発車して1時間だぜ。あっしは、2時間かかるとばっかり思い込んでいたから、大急ぎで雑誌やお茶のボトルをバッグに詰め込んで、どうにか軽井沢で降りられた。近頃の旅と来たひにゃ、忙しくってかなわねぇ。窓外を眺めてる”いとま”も無ぇやね。ここから、”しなの鉄道”なるローカル線に乗り換て小諸に向かう。電車が止まってっから、女性の運転手に発車時間を確かめるってぇと、30分後だとのご宣託よ。喫煙所はホームの先端だと!3時間以上もニコチン無しで過ごしてきたいっ。タバコっ吸いにゃ、難儀な世の中よなぁ。
ナカ・イケ.jpgアユ.jpgゆっくり30分、雨に濡れた田んぼを眺めてりゃ小諸駅だぁな。外は小雨、しとしと雨よ。”つゆ”らしいっちゃ、それまでだが、折角、”ほたる狩り”に出かけてきたんだ。せめて夜までに、雨が上がりゃ良いんだがーーそこら辺をうろついて、歴史探訪なぁんて柄にもねぇことをしてみてぇところだが、降ってるんじゃしょうがねぇ。タクシーに乗って5分、中棚荘に到着よ。旅館らしい玄関を入えって、勧められるままに、お茶をすすったところで部屋に案内された。廊下にゃ、女将が摘んできた野草がさりげなく生けてあり、和やかな気持ちになったぁな。夕食が6時ってぇから、まずは”文人風呂”で、ゆっくり手足を伸ばし、部屋に戻って、窓外を見りゃ、遠くの山にゃ霧がかかり、薄日が射したかと思うと、大粒のが振り出すっと、まぁ、立派な山の天気よ!夕暮れまでにゃ、遅れて来た二人も合流。その頃にゃ、あっしの願いも虚しく、滝の様な雨が降り始めた。”ほたる狩り”が気に懸るが、案内されるままに部屋を変えて、心づくしの食前酒から夕食が始まった。今が旬の千曲川でとれた”あゆ”と地酒で舌づつみを打ったところで、仲居さんが神妙な顔で”ほたる狩り”の中止を告げた!折角、子供の頃を思い出しながら、頼りなさげな淡い光を眺めて見てぇ、と思ってやってきたあっしの方が子供よりガッカリしたが、天気が相手じゃ、ケンカにならねぇ。一度、部屋に戻ると、皮肉なもんよ。雨が止んだぁな。そこで、少しばかり持ってきた”花火”で子供を楽しませようと、表に出た。
ハナ・アイ2.jpgハナ・ゼンイン2.jpg”ほたる狩り”の変わりっちゅうにゃ、ささやか過ぎる”花火”だがよ。夏の夜の思い出となりゃ、何たって線香花火さね。恐がり屋で花火なんぞぁ持ったことも無ぇ”おさな子”が、おっかなビックリ指先から吊るしてみりゃ、弾ける火花に大興奮よ!すっかり自信が付いたのか、”早く次の花火を持たせろ”とせがむ。得意満面てぇところだが、そんなにゃ花火は持ってきてねぇ。あっと言う間に、ささやか過ぎる花火大会(?)はお開きとなった。それでも子供達は満足したんだろうよ、”ぐずる”こともなく部屋に帰ぇると、大浴場に出掛けた。あっしは一人、持ち込んだウイスキーで寝酒をチビチビ。さて、明日は軽井沢に寄って、アウトレットで買い物と食事でもして帰ぇるとするかーー
中棚荘(小諸)   電話:0267-22-1511

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タイジン.jpg安藤達己的毒舌:こりゃ驚いた!予告解散なるものを宣言した。”自民党の都議選惨敗”が分かると党内は蜂の巣を突いた様な大騒ぎ。選対委員長は立候補を打診した某知事に”無理難題”を持ちかけられ、とんだ茶番劇が原因で辞職。財務大臣は自身の選挙区で応援したベテラン都議がポット出の民主党新人に破れ、これでは総選挙(自分が?)は戦えないと総理に退陣を迫った。あ~ぁ、分かっちゃいねぇなぁ!地方選挙で連続自民敗北となったのぁ、現総理が悪いばかりじゃねぇよ。100年に一度の経済的危機で税収が減るのは分かっていながら、国会議員を減らすことも、公務員を減らすことも後回し。年金問題も行政改革も目途がたたず、”天下り天国”はそのまま。政治家と公務員は国民の苦労をそっちのけで、既得権とやらの甘い汁を吸い続ける。選挙になりゃ、国民が喜びそうなお題目を唱え、当選すりゃ、XX族なんぞと呼ばれて官吏と業者のためにだけ汗をかく。立派な政・官・業の癒着体質よ。こんな政治を何十年やってきたんだよ!ここまで来れば、我慢も限界。”政権を変えてみようって”考えるのは、あったり前だろうがーーー
それじゃ、民主党かい?それ以外、見当たらないやね。これが又、行政改革の障害になりそうな労働組合が党の支援母体よ!その上、国民がうんざりしている”政治と金”の不明朗さが党首に付きまとう。もう、どの党でも良いからさ。税金の無駄使いを徹底的になくして、行政をスリム化。少ない予算を必要なところに重点配分出来る内閣を誕生させてくれいっ!
教育程度の高い国民は、未曾有(みぞうう)の高齢化社会を迎え、安心できる老後のためなら増税(消費税アップ)も仕方ない位は分かってんだ。ただ、増税論議の前に”やらなきゃいけない”ことが有るだろうって、言ってんだよう!!

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2009年07月12日

ほうずき市・浅草寺(写真をクリック⇒拡大)

ホグンシュウ.jpg7月9日、10日っちゃ、つゆの真っ盛りだぁな。この時期、夏の先駆けを彩るのが”あさがお市”と、この”ほうずき市”よ。どこぞの祭日と違って、この日取りは変わらねぇ。由緒ある風物詩はこうでなくっちゃなぁ。”今年も雨にたたられるんだろうよ。”と電車を降りるってぇと、薄日が射して来たいっ。雨上がりで湿度は高ぇ。その上に夏並みの日差しとくりゃぁ、息苦しい程の暑さよ。額から汗は噴き出すし、シャツは背中にへばり付く、となったぁな。伝法院通りを行き交う人の数も多い。そりゃーそうだ。二日間で60万人がとこ集まるんだとよ。ごった返ぇす仲見世通りを避けて、細い路地を浅草寺に向かう。境内に入ぇると、人が一人、やっと通れる細い通路は”ほうずき色”に染まってたぁな。何と!”ほうずき”を売る屋台の数、400だとよ。
ホヤタイ.jpgホホンドウ.jpgほうずき以外の屋台だって、負けちゃいねぇ。広い境内はどっちを見ても、食べ物屋さんの”のぼり”と看板だらけよ。木陰でアイスクリームを食べる若者がいりゃ、定番のやきそば、お好み焼きをほおばるお嬢さんもいる。懐かしい”縁日の風景”よなぁ。本堂はと見やれば、こりゃ、驚いた!すっかりシートで包まれて屋根すら見えねぇ。外装工事か、塗装でもやってんだろうが、今日、お参りすりゃ四萬六千日分のゴリヤク(御利益)がある日に、なんてぇこったい!ーーこれじゃ、有り難た味も、台無しだぁな。それでも信仰心の厚い参拝客がシートの奥へ消えて行く。あっしも柄にも無く、ポケットの中のコインを握り締めて階段を登り、薄暗ぇ賽銭箱に投げ込んで来たぁ(苦笑)。特にお願ぇすることが有ったわけじゃねぇが、人並みに手を合わせてみた。さて、山門の正面に回って一等地の”ほうずき屋”さんでも”ひやかして”みっか。
ホサンモン.jpgホオネェ2.jpg本堂があんな風だから、殊更、浅草寺らしい景色が撮りてぇったって、ジーパンにTシャツ姿で客を呼び込んでる”やから”は論外だぁな。江戸時代からの風物詩となりゃ、まず”粋”でなくっちゃなんねぇ。これはと思う売り子さんに頼んでポーズを取って貰うなんざぁ、あっしのやり方じゃねぇっ。目星を付けたパッチ姿のオネェチャンが山門の入る所にお出ましになるのを待つこと10数分。まぁー、ちょいと風情のあるスナップを取ったところで隣を見るってぇと、これまた捨てがたぇオネェチャンが接客中よ。”ねじりはちまき”が堪ぇられねぇやね。客の姿もすがすがしくって良いや!今年は一鉢、2500円が相場だとよ。とまぁーこんな写真が撮れたところで”ほうずき市”のマキも一巻の終わり、っとするかーーところでよ、今日、お参りすりゃ四満六千日分(126年)のゴリヤクったって、あっしは、そんなに生きられねぇよ。その半分、いぃんや四分の一の年数で良いからさ、短くなった分だけ毎日のゴリヤクを手厚くして頂けねぇかなぁ。慈悲深い観音さまぁー!お願ぇしますよ。

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シズオカセンキョ.jpg安藤達己的毒舌:自民党の牙城、静岡県知事選で民主党候補が勝利!与党は”僅差の惜敗だったし、これは地方選挙で国政選挙とは関係はない。”との見解だ!が、ちょっと待った。なるほど、落選した自民候補との差は、確かに僅かだった。しかし勝った民主党側は、候補者を一本化出来ず、二人が立候補する事態に。対する自民党は参院現職の女性を立てて”背水の陣を引き”負けてはならない選挙だった。
原因は明瞭だ!国民が現与党に愛想をつかしたと言うことだ。ある県知事の言葉じゃないが”どげんかせんといかん”の思いが無党派層の足を投票所に向かわせ、投票率を15%も上げて、この結果をもたらした。国の借金が膨らみに膨らみ、今や850兆円。今年度の国家予算は半分以上を借金に(国債)頼っている。こうなると内閣は予算を切り詰めることはさておき、当然のように増税を考える。国民は割高な公共工事に無駄があると見抜いていても、政府は抜本的な手を打たない。官僚の天下り先、各省庁の外郭団体も”無駄使いの温床となった”ままだ!一方の民主党といえば、前党首が国民がうんざりしている政治と金の問題でつまずき、現党首も不透明な献金問題で不信を買っている。こんな政党しかない選挙で国民はどの党に投票すれば、日本を変えることが出来るのだろう?今日(7月12日)は衆院選の前哨戦と言われる都議選の投票日だ。国民に不毛の選択を迫るより、国民が”投票したくなる政策”をかかげ、”投票したくなる人”が立候補している選挙にしてくださ~い!

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2009年07月04日

ファイヤーマンの思い出(写真をクリック⇒拡大)

ファ4ニン.jpg円谷プロ10周年記念番組として華々しいスタートを切った。円谷プロとしても並々ならぬ決意で取り組んだのは、レギュラー出演する俳優陣からも知ることが出来る。隊長には睦五郎、隊員には”怪奇大作戦”でお馴染みになった岸田森と当時売出し中だった平泉征、これに新人で主役の誠直也、紅一点として栗原啓子が加わっていた。主役の岬(誠直也)がファイヤーマンに変身すれば巨大化して怪獣と戦う。これは円谷プロのドル箱となった特撮ドラマのパターンを踏襲していたが、ヒーローの生い立ちは他の天体からやってきたウルトラシリーズとは違い、何と!地球の地底王国・アバン大陸から、しかも一度失った命を再び与えられてSAFに加わると言う設定になっていた。
ファジュラー4.jpg私が監督した第5話”ジュラ紀へ落ちた少年”までの4話は前後編だったが、この回からは”子供番組”らしい30分で完結する話になっていた。このエピソードは、空気汚染が原因で起こる酸性雨をテーマに、岩石が地底で溶かされ、空洞が出来た所に、古代恐竜が目を醒まし、地震が多発するがファイヤーマンの活躍で平和を取り戻す、と言うものだった。これに似た社会性のある作品には”よみがえった岩石怪獣”がある。こちらは山間部を開発するため、山肌を削り、地滑りを防ぐため、コンクリートで補強する代わりに新素材を使ったが、この物質が湖に流れ込み、水の性質が変わって、高い方に流れ出して、眠っていた怪獣が暴れ回る話だった。この二つのエピソードは、放映から40年経った今も通用するテーマを秘めている。
ファケハラー2.jpg "遊星ゴメロスの秘密"はハードボイルド調で”男の友情”を描いた作品だった。竹原役の富川激夫が好青年で、ゴメロスに旅立つ前夜、岬(誠直也)と最後の会話を交わすシーンでは若い男の命を賭けた心意気と相手を思いやる”心”がにじみ出ていた。この作品は社会性とかテーマ性と言うより、エンターテインメント重視で、重大な任務を背負った男同士の友情を格好良く見せて、最後のシーンで友を失った岬の哀愁を描くのが狙いだった。地球を救うため、遊星で命を落とす竹原だが、このシーンをどうやって地球上らしくない風景に見せるかがポイントで、ロケ地は房総半島の砂山で白一色のバックで撮影したが、円谷プロの特撮技術と噛み合って、これは上手くいった。他にアクション系に入る作品もあった。”鉄の怪獣が東京を襲った”では隊長(睦五郎)以下全員が”立ち回り”に取り組んだ。
ファシン・ムツタチ.jpg冒頭から隊長が謎の軍団に襲われ、激しい”立ち回り”になる。若い岬と千葉(平泉征)も住宅街で遊園地でとアクションシーンが続く。性格俳優の岸田森も研究所のなかで隊長と共に激しい立ち回りだ。この作品では、アクションもので最も大切なスピード感を出したかった。同じようにアクションが多かったのが”死人をあやつる宇宙の支配者”で、こちらは若い岬と千葉に活躍して貰った。相手はロボットとゾンビのように死体が甦った軍団だから、時にはホラー映画の様な場面も出てくる。こうした作品群の中で、異質だったのが”アルゴン星から来た少年”だ。円谷プロで監督になってから、ずっと特撮で”日本昔話”を撮って見たいと思っていたが、そんな私の願いを実現させてくれたのがこの作品だった。
オニギリ2.jpgこのエピソードは田舎の風景をバックに展開され、いつものファイヤーマン対怪獣と言う殺伐とした話とは多少違っていた。むしろ、一人暮らしの老人と子供との間に芽生える”思いやり”とやがて来る”別れ”の切なさを強く出した作品に仕上げていった。確かに子供達はヒーローが好きだ。悪いことをした怪獣をやっつけてくれるファイヤーマンに拍手喝采だろう。でも、私はこんな心温まるエピソードが有っても良いと考えていた。視聴者の反応はともかく、巨大化したヒーローと怪獣の決戦が売り物の特撮映画でこんなメルヘンチックな作品を撮れたは本当に幸運だった。
ファイヤーマン再放映:チャンネルNECO:6月29日(月)より開始。

