2010年03月14日

ガン・闘病記-3(写真をクリック拡大)

不肖、安藤達己:4週間の入院で“直腸ガンを切除・生還”:平成22年2月22日

受付.jpg普通ならエレベーターは受付の前へ出るが、院内専用のエレベーターで、手術室に運ばれた。手術台に乗せ変えられると、すでに麻酔医が待機。全身麻酔だから脊柱の直ぐ横に麻酔薬を注入する。”すごい痛み”を覚悟していたが、チクリ、チクリと表面麻酔らしきものの後に、全身麻酔薬が注射されたので、思った程は痛くなかった。
気が付いた時は、すでに病室。お腹の中に違和感があるので痛み止めを点滴に混ぜてもらった。これで良く寝られそうだ。2月13日:午前、待望のガスが出た。小便のチューブは外されて、シビンになり、ベッドに起き上がる練習をするが、腹筋が弱くなり簡単には行かない!夜になるとイレウス管の入っているノドは乾き切り、タンが詰まって息苦しい、咳をすれば術後の腹が痛み、どうしてもタンが切れない。ついには、呼吸も苦しくなって来た。
吸引・酸素.jpg流動食.jpg慌てて看護婦さんを呼び、詰まったタンの吸引を頼んだ。まず、吸引チューブをノドではなく、右の鼻から差し込み、かなり深いところから”吸い出す”これが痛くて苦しい。かなりのタンを吸い出したらしく、呼吸も、少しは楽になって寝むりに着いた。2月14日:タンを切る”飲み薬”が出た。が、それでも真夜中になると”タン”が絡み、放っておけば窒息するんじゃないかと思う程の苦しさだ。またまた、看護師さんに吸引して貰う。幸いなことに、この事態は2日で治まった。2月15日:流動食を開始。メニューはクズユ・水の様なオカユ・プリン、味も無くスプーンで3杯位掬って口に入れたが、直ぐに止めた。ところが、この流動食を口にして数時間後、”便意をもようし”ベッドから動けないから”おむつ”の世話になる。それから、出るわ、出るわ!この3週間、何も食べていなかったのに、体のどこに溜まっていたのだろう2時間おきに、粘液便が出続けた。
16日:T先生、私の部屋にやってくると、イレウス管から、もう何も排泄されていないのを確認して、管を抜き始めた。2週間も入っていたから、どこかに、はり付いていたのだろう、痛いっ!パリッと言う感じで抜けて来た。一部切り取って繋いだ直腸の外側からの出血を体外に出していたチューブも役割を終えて外され、残ったのは、大静脈に入っている点滴のチューブだけーー
病室・1.jpgリハビリ・スタッフ.jpg2月18日:最後の点滴チューブも外され、自由?の身となる(笑)。便も”軽い下痢”状態になり、自分でトイレに行って用をたす。一々、看護婦さんを呼ばなくて済むだけでも、気分的に楽だ。それと同時にリハビリも始まった。1ケ月、殆ど”寝たきり”だったから、ちょっと歩くだけでもふらつく。最初の2日は理学療法士に来て貰ったが3日目はリハビリ室に出向いて行った。驚いたことにスタッフは全員若く、男女共イケメン揃いだ。部屋も広いし、これならリハビリも結構楽しくなりそうな気がする。食事も3部・5部・7部ガユになり、オカズの味もしっかり付いていた。
2月22日:院内をかなり歩ける様になったところで、退院の許可が下りた。勿論、退院しても、外来で通院しなければいけないのだろうが、今は、日常生活に戻って一日、一日を楽しもうーー転移・再発を恐れるより自己免疫力を信じて、大らかに生きる方が私らしい、誰にだって寿命はあるのだから--(終り)

