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2011年04月24日

ウルトラセブン:第13話 V3から来た男(写真をクリック拡大)

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V円盤進入.jpg謎の宇宙船が進入して来た。宇宙スティションV3から発進するスティションホーク。空中戦になるが、宇宙船の攻撃で次々に撃墜され、倉田隊長(南廣)の操縦する一機だけが宇宙船を追って地球の領空にやって来た。パトロールに出ていたフルハシ、アマギのホーク1号がスティションホークを発見、交信を試みるが無線機を壊された倉田とは連絡が取れず、接近してお互いを確認。(特撮班が撮った2機の平行飛行映像と本編がセットを使って撮った挨拶を交わす方向が反対になっていたが、別々の班が撮るからこうした小さなミスが時々起こる。時間に追われてたり、予算の問題でリテイクも難しい。テレビ映画の宿命と言えば、それまでだがーー)Vホーク1・燃える.jpg2機は平行飛行に入るが、燃料切れで秩父山中に着陸していた宇宙船から攻撃をうけホーク1号は不時着。スティションホークも炎上して墜落。倉田は落下傘で脱出。ウルトラ警備隊本部に到着した。(脚本は怪獣ブースカでデビューした市川森一。”着ぐるみ劇”の後、これがウルトラセブンの第一作目となった。客演の倉田(南廣)とキリヤマ隊長の”友情と指揮官の使命”をテーマに、ドラマ部分に重点を置いた作品だった。戦いもセブン対アイロス星人より、宇宙船対ホーク1・3号とスティションホークの空中戦が中心になっていた。)その頃、宇宙船に閉じ込められたフルハシとアマギはアイロス星人に肉体を乗っ取られ、宇宙船用燃料を奪うためウルトラ警備隊に戻ってきた。
倉田・作戦室.jpg作戦室に入ってきたダンは二人から異様な雰囲気を感じ、後を付けると燃料室に入り固形燃料を盗み出そうとしていた。ダンに気付き光線銃で狙うフルハシとアマギ。ダンも光線銃で応戦すると撃たれた二人は影の様になり、消えていった。キリヤマ隊長は宇宙船内に捕らわれているフルハシ、アマギを助けるため燃料を与えることを決断。ただ一人、ホーク3号で出発した。(作戦室内で倉田とキリヤマが人命優先か?宇宙船破壊が優先か?で激論となる。このシーンが今回のテーマになっていた)倉田はキリヤマを助けたいが、ホーク1号を発進させるには発射台から乗り込まなければならない!エレベーターの中で倉田の”意”を察したマナベ参謀が発射台に入るカギを渡した。その頃、ダンとソガも宇宙船が着陸した秩父に向けポインター号を走らせていた。
 V・ホーク1・3攻撃.jpg宇宙船からの指示に従い燃料を投下するキリヤマ。ロボットアームが伸び、燃料を宇宙船に取り込むと、”フルハシ、アマギを開放するから着陸せよ!”と伝えてきた。着陸態勢に入るホーク3号。突然、宇宙船から砲撃を受けた。かろうじて”攻撃をかわす”ホーク3号。そこへ倉田が操縦するホーク1号が合流。編隊を組んで宇宙船に攻撃を仕掛けた。宇宙船から飛び立つ小型円盤。これを追うホーク1・3号。ポインター号で到着したダン、ソガも地上から宇宙船に向けて銃を発射したが反撃に合い、ソガが負傷。ホーク1・3号の攻撃を逃れた小型円盤を収納して飛び立とうとする宇宙船。ダンは走りながら変身。セブン・会話.jpg船内に閉じ込められていたフルハシ、アマギを助け出した。(ここでセブンが短いセリフだが二人に話しかける。滅多にないシーンだった。)宇宙船が飛び立った後には巨大化したアイロス星人が姿を現した。脱出したフルハシ、アマギはソガと合流。アイロス星人に向って光線銃を発射すると、三人に向って攻撃を始めるアイロス星人。アイロス星人に空から飛び掛るセブン。空中では逃げる宇宙船を追ってホーク1・3号が追跡。アイロス・セブン.jpgアイロス星人と戦うセブンは強烈な締め付けに苦しみ、必死に逃れると、今度は球形の火炎を口から発射してきた。セブンは岩陰に身を潜めて火炎攻撃を避け、ウルトラビームで反撃。だがアイロスは羽でビームを弾き返し、セブンがアイスラッガーを投げれば、今度は体を回転させて防御。セブンは、ついに究極のワイドショット(右手を直角に曲げ、肘から手までを使い光線を発射。)を発射。アイロス星人を爆破した。セブンが見上げた空中で、ホーク1・3号が見事な連携を見せ宇宙船を撃墜。基地に向うキリヤマと倉田は会心の微笑を交わした。
ホーク2号でV3に帰る倉田。作戦室で交信するキリヤマ。お互い又会える日を誓い。ホーク2号はV3を目指して星空に消えていった。(今回のエピソードはキリヤマと倉田の友情を中心に、戦いは専ら空中戦。操演は大変だったろう。それにしてもこの脚本、やがて特撮を卒業して本格的なドラマを書くようになる市川氏の将来を暗示しているような作品だった)
  (映像の著作権は円谷プロに所属します。)