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ファイヤ1.jpg安藤達己的:あ~ぁ視聴率・今年のテレビ番組からプロ野球の実況が劇的に減った。シーズンが始まれば”巨人TV局”かと思うほど、東京ドームの試合を放送してきた日本テレビも滅多に野球中継をしない。していても以前のように試合が延びたからって放送時間を延長することも無い!衛星放送や有料配信があるからだと考える人もいる。だが一番大きな理由は、プロ野球放送が視聴率を取れなくなったからだろう。民放は番組にスポンサーが付く。当然、スポンサーが居なければ、番組は消えてゆく。これは民放が背負う宿命だ!ファイヤーマンは特撮ブームだった昭和48年に放映され、放映したのは日本テレビだった。だが、視聴率は局が期待した程、取れなかった。そのせいで放送時間が変わったり、怪獣を増やしたり、タイトル前にファイヤーマンと怪獣の戦いを見せたりと、局も円谷プロも、視聴率を上げるためあらゆる手を打ったが、結局、ファイヤーマンは30話で終了することになった。テレビ番組である限り、視聴率と言う”呪文”から解放されることは無いのだろうか?
”良い番組だから視聴率に関係なくスポンサーを続ける。”と、言ってくれる企業がもっともっと出て来て欲しいなぁーー

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2009年06月28日

ダヴァオ紀行:その44 教会(写真をクリック⇒拡大)

ショウメン.jpgセイカ.jpgフィリッピンはクリスチャンが圧倒的に多い。私の友人も、殆どがカトリック信者だが、たまに新興宗教っぽい宗派に入っているクリスチャンもいる。違いを説明してくれる友人の話に耳を傾けても、宗教音痴の私には見当が付かなかった。プラカードを掲げて広場や運動場で大集会を開いているのは大概、この手のカルトだ(違ったら失礼)。
国民の90%以上がクリスチャンなのに、ここミンダナオ島だけは回教徒が人口の3割を占めているそうだ。回教徒が求めていたフィリッピンからの独立運動は10年前に決着したが、今も社会不安の火種になっている。ダヴァオ市内でも夕方になるとコーランを唱える声が聞こえてくる。以前泊まったホテルの引き出しには”回教徒の経典(コーラン)”が入ってた。
”ダヴァオ通い”を始めて20年になるが、これまで教会に行ったことがない。今回は敬虔なカトリック信者に頼んで日曜日の礼拝に連れて行って貰うことになった。ホテルからタクシイーで10分程だから、ダウンタウンの中心部にその教会はあった。そんな短い道中なのに学校と教会がやたら目につく。無神論者の私だから、普段、出歩いていても興味の無いものは気が付かない(笑い)。でも教会に向かっているせいで、それらしい建物が見えると、いちいち友人に確認する。思った通り教会だ!それも立派な建物が多い。
holyダイガク.jpgギョウショウ.jpg朝・8時まだ目覚めぬ町の交差点でタクシーを降り、ホーリークロス大学の派手な建物を過ぎて左に曲がれば教会の入り口だった。門の外には生花・ローソク・線香を路上に無造作に並べて売っている人が3人。もう一つの入り口には、タクシーより近距離を走るハバルハバルと呼ばれるバイクがたむろし、なぜか水遊び用具を売るおじさんが一人、声を掛けて来た。屋台のアイスキャンデー屋もある。ここダヴァオでは人の集まるところには、必ず物売りが居る(笑い)。
チャペルの中は”日曜礼拝”の真っ最中。中に入って良いのやら、迷いながら構内をうろうろしていると、薄暗い小屋があった。覗き込むと線香の匂いがぷーんと鼻をつく。目が暗さに慣れてくると片側はローソクが何十本も灯され、反対側は線香が燻っていた。教会の敷地にお墓はないが、先祖の供養のためにローソクと線香を供えるのだろうか?思い切って友人に、”中に入っても良いか?”と聞くと、”出入り自由”だと言う。それなら早く教えてくれれば良いのにーー
レイハイドウ1.jpgオワリニ.jpg抜き足差し足、礼拝堂に入ると、高い天井とシャンデリアの灯りが眩しいほどだ。フロアーは磨かれ、ステンドグラスを通して外光が厳かに差し込んでいた。信者たちは両手を広げ牧師さんの”説教”に耳を傾けているが、さっぱり聞き取れない!”これ英語?”と小声で聞いてみる。”ビサヤン”。分からない筈だ。今は現地語の礼拝時間(約1時間)で次が英語。これを12時まで交互に繰り返し、牧師さん達も交代するそうだ。不謹慎かと思ったが、”構わない”と言う友人の言葉に従い写真を撮り始めて10分も経たない内に群集が説教台に向かって動き始めた。私も端の通路を急ぎ足で最前列へ、ずうずうしくもカメラを構えた。敬虔な信者たちは一人ずつ、前に出ると頭を下げ、牧師さんは、何やら液体(聖水だと思う)を振り掛けていた。これが”日曜礼拝”最後の儀式らしく、祝福された信者たちは外に出て行く。
私も脇の出入り口から外に出ると、帰途に着く人々と入れ替わるように、次の礼拝(英語編)に来た信者がチャペルに吸い込まれてゆく。信仰心の無い私だが、内部の美しさに圧倒され、厳かな雰囲気に感動し、心が洗われた様な気がしたところで、外の暑さに気が付き(笑い)、開いている喫茶店に飛び込んだ。汗が収まったところで、タクシーを拾ってホテルへ。明日は東京に帰る日だ!はてさて、最後の日をどうやって過ごせば良いのだろう??時間はまだ、朝の9時半、まずはホテルで一休み。目が覚めたところで、こちらで知り合った悪友にでも連絡を取ってみるかーー

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リョウ・サクラカイ.jpgダヴァオの誰とは言えないけれど:滞在中お世話になる”ダヴァオ桜会”のメンバーがSMショッピングモールにあるサンミゲールビール直売店に集まっていた。私も誘われたので”生ビール飲み会”に参加。ほろ酔い機嫌になったところで、Aさんの奇妙な話が始まった。どちらかと言えば、高齢な会員(ごめん!)が多く、日本なら運転を止める歳になっても、交通の便が悪いこの地では車が必需品だ!当然のように免許証がいる。免許証があれば更新時期がやってくる。どこでどう間違ったのか、Aさんの免許証には”国籍フィリッピン”とあった(?)。悪友たちは”容貌のせいだ(笑い)”と言っているが、本当のところは免許証を交付した役人にしか分からない!更新時期を迎えたAさん、日本国籍に直そうとしたら係官が、しげしげとAさんの顔を覗き込み”フィリッピン国籍だと、何か不都合があるか?”と聞いてきた。”これまでに不都合は無かった。”と答えると、”記載事項を変更するには時間とお金が掛かるしフィリッピン国籍の方が何かと便利だぞ!それでも変えたいか?”と聞いてきた。
だから、Aさんの免許証は今もフィリッピン国籍のままだ!?本当だよ。

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2009年06月21日

第19回関正子杯小中学生卓球大会準備(写真をクリック⇒拡大)

シンスイ09.jpg6月に入ると、一年に一度めぐり合う、牽牛・織姫のデートほど色気はないが”聞きなれた”と言うより”聞き覚えのある声”が受話器の向こうから聞こえて来る。関杯の打ち合わせがあるから、金曜日の午後6時深水に来て欲しい、とのお達しだ。”あ~ぁ!もう、そんな時期になったのか。この歳になると、一年が益々短くなってくる。”なぁ~んて言う繰り言はさておき、指定通り、梅島駅に降り立った。丁度、ラッシュアワーの時間だったから、改札口は家路を急ぐサラリーマンで溢れていた。そこから徒歩3分、店に入ると、二階席は予約され、厨房は忙しそうだし、サラリーマン風の客が次々に入ってくる。
ママト09.jpg”もう、お見えになってますよ。”と愛想のよいお女将さんが、関正子さん達の居るテーブルに案内してくれた。関杯の準備で、ここ深水を使うようになってもう大分経つ。誰が最初に来て席を取るのか知らないけれど、いつも同じテーブに陣取っている。座る場所も、いつの間にか決まってしまった。左手の壁際では”関杯”のドン・T先生が早々とビールを傾けていた。そうそう、この先生、二年ほど前に定年を待たず教職を離れ、小銭(退職金のことらしい?)が入ったからと足立区の片隅に立派なビルを建て卓球場とお稽古教室を始めた。てっきり実業家に転進したものと思い込み、”武士の商法にならなければ良いが”と心配していたら、何と!母校K大学・体育学部の”講師さま”になっていた。私も運ばれたビールで喉を潤し、T先生の話に耳を傾ける。
ヌシ・タダ.jpgカンバン・ムスメ.jpg中学校・教員生活30数年で、指導した卓球部を10回も全国大会に連れて行ったとのことだ。卓球に力を入れている私立校ならともかく、公立中で学校を変えながらの実績となるとこれは凄い!成程、出身大学が放って置かないのも頷ける。T先生のような大会関係者が出世したり、教育界で注目を集めるのは傍で見ていても気持ちが良い。
先ほどから小声で話し合っているお嬢さん二人(?):ここ数年、会計と広告依頼及び雑用を一手に引き受けてくれている”関杯”の看板娘だ。どうやら今年の大会費用が賄えるかどうか、収入と資出を照らし合わせている様子に見えたから、私も立場上”大会運営は大丈夫なの?”と声をかけた。”大丈夫ですよ。でも、今年は広告の数が大分減りました。”との返事。今の経済情勢じゃ、こうした大会に広告を載せてくれる程、余裕のある業者も少なくなっているのだろう。
兎にも角にも、会計責任者が今年の大会は心配ないと言っているのだから、”後は楽しくやりましょう。”と蒸しハマグリを追加注文。毎年のことながら、今年も多くのテイームが参加してくれることを願い、看板娘の労をねぎらって解散となった。
割烹 深水:東武伊勢崎線梅島駅より徒歩3分 電話 03-3886-6903

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nishi-1.jpg安藤達己的毒舌:突然政界を、と言うより民主党を揺るがした”西松建設、献金事件”の裁判が始まった。民主党党首の秘書が政治献金がらみで逮捕され、これをきっかけに党の支持率が下がった責任を取って、党首は退き、新党首の誕生となった。与党、自民党の中にも西松建設から寄付を受けていた人が、かなり居る。うがった見方をする評論家は”民主党つぶし”ではないか?と疑うが、国民が怒っているのは、政局に関わる問題じゃない。その証拠に、内閣支持率だって20%を下回って、総理は解散総選挙の決断すら出来ない。公共工事の受注を決めるのは”天の声(影響力のある政治家)だ”なんて、鼻持ちなら無い言い方をするが、一体、誰の金を使ってると思ってんだよ。みんな国民が払った税金じゃねぇか!この税金を無駄なく使って国民のためになる仕事をさせるのが政治と行政の責任だろうがーー
政治家が抜け穴だらけの政治資金規制法を作り、灰色の政治家は”法律違反はない”と強弁する。だが、待てよ!利益を追求する民間企業が”見返りを求めずに、政治家に献金するかい?”こんな程度のことは小学生にだって分からぁ。こんな事件が起こらないようにと、納税者一人から250円を集め、政党が助成金とやらを受け取る仕組みを作ったのは誰だっけ?
国民の税金を自分のお金のように考えてる政治家と官僚。今度の総選挙では、国民の意志をはっきり示し。政治の方向を変えようじゃなねぇか。新しい時代に適応できない政治家も官僚も”喝だっ!”