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入院余話:1階ホール.jpg大分歩ける様になって、院内を見て廻る。正面入り口を入るとホールになっていて、とても病院とは思えない。窓際にはランが数鉢飾られ、小コンサートホールの様な雰囲気だ。受付は二階で、たっぷりとスペースが取ってあった。もう、昔の病院の様な陰気さは何処にも無い。各階に、飲み物の自動販売機までセットされ、テーブルに座ってゆっくり出来る。
そうそう突然”火災警報”が鳴り響き、全員非難するように、何度も、何度もスピーカーから呼び掛けていたっけ。私も慌てて、ベッドの上に起き上がったが、チューブに繋がれているから、避難なんて出来ない(苦笑)。看護師さんもT先生も、慌てて顔を出し”誤作動”だと言う。やれやれ!それでも放送は10分以上続いていた。
いよいよ、退院の準備を始めると、お世話になった看護師さんが次々に、顔を出してくれた。T先生を始め、お世話になった病院スタッフの皆さん!嫌な顔もせず”我がままジジィー”の世話をやいてくれて、有難う。お陰様で無事退院に、こぎ着けました。

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2010年03月07日

ガン・闘病記ー2(写真をクリック拡大)

  不肖、安藤達己:4週間の入院で“直腸ガンを切除・生還”:平成22年2月22日

スタッフステイシィオン.jpg応急処置室だから、当然、スタッフ・ステーシヨンの近くにある。周りの病室は全て重症患者ばかりだ。一人部屋だが、看護師さんが室内を見やすいようにカーテンが一部開いている。通りすがりに見える患者は”ピクリ”とも動かない。私の部屋から、人の出入りが激しくなるのが分かると急患が運び込まれて来た。トイレに行こうと部屋を出ると医者、看護師が静かだが、忙しそうに行き交う。3日もすると、その部屋は空き部屋になっていた。
廊下.jpg2月2日:移動用のストレッチャーが運び込まれ、それに乗せられた私は、イレウス管を挿入するため、レントゲン室に移動した。ベッドから見える廊下の景色は、テレビで見慣れた手術前の映像の様だった。レントゲン室に入ると、金属製の台に乗せられ、上には遠隔操作で動く大きなX線用のカメラが私を覗き込んでいる。T先生、”左の鼻から入れよう。”と言うや、直径7ミリ程のチューブを鼻に差し込んだ。痛さと苦しさで、うめき声を上げたが、お構いなし。”ハイ、呑み込んで!ソウソウ、呑み込んで”と急かせる。右手にあるモニターを見ると、チューブが胃を突き抜けている。”ハイ、腹式呼吸、ヨシ!”。腸の蠕動運動に乗ってチューブはドンドン下りて行く。T先生、レントゲン技師に”頭を上げろ、下げろ”と盛んに指示を出す。その途端、私は、あやふく頭から落ちそうになった(苦笑)。1時間も経っただろうかーーチューブは2,5メーターも入っていた。”よ~し、完璧だ!”の掛け声で”イレウス管”挿入は大成功の内に終った。
看護婦.jpgレンントゲン.jpg部屋に戻ると、栄養失調状態だった体力を回復させるため高カロリー(1袋・1000カロリー)の点滴が始まった。ガンに侵されている直腸を使わないため吸収されなかった点滴の養分はイレウス管を通って排泄され、小便の方は当然のことながら”シビン”を使う。手術日(2月10日)までに手術に耐える体力を付けさせようと点滴は24時間続いた。
下剤の逆流で起した肺炎の治療に、酸素吸入も始まった。鼻にマスクを被され、イレウス管が入っているノドは乾燥してカサカサだ。外気温は低く、これに暖房が加わったから、もうノドの乾きは我慢の限界をはるかに超えていた。”吸い飲み”から少しずつ水を補給しては長い1日を過ごす。
毎日レントゲン写真を撮りに来ていた2人が、来なくなると、ついに酸素マスクが外された。どうやら肺炎の方は手術に影響が無いほど改善されているらしい。2月8日:イレウス管の先端から造影剤を入れ、内視鏡で見えなかった部分を反対側から透視で見る。予想通り、大腸が狭くて便が通らなくなっている場所は一ヶ所だけだった(良かった)。
そして2月10日午後:移動用のストレッチャーに乗せられ手術室へ。後は、全てをT先生にお任せして、良い結果を祈るしかない。--(続く)