2011年04月17日

浅草・スカイツリー・同窓会(写真をクリック拡大)

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花・ツリー・ウンコ.jpg3年ぶりの同窓会だってさ。吾嬬二中を卒業ってぇことだから、卒業後58年になる。同期生にゃ、母校の校長になったのもいるが、聞くところによるってぇと、吾嬬二中もあと数年で廃校になるんだとよ。こう少子化が進みゃ、仕方がねぇか!町名だって、とうの昔に吾嬬町から八広町に変わってらぁな。春爛漫!桜は満開。場所は浅草とくりゃ、欠席するわけにゃいかねぇ。第一、”千鳥ケ淵”の花見が散々だったからよ、今日は”お花見”の復讐戦てぇ意味合いもある(笑)。”あずま橋”から見渡しゃ、墨堤の桜にスカイツリーの遠景が加わって、東京の新名所。人出も尋常じゃねぇ。隅田公園も花見客でいっぺぇよ。東日本大震災の影響があるったって”自粛、自粛”じゃ、気分も消費も落ち込まぁな。今年ぁ三社様・神田明神の祭りも中止だとよ。例年通り、やりゃ良いのにーーゲイシャ2.jpg会場は電気ブランでお馴染みの神谷バー。極端に酒類が無かった戦後。電気ブランにゃお世話になったもんよ。”今ぁ昔の物語り”かぁ。会場に入る前に”おのぼりさん”宜しく、ちょいと雷門まで足を伸ばしたみた。大提灯の横で芸者衆が3人、ポーズを取ってらぁ、何かの雑誌にでも載せるんだろうよ。こちとら、無断でちゃっかり撮らしてもらったぁな。この季節、やっぱり華やかな方が気持も浮き浮きすらぁ。とまぁ、その辺をぶらついて、さんざ道草を食った揚げ句、時計を見りゃ、おっといけねぇ!遅刻もいいとこよ。慌てて会場に向ったぁな。ところが、神谷3.jpg会場の神谷バーに入ろうったって、表まで長蛇の列よ。人波を縫うように”ごめんよ!”と階段を上がり、2階のレストランでボーイさんに聞くってぇと、”あぁ、あの一角が同窓会ですよ。”だと。宴会は真っ盛り、元お嬢さん方が赤ら顔でジョッキを傾けてた。幹事が出席者を紹介してくれたって、誰が誰だったか思い出せねぇ。あっしも空いた席を見付けて、電気ブランをちびちび。仲の良かった連中が集まり、中学時代の思い出話に花を咲かせてるうちに、少しずつ記憶が甦ってきた。そうか!あの子、じゃねぇ!あのご婦人が当時のマドンナか(笑)。昭和20年代(古いなぁ)人気スポーツっちゃ、なんたって野球よ。だから、野球が上手かった連中は印象が深ぇ。そんな仲間に入れて貰って四方山話。そこへ秀才連中も集まってきた。神谷・1.jpg当時の1クラスは50人。7クラスだったから同窓生は350人てぇことになる。その内、45人出席ってぇから、てぇしたもんだ。地元で家業を継いだ人が多いからだろうがーーとは言っても、この歳になりゃ、仕事を引退。悠々自適の生活をしている人がいりゃ、現役で頑張ってる人もいる。当時ぁ、偏差値なぁんてぇものは無かったが、受験戦争ぁ激しかった。能力別クラスぁ当たり前。中間・期末試験の成績ぁ廊下に張り出された。そんな風だから、秀才ぁ一目おかれる。だがよ、この歳になりゃ、学生時代、ちょいと頭が良かった奴も、そうでない奴も(?)、すっかり”良いお爺ちゃん”になってワイワイガヤガヤ!最初ぁ遠慮がちだったが、アルコールがまわってくりゃ、話は尽きねぇ。幹事長挨拶5396.jpg遅れて駆け付けた幹事長の挨拶が終わり、そろそろ記念写真の時間だと。テーブルを片付けて全員集合。カメラ自慢の連中が一眼レフスタイルの高級デジカメを構えてシャッターを押し終わりゃ、後はお決まりの二次会。どうやらカラオケ会場が用意されてるらしいーー”一緒に行こうぜ”なぁんて誘われりゃ、”ムゲ”にゃ断われねぇが、早目に退散。月明かりに霞む満開の桜を眺めながら、春風に吹かれてみるか!