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2009年06月14日

あやめまつり:潮来(写真をクリック⇒拡大)

アヤメピンクソト.jpgイタコ・エキマエ.jpgいずれがアヤメ・カキツバタってかい。昔っから楚々とした若ぇお嬢さんの甲乙つけ難い美しさを表す言い回しだぁな。今時、そんなお嬢さんを見つけるなぁ、容易じゃねぇっか(笑い)。そんなこたぁ兎も角、日本の春は足が早ぇ、桜が終わるってぇと一気呵成だぁな。ゴールデンウイークまでにゃ、ぼたん・つつじ・ふじとアッと言う間に満開が飛び去ったい。気が付きゃ水無月。”あやめ”と”あじさい”の花便りよ。梅雨前線は沖縄から九州、そして更に北上中。”潮来(いたこ)にでも行ってみるか”とJR常磐線に乗って我孫子(あびこ)へやって来た。ここから成田線(鹿島神宮行き)に乗り換えて潮来に向かうが飛んでもねぇ駅名が続く、木下(きおろし)・安食(あじき)・上総松崎(かぞうまんざき)・そして潮来(いたこ)よ。なんとも合点のいかねぇ読み方に、どんな歴史が隠されてるのか知らねぇが、こんな駅名をすらすら読める人なんざぁ居ねぇだろうな。
アヤメ・アカムラ.jpgイタコバヤシ2.jpg利根川を渡りゃ茨城県だぁな。車窓から見える景色は田んぼの緑一色よ。低湿地帯、水郷を中心の穀倉地帯が広がってた。続いて北利根川の鉄橋を渡ると、右手にゃ水路と沼があり、土手にゃ釣り人がチラホラ。”あやめまつり”期間中は再現航行している”帆びき船”でも見えねぇかと目を凝らすが、そうは行かねぇ。これは又の機会と言うことにして、潮来に到着。駅舎を出りゃ、聞くまでも無ぇ。駅前の信号を渡りゃ、あやめ園の駐車場よ。人の流れに押し流されて、ひしめき合う屋台を通り過ぎると”潮来花嫁さん記念歌碑”があった。こちとら、昼過ぎの到着だからもう”あやめ園”は大変な人出よ。”ごめんなさって”と人込みを掻き分け”あやめ”だか”かきつばた”の中を通る”あぜ道”へ出るってぇと、せっせと写真を撮り始めた。と、まぁーそう思ってくんねぇ。
あんちゃんに肩を叩かれて振り向くと、”この通路が潮来ばやしの舞台だから、向こうっ河岸で見てくんな”だとよ。太鼓橋が掛かってたから、登ってみると和楽器を持った一団が”のどかな音楽”を奏で始めた。これに合わせて7・8人の男女が、あやめ畑の通路に繰り出すと踊り始めたぁな。
アヤメエン2.jpgサッパセン.jpgちょいと優雅な”おはやし”を聞きながら”潮来笠記念歌碑”の前でパチリと一枚。奥の建物が名物・さっぱ船の乗り場さね。1000円がとこ奮発すれば、ゆったりと魯を漕ぐ船頭さんの案内で40分の水郷巡りとなるが、こちとら時間が無ぇ。成田行きを一本逃すと、次の電車は2時間待ちよ。折角、潮来に来ながら、さっぱ船に乗らねぇとは不粋なこったが、仕方がねぇ。その分、園内をくまなく見て回って、ミスあやめに二言・三言。揃いの”ゆかた”で、出番待ちの”あやめおどり”ご一党さんに”ねぎらいの”言葉なんぞかけて、早々と駅に向かった。時間がありゃ、そこいら辺をうろついて、美味しいものか、ここでしか食べられねぇものを探してぇところだが、それもオアズケ!食いしん坊にゃ、辛い一日だったが、潮来の”あやめ”を十分楽しんだんだ。まぁ、これで”良し”とするっきゃねぇやね!

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12%.jpg安藤達己的毒舌:ほら来た。またぞろ消費税論議よ。政府は二言目にゃ、高齢化社会で福祉費がかさみ、税収が不足すると”のたまう!”一方じゃ、政官財一体となった税金の無駄遣いは一向に止まらねぇ。こんな提案だか論議だか知らねぇが、する前に、政治と行政のスリム化を本気で考えちゃどうでぇ。まんず、国会議員の数を半分に減らしな。次が地方分権よ!国家公務員の地方への出向。これが地方公務員の仕事とダブッて、一説によると10万人も余分な人員が居るといわれてるじゃねぇか。次に控えしが、各省庁にぶら下がってる××法人・行政法人・公益法人の類よ。これを全部0シーリングで見直せば、特別会計なる、分かりづらい予算から出て行く出費が大分抑えられんじゃねぇかい!
総選挙のマニフェストで自民党も民主党も、どの予算から、いくら無駄を省くのか具体的に示した上で、赤字国債のつけを次世代に押し付けない為の税制論議を戦わして貰おうじゃねぇか!あっしら国民から見りゃ、なんとか族とか言われる”お偉いさん”が国民の利益にゃ背を向け、特定業者の利益代表になってらぁな。こんな政治家は皆さんの一票で、今度こそ退場させようじゃねぇか。

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2009年06月06日

ファイヤーマン:アルゴン星から来た少年(写真をクリック⇒拡大)

デビルサウ.jpgオニギリ1.jpg怪獣デビルザウルスが山村に出現。破壊の限りを尽くしていた。急を聞いて駆けつけたSAFがマリンゴンで攻撃を仕掛けると、怪獣は地中に潜り、行方をくらました。こんな騒動の最中に大きなタマゴを大切そうに抱えた謎の少年が現れた。村人達は少年が持っているはデビルザウルスのタマゴで、それを取り返すために怪獣が暴れてるに違いないと勘違い、少年を村から追い出そうとしていた。少年は突然の驟雨にも”雨宿り”する場所すら無く、風邪の高熱に苦しんでいる所を六助爺さんに助けられた。
このエピソードは、私が特撮で取り上げてみたかった”日本むかしばなし風”の”竹取物語・男子篇”だった。アルゴン星から迷い込んだ少年、エムサ。エムサと過ごすことになった孤老の六助。いつしか二人の間に芽生える愛情。そして宿命の別れ。今日も六助爺さんが見上げる夜空に、エムサ星が輝いていた。
ツリ.jpg六助の看病で元気になったエムサは、畑仕事を手伝い、コマを回して遊び、つりをして楽しい日々を過ごすが、エムサも地球に長くは居られない。アルゴン星に帰るためにはレムタン怪獣のタマゴを孵さなければならなかった。近くに温泉が出ているのを知ったエムサはタマゴを暖めようと穴を掘って埋めてくるが、デビルザウルスが地下で暴れるため、度々地震が起こり始めた。心配になったエムサはタマゴを掘り返して持ち帰ろうとした時、調査に来ていた岬に出会い、レムタンとの合体でアルゴン星へ帰ることが出来る秘密を打ち明けた。
ミサキ・エムサ.jpgレムタン.jpgついにレムタンのタマゴが孵って大喜びしていた時:大地震が起こりデビルザウルスが姿を現した。火を噴いて暴れまわる怪獣。傷ついて倒れる六助爺さん、マリンゴンも怪獣が噴射する火炎で炎上、やむなく不時着。機を飛び出した岬も飛び散って来た岩に打たれて失神。エムサは六助を助けるため、村を救うため、生まれ故郷アルゴン星へ帰れなくなることを承知でレムタンと合体、怪獣となってデビルザウルスの前に立ちはだかったが、凶暴なデビルザウルスに追い立てられ、アルゴン星へ帰るエネルギーはどんどん失われて行く。ついにレムタン怪獣はデビルザウルスに投げ飛ばされて、エムサとレムタンに分離、倒れ込んでしまった。最早これまで、かと思われた時。岬が我に返り、ファイヤーマンに変身。
ファ・デビル1.jpgデビルザウルスに襲い掛かった。ファイヤーマンの激しいパンチ攻撃に一瞬ひるむが、体制を立て直した怪獣は火炎攻撃でファイヤーマンに迫る。空中を舞いながら炎を避けると、激しい体当たりで反撃に転じたファイヤーマン!両手からファイヤーショットを繰り出すとデビルザウルスの両手が砕け落ちた。このチャンスを逃すまいと全身、真っ赤な炎と化したファイヤーダッシュで戦いの決着をつけた。気を失っているエムサとレムタンを見つけたファイヤーマンは二人にアルゴン星に帰るためのエネルギーを注入、岬に戻った。
木陰から六助爺さんに別れを告げるエムサとレムタン。そっと見守る岬。やがて天空に向かって一条の光が尾を引いて駆け上がると、エムサ星となって、輝き始めた。

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レムタン・ホシ.jpg安藤達己的回想:ファイヤーマンも終わりに近く、この台本を読んでみると、エムサを演じる子役が作品の出来を左右する程、重要な役どころだった。すぐに”快傑ライオン丸”で小助役を演じた梅地徳彦に出演を打診してみた。OKが出ると、私が持つ”農村の原風景”を取り込んだ”童話”を撮りたいと言う意欲が湧いてきた。撮影時は田植えが終わった時期で水田の美しさ・男の子なら誰でもしていた沼での魚釣り・竹とんぼ・コマ遊びと、この頃(昭和47年)忘れかけていた絵をふんだんに取り入れた。のどかな田園風景の中で六助爺さんとエムサの間に芽生える父子愛に似た感情と別れ!ラストシーンの後に”暖かい余韻”が残せれば大成功ですがーー。
山の天気は難しい。エムサがレムタンのタマゴを暖める温泉地。箱根の地獄谷(大涌谷)がロケ地だった。小田原は薄日が射しているのに地獄谷は濃霧。撮影が始まれば2時間もかからないロケなのに、何も見えないのでは仕方が無い!それから何回、箱根通いをしただろうか:ある時はターンパイクでロケバスが猛烈な突風にあおられ、あわや!大惨事は免れたが、結局、地獄谷のロケは断念。秋川渓谷でスモークを炊いて撮影することになった。あ~ぁ、女心と山の天気(?)ですねぇ!

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2009年06月01日

ダヴァオ紀行:その43 奨学生・09(写真をクリック⇒拡大)

アポ・マド.jpg目を醒ませば昨夜の豪雨が嘘のように晴れ渡り、澄んだ空気のせいか、はるか彼方にアポ連山がパノラマのように広がっていた。例年の事ながら、ダヴァオ到着の翌日が一番忙しい。9時までに朝食を終えて、学生の指導を任せているラニーを待っていると、ホテルオーナーが私を事務所に招き入れた。日本で生産される、非常識に高いマンゴーの話をすると、事務員に何やら耳打ち。5分もしない内に、大きいが熟れていない緑色のマンゴーを二つ持って事務員が戻って来た。オーナー氏、”ノー!ノー!”手を横に振って、”アンドウ、後で完熟マンゴーを部屋に運ばせておく”と有り難い御宣託(笑い)!丁度、ラニーがやって来た。オットット!お腹がふっくら。妊娠6ケ月で、シングルマザーだと?!
アキマエ.jpgドリーサラス.jpg今年は高校を卒業する生徒は無く、新しい奨学生も居ないはずだったが、プリンセスが転居のため当奨学金制度を退会。ドリーが新しく加わった。12時までにオードリッド(欠席)を除く4人がホテルのロビーに集結。昨年、日本食レストランに連れて行くと生徒たちは大喜び。お米の美味しさ(コシヒカリ・日本産ではない!)に驚いていたので、今年もお昼は”和食”と決めていた。和食レストラン、”Akiko”に入ると、まずは”マグロの握り”を8カン注文する。
ダヴァオにも”キニラオ”と言うマグロを生で食べる料理があるが”メジマグロ”と呼ばれる小さなサイズで脂も乗ってないし、美味しいわけでもない。マグロはサイコロ状の角切りで、キャベツ・玉葱の千切りと一緒に、酢醤油みたいなもので食べる。それに比べれば、”マグロの握り”はドッヒャーと感じるほどに美味しい筈だ。
ガク・スシ.jpgガク・メンチ.jpg最初は不安そうだったが、マグロの握りを一口ほおばると、生徒の表情が変わった(笑い)。後は生徒の手が勝手に伸びてきてアッと言う間に”すし”の項は終わりと合いなったが、”わさび”と”みそ汁”には誰も手を付けない(苦笑)。”すし”の後はコロッケ・メンチカツと日本でも学生や若者に人気のある揚げ物で栄養をタップリ摂ってもらう。頃合いは良し。残った食べ物はビニール袋に詰めて貰い、生徒がテイクアウト。これにて解散となったが、朝のうちの快晴がウソのように外はスコール。私も、生徒も濡れて困るような服を着てるわけじゃなし、肌寒いわけでもない。軒下を走りながらジープニーやタクシーが行き交うメインストリートに向かった。
レストラン”Akiko”:ヴィクトリアの近く  ℡ 082-222-6825

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ga8.jpgダヴァオギャル:おねだり事情・ブログを書き始めてから、ガイド兼モデルのお嬢さんを頼むようになった。それも行く度に違ったモデルさんが欲しいから、友達から友達へ紹介して貰う。勿論、少ないが日当も払っている。早ければ、午後3時頃までに取材も写真も撮り終える。そんな時、モデル嬢は決まったように私をショッピングモールに誘う。気軽に付き合うと、お嬢さんたちが買いたい服やサンダルを見つけると動こうとしないが、といってお金を出す気配も無い!こっちが待ちくたびれて”それが欲しいの?”と聞くと”似合うでしょう?”と念を押してくる。結局、買ってやらざるを得ないから、安い時でも¥2000-前後の出費となる(笑い)。
最近はこっちも学習したさ。モデル嬢がショッピングの話を始めたら”部屋で休んでるから、好きなものを買えば”と¥500~1000-を渡す。1時間もすると興奮して部屋に帰ってくる。白のワンピース¥380-:ミニスカート¥280ー:シャツ¥140ー:サンダル¥80-だってーーー私が一緒の時は、そんな安い商品なんか見向きもしなかったくせに!