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お見舞い.jpg入院余話:いよいよ手術となれば、想像したくはないが、何が起こるか分からない。孫達が会いたいと言うから、チューブだらけのみっともない姿を見せる結果になった。ーーー
皆さんも同じだと思うが、銀行の通帳が、いつの間にか何通もある。私、個人のものは、インターネット取り引きになっているから通帳さえない。”タカを救う会インジャパン”にいたっては、貯金先がフィリッピンだ。数えてみたら、全部で5行の取り引き銀行があった。このIDとパスワードがどこに書いてあるのかを妻に書き取って貰う。こうして私なりの準備を整えたが、T先生が妻と娘を呼び、”高齢の方(私のこと)が手術した場合、麻酔の覚め際に幻覚が起こり、危険な場合はベッドに拘束することがる。”と話したそうなーーこれはショックだった。

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2010年03月01日

ガン・闘病記ー1(写真をクリック拡大)

不肖、安藤達己:4週間の入院で“直腸ガンを切除・生還”:平成22年2月22日

正面.jpg異変は年明け早々に始まった。週末になると、夕食事後、激しい”胸焼け”に襲われ、2日も経つとウソの様に治まる状態が続き、3回目の”胸焼け”が1月23日(土)に始まった。24日:夜から、水を飲んでも、吐血する事態。26日:午前4時、タクシーを呼び、救急病院へ。早速、検査が開始された。CTスキャン・胸部レントゲン・超音波・胃カメラと検査は、私の苦痛に関係なく進んで行く。胃カメラの映像が仕上がると、すぐ見せられた。素人眼にもハッキリ分かる程の炎症が食道と胃の出口に出来ている。これでは食べ物が通らない筈だ!当然のように緊急入院で4人部屋へ。
下剤・1.8リットル.jpg看護婦・2.jpgベッドに落ち着くと、炎症と脱水症状を治める為の点滴が始まった。2日後:”胸焼け”も無くなり、あれ程出ていた”シャックリ”も止まった。2月1日:大腸の内視鏡検査をするため1,8リットルの下剤を2時間かけて飲む。やっとのことで飲み終えたが一向に”通じ”が無い。時間が来れば検査室へ。内視鏡が50センチも進んだ所で先へ進まなくなった。大腸が腫れ上がって、ほとんど塞がれているのだ。直腸ガン!胃液の逆流を起こし、食道炎、胃炎の原因を作ったのは、食べた物の出口が塞がれていたからに違いない。かなりの期間、上手く食べ物が通らなかった私の体重は10キロも減り、栄養失調状態だった。早速、高カロリーの点滴で1日・3000カロリーの栄養を静脈から直接流し込むため、左鎖骨からチューブを静脈に入れる。正にその時だった、朝飲んだ1,8リットルの下剤が逆流、口と鼻から滝の様に流れ出した。
2月1日・大雪.jpgすぐに、応急処理室に移動。私の状態が落ち着いた所で、チューブが点滴から静脈に差し込まれ、スパゲッテーを体にまとった様な姿になってしまった(笑)。ベッドに横になって、広い窓外に目をやれば、外はどんよりと灰色に曇り、大粒のボタン雪。イレウス管の挿入は明日に持ち越された。それにしても、自分が飲んだ下剤の逆流で肺炎を起こし、”オボレ”そうになるとはーーー(続く)

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入院余話:39.jpg私を担当するT先生:歳は50歳前後だろうか?病室で今後の治療計画を説明している時、私の職業にふれた。ウルトラセブンで監督になった経歴を話すと、T先生、”セブンの大ファン”だったそうな!それから私と先生の距離は急激に”近しく”なった。看護師さんも気軽に話しかけて来る。ブログの話しをすれば、すぐに見てくれた数人が興味を示す。こうして、私と看護師さんも冗談を言い合う程親しくなり、入院生活は、友人に囲まれている様な”気安いもの”となった。
人生:何が幸いするか、本当に分からない!(笑)

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