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4・11 都知事.jpg安藤達己的毒舌:大地震の余震が続く中、統一地方選挙が投票日を迎えたぁ。注目ぁ都知事だった。今回が4選目の石原氏、年齢と体力、多選批判を踏まえてギリギリまで出馬をためらっていたが、現在の危機的状況を見りゃ、仕方なく立候補したんだろうよ。まぁ、これに関しちゃ”後出しジャンケン”じゃねぇか、なぁんて批判もあるが、現政権の頼りねぇ震災に対する対応をみりゃ、有権者の石原氏待望論も理解出来らぁ。結果ぁ、ご存知のように石原氏圧勝だった。
本来ならトップニュースの選挙結果だったが、毎日続く余震は勿論、福島原発の放射線漏洩が続く最中だったから、国民の関心も今一つ。だが、惨めだったなぁ民主党だった。どの選挙区でも過半数どころか、第一党さえ取れねぇ。そりゃそうだ、大地震の前は一兵卒がらみの問題ですったもんだ。地震が起こりゃ、リーダーシップの無さを露見。マニフェストに掲げた政策は何一つ実現しねぇ。こんな政党に政治を任せた国民はアホだった。
自民党だって、威張れねぇよ。議員の数が増えた訳じゃねぇ。あっしが期待してた”減税党”も”みんなの党”もまぁまぁの結果しか残せねぇ。唯一、気を吐いたのが”大阪維新の会”だった。東日本大震災から”立ち上がる”にゃ、政治の強力なリダーシップと国民の支持が不可欠だぁな。既成政党にゃ期待できねぇ。となりゃ、新しいリーダーと政権に”明日の日本”を託すしかないやね。
出て来い!日本の救世主!

2011年04月13日

ダヴァオ紀行:その71 タイムスビーチ(写真をクリック拡大)