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2009年05月27日

ダヴァオ紀行:その42 イーグルセンター・09(写真をクリック⇒拡大)

09eagle.jpg今年の新奨学生はドリーサラス(女性)一人、生徒が一人だけでは寂しいだろうと、昨年イーグルセンターに行った二人の学生・私とガイドを含め5人でフィリッピンワシ本部からの車を待つことにした。当日の朝7時30分、電話が鳴った。出てみると生徒が二人、早々とロビーに来ていると言う。私は起きたばかり、約束は8時半だった筈なのにーーーレセプショニストに”レストランで朝食を摂らせておく、”ように頼んで大急ぎでシャワーを済ませ、降りて行くと、二人は何も食べずに、テーブルの上には水のグラスだけが置かれていた。一寸、早過ぎるが私もオカユの朝食をオーダー(本当はバイキングだが、ここのウエイターはいつも私の朝食を揃えて呉れる)、二人には果物を勧めた。後の二人は時間通りに現れ、9時になると迎えの車に乗り込んだ。例年、センター内を案内してくれてるタチットが出張中で、代わりにサンドラが来たが、生徒二人が1時間も前に現れた話をすると”フィリッピンでは時間前にやってくる人は滅多に居ないから、本当にユニークな生徒ですね。”と大笑いになった。
ニュウジョウリョウ.jpgエントランス.jpg定宿のグランドメンセンホテルを出発して1時間。木立に囲まれたセンターに到着。去年は工事中だった入り口のビルが完成。白くて近代的な形が目を引く。去年までダウンタウンにあった事務所もここに移転。余分な経費を省くと同時に、フィリッピンワシ本部の全機能が集約されたことになる。早速、センターの責任者タデナに合いたいと言うと、何と!去年、退職したそうだ。
昨年から始まった”世界不況”が影響したのだろうか?自然保護団体は財政的な基盤が弱い。特に発展途上国では先進国からの寄付に頼らざるを得ない。現状の世界経済を考えれば、イーグルセンターの運営だって大変なのだろう。
現在の責任者は若干30歳の女性、アニメイで13人のスタッフを統括している。今も時々タデナに相談しているそうだが、困難を乗り切って、美しい鳥、フィリッピンワシを絶滅から救って欲しいもだ。
sewani.jpgセンターは猛禽類を主体にした小動物園のような施設だが、現在飼われている動物は36羽のフィリッピンワシ・5種類のワシ・3種のフクロウ・哺乳類4種・クロコダイル・オウム等だ。
施設の広さとフィリッピンワシが一羽づつ大きなケージが要ることを考えると、ワシを野生に戻さないかぎり、ここで飼育出来る数の限界を既に超えている。幸いな(?)ことに昨年の繁殖シーズンは雛が孵らなかった。野生に戻す試みも昨年2羽、放鳥されたが、1羽は家畜の近くに度々飛来。銃弾を浴びて死。もう一羽は人里を離れず。センターに戻された。結局、フィリッピンワシの放鳥計画はこれまで一羽も成功していない。今年こそ放鳥を成功させて、繁殖から野生復帰への道筋をつけて欲しいーー
日本でもコウノトリ・トキを野生に戻す実験が進行中だが、里山に住む鳥でさえ、自然繁殖まで辿り着くのは容易じゃない。日本のスタッフもあと一息、放鳥された地域の皆さんもこのプロジェクトを後押し、してーー

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安藤達己的:新インフルエンザ顚末記・ダヴァオ出発まで一週間もないと言うのにメキシコ発の新インフルエンザの発生で、新聞はこの記事一色。成田では映画に出て来そうな服装で検閲官が到着便に乗り込む。このウイルスを水際で食い止める作戦だとかーー日を追うごとに、ウイルスの毒性が低いことも、感染条件も分かってきているのにだ!私もパソコン用品を買いに行くと入り口で、女性に手を消毒された。
慌ててマスクを買いに走る!成田空港では、さすがにマスクを着けた渡航者が多い。息苦しいが仕方ない。私もマスクをして機上の人となった。飛行機の中でイミグレイションカード以外に、北米・メキシコの渡航暦と健康状態を申告する調査書が配られた。マニラ空港ではサーモグラフィも見当たらず、全く、普段と変わらない。日本人以外、マスクをかけている人は居ない。ダヴァオでは”海外旅行者情報で”メキシコへの渡航自粛を呼びかけていた。
帰国すると新聞から新インフルエンザの記事が消えていた。このインフルエンザ、毒性が弱く、ワクチンが無いだけで、感染したって、既製の薬が効く!専門家は”ウイルスは変異が早いから油断出来無い”と言うが、そんなら例年流行るインフルエンザも今回と同じ処置を取るのかい?
修学旅行を中止した学校が2000校を超えた。そんな必要があったのだろうか?普通のインフルエンザと同じ対応で良いとなれば、中止にする学校は無かったと思うのだがーー
マスコミの非難を恐れて、判断力を失っている教育委員会。学校生活一度の旅行機会を失った生徒たち。日夜、報道に関わっている記者諸君。この事態をどう思いますか?
判断を委ねられた地方は、労働厚生省の決定を待つばかりでなく、瞬時に駆け巡る情報を集めて自分の判断が出来る能力を養ったらどうだろう。
結局、責任を取りたくないから、こんな結果を招くんだろうなぁ。

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2009年05月16日

ファイヤーマン:死人をあやつる宇宙の支配者(写真をクリック⇒拡大)

シ・サブ.jpgミサキ・ギトウ1.jpg宇宙ロケット、レッド2号の捜査は打ち切られ、乗組員3人は絶望と思われたいた時、乗員の一人、杉森がSAF本部に現れた。マリがコーヒーを入れに部屋を出た隙に、一人になった杉森は時限爆弾を仕掛けていた。部屋に帰って来た岬は、マリを拳銃で狙っている杉森と格闘になり、耳に付いていた発信機をはずすと杉森はぐったり倒れこんだ。杉森は元々死体だったのだ!その頃、死体の盗まれる不思議な事件が頻発していた。発信機に使われた金属は水島の分析で、地球上に無い物質だったが、何処から来たのかは不明だった。
このエピソードは暗黒帝王・ブラックサターンが怪獣ブラッカーとロボットと共に地球に潜入、ロボットに死体を集めさせては再生、遠隔操作で操り、地球の破滅を狙うと言うゾンビ風のスリラーで、これに若い岬と千葉の息詰るアクションが加わった。
ロボット・ゾンビ.jpg不思議な機械で再生された、レッド2号の林隊員もゾンビ軍団に加わっていた。レッド2号の乗務員を調べていた岬と千葉は林の家の前で少年と出会い、林も何者かに操られているの知る。SAF本部では、宇宙からの侵略者が居るのではないかと疑問を持った海野隊長が宇宙電波を解読した野川博士と電話連絡を取っていると、突然、電話が切れた。ゾンビ軍団が博士を襲っていたのだ。岬と千葉が本部の指令で、駆けつけたが間に合わず、野川博士は電波を解読したテープを残して息を引き取った。
このテープでブラックサターンが近くにいることを知った岬と千葉が手掛かりを求めて野川博士の所へ戻ると、ゾンビ軍団が博士の遺体を車に積んで運び出すところだった。これを追うマリンカー。廃屋に忍び込んだ岬と千葉をロボットとゾンビ軍団が襲撃。激しい立ち廻りが繰り広げられ、千葉が人間だとばかり思っていたロボットを爆破するとゾンビ達も死体に戻った。
ブラッカー1.jpg紫の煙の中から現れたブラッカーはビルを破壊しながら暴れまわり、緊急発進したマリンゴン、マリンブルの攻撃も受けつけず、ブラッカーに接近した岬と千葉の乗ったマリンブルは角からでる光線で炎上、不時着した。二人を助けようと着陸するマリンゴン。
益々、凶暴化するブラッカー。だが暗黒帝王・ブラックサターンは姿を見せない。我に返った岬はマリンブルを飛び出すとファイヤーマンに変身、ブラッカーと激しい肉弾戦になった。ファイヤーマンのエネルギーは奪われて行く。あやふし:ファイヤーマン!
ファ・ブラ2.jpgブラックサターン.jpg最後のエネルギーを振り絞ったファイヤーマンが炎となって”ファイヤーダッシュ”で体当たりすると、さすがの怪獣ブラッカーも炎に包まれていった。燃えさかる炎の中から空中に舞い上がったクラゲのような生物。これが暗黒帝王、ブラックサターンの姿だった。野川博士の推測通りブラックサターンは地球に来て、ブラッカーの体内に隠れていたのだ。無敵のはずだった怪獣が倒された今、悪知恵にたけたブラックサターンを守るものは無い!ファイヤーマンの攻撃に、なす術も無く、燃えながら消えて行く暗黒帝王。地球は平和を取り戻し。マリンゴンはSAF 隊員を乗せて何事も無かったように基地を目指して飛び去った。

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安藤達己的回想:ファイヤーマンは円谷プロ創立10周年記念企画として日本テレビで放映された。ウルトラQから怪奇大作戦まで放映はTBSだったから、ニッテレの円谷プロ作品に対する期待は大きかったに違いない。セブンDVD.jpgしかし視聴率は思ったほど、上がらず、このエピソードでは(27話目・全30話で終了)サブタイトルの前に、クライマックスシーンのファイヤーマンとブラッカーの戦いを入れたり、ブラッカーの中からブラックサターンが現れたりと、今までに無い工夫が見られた。それでも特撮作品が氾濫していた当時、劇的な視聴率の回復には結びつかなかった。ーーー
ウルトラセブンDVD新発売:5月12日、宅急便の荷物が届いた。円谷プロから発売されたばかりのウルトラセブン見本品の1・2巻だった。新生円谷プロが発売するDVD、第一弾と言うことなのだろうか?売り上げ予想がどれ位なのか見当もつかないが、1巻(4話)に怪獣プロマイドがついて¥1890-だった。
42年前の作品なのに、色あせないウルトラセブンの人気に脱帽!

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2009年05月10日

春爛漫:日比谷公園(写真をクリック⇒拡大)

ヒ・フンスイ.jpg初夏のような陽気に誘われて日比谷公園にやって来た。今年の桜は早過ぎるほど早く咲いたが、満開が来ねぇ。さんざ、じらした挙句、見頃ぁ4月に入ってからよ。お陰で入学式は日本らしい景色になったぁな。桜吹雪が舞ったと思ったら10日と経たねぇうちに、ぼたん・つつじ・ふじと立て続けの花便りよ。こうなりゃ、横着なあっしも家にばかり閉じこもっちゃいられねぇ(笑い)。重い腰を上げて、辿り着いたのが東京のド真ん中。この一等地に皇居から日比谷へと都会のオアシスが広がってらぁ。贅沢なもんよ!まずは、ここのシンボル・噴水の前に立ってカメラを構えが皮肉にも、今まで勢い良く吹き上がってた水がピタリと止まったぁな(笑い)。
iチュ・ヒキ3.jpgチュ・アップ1.jpgまぁー、あせるにゃ及ばねぇ。周りを見渡しゃ、洋風の草花が咲き乱れたぁな。バラはまだ蕾で膨らんじゃいるが、咲くなぁ、もうちょいと先だろうよ。明るい若葉が芽生えた樹木の下にゃ、チューリップの花が敷き詰められたいっ。木陰のベンチじゃスケッチブックを広げて写生を始めた、初老のご婦人が二人。ちょいと覗いてみたが、上手いもんよ。近頃ぁ、カルチャーブームとかで、芸達者な年寄りが増えたなぁ。こちとらも負けじと(笑い)カメラを片手に右往左往。どこぞの田舎で、何千本・何万本と咲いているチューリップのようにゃいかねぇが、地価の高い都心に咲く花の贅沢さを表現しようと、花壇を3周もしたぁな。ひょいと、噴水に目をやりゃ、中心の水が吹き上がって来たところよ。慌てて××ホテルをバックに勢いよく吹き上がる水柱をカメラに収めた。
ヒ・コイ1.jpg日比谷公会堂の前にテントが張られ、青いビニールの筒が沢山、並んでた。てっきり、何かの工事だろうと思っていたが、近づいてみりゃ、”錦ゴイ”の品評会よ。テントの中にゃトロフィーが山と積まれ、ネクタイをした役員が数人、お茶をすすっていたが、あっしの興味はコイの方だけよ。ったって、別にどこをどう見て魚の良し悪しを見分けるのか皆目、見当がつかねぇ。知ってる事と言やぁ、新潟出身の元首相が目白の豪邸で一匹数百万円もするコイを贅沢に泳がしていた位のことだぁな。そうそう、新潟は錦ゴイの産地だっけ、数年前の大地震でコイの養殖池が大打撃を受けた。その被害から立ち直って、山古志村でコイの生産を始めている業者が新聞に載ってたが、この品評会の受賞者の中にもその人が入っているかも知れねぇな。それにしても見事なコイだ!そこらへんの池やお堀にいるのたぁ大違いよ。模様によって名前があるらしいが、そんなこたぁ、知らなくたって、色の鮮やかさと、模様の美しさは誰の目にも分からぁな。思いがけない良いものを見せて貰った所で、丁度、昼飯時ーーー
マツモトロウ.jpg松本楼に行ってみるか!ここの歴史は古い。明治36年からの創業よ!戦前戦後、ここを訪れた政治家・文人は枚挙にいとまがねぇ。戦前のモボ(モダンボーイ)・モガ(モダンガール)にゃ、”カレーライス”ってぇ言葉がよっぽどハイカラに響いたんだろうなぁ。一度は入って見なくちゃ、申し訳が立たねぇ程の人気だったんだとよ。開業当初は瀟洒た3階建ての西洋舘だったが、今は4階建てのビルジングなってらぁな。松本楼っちゃ、やっぱカレーライスでしょう。今も続いてるかどうか知らねぇが、一年に一度、感謝を込めて10円で振舞ってたぁな。あっしが食べたかったのも、勿論カレーだったが、日比谷に繰り出した人の思いは皆同じ、入り口は長蛇の列よ。これに加わる勇気と忍耐は無ぇ(苦笑)。さっさと諦めて、同じ公園内にあるレストランでスパゲッテイと生ビールで昼食をすませ、瞼が重くなったところで噴水とチューリップに別れを告げた。

