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2009年08月31日

09・衆院総選挙(写真をクリック⇒拡大)

シュ・トウヒョウジョ.jpgショウドク.jpg8月30日(日):衆院総選挙・小選挙区、比例代表選挙も5回目になる。事前投票が簡単になったせいもあるだろうが、有権者の13%(1400万人)がこれを利用すると言う。前回の投票率が67%で自民党の圧勝だったが、今回は”政権交代”が実現するかどうかで、全く逆の風が吹いている。投票率も70%を超えると予想する向きが多い。私も、台風が近づき、午後から雨の予報だったから、早めに投票所に向った。入り口には消毒スプレイが置いてあり、新学期を真近に控え、新型インフルエンザの流行が気にかかる。校庭に駐輪する自転車は、かなりの数で、有権者の出足も良さそうだ。今回こそ民主主義が持つダイナミズムが実現する、初めての選挙になるのだろうか?戦後64年、連立政権も短期間あったが日本の政治は自民党が独占してきた。少なくても第一次オイルショックに見舞われた昭和50年頃までは、日本的やり方、”政官財一体となって産業を育成する”方法が成果を挙げ、日本を世界一の経済大国に押し上げた。当時の日本経済は、常に右肩上がり。行政に無駄が入り込んでも、それ以上の税収が無駄を吸収。国民の生活は豊かになった。
しかし、平成年代に入ると日本経済は成熟し、税収の大きな伸びを期待する時代は終わりを告げた。それなのに、思い切って行政の無駄を省こうとしなかった政治体制。日々の生活で精一杯の国民の目には、政も官も既得権益にしがみついて甘い汁を吸い続ける姿にしか映らない。これに追い討ちをかけたのが、昨年、サブプライムローンの焦げ付きから始まった米国発の経済危機。この影響を、もろに受けたのが日本を代表する製造業。そこに働く非正規社員(労働人口の30%・1000万人)の解雇が相次いだ。最新の失業率は5,7%。こうした状況の中で
ソウコウジ.jpg8月18日・衆院総選挙が公示された。7月の下旬に衆院解散予告の後、解散と言う不思議な段取りで長~い選挙戦に突入したせいか、公示日には各メデアが早々と民主党の優位を伝えていた。TV局が企画した各党、党首討論会では、自民党党首が民主党のマニフェストに噛み付き、他党の質問も民主党に集中。まるで与野党が入れ替わったような光景だった。
わずか4年前の衆院選挙では、”郵政民営化を旗印に小泉旋風が吹き荒れ、”小泉チルドレンと呼ばれた新人が大量当選”。自民だけで、ほぼ300議席を勝ち取る大勝だった。そして2年後、小泉首相から福田さんに内閣が引き継がれるや、目まぐるしく総理が変った(笑)。昨年10月、選挙管理内閣だ、と思われていた麻生総理は、リーマンショックで世界経済が激震に見舞われるや、これ幸いと(?)100年に一度の危機だとばかり、”国民に信を問う”のは後回し、政策だ!政策だ!と四回も補正予算と予算を成立させた。
セ・エキマエ.jpgヨソウ.jpgその政策も中身を見れば、凍結したはずの高速道路建設が復活。どう使うか分からない××基金に4兆円。国民生活に直接影響する、消えた年金は、いつ解決するか目途が立たず。福祉と高齢者医療の負担は増えるばかり。”行政の無駄をはぶく話”は例のごとくお題目をとなえるだけ。その上、税収が44兆円しかないのに国家予算は100兆円を超えている。不足分は勿論、国債発行だ!その返済は近い将来、上げる予定の消費税となれば、”おとなしくて、物言わぬ”国民も、現政権に愛想をつかした。と考えなければ、新聞各社が予想する民主党圧勝は説明がつかない。
私の住む選挙区も、これまで自民党が強かったが、新聞報道によれば民主党候補者と大接戦になっている。それなのに、我家の辺りは選挙カーも来ないし、静か過ぎる。世間の様子を探りに(?)駅前に行ってみたが、立候補者の姿はなかった。きっと有権者が多いところで、最後の”お願い”に忙しいのだろう。でも、それもあと二日。30日には”国民の審判”が下る。