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レストラン・ボクサー.jpgタイムスビーチは若者に圧倒的な人気がある。今日のスケジュールも終り、夕食をどこで食べようか?ガイドに聞いてみた。”タイムスビーチ”が言い、と3人とも口を揃える。こうなれば議論の余地(?)は無い。時間はもう7時。早速、ホテルの前からタクシーを拾う。ダウンタウン側から川を越えれば、どちらかと言えば住宅街に入る。ダヴァオは海に面した街だから、メインストリートから海に向かって走れば、すぐXXビーチに出る。”海はきれい?”と聞かれれば、子供達は泳いでいるが”私が泳ぎたくなる海ではない(苦笑)”。舗装道路を15分ほど行くと車は海側にハンドルを切った。途端にデコボコな未舗装の小道に入る。ここは熱帯地方だから、毎日の様にスコールが地面を叩く。したがって、道の低い所は、常に水溜りが残っている。200メーターも進めば、カヤ葺き屋根の下に明るい電球が数十個ぶら下がっていた。ここが人気の”ボグサー・レストラン”だ。入り口手前には、車が数台駐車していた。
レストラン・生バンド.jpg店内の水槽には、ナマズが泳ぎ、シーフードも並んでいる。そこを過ぎると、右手のステージではバンドが生演奏中。まだ、時間が早いせいか、夕食を食べてる客もマバラだった。ステージ前に広がる青天井の客席を通り越すと、広場を囲む様にカヤ葺き屋根の”小さなあずま屋”が点在する。その1軒に陣取り、注文はガイドに任せ、波音が聞こえる方に歩いて行くと、浜辺とレストランを分けるロープが張られていた。中ほどには交番に似た建物があり、ガードマンが目を光らせている。薄明かりの中を波打ち際まで行ってみたが、波が砂浜を洗っているだけで、何も見えない。と、いつの間にか無言の子供達が私を取り囲んでいた。どうして私の所に来たのか、聞きたくても、私には現地語が分らない!”君子あやふきに近寄らず”(笑)。さっさとロープを潜り抜け、席に戻ってきた。
ウナギ・シーブドウ・イカ.jpgテーブルには注文した料理が並び、キャンドルが灯っていた。まずは大好きな”海ブドウ”をひと摘まみ。とれたての海草は日本で食べるのとは大違い。風味も歯応えも良く、これは美味しい。イカ焼きにも手を伸ばし、魚のカラ揚げを取って貰うとパリッと揚っていて肉は弾力がある。これがナマズだと言うから驚く。ここでフィリピンビールのサンミゲールを傾け、ステージに目を移せば、休憩していたバンドの生演奏が始まっていた。ナマズ゙を食う.jpg私もガイド達も黙々と食べること30分。なるほど、何を食べても美味しい。上海ライス(焼きメシ)は私の大好物だ。お腹もふくらんだところで、ステージの音楽に耳を傾ける。残った料理は、いつものようにビニールバッグ(ドギーバッグ)に詰めて貰う。と、私の後ろで歌声がしてきたから振り向くと、子供が5人に母親らしき人も一緒に賛美歌を歌っている。ステージではプロの歌手が歌い、後ろからは幼い子供の歌声が聞こえて来る。奇妙な組み合わだ。金をせびる子供.jpgチップが欲しいのだろうと、ポケットを探ってみるとコインが数個あった。これをガイドに渡すと、手を差し出す子供の手に乗せた。おまけの心算なのか、もう1曲歌うと、暗がりに消えて行った。ガイドの説明だと、ここタイムスビーチに人が集まるのは11時を過ぎてからだそうな。そう言われてみれば、客の数もさっきより増えているようだ。今が9時、いくら物好きでも11時までは待てない!4人さま、計1,300-ペソ也を払って、店の外に出れば人力三輪車、トライシカッドが何台も”客待ち”をしていた。1台に客二人しか乗れないから、2台に乗り込み、タクシーが拾えるメインストリートまで行って貰う。お一人さま5ペソ也。この近くには庶民が楽しむカラオケ屋も沢山あって、1曲5ペソで歌えるそうだが、海際で薄暗く、あまり乗り気になれなかったので、又の機会に、と言うことにしよう!決して恐くなって、怖じ気付いたのではありませんぞ!