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コウソク1000.jpg安藤達己的毒舌:去年の10月に端を発した定額給付金騒動。あれだけの反対を押し切って結局、国民一人当たり12,000~20,000円の支給が始まったぁな。足立区は手際良くゴールデンウイーク前に手元に届いた。だが、あっしにゃ、ちっとも有り難く感じられなかったなぁ。早ぇ話が”自分で収めた税金が、少しばかり戻って来たってぇことだろうよ”。もし、大金持ちの総理大臣様がさ、身銭を切って国民に配ったんなら喜びも”ひとしお”だったろうに(大笑い)。時の内閣は人気取りのために金をバラマイタ心算らしいが、国民はそれ程馬鹿じゃねぇ。第一、昨年末に支給する話が遅れに遅れて、まだ手にしてねぇ国民が大部分だろうよ。犬の”オアズケ!”じゃ、あんめぇし、いい加減にしてくんな。
次なる愚策が土・日・祭日:高速道路・1000円ポッキリよ。あっしのように車を持たねぇ者にゃ、何の恩恵もねぇ。車を持ってたって、まずETCを買わねぇことにゃ、事が始まらねぇ。ETCを買おうたって、品切れときたぁな。その上、ETCが売れる度に、ちゃっかり”うわまい”をはねる団体があるんだとよ。あ~ぁ、出るなぁ、ため息ばかりだぁな。
この連休にドット繰り出した家族連れは、あまりの渋滞にうんざり。50%セント以上の人が1000円の料金より渋滞の無い方が良いって言ってるじゃねぇか。このサービスに使われる予算が5000億円だとよ。そこで提案だが、全車種、1000円乗り放題をウイークデイ(月曜~金曜)にしたらどうでぇ、そうすりゃ、物流は安くスムースにいって、青息吐息の輸送業者は大助り。巡り巡って、流通コスト低下の恩恵は国民全体に行き亘る。あの渋滞を見て、温室効果ガスの削減をとなえる立派な政治家先生はどう思ったのだろう?是非、ご意見を伺いてぇもんよなぁ。

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2009年05月03日

ダヴァオ紀行:その41 シーフード・レストラン(写真をクリック⇒拡大)

フタリ・ショクジ.jpgダヴァオは海辺の町だ!レストランが軒を連ねるショッピングモール:ヴィクトリアの裏手にも2軒の海鮮料理屋があり、店に入れば、大きな水槽と調理場から立ち昇る煙・忙しく行き交うウエイター・とその活気に圧倒される。物価の安いフィリッピンとは言え、ロブスター・マングローブガニ・ハタ(海の魚・ここではラポラポと呼ばれている)はそれなりの値段だ。まずは店員を連れて水槽の前に立ち、今日、注文する食材の種類と量を決める。魚は、4人分だから700~800グラムで十分だろうと、キロ当たりの値段を確認して調理の仕方も客が決める。適当な魚を指差せば、店員は大きなタモを無造作に水槽に突っ込んで掬ってくれるが、相手は生きの良い魚だ!水槽の中を逃げ回るから海水が飛び散る。近くの客に水がはね返るが、客も店員もそんなことにはお構いなし。水しぶきを浴びた客もいつものことなのか、別に驚いた様子もなく注文した私をジッと眺めている。
ラポラポ.jpgロブスター.jpgラポラポは中華料理・”コイの空揚げ”風に、甘酸っぱい、トロリとしたアンカケソースをかけて食べれば美味い。次はロブスターだ、これはキロあたり3000円~4000円もする。日本では”錦エビ”と呼ぶ大型のイセエビの仲間でサンゴ礁に住んでいるから、体の色も白っぽく、体中に綺麗な縞模様が入っていて保護色になっている。日本のイセエビは500g位が普通で、1キロなんて大物には滅多にお目にかかれない。更に、これを食べるとなると、まずは懐と相談だ(笑い)。”錦エビ”は1キロ位が標準で、大きいのは3キロをゆうに超える。頭の部分にはミソがギッシリ詰まってて、良いダシが出るからスープにする。頭を解体(?)しながら身をを食べるが、かなりのボリュームで腹に溜まる。胴体はカラ付きのまま、豪快に叩き切って”エビのピリ辛ソース”風が美味しい。確かに姿も形も味も申し分ないが、値段がちょっとーーと思う私のような人には、ロックロブスター(私の田舎ではセミエビと呼ばれ、イセエビと一緒に獲れる)がお勧めだ。
ロックロブスター.jpgカニ・ロブスタ.jpg身の味はロブスターと同じなのに、姿が悪いばっかりに値段は半値以下だ(苦笑)。頭が平べったくて、ミソも身も入ってないからスープには向かない。一匹の大きさは、せいぜい100~200グラム位、私には2匹が適量だ。
そして最後に控えしは!熱帯地方にしか居ないマングローブガニ。ツメが大きく黒々としていて、見るからに挟む力が強そうだ。どのカニもツメはしっかり縛られて、一寸可愛そうだがこんなハサミに挟まれたら大変だから仕方ない。店の奥に或る鉄製の引き出しの中に入っているのを3匹ばかり選ぶ。現地の人は何故か、蒸したカニに炒めた野菜のスープをかけて食べていたが、私には全然美味しくなかった。第一、日本のカニと違ってミソが無い!まぁー、ツメの中に身はあるが、これだって取り立てて言うほど美味じゃない。そこでエビと同じように、”中華風ピリ辛”にして貰うと、予想通りこれは美味しかった!
熱帯の海鮮料理で腹ごしらえ:”お会計”をしてもらうと、ビールを入れて4人様:8000円弱。日本で食べることを考えると、5分の一以下の値段だろうか?そんなわけで、手ごろな値段でシーフードを食べるのもダヴァオ行きの楽しみの一つになった。”食いしん坊”も一徳ですなぁー。

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メキ・インフル.jpg安藤達己的ブタ・インフルエンザ考:2003年3月:SARSなるウイルス性伝染病が流行。その真っ只中、私は無謀にもダヴァオ行きを敢行した。慣れないマスクを着けて成田を出発。マニラに到着すると飛行機はエプロンには付かず、乗客全員がバスで検疫のため、別のビルに連れて行かれた。30数度ある室外で、汗だくになりながら待たされること1時間半。検疫官が全乗客一人ずつの額にビニールのようなものを押し付け、どうやって検査をしたのかは不明だが、結局SARSの感染者は0。予定通り国内線に乗り換え、無事にダヴァオに到着。
もし感染者が一人でも出たら、乗客全員を一週間マニラで隔離することになっていたそうな。後でこの話を聞いてゾッとした。今回はメキシコが発生源でアジア人の感染者は少ない。弱毒性のインフルエンザらしいが、誰も免疫を持っていないから感染が広がれば面倒だ。
私のダヴァオ行きは5月17日:”苦しい時の神頼み”ですいませんが(笑い)、この新インフルエンザ騒動:それまでには治まりますように!

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2009年04月26日

こいのぼり:橋本弥喜智商店(写真をクリック⇒拡大)

ハ・ミセ.jpgオオコイ.jpg加須っちゃウドンも有名だが、なんたって”こいのぼり”だろうよ。歴史をひも解きゃ、明治時代に傘・提灯職人達が、暇な時に和紙で”こいのぼり”を作ったのが起源だとよ。その技を引き継いでその生産量は、今も日本一だってぇから、驚くじゃねぇか!町興しを兼ねて作ったんだろうが、100メートルもある”ジャンボこいのぼり”を大空に泳がせて端午の節句を祝うってぇから豪勢なもんよ。この制作にゃ、橋本弥喜智商店の店主が設計と指導を担当。2000人もの市民が協力したってぇから凄ぇ。
あっしが加須駅に降り立ったのが4月も中旬、駅前広場にゃ立派な”こいのぼり”が泳いでたなぁ。そこから徒歩10分、ひたすら橋本弥喜智商店を目指して歩く。機械化が進んだ昨今のこった、4軒ある”こいのぼり”製作所でも、昔ながらの”手書き”にこだわっているのは、ここしか無ぇ。目印の銀行を通り過ぎて、この辺りだろうと見回しちゃみたが、それらしきビルはねぇ。そのまま歩き続けるってぇと”橋本商店駐車場”の看板が目に入ったぁな。おっ!ここかよ!美智子妃殿下が見学に来たほど有名な工房だぁな。さぞかし立派な門構えだろうと思ったが、御覧の通り、つつましやかなもんよ!だが趣がある。う~ん、流石に伝統を重んじる店主の”心意気”が感じられらぁな。
ヨロイ2.jpg”のれん”を潜って中に入ぇると、意外に狭い店内は溢れんばかりの五月人形よ。なぁ~る程、ここで商ってるのぁ”こいのぼり”だけじゃねぇんだ!それは構ねぇが、肝心の”こいのぼり”が見当たら無ぇ。お店のお姉さんに、あっしの目的を告げると、すぐに職人と言うよりゃ、品のある大店の店主風のご主人が現れた。”折角、来ていただいたが、今日は忙しくて、お相手する暇がない。”とのお達っしよ。そりゃそうだ!4月の日曜日となりゃ、掻き入れ時だろうよ。さっきから奥にある板の間を人が上がって行ったり、降りて来たり、やたら出入りが激しい。こちとら”手書きのこいのぼり”を見せて頂けりゃそれで十分。大方のところぁ、インターネットでお調べ済みよ。
テンシュ.jpg店主のお許しが出たところで、暗くて狭い、曲がった階段を登って行く。二階に辿り着くと、と言うほど階段が長ぇわけじゃねぇが、窓外にゃ春の日差しを一杯に受けて、盆栽の鉢がズラッと並んでたぁな。左手にある狭い二部屋にゃ、立派な鎧・兜がところ狭しと展示してある。思わず足を止めて、しばし見とれてたぁな。そこを抜けると、普段は何に使われてる部屋か定かじゃねぇが、そうさなぁ40畳もあるか?天井から窓、壁、隙間が無ぇほど”こいのぼり”が飾ってある。と言うより、高価な”こいのぼり”にゃ気の毒なほど、窮屈そうに貼り付けられてたいっ(笑い)。
コイ3.jpgコイ1.jpg正面に見えてるのが5メートルの”こいのぼり”でよ。右手のが7メートルだが、その大きさは半端じゃねぇ。あっしだって、こんなに近くで見るのぁ始めてだぁな。目の周りから、ウロコ、ヒレ、尾っぽと見れば、見るほど味がある。流石に”手書き”よ!一筆、一筆が微妙に変化していて、飽が来ねぇ。寸分、違わず刷り上るプリントとは大違いだぁな。
さっきから、家族連れの客が次々とお出ましよ。店のお姉さんが、丁寧に説明しては伝票らしきものに書き込んでらぁ。買う方だって、美術品を買う感覚だろうよ。説明を良く聞いて、納得しなけりゃ、商談はまとまらねぇ。一組が帰って行きゃ、もう次の家族が品定めよ。”こいのぼり”の色も昔と違って、随分と派手に成った。その上、手書きとなりゃ、客の要望に応じて見本と違うものも出来るんだろうよ。店中が接客に忙しいってのに、長居しちゃ申し訳ねぇ。あっしも十分、”手書きこいのぼり”を堪能したところで、”おいとま”させて頂くとするかーーーここの店主に限らず、古来から伝わる匠の技は、何とか受け継いで行って欲しいもんよなぁ。
橋本弥喜智商店:東武伊勢崎線・加須駅より徒歩10分
      (電話)0480-61-0371 (Fax)0480-62-4151

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カレージケン.jpg安藤達己的判決・考:1)和歌山カレー事件・1998年夏休み。楽しいはずの”祭り”は一変して、無差別殺人事件の現場となった。この事件の影響は大きく、夏休み恒例の”XX祭り”からカレーが消えた。その後、不審な言動でマスコミを手玉に取っていた容疑者は逮捕され、この人が行って来た過去の”疑惑の行動”が毎日のように紙面を賑わせた。あれから10年、裁判では動機は不明。証拠も自白も得られず。状況証拠だけで”有罪・死刑”が確定。犯人は今も”無罪”を主張している。再審の道はあるが、逆転無罪の可能性は皆無に近い。
今年、5月から始まる”裁判員制度”では、このような無罪か死刑かの判断を一般国民が下すことになる。
2)”それでもボクはやっていない”:映画の方は有罪で終わっているが、現実の事件は最高裁で逆転無罪となった。逮捕されていたのは大学教授。痴漢被害に合ったと告訴していたのは高校生だったとかーーーこの裁判は3年間に亘り、この破廉恥罪の被疑者になった者は、普通ならとっくに社会的信用を失い、生きる場所を失ったであろう。幸い、この被疑者は国立大学の教授だった為、復職出来るとのことだ。
数年前、女高生数人と話す機会があった。話は盛り上がり、痴漢の話になると、”私は通学の途中、毎日のように痴漢にあっている”と一人が口火を切った。他の生徒もほとんど経験していると言う。電車の中って痴漢だらけかよ!思い違いもあるんじゃないかい?
私はラッシュアワーの電車に滅多に乗らないが、ある時、バッグを片手に身動き出来ないでいると、前にいた女性が振り返って私を睨んだ。冗談じゃないよ!あんたの勘違いで、社会や家族からの信用を失ったらーーー考えるだけで恐ろしい!この大学教授を告訴した女高生・どうやって責任を取るのだろうか?

