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トリプルファイター:行け!栄光のファイター(写真をクリック⇒拡大)

ユ・トリヘンシン.jpgユ・テ・ユ・ユリ.jpgいよいよ”トリプルファイター”の撮影が始まった。TBSで17:30~17:40に帯番組で放映。月曜~金曜の5回で、一つのエピソードが完結する。確かに、帯ドラマはNTVの”チビラくん”で経験していたが、これは独立した枠ではなく、”おはよう子供ショウ”の1コーナーでハッタル家とゴルバ家の子供が対立しながら成長し友情を深めて行く”着ぐるみ”のホームドラマだった。
トリプルファイターは違う!円谷プロが得意にしてきた”ヒーロー対怪獣”の戦いを巨大化せずに中心に据え、分かり易い勧善懲悪の物語を展開する。変身するヒーローもパリに本部を置くSAT(スペースアタックテーム)日本支部の隊員で、長い戦いの末に悪玉デビル星に滅ぼされた銀河連邦、M星の子孫だった。この3人、早瀬哲夫・早瀬勇二・早瀬ユリが、デーモン、デビラと戦い、ピンチになればグリーン・レッド・オレンジファイターに変身。最後は3体が合体変身して最強のトリプルファイターが誕生。怪獣を爆破して止めを刺す。なんとも贅沢な(?)、変身ヒーローが、4体も出てくる作品になった(苦笑)。
ユ・グ・オレ・レッド.jpgユ・トリファイター.jpgトリプルファイターに4人ものヒーローが出てきたのは、企画段階からスポンサーのオモチャメーカー・ブルマークが関わっていたからだった。
SAT側が、変身前・変身後・トリプルファイターと3段階でアクションを繰り広げれば、悪役デビル側も姿を見せず緑の球から指令を発するデビルモンスター・その指令を実行するために、次々と送り込まれては敗れ去るデーモン(毎回、違った姿で現れる)・デーモンの子分、デビラ達と出演陣は”てんこ盛り”だ。まずタイトルバックから撮影を始めたが、10分帯番組の宿命で、時間が極端に短い。それでも番組を象徴する画像は全部入れたいからカットを短く繋いで、忙しくなったが(苦笑)、スピード感に溢れるタイトルバックに仕上がった。
ユ・デーモンカー・テツ・ユ.jpgダークマン.jpgいよいよ本編の撮影に入る。いきなり隊員たちとデビラの戦いだ。SAT側はSATカーとバイクで土手を川原を走り回り、デーモンに率いられた黒タイツとドクロ模様のお面を被ったデビラは悪役のくせに、スバル360を黒塗りにした可愛い車で押し寄せてくる。体育会系の勇二はバイクを乗り捨てて、路上で、荒地で、ビルの通路から階段、屋上へとアクションに次ぐアクションだ。そしてついに今回のデーモン、ダークマンが姿を現した。牛をモチーフにしたダークマンの武器は、全てを破壊する体当たりだった。川原で哲夫、ユリが乗るSATカーと対決し、激突するダークマン。傷を負ったダークマンを見逃してやる心優しいユリ。3隊員の性格を戦いの中に散りばめながら、戦いは金曜日のクライマックス・トリプルファイターの出現へと続いて行く。グリーン・レッド・オレンジファイターが合体したトリプルファイターはダークマンとの空中戦、肉弾戦の末に、必殺技トリプルキックを繰り出し、さしものダークマンを爆破。戦いは終わった。

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ユ・サット・バイク.jpg安藤達己的”あの当時”:この作品が放映されたのは昭和47年(1972年)だった。円谷プロの”変身巨大化ヒーロー”に対して他社が仕掛けた”等身大変身ヒーロー”作品が視聴率を上げ、円谷プロも手をこまねいてはいられなくなっていた。等身大ヒーローであれば、合成もミニチュアワークも殆ど要らない。したがって特撮班を編成する必要が無いから制作費も半分以下で済む。それにも増して、この作品で特筆すべきは、スポンサー、ブルマークが企画段階から関わっていたことだった。
ウルトラマンの放映が始まると、人形(フィギャー)を売りたいオモチャメーカーがコピーライトを争い、文具、Tシャツ、靴メーカー等々もこれに加わり、円谷プロが著作権専門に扱う別会社、エンタープライズを創立しなければならない程のフィーバー振りだった。まぁ、そのお陰で制作費の赤字が埋められた面もあったようだが(苦笑)ーーこんな背景があったから、ブルマークはフィギャー(人形・ミニカー)の独占販売を狙って、スポンサーになると共に、企画から参加していたのだろう。SATカーもスポンサーからの提供で、オモチャにすれば売れそうなデザインだったが、アクション作品で使う車としては強度が足りなくて使いずらかった(苦笑)。
ユ・デビラ・クチュウ.jpgこれまでの円谷作品と比べれば極端に少ない予算(1作品150万円程度)しかないから、撮影日数が少ない。アクションが売り物で、10分毎に明日に繋ぐクライマックスを設定するからカット数は増える。デーモンカーが出てくれば、これを運ぶのに運搬車が要る。この時期、すでにポンコツに近かった(笑い)スバル360は、スピードを出したり、悪路を走ると、すぐに故障が起きて大切な時間を食われる。動かない車はどうしようもないから、コンテを変えざるをえない。トリプルファイターでは、SATカー、バギー、バイクを含め、車には泣かされることが多かった(苦笑)。車以外でも、ファイターに変身後の立ち回りや、忍者のように姿を現すデビラを撮るために、撮影隊は常にトランポリンと6尺台(1.8メートル)、マットを持ち歩き、普通のカットを撮り終わると、最後の儀式(?)のように、プロの人に何種類もの扮装をしてもらってトランポリンを飛んで貰う。このように、円谷プロが始めて取り組んだ”等身大変身ヒーロー”作品は、難題を抱えながら、忙しい撮影が続けられていた。

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