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バノックストコラサス.jpgダヴァオ・マイカー事情:フィリッピンでは外車の関税が”物凄く”高いらしく、少し豊かになった庶民も新車には手が届かない。だから、日本の中古軽トラックを運転席と荷台に切り離し、”鉄クズ”として輸入。荷揚げするや溶接して販売。大儲けした人もいた。
それはそれとして、前のマネイジャーは車を持っていた。勿論、ホンダ1,600ccの中古だ。見た目は綺麗だが、”10年落ち”、エンジンはオーバーホールをしてあったが18万キロ走行済み。買った値段が50万円!!”フギャー”日本なら廃車にするのに金を取られる代物だ。或る日の午後、ホテルに迎えに来て貰うと、車の中は蚊だらけ、おまけに窓が半分開いている。これじゃクーラーも効かない。窓を閉め様としてもスィッチが入らない!”アンド、それ壊れてるから我慢して”だって!しょうがないから、半分開いている窓から蚊をセッセと追い出した。帰りに”窓を閉まるように”と、修理代500ペソを渡しておいた。
XXガーデンに行く日、モデルを連れて、この車で出かけた。クーラーは動いているが一向に効かない。郊外に出たから窓を開けた。この方がずっと涼しい。到着したところで、車をロックしようと窓を閉めたいが、またまた窓が閉まらない!マネイジャーは窓を直したいと言う。可哀相だから又500ペソ渡した。2時間経ち、3時間経っても帰って来ない。ガイドの携帯で連絡。入り口で待っているとマネイジャーの運転する車が戻って来た。
携帯電話よ!あんたは偉い!お陰で無事ホテルに帰れました。

2011年04月06日

お花見:千鳥が淵(写真をクリック拡大)

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それでも人出.jpg東日本大震災。2転3転した名称がどうやら落ち着いたいっ。名前なんざぁどうでも良いが、日を追うごとに被害の凄さが明らかになってくらぁ。一面のガレキの中に、生き残った梅が2本。海水を浴びたが驚くじゃねぇか、例年通り花を咲かせたぁ。避難所からやって来たんだろうよ。ご婦人方が花を囲んで、香りなんぞを楽しんでた。でもよ、春といやぁ、やっぱり桜よなぁ。今年ぁ、大震災のせいで、桜の名所ぁ、どこも自粛ムード。ここ千鳥ケ淵も夜のライトアップぁ中止だと。”昼の宴会もお控えください”ってんで、いつもの花見たぁ雰囲気が違う。
靖国・桜中止.jpg行商禁止.jpgそれもその筈、屋台が一軒もねぇ。ましてや、物を食べながら桜を見上げてる人もいなけりゃ、ゴザを広げて食事をしている人もいねぇ。九段下で降りて地上に出ようたってエレベーターもエスカレーターもロープが張ってあって使えねぇ。第一、駅構内が”これでもか”ってぇ程暗いやね。長~い階段を上がり、やっと地上に辿り着き、休憩(笑)。靖国神社の大鳥居を見上げたが、花見シーズンの日曜日だってぇのに、人影もまばらよ。道路脇でトラックが一台、屋台らしきものを組み立て始めた途端、警察車両が止まり、”行商は禁止されてます。速やかに移動してください”だとーー電力不足の事情を考えりゃ、夜の屋台は仕方ねぇとしても、明るい昼間ぐれぇ普通の花見をさせちゃどうでぇ。被災者にゃ申し訳ねぇが、東京がこんな調子じゃ消費の落ち込みが日本を更に暗くするんじゃねぇかい。例年の花見のような騒音とゴミにゃ”うんざり”だが、”節度ある花見ぁ結構だ”とあっしぁ思うんだがーー
貸しボート.jpg千鳥ケ淵の名物、ボートも御覧の通り、繋がれたままよ。桜は4分咲きだがよ、日本人の心の中にゃ”木枯らし”が吹いてんだろうよ!こかぁ、悲観ばかりせずに”上を向いて歩く”工夫をしようじゃねぇか!明るいニュースだってあらぁな。企業、個人からの献金。スポーツ選手、芸能人も寄付を集め、東北出身の有名人は避難場所を訪問してらぁな。日本もやっと先進国らしい”振る舞いを”する人が増えてきたってぇこった。被害に合わなかった人は”どう振舞えば”良いのか?明日の日本を”どんな国にするのか?”希望を持って分別ある行動を取ろうじゃねぇかーー