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2009年04月18日

ファイヤーマン:よみがえった岩石怪獣(写真をクリック⇒拡大)

ヨ・コウジ1.jpg風光明媚な山岳地帯も観光客を呼び込むために岩肌は削られ、新しい舗装道路が開通して、ゆるやかな丘は別荘地に姿を変え始めていた。切り立った斜面には、コンクリートに変わり土砂崩れを防ぐ新材料・ポリダーを撒布、より大規模な工事が短期間で可能となった。その頃、現場近くにある美しい湖を撮影に来ていたカメラマンのテントは、何と!湖から逆流してきた水に押し流された。
地質調査に来ていた学生も岩が崩れて振動している現象を知り、新しい火口かと興奮しながらテントをはっていると、カメラマンが駆けつけ、水が逆流した不思議な現象を夢中で伝えたが、悪い冗談だと相手にもされなかった。
ガ・シタイ.jpgその夜、湖の水は逆流し始め、寝込んでいた学生達を崖上に押し流し、四人の命を奪った。
昭和49年:第一次オイルショックが日本経済に大打撃を与えるまで、列島改造論に後押しされて、山を縫うようにスーパー林道が走り、原野が造成され別荘ブームが巻き起こった。農家でも急激に機械化が進み、農具が運びやすいように舗装はアゼ道にまで及んだ。更に農薬の過剰使用が米作地帯から小さな生き物を追い出し始めた時期でもあった。そんな時に放映されたこのエピソードには、自然を破壊してまで豊かさを求める、当時の風潮に"一石を投じるメッセイジ"が込められていた。
ヨ・ゼンイン.jpg水の変性を知ったSAFは、再び岬と水島をマリン号で現場に派遣。千葉はポリダーの流入で湖が超流動性を持った水になっていることを知らされ、中和剤を科学者に依頼。完成するや、湖の水を普通の水に帰すためマリンゴンで現地に向かった。
湖では、逆流した水に追われて逃げるカメラマン。これを目撃し、助けながらマリン号に逃げ込む水島。真相を確かめよと湖に向かう岬。突然、岩が崩れ落ち、目を醒ました怪獣・スコラドンが姿を現した。危険を察知したマリン号は直ちに離陸。怪獣にミサイルを撃ち込むが、効果はない!マリンゴンで中和剤を撒きに来た千葉も攻撃するが、怪獣はひるまない。岩に打たれて気を失っていた岬が我に戻ると、正にマリンゴンが怪獣に体当たりを敢行しようと、突っ込んで来るところだった。
ファイヤーフラ.jpgすかさずファイヤーマンに変身!スコラドンをタックルで倒してマリンゴンとの衝突を回避した。怒り狂った怪獣は火を吐き出しながら攻撃。地上を転げ回りながら火柱を避けるファイヤーマン。かろうじて後ろに回って首を締め上げる。苦しみながら火を噴くスコラドン。隙をついて背中に跨り、鎧のような首に岩を突き立てて攻め続けるファイヤーマン!堪えきれずに、のた打ち回る怪獣をまるで暴れ牛を乗りこなすカウボウイのように操り、ひるんだところで、尾っぽを掴み、ハンマー投げのようにスコラドンを振り回して放り投げ、湖から這い上がってくるところを”ファイヤーフラッシュ”で仕留めた。

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ユキ・サンニン.jpg安藤達己的内緒話:カメラマン役で客演してくれた有馬昌彦氏(文学座)。私が映画界に入るかどうか迷っていた頃、国際俳優、早川雪洲宅に良くお邪魔していたが、雪洲氏の長女、よし子さんも文学座の研究生だった。このよし子さんと有馬氏が三島由紀夫夫妻の媒酌で結婚。その後、離婚してしまったが、私はいつか有馬氏に出演を依頼しようと考えていた。勿論、向こうは何も知りませんよ(苦笑)。レギュラー陣も、このエピソードでは水島(岸田森)と岬(誠直也)が主役で、劇団育ちのカメラマンと水島の絡みは、双方芸達者で撮っていて楽しかった。
岸田森は誠直也の九州訛りを直そうと、普段からアドバイスしていた。そんな二人だったからセリフのやり取りも師匠と弟子のような暖かさがあり、新人・誠直也がこの作品で一皮むけたように感じられた。
湖は西湖で撮影し、ナイトシーンがあったので、近くの国民宿舎に一泊したが、フトンは湿っぽく、寒さで良く眠れなかった。次の日の撮影では、頭痛と吐き気で立っていることすら出来ず、岩にもたれながらの撮影となった。富士五湖の冬は本当にうんざり!ーーー何かと思い出の多い作品でした(苦笑)。

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2009年04月12日

ダヴァオ紀行:その40 養豚業(写真をクリック⇒拡大)

コブタ・30キロ.jpg或るレストランでの出来事だった。高校生を連れて日本食を食べさせようとメニューを見ていたら、”ポークカレーとトンカツが良いよ”と奨めてくれる人がいた。意表を突かれて私が振り向くと”ここの豚肉は私が育てたブタだから”と笑っている。”そうですか”と答えて、その通りに注文してみると、なるほど美味しい。ダヴァオの牛肉は硬いが、これまで食べたビサヤンチキン(地鶏)と豚肉はたしかに格別だった。この御仁、F氏と称したが”ブタは飼料で肉質や味が変わる話や、アクが多くなる原因について”薀蓄を傾けた。こうなりゃ、野次馬根性では負けない私だ!早速、豚舎を見せて貰う約束を取りつけた。
シキチ.jpgハハブタ.jpgホテルを出発・メインストリートを30分走ると、ミンタルと言う町に入る。ここを右折するともう舗装されてない道だ。水溜りのある登り道をスリップしながら、ゆっくり進む。木の種類は違うが里山のような地域で遠くに養鶏所らしき建物も見える。市の中心部からそんなに離れていないのに、空気は綺麗だし、まるで田舎に来たような風情だ。すれ違ったバイクの若者が挨拶して通り過ぎた。F氏の従業員だそうな。もう人家らしきものもほとんど無く、水溜りを避けて車を止めたところが養豚所だった。池には、なにやら稚魚が沢山いたがテラピアの養殖をやっていた名残だとかーーー原っぱを横切ると、コンクリートで敷き詰められた一角が豚舎だった。何百匹単位でブタを飼育するほど大掛かりじゃない。母ブタが10匹足らず、種ブタが一匹で、同じ日に生まれた子豚が12匹ほど、数箇所ある区切られた囲いの中でそれぞれに同居している。中は清潔で、農家の庭でドロだらけになっているブタとは大分違う(苦笑)。母ブタは4ケ月の妊娠期間で平均、12匹の子ブタを生むそうな。4ケ月で100キロに育ち市場に出す。レチョン(ブタの丸焼き)用は2ケ月で40キロ程度。値段はキロあたり70~100ペソだとか。
飼料は主にクズ穀物で、経費削減のため従業員が買出しに行き、ここで配合している。他にも肉質を良くするための添加物を使っていて、これがけっこう高価だ。採算を考えると、今の規模でも毎月、12匹以上のブタを売らなければならない、がそれには母ブタが20匹くらい必要だ。母ブタがいつも12匹以上子ブタを産んでくれれば良いが、動物のことだから、5匹しか産まないこともある(それはそうだろう)。どんな商売も楽じゃありませんなぁーーー
カンシゴヤ.jpg養鶏はウイルスの危険があるから怖い!とF氏の話だが、動物を飼育して利益を上げるのは容易じゃない。病気が発生すれば被害は大きいし、出荷時期にきてブタが盗まれてしまえば、育て上げた苦労は無駄になる。だから、豚舎の良く見えるところに見張り小屋があった。ここで育てたブタは1キロ:100ペソ(普通は70ペソ)の値段が付くそうだが、それでも儲かる商売になっているとは言えない。ブタの値段が安いのに比べ、レチョン(ブタの丸焼き)は1キロ:250ペソ~350ペソもする。F氏のところでも注文があれば調理料:1000ペソでレチョンにするとか。これが一番確実な収入になるらしい。外国で商売を軌道に乗せるには苦労はつきものなんだろうが、F氏には是非、成功して欲しいと伝えて、車に向かって歩き始めた。

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安藤達己的考察:フィリッピン系日本人・1)不法入国していたフリッピン人夫妻が13歳の中学生(国籍はフィリッピン)だけ残して、両親は国外退去となった。家族全員が定住権を認めるられるように、と多くの日本人が支援活動をしたようだが、行政裁量による決定は一家に取って厳しいものになった。
2)昨年、日本人男性から認知されているフィリッピン女性の子供に日本国籍が与えられた。これまで日本国籍が与えられるのは親が日本人と結婚した子供に限られていたから、これは大幅な国籍法解釈の変更だ。この変更によって、多数の日系二世が日本国籍を取得可能になる。
3)母親はフィリッピン人で日本人男性と結婚、日本で暮らしているが、子供は何故かフィリッピンで育ち、18歳になったところで日本国籍を選択。来日して飲食店で働いてはいるが、読み書きが出来ない。
4)父親は間違いなく日本人なのに認知もされず、フィリッピンで暮らすジャピーノと呼ばれる人が3万人以上も居るそうだ。この人達の国籍問題はどうなるのだろう?
5)上に書いたケースは20数年前、フィリッピン女性がエンターテイナーのビザを取得、日本のホテルやスナックで働くことが出来た時期の産物だが、フィリッピン・特にダヴァオ周辺では第二次世界大戦をはさんだ日系人(三世まで)問題が解決し切れていない。すでに6000人以上の日比・混血人が日系と認められ、多くは来日して働いているそうだが、現在申請中の人が4000人以上もいると言う。航空路線網の発達で、どこの国でも国際化は避けられないし、国際交流がもたらす明るい面も沢山ある一方、日本でも外国人による犯罪、違法滞在、無国籍児童と陰の部分もかなり見えて来た。定住権問題も行政裁量にゆだねるだけでなく、きちっとした指針を示す時期に来ているのかも知れませんね。

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2009年04月04日

しだれ桜満開:六義園(写真をクリック⇒拡大)

