トリプルファイター:再放映(写真をクリック拡大)
このページ左上:安藤達己オリジナルソングの下に2曲“Seventeen”・“セブンティーン”追加!全10曲・YOU TUBE にアップロード。エキゾチックでトロピカルな映像と音楽を楽しんで下さい
あれから40年も経つのかぁ!電車は新橋駅に到着。駅を降りて第一京浜を浜松町に向って歩く、ヤクルト本社ビルを過ぎリクルート本社が見えてきた。どちらも立派な高層ビルに生まれ変わっている。メールで送ってきた地図を頼りに目的のビルに到着。早目に家を出たので、30分ばかり早く着いたが、早い分には問題なかろう、とスタジオのある5階へ。円谷プロのスタッフが出迎えてくれた。録画スタジオでは、他のゲストが再放送に向けたメッセージを収録中。缶コーヒーを飲みながら、メモしてきた手帳を読み返す。
トリプルファイターが放映されたのは昭和47年(1972年)。来年は放映40周年と言うことになる。この作品が制作されるまで、円谷プロがテレビ界に与えた衝撃は物凄かった!ウルトラQ:ウルトラマン:ウルトラセブン、いずれも視聴率が30%以上。それまで映画でしか見られなかった特撮を”お茶の間”に持ち込み、単なる勧善懲悪を超えたドラマ作り、ヒーローの格好良さ、円谷プロにしか出来ない特撮で子供番組でありながら大人をも虜にして見せた。しかし昭和43年、人気アニメが放映されるようになると徐々に特撮人気にも”翳り”が見え始めて来る。そして円谷プロが”満を持して”制作した怪奇大作戦も視聴率的には、期待したほどではなく2クール、26話で終了。
折からテレビ局に吹き荒れていたリストラ旋風で、局が直接制作するドラマは減り続けていた。そんな時代背景もあって円谷一氏はTBS映画部を退社。円谷プロの新社長に、次男の”ノボル”氏もCX(フジTV)を退社。手土産に大人向け特撮番組”マイティージャック”を持って円谷プロに帰って来た。しかし、この作品も視聴者の支持は”今一つ”。1クールが終ったところで1時間番組から30分番組に変わり2クールで終了となった。柱になる企画が通らなくなった円谷プロは不遇の時を迎えたが昭和45年、再放送された作品が高視聴率を上げ、私も撮った5分番組”ウルトラファイト”が意外に好評で、”帰って来たウルトラマン”の制作に繫がる。
そして昭和46年、他社が仕掛けた等身大変身作品が大ヒット!円谷プロ作品の様に本格的な特撮場面はなく、ヒーローが巨大化しないからミニチュアーセットも要らない!当然、制作費も安く上る。こんな変化が起き始めた最中に持ち上がった企画が”トリプルファイター”だった。今までの作品と違い、スポンサーの”オモチャメーカー”が企画段階から加わり、フィギャーで売れそうなキャラクターが4体(グリーン:レッド:オレンジ:トリプルファイター)も出る。変身も哲夫:勇二:ユリがファイターに、更にファイターが3人合体してトリプルファイターにと2段変身。子供が好きな劇用車もSAT側はサットカー:サットバギー:サットバイク1・2号、デビル側はデーモンカー(黒塗りのスバル360)数台を連ねて現われる。何とも贅沢な”出演陣?”だが放映は10分枠で1週(月~金)、5回で完結。
これは正に私が子供時代、楽しみに待っていた”紙芝居”と同じ手法だ!物語は単純明快。勧善懲悪。黒い人は悪者。毎日がアクションに次ぐアクション。テレビ時代に送る”紙芝居・トリプルファイター”が子供の期待に応えられるのか?私に取っても円谷プロに取っても、等身大変身・2段変身・帯番組・低予算(?)と始めて尽くしの作品となった。
今回の再放送では、最後に私を始め数人の方々が視聴者に話し掛ける。私の担当は、どうやら後半の5回。安藤達己がこの作品について”何を語った”のか?それは見てのお楽しみ(笑)と言うことで、皆さんが”トリプルファイター”の再放映を楽しんでくだるのを期待してーー
トリプルファイター:放映開始予定 1月17日(火)午後8時より(見逃した方には、再放映が数回ある予定):ちゃんねるNeco(スカパー・261チャンネル:ケーブル・301チャンネル)
参照:ちゃんねるNeco ホームページ:http://www.necoweb.com/neco/
(映像の著作権は円谷プロに所属します。)