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東北地方太平洋沖地震3・11.jpg安藤達己的毒舌:3月11日:巨大地震が東北太平洋岸で発生。続いて海岸線は未曾有の大津波に飲み込まれた。死者数も被害総額も未だ不明。流通経路はズタズタ。被災者が必要な灯油、ガソリン、食料、水も届かねぇ。地方公務員、警官、消防隊員、自衛隊、ボランテアーが駆け付けても指令塔が居ねぇから、充分機能したとぁ言えねぇ。この寒空の中、安全な建物に避難したって”ただ、ただ耐えるしかねぇ!”自然災害は”あきらめる”としてもだ、救援物資の遅れが、どれだけの人を絶望に追いやったのだろう!
4号機・放射能3・15.jpg被害を更に広げ、日本中を不安に落とし入れたのぁ、危機管理の”まずさ”が原因の人災だった。福島にゃ原子力発電設備が6ッツある。この全ての設備を津波が襲い、水浸しにしてしたぁ。稼働中の原子炉3ッツ。稼動を止めて炉を冷却中のものも3ッツ。まず、炉が加熱し始めた。冷やす水を注入する自家発電機が海水を被り、動かねぇ。応援の消防車で海水を注入。温度が下がり始め、国民は胸を撫で下ろした。ところが、原子炉を覆う建屋なるものが水素爆発で吹っ飛んだ。国民にゃ”何が起こったのか、見当がつかねぇ!”東京電力のオエライさん、続いて原子力保安委員なるゴジンが記者会見。原子炉を覆う”建屋”の中にゃ使用済核燃料の貯蔵プールがあって燃料棒を冷却中だった。水の中で3年も冷やし続けねぇと燃料棒を取り出すことも出来ねぇってんだ。その水が少ねぇから核燃料が溶解。加熱された蒸気が水素と酸素に分解され、その水素が爆発したんだとよ。
東京電力さんよ、福島の原子炉が津波で水浸しになった時、こうなることが分らなかったのかい?恐らく分っちゃいても発表出来なかったのだろうよ。当事者が後手、後手を踏んでる間に事態は益々深刻になった。ついにゃ放射線物質が拡散、発電所から20キロ・30キロ圏の住民避難。近隣の野菜、牛乳、東京の水道水まで汚染。原子炉から流れ出た低濃度汚染水を直接海に放水。ことが、ここまで悪化すりゃ、外国の援助を頼みにしたって、どうにもならねぇ。”都合の悪りぃ事は発表しねぇ。”これが原子力発電、最先進国日本の実態だぁな。
停電・ローソク.jpg発電量が足りなけりゃ、当然、使用量を減らさなければなんねぇ。この解決策が、又東電らしいやね。勝手に5グループに分け、東京23区からぁ足立、荒川区だけが参加。我が家はすでに”計画停電”を4回も経験させられたいっ。停電は電力会社が取る最悪の手段だろうが!電気無しの一般家庭が困るだけじゃねぇよ。自動車業界をみてみねぇ。家電メーカーをみてみねぇ。経済活動も大打撃を受けてらぁな。こう言う事態になりゃ、東京電力管内全ての利用者が等しく節電に努めて、この危機を乗り切るのが筋だろうが。ここで提案だが、電力が決定的に不足する7月までにゃまだ時間が有る。40・50アンペアの配電盤を設置した家庭にゃ30アンペアを割り当て。大小を問わず工場、商店には正常営業出来るギリギリの電力で間に合わせて貰う。電鉄会社には運行ダイヤを考え直して貰い、街路灯も暗めに。これを実現する為に、東電の総力を上げて協力を仰ぐ。こうした節電で停電を回避出来りゃ、電力不足を平等に分かち合って、危機を乗り切ったことになるんじゃねぇかい!
今回みてぇに、やり易い方法で帳尻を合わせる。生活者の痛みを考えず、やっと持ち直して来た日本経済への影響にも知らんぷり。こんな反省のカケラも無ねぇやり方じゃ、国民は納得出来ねぇだろうがーー