ライト1.jpg3月21日・開花宣言:さくら前線が東京に到着と言うこっちゃ。あっしの子供時代、4月の入学式にゃ、てぇげぇ桜が咲いてたもんよ。ところがどうでぇ、近頃と来た日にゃ”お花見”はもっぱら3月に繰り上がったぁな。これが温暖化のせぇかどうかは別にして、今年は飛びっきり早ぇ開花だった。だが、それからがいけねぇ!来る日も来る日も真冬並みの寒さ。桜も面食らったろうよ!29日:頃合はよしっ!と出掛けて来たがお目当てのソメイヨシノは、どこも開花しちゃいるが、白い花がチラホラ見えるだけよ。おまけしたって二分咲きにも満たねぇ!”枯れ木”同然だぁな。そこで唯一”満開のしだれ桜”を拝みに六義園へやって来たってぇこった。
リ・イリグチ2.jpg駒込駅で降り、染井門に来るってぇと:どうでぇ!ハンドマイク片手にガードマンのおじさんが群集を誘導してらぁな。塀沿いにザット200m。仕方が無ぇ、あっしもその列に加わったぁな。15分ほどで入り口に辿り着き、300円を払って目出度くご入場とあいなった。
ライトアップ迄にゃ、時間もあり過ぎるほどあらぁ。まずは”大名庭園”と呼ばれる園内を池に沿ってちょいと歩いてみたぁーな。形の良い松は青々としちゃいたが、芝生は茶色のまんまよ。ソメイヨシノもある筈だが、花が咲いてねぇからサッパリ目立たねぇ(笑い)。芝生をつついてるムクドリとスズメを見ながら、茶屋にでも寄って夕暮れを待とうと思ったが、そうはいかねぇ!どこも長蛇の列よ。しょうがねぇから、池っぱたのベンチに腰掛けてあたりを見回した。満開のはずの”コブシ”はとうに盛りを過ぎて、色もあせてたい。若いカップルが楽しそうに、持参した弁当だかおやつを仲良く食べているのを横目に、ヤキモチを焼いたわけじゃねぇが(苦笑)腰を上げたぁーな。
リ・イケ1.jpgリ・ヒル3.jpg池の周りを一巡りしたところで:ちょいと早ぇが、”しだれ桜”の場所に戻ってライトアップを待つとするか。わぁー!見物客は益々増えてきたいっ。もう6時も近く、太陽はビルの陰に沈んだが、空は明るい。気温はと言やぁ、無慈悲にも下がり続け、スニーカーから寒さが沁みてきたい(本当だよ!)。あ~ぁ、春の日暮れは長ぇなぁー。熱燗で一杯やらなきゃ、耐えられねぇ。行列に並ぶこと20分、やっとの思いで手に入れた(笑い)酒をちびりちびりやりながら、ただひたすら暗くなるのを待つ!白い花が少しは浮き上がって来たところで、人並みを掻き分け掻き分け、昼間から決めていた場所で2・3枚撮っちゃみたが、まだ、ちょいと明る過ぎる。体のシンまで冷えてきたが、ここまで待ったんだ!もう一息とポケットに手を突っ込み、凍える手を温めながら、ひたすら空との睨めっこよ。ーー
ライト2.jpg空は少しずつ青味を失い、照明を強くしたかと錯覚するほど花の白さが際立ってきたい。木の周りを取り囲んだ群衆は携帯を頭上にかざし、盛んにシャッターを切り始める。いやでも時代の変化を感じらぁな。”カメラで写真を撮っている”なんざぁ、少数派よ。アングルを変えようと5メーターほど移動したが、それだって容易じゃねぇ。5・6枚シャッターを切ったところで出口に向かったが、まだ人並みが途切れることなく桜に向かって移動中だった。足元を淡く照らすフットライトを頼りに、ひたすら出口を目指して歩く。足も痺れてきて感覚が無ぇ!あ~ぁ、こんなに薄着で来るんじゃなかった。入場券売り場はまだ込み合っていたが、駅に向かって一目散!電車に乗り込んで暖房の暖かさに感謝感激!お花見も天気次第で難儀なこっちゃ。これもあっしの行いが悪いせいなのかなぁー

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G20.jpg安藤達己的毒舌:ロンドンにゃ20ケ国の首脳が集結よ。アメリカ発、経済危機の後始末だぁな。本来、返せっこねぇ人に、土地が値上がりし続ける前提でサブプライムローンなる金を高利で貸付。土地が値下がりした途端に、不良債権の山よ!自分の国でこれを処理すんなら他国が口を出すにゃ及ばねぇが、投資信託なるものに組み込んで世界中にバラマイたぁな。この損失が何兆ドルなのか専門家でさえ分からねぇ。結局、各国が合計500兆円、プラスαの支出と政策で、この危機を乗り越えようってぇことになった。
金を商品のように扱い、儲けてる時にゃ”我が世の春”で、拙くなりゃ”助けてくれっ”てかいっ。大国のやるこたぁ、アコギだなぁ(あ~ぁ)。腹は立っても、この大国の消費に頼らなけりゃ、やって行けねぇ世界を作り上げたのも、お集まりの諸国じゃ、自業自得かぁ。これを機会に、日本も輸出に頼るだけじゃなく、内需で成長できる国造りに励んでみちゃどうでぇ!

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2009年03月27日

ファイヤーマン:鉄の怪獣が東京を襲った!(写真をクリック⇒拡大)

ムツ・タチ.jpgホンブ4ニン.jpg会議を終えた海野隊長がエレベーターに乗ろうとすると、開いたドアーの下はポッカリと地下まで空間になっていた。唖然として階段を降り始めると、謎の一味が襲い掛かり、駐車場では海野の車に時限爆弾が仕掛けられたが、間一髪、この危機を脱した!
このエピソードはアクション・ミステリーの要素が強く、地球侵略を狙う宇宙人が、かって水島隊員が勤務していた”超エネルギー研究所”を乗っ取り、ここを拠点に準備を進め、全ての機械を始動させるヒューズを小型無人ロケットで送り込もうとしたのをSAFのレーダーがキャッチしたところから始まった。早速、謎のロケット調査に出動した岬と千葉は現場に辿り着くと得体の知れぬ男達に襲われ”立ち廻り”が始まるが男達は忽然と現れ、宙を舞い、突然、姿を消した。このヒューズを拾い、好奇心から大切に持っていた子供は、ヒューズを手に入れなければならない宇宙人に付きまとわれることになるのがーー
シン・ムツタチ.jpg超エネルギー研究所を調査に来た海野と水島だったが、研究所の中は奇妙な雰囲気に包まれ所員は水島の問いかけに答えようともしなかった。やっとのことで、責任者らしき人物と話してみると、かって水島の同僚だった人達は皆、居なくなり、案内された応接室では毒入りのコーヒーをすすめられた。水島の機転で毒を見破り、飲まずにすんだが応接間に閉じ込められ、隠しカメラが二人の行動を監視していた。ドアーの鍵をを光線銃で焼き切り、二人が部屋の外へ出ると所員に成りすましていた宇宙人が次々と二人に襲いかかった。宙を舞ったり、消えたりと奇妙な”立ち廻り”は廊下から階段へ、階段から踊り場へそして一階ホールへと続く。
マコ・ドリー.jpgヒューズを持った少年と姉がやって来た遊園地でも宇宙人が少年の後をつけ回し、フューズを奪おうとしていたが、岬と千葉も宇宙人のジープを追跡して遊園地に来ていた。少年を狙う宇宙人、宇宙人を追う岬と千葉、乗り物を縫うように”立ち廻り”が繰り広げられ、千葉に倒された一人は地上をのた打ち回りながら霧のように消え去った。つぃに、
少年の持つヒューズを奪い取った宇宙人は、後を追って必死にジープに飛び乗った岬を振り切り、走り去ったが、これを追う岬と千葉の車。ジープが向かった先は海野たちも調査に来ていた”超エネルギー研究所”だった。研究所に飛び込む宇宙人。ヒューズがセットされた。即座に全ての機械が動き始め、研究所が揺れ動くと鉄の怪獣バランダーがビルを突き破って姿を現した。危険を感じてマリン号に急ぐ隊員たち、足に怪我をして逃げ遅れた岬。SAF隊員たちはマリン号で飛び立つがーー
テツ・マリン.jpgファイヤー・テツ2.jpg鉄の怪獣は町を破壊しながら東京に向かって動き始めていた。マリン号も空軍の応援を得て怪獣を攻撃するが鉄の塊はビクともせず。胸から発射されるロケット弾で戦闘機は次々に撃墜され、町も炎に包まれて行った。このままでは東京が危ない!鉄の怪獣を食い止める手段は無いのか!
ファイヤーマン登場!最初は鉄の怪獣に蹴られ、投げ飛ばされ、踏みつけられて苦戦。ヤットの思いで立ち直り攻撃するが、怪獣もバリアーを張ってファイヤーマンの攻撃を受け付けない。死闘はなおも続きファイヤーマンがバリアーを打ち破ると、何と!鉄の怪獣は足に点火してロケットのように空中に飛び上がった!これに狙いをつけたファイアーマンが”ファイヤーフラッシュ”で怪獣を爆破。地球の危機を救った!

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安藤達己的回想:冒頭から繰り広げられた海野と謎の男達のアクションシーンは”勝ちどき”の倉庫街で撮影された。当時(昭和48年)、この辺りにはまだ貨物の線路が残っていて夜は人影が全くなかった。
ド・ミサ・チバ.jpg遊園地の撮影はモノレールで有名になった横浜の”ドリームランド”だったと思うけど向ケ丘遊園地や小山遊園地のように、今はもう取り壊されたのだろうか?アクションシーンでは若い誠直也・平泉征は勿論大乗り気で取り組んでくれたが、重厚派の睦五郎が意外な程軽い身のこなしで”タテ”をこなしてくれたのには驚くと同時に本当に有り難かった。演技派の岸田森がアクションを楽しそうに演じていたのも意外と言えば意外だったが流石に演劇界のサラブレット、何をやっても”様”になる俳優さんだった。誠直也・平泉征は、今も元気に俳優業を続けていて、時々スクリーン上でお目にかかるが、岸田森は故人となった。
つい最近、勝ちどき橋を渡る機会があったので撮影現場付近に目をやったが、もう当時の面影は全く無く、高層マンションが林立していた。ーーーー

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2009年03月22日

世界らん展:東京ドーム(写真をクリック⇒拡大)

ヒロイ1.jpgひろ~いフィールドがあかる~く照らされ、ランに埋め尽くされてたぁな。観客席の一部が休憩所になってるが、3塁側なのか1塁側なのか見当がつかねぇ(笑い)。脇の階段をフィールドに向かってひたすら降りて行く、まるで光に吸い寄せられる蛾みてぇーなもんよ!下にたどり着きゃ、高々と飾られたランを見上げて、その豪華さに圧倒されたいっ。この辺りゃ”ディスプレイ”部門らしいが、右も左も飾られたランで見通しが利かねぇ。パンフレットを広げて見たって、今、何処にいるのかサッパリ分からねぇ。---これだけのランが集まるんだから、ラン愛好家の数はあっしの想像を遥かに超えてんだろうなぁ。
毎年、2月に入ぇると、何故か、あちこちでラン展が開かれる。冬に咲くランなんざぁー聞いたことがねぇから、勢い、この時期に合わせて、あの手この手で咲かせてんだろうが、出品者の苦労は並大抵じゃねぇんだろうよ!まぁー、”その苦労が報われた時の楽しさが堪えられねぇ”と言われりゃ、あっしが心配するにゃ及ばねぇっか(笑い)。
フク2.jpgフク1.jpg日本大賞は個別審査部門から選ばれるってんで、プロ・アマを問わず、我も我もと自慢のランを出品するから、ここに展示されりゃ、それだけで自慢出来るんだろうよ。人気のあるカトレア、胡蝶ランを丁寧に見て歩きゃ、一日がアッと言う間に過ぎるほどよ。シンピジュームとパフィオも多かったなぁ。賞を取った花にゃメダルが着いてたが、あっしの目にゃ、何処がどう違うのかさっぱりだぁな。とは言うものの審査する方だってこれだけのランを本気で見てランク付けするのは大変だろうよ。勿論、ランに見識のある方々だろうが、ご苦労なこった。と、香水風呂に入ってるかと思うほど甘い香りが漂よってきたいっ。看板を見上げるってぇとフレグランス部門だった。ヒャー!洋ランって、こんなに香りがあったのかよ!でもよ、これだけ大量の花から匂いが出るってぇと、甘い香りにゃ違いねぇが、息苦しくなって”酔い”がまわってきたいっ。本当だって!これ以上ここにゃ居られねぇ(笑い)、早々に退散と決め込むか。
トウヨウ・フク1.jpgコウゲイ2.jpgあっしの大好きな東洋ランの部門にやって来た。好きったって、たかが知れたもんよ。知ってる名前と言ぁ、春ラン・えびね・と紫ランぐらいのもんだぁな。洋ランと比べりゃ、花は小振りで色だってそんなにゃ鮮やかじゃねぇ。だが人目を憚るように咲いてる花に気がつきゃ、なんとも可愛い!あっしの家にあった”えびね”はこんなに立派じゃなかったよ。花の色も黄色・白・くすんだ薄緑で花はもっと小せぇ。さすが、この大舞台?に出展するだけのことぁある。どの花も大振りで存在感があらぁな。
美術工芸審査部門にやって来た。ここはランの絵、ドライフラワー、染物、ステンドグラスとランが主題になってりゃ何でもありの展示場だったが、あっしの目に止まったのぁ、皮細工だった。大型の旅行カバン、今風に言ぁトートバッグだぁな。全面に浮き彫りが施され、余分な色も使わずシットリした感じの出来上がりよ。一面に施されたランの花は手が込んでらいっ。これを仕上げるのに、どの位の時間が掛かるんだろう?好きじゃなきゃ、やってらんねぇってっかーーーこんな按配で3時間ばかり、豪華なランに囲まれて至福の(?)時を過ごしたぁーな。ご来場出来なかったラン好きの方に、なぁ~んてぇほど立派な写真じゃねぇが、いくつか並べてみたぁな。御用とお急ぎでない方は、ゆっくり見てやっておくんなせぇ!
カトラ・フク2.jpgタン1.jpgタン2.jpgヨセウエ1.jpg

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安藤達己的WBC考:その2・2次予選がサンチャゴで始まった。日本が入ったグループは、韓国が日本に1-0で勝って早々と決勝トーナメントに進出。狂気乱舞する韓国テイームは、何を勘違いしたのかピッチャースマウンドに小さな国旗を立てた。カンコク.jpgこれを呆然と見つめる”侍・ニッポン”。若い選手だけの集団ならともかく、分別のついた監督・コーチが居て、この振る舞い!アメリカを占領したかのような馬鹿げた行動にアッケに取られた!
3月20日:日本が韓国に6-2で完勝。日本も決勝トーナメントに進出。勝ち残った4テーム中、2テームがアジアからだ。圧巻だったのは”侍・ニッポン”が世界最強の名を欲しい侭にしていたキューバに2連勝したことだった。それも連続シャットアウトだ。長打力を誇るキューバ打線に的を絞らせず。変化球と直球を自在に操って見せた投手陣は正に今・牛若丸:柔よく剛を制すのお手本の様な快刀乱麻で、日本人の琴線を揺さぶった。
さぁー、あと2試合。ピッチャースマウンドに立った韓国旗は二度と見たくない!
日本人の美意識と意地にかけて世界一をもぎ取ってくれ!頼んだぞ!侍・ニッポン!

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2009年03月15日

ダヴァオ紀行:その39 洋ラン産業の芽生え(写真をクリック⇒拡大)

カトレア.jpgフィリッピンの農作物と言えば、まず砂糖だ!これは全土に亘って収穫、輸出され国の経済を背負って来た。勿論、ミンダナオ島でも砂糖畑は多いが、ダヴァオと言えば、何といっても果物(マンゴー・ドリアン・バナナ・ポメロ)が有名だ!ちょっと郊外に出れば農作物の巨大ブランド・デルモンテと言う町名はあるし、果物のプランテーションが広がっている。商店街は一年中熱帯の果物で溢れ、端境期は無い。だがーーー
私を驚ろかせたのは洋ランだった。住宅が密集した路地にも、狭い庭にも洋ランの鉢植えがあり、そんなに手入れをしなくても時期がくれば花を咲かせていた。花の形や色から種類の違いは明らかに分かる。このランに目を付け、栽培に乗り出したプエンテスピーナ氏によると、ダヴァオ周辺の森林(ジャングル)に自生するランは1000種類もあるそうだ。ハワイ・ヴァージン諸島を含むアメリカ圏が300種類前後と言われているから、ずば抜けて種類が多い。
コチョウラン.jpgオンシジューム.jpgダヴァオ市内にあるラン栽培農園を訪ねてみた。日本のラン栽培と違って温室も暖房も要らないし、加湿器も要らない。直射日光をさえぎる紗をかければ、それだけで理想的な洋ラン育成の環境が出来る。日本の生花市場でも洋ランの需要は多く、主にタイやインドネシアから輸入されているようだが、台風が滅多にない気象条件や野生ランが圧倒的に多い有利さを考えると近い将来、フィリッピンが洋ラン輸出の主要国になるのは間違いないだろう。勿論、そうなるためのハードルはある。現在、苗床にする材料と肥料を値段の高い輸入品に頼よらずをえないことや、花を輸出する際の輸送の問題だ。勿論、ラン農園の規模と輸出量が大きくなれば、今、輸入に頼っている栽培材料も安い労働力を背景に国内生産で間に合うはずだし、雇用の拡大(現在、失業率は30%といわれている)も期待される。ダヴァオが位置する地理的な条件から、台風はこの付近から発生するが、被害が出ることは滅多にない。温暖多湿な気候と合わせこの地が持つラン栽培の有利さは計り知れない。
日本に輸出するランの量が増えれば、人の往来も増える。当然、日本⇔ダヴァオの直行フライト便も運行されるだろう。だが、ダヴァオで洋ラン産業を成功させるためには、長年に亘る反政府組織との和解が最優先課題になる。更に輸出先の消費者が好む市場価値の高い花を見つけ出すマーケテングと、その花を安定的に、しかも大量に供給出来る体制が必要だ。つまり最新のバイオテクノロジーとエコロジーに配慮した大規模な栽培農園が必要になる。この条件が満たされた時、ランを中心にした生花輸出産業が砂糖・果物と出稼ぎに頼るフィリッピン経済の新しい柱になる可能性さえある。
デンドロ.jpgアリトハナ.jpg洋ランほど一般的ではないが、レストランやリゾート地に、さりげなく咲いている花にもユニークなものが多い。ダヴァオ周辺で年中見られるハイビスカスやブーゲンビリヤは、日本でも安く売られていて商品としての魅力はないが、明るい黄色や赤の不思議な形をした花はトロピカルでエキゾチックさに溢れていた。ランの輸出が本格化し、日本の業者がここに咲いている花を見る機会が増えれば、ラン以外にも人気の出そうな花が沢山あるに違いない。
私が訪れたラン農園の看板には、ダチョウの絵が大きく描かれていた。敷地の広さからみて、ここの経営者は先進国で人気が出てきた低カロリーで健康食品でもあるダチョウ肉の輸出を視野に入れた事業展開を考えているのだろう。フィリッピンの気候的優位を生かしたフィリッピン資本による新しい産業がここダヴァオから生まれれば”素晴らしい”と思うのだがーー

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ストリート・オンガク.jpg家計を助ける子供達:ダヴァオ編・郊外に向かって走り始めると、数少ない赤信号にぶつかった。すかさず手製の打楽器(?)を抱えて男の子が二人、演奏を始め、信号が変わると運転手が5ペソ硬貨を渡した。レストランを出ると小さな子供達がサンパギータ(ジャスミンに一種で国花)で作ったレイを売りに近寄って来る。人気のある”闘鶏場”の売り子も子供達だ。ダウンタウンの交差点では、車列を縫うようにタバコ・ガム・窓を拭くウエスを肩から吊るした箱に入れ、座席横のガラスをノックする。こうして稼ぐのは良いとしても、ブロック塀から支えの鉄筋を盗むとなると笑って済ませない。----
日本だって金属が暴騰した昨年、鉄製の門や側溝のフタが盗まれる事件が頻発した。”貧すれば鈍する。”他国のことを笑っていられませんなぁー。

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2009年03月08日

梅:小石川後楽園(写真をクリック⇒拡大)

ニュウエンリョウ.jpg東京のド真ん中、後楽園も再開発が進み、すっかり変っちまったなぁ。遊園地だって建物に囲まれ、外から見えるのはジェットコースターに落下傘といくつも無ぇ。ドームの向こうにゃホテルが聳え立ってらぁ。どうせ暇を持て余してやって来たんだ!この一角をぐるり巡ってみたぁな。何と!水戸黄門様ゆかりの後楽園は特別史跡・特別名勝に指定されたお陰で昔のまんま残ってた。入り口にゃ”梅まつり”の看板よ。これを知っちゃ、中を覗かねぇわけにゃゆかねぇ。木戸銭を払って中に入ぇると、それなりの人出だったがよ。どういう訳か、ゆかりの庭園ってのは、どこも中央にでけぇ池がある(苦笑)。
ユキツリ.jpg池の周りを木と草花が囲んでるってぇ造りよ。まぁ、典型的な日本庭園ってぇやつだぁな。早速、枝振りの良い松が出迎えてくれたが、この松にユキツリときたぁな。ユキツリといやぁ兼六公園だろうよ。放っておけば、雪の重みで枝が折れる程の豪雪地域だぁーな。そこで考えだしたのがユキツリと言う実益と美意識が見事に溶け合った職人技よ。温暖化の影響か、滅多に雪が降らねぇ東京でユキツリを見たって、違和感を感じらぁな。だが、これも昔の姿を見せようってぇサービスなんだろうよ、有り難ぇ、有りがてぇ!カメラを向けりゃ、どう撮っても後ろにビルが入ぇる(苦笑)。都会的といやぁ、それまでだが、写した木にゃ、気の毒な気がしたなぁ。池で遊ぶカモを眺めながら散策としゃれ込むってぇ、開けた場所に出た。そこにゃ、テーブルとベンチがあり、弁当を広げている中高年の御一行さんがいたぁな。周りは枯れ木だらけで寒々としてたがこんな時期に”春近し”を告げるのが”梅の花”よ。
ウメヒロイ4.jpgシロアップ.jpg花一りん一りん毎の暖かさ:なぁーんて、上手いことを言うわな。ここの梅も今が丁度見ごろ、ったって、小田原だの水戸の偕楽園と違って何百本・何千本の梅があるわけじゃねぇ。入り口から一番奥に、そうさなぁー30本もあるかーーそれでも満開の木の下に行きゃ、そこはかとな~く甘ぇ香が漂って来らぁ。よくよく見るってぇと、それこそ凛として花が咲いてたなぁ。都会の真ん中にそう広ぇとは言えねぇが、こんなオアシスみてぇな庭園があってよ、ウメを皮切りにサクラ・フジ・ショウブ・紅葉まで、季節の香を運んでくれるとなりゃ、これからも大切に守って欲しい場所だなぁ。

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wbc.jpg安藤達己的”WBC”考:プロ野球の開幕は例年3月の末だがよ。二回目のWBCアジア予選が早々と始まったぁ。ファンにゃ堪えられねぇが、選手は容易じゃねぇ。2ケ月も早くコンデションを整えなきゃならねぇってわけだ。第一回大会は日本が優勝すると言う番狂わせだったがよ(失礼)。そのせいか、韓国・アメリカ・キューバ・ドミニカが本気になってらいっ。日本テームだって負けちゃいねぇ、大リーガーを4人並べる打線を組んだぁな。それでも日本の連覇は容易じゃねぇだろうよ。オリンピック種目から外された野球にとっちゃ、WBCが事実上の世界一決定戦と言うこった。それなのに選ばれた投手が所属する球団に気を使ってんだろうよWBC特別ルールなるものを考え出した。投手の球数制限だぁな。50球投げると、どーのとか70球投げると、どーのってやつよ。そこであっしの意見だが、”選手の選抜もこのルールを逆手にとって”投手に球数を投げさせるファウル打ちのプロフェッショナルを2・3人選んだらどうでぇ。2ストライクまでは絶対にバットを振らねぇ。2ストライクを取られたら、ひたすらファウルで粘る。こうして苦手の投手が制限投球数に来たところで、本チャンの選手を出して楽勝ってぇ筋書きよ。どうでぇ名案だろうが!なぁ~んてぇことを考えるのは、スポーツの本道からはずれてるってか(笑い)。あまり明るいニュースの無ぇ昨今だぁ!この大会で全日本の勝ちっぷりを見て”スカッ”としてぇもんよなぁ。イチロー!!頼んだぜ!
P.S 今日:3月7日 全日本選抜ティームは韓国をコールドゲームで撃破。第二次予選に進出決定:イチローも3打席連続安打:がんばれ!ニッポン:チャッチャチャ!

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2009年03月01日

雛人形もいろいろ!(写真をクリック⇒拡大)

ヒナ5.jpg夜明けが早くなったなぁ、と思ったら、もう河津桜が満開だぁーな!伊豆と言ぁ、稲取温泉で、有名になった”吊るしびな”を売り物に一年中”おひなさま”を飾るんだとよ。2月の声を聞きゃ、毎年、テレビが取り上げてくれっから、町の宣伝にゃなるし、観光客もやって来るってぇ訳よ。”おひなさま”だって使いようによっちゃ立派な観光資源になるってこった。これにあやかった訳じゃあんめぇが、千葉の勝浦でも盛大に”おひなさま”を飾るんだとっ。出不精のあっしも、出掛けたついでに人形屋さんを覗いてみたが、下に引いた緋毛氈のお陰で店の中がパット明るくてピンクに染まってらい。まぁ、これはこれで桃の節句らしくて良いやね。ことの起こりは平安時代にさかのぼるってぇから、古い行事よなぁ。子供の”病い”を人形に背負せて、川に流したのが始まりだとさ。だから当時の人形は母親か姉妹の手作りで、心はこもっちゃいるが、今ほど派手じゃ無かったんだろうよ。
ワコホンカン.jpg”創作ひな”が展示されてるってんで、銀座にやって来たいっ!さすがに日本一の地価を誇る中心地よ。人出が多いばかりじゃねぇ、服装だってシャキッとしてらぁ。老いも若きも、腰をシャンと伸ばしてウインドウショッピングだの”そぞろ歩き”を楽しんでたなぁ。町並みは変っちゃいねぇが、見上げりゃ、どのビルも横文字のオンパレードよ。土曜日だったから中央通りは歩行者天国。道路を埋め尽くしてる人並みを縫いながら、お目当てのビルに辿り着いたが、これまで敷居が高すぎて中に入ぇったことは無ぇ(笑い)。ちょいと勇気がいったが、思い切ってビルに入ぇると展示場に一直線。中は”ひな人形屋さん”のような華やいだ色合いじゃなく、暗めの照明で芸術品を鑑賞する雰囲気が漂ってた。
ヒナ2.jpgハルノ1.jpgそれもその筈、日本を代表する人形作家のおひな様が集められてたいっ。作家の数、ざっと40人。せいぜい高さが20センチの”木目込み人形”が多く、小じんまりとした”おひなさま”ばかりだった(失礼)。派手さは無ぇが流石に芸術作品だぁな。どの人形も手塩にかけて作り上げた繊細さと作者の心意気が伝わってくらぁな。それにも増して、この人形は量産品じゃねぇ!どれもが一点ものよ!そう思って見ると、余計に”ありがたぁーく”感じられるから不思議なもんよなぁ(苦笑)。他にガラス・陶芸・金工も加わってた。
あっしのように”ひな飾り”と言ぁ、部屋一杯に緋毛氈が敷かれ、5段飾りだ、7段飾りの派手なやつをさんざ見てきた目にゃ、畳の部屋さえ無ぇ家で、お内裏様とお雛様が飾ってあるだけなんざぁ、寂しい気がしてたが、昨今の住宅事情じゃしょうがねぇっか。だがよ、ここで小ぶりでも味のある”創作ひな”を眺めてると、どこぞの絵巻物で見たような”ひな祭り”や”ひな流し”の情景が頭をよぎり、実際にゃ経験しても無ぇくせに、懐かしさが沸いてきたなぁ。こんな感じを、今風に”デジャブー”なんて表現するんだとよ。ーー

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