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マニフェス.jpg安藤達己的毒舌:結果は大方の予想通りってぇか、あっしにゃ、驚きだったが、308対野党連合(自民119・公明21)140で民主党の大勝だったぁな。だがよ、勝った民主党だって”浮かれてる場合じゃ、無いやね!”今やイデオロギーの違いで、政党を選んでるわけじゃねぇ。そりゃそうだ、民主党の党首も首脳陣も大半は元自民党だぁな。マニフェストを見比べたって、自民と民主に根本的な違いは無ぇ。その結果がこうなったのぁ、50年以上続いた自民党政権じゃ、マニフェストに立派な事を書いたって、実行出来ねぇことを国民が見通してるからだろうよ。
ヨ・シンブン.jpgつまり、長く続き過ぎた政・官のやり方が制度疲労を起したってぇことよ。国民が民主党に期待してんなぁ、マニフェストに書いてある通り、無駄を徹底的に省いて、税金の使い方を変えて欲しいってぇことだぁな。天下り先に税金を流すなんざぁ論外よ!それに、どこの家庭だって、その年毎にお金の使い方が変わるだろうが、それなのに自民党政権の予算案は、各省庁の取分(パーセンテージ)が何十年も変ってねぇ。これじゃぁ、”官僚が予算を仕切ってる”って言われたって、しょうがねぇやな。民主党は、お金(税金)の使い方を政治が決め、国民が必要としているところに重点配分するって言うが、予算の付け変えったって簡単にゃ行かなねぇよ。50年かけて作り上げた行政の牙城は、簡単にゃ崩れねぇ。まぁー、伏魔殿だぁな。
この壁を乗り越えて、国民のためになる予算を編成出来れば、国民は民主党を支持し続けるだろうし、出来なければ、即退場となるだろうよ。なにせ今回の選挙を通じて、”政治を決めるなぁ国民の一票”だってぇことを知ったんだからよう!

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2009年08月23日

第19回関正子杯小中学校生卓球大会(写真をクリック⇒拡大)

ブドウ・イリグチ.jpgカリ2.jpgおぼんの真っ只中・8月13、14日に関正子杯小中学生卓球大会は開かれた。私が会場の東京武道館に着く頃には、すでに90テイームの参加選手が熱戦を繰り広げていた。この大会は変則的だが予選リーグを中断して入場行進を行う。地方から参加して、前日から泊まっているテイームは良いとして、当日、遠方から参加して来るティームのために、第1回大会から開会式は午後1時からとなっている。12時を過ぎると、40台も使っている卓球台は、進行係りの先生の指示に従って、会場で手伝っている大人と選手達が協力してアッと言う間に片付けてしまう。
選手達は入場口でティームごとに集合。先頭の選手が用意してあるプラカードを持って、合図を待つ。会場には関杯のテーマソング、”未来へ”と”ファイト、ガッツ、スマッシュ”が流れ、いよいよ選手の入場行進だ。大会に参加している選手に取って、卓球日本選手権が開かれた同じ会場を使った関杯は”晴れ舞台”なのだろう。”うつむきながら”の行進もあれば、”上気した顔で”入場してくるティームもある。
ナカゼンケイ.jpgウンエイ.jpg全ティームが整列し終わると、開会式を手短に切り上げ、すぐに試合が始まる。参加条件は、いたって単純”中学2年生以下が6人以上で1ティーム”だけ。だから、中学校単位の参加もあれば、クラブティームは勿論、2校、3校が共同でティームを組んでいるところもある。ティーム力も”全中”で勝負できるクラスから、卓球を始めたばかりの選手で編成しているところまで、さまざまだ!
この大会は関正子・元世界チャンピオンが”選手のための大会を開きたい”と言う、熱い思いでスタートした。進行を務める先生方は大変だろうが、予選リーグで負けても、卓球台が空いていれば相手を見つけて練習試合が出来る。大会1日目が終われば、指導に当っているコーチや先生方が参加して”関正子を囲む懇親会”が開かれる。懇親会ではザックバランに”卓球技術”についての問題や疑問が話し合われ、若い指導者に関さんや、実績のある先生達が適切なアドヴァイスをする。引率者は先生が多いから、話は多方面に亘り、難しい中学生の生徒指導についてもベテランの先生が”自分の経験談”を話す事さえある。そして、この会合に必ず参加する先生の一人が
カリ1.jpg桂萱(かりがや)中学校を指導するS先生だ。群馬県の公立中学校の教員だから、当然、何年かに一度、学校は変わる。変わらないのはS先生が卓球と教育に掛ける情熱だ。卓球部の顧問だから、生徒には”卓球が強くなって欲しい”と技術指導に余念がないのは当然として、人間教育にも力を注いでいるのが見てとれる。入場行進での規律が取れた元気良さは一際目立つし、試合中の応援態度も立派だ!挨拶もキチッと出来る。きっとS先生は、卓球を通じて、義務教育中の生徒に”目的を持つ大切さ”や”正々堂々と生きる尊さ”を教え込もうとしているのだろう。元来、関杯は卓球日本の復活を夢見て、より多くの人が卓球を楽しみ、卓球人口の底辺が広がれば、頂点に立つ人の技術も高くなると信じて運営してきたが、S先生は、顧問として卓球指導は勿論だが、子供達が社会人に成る日をも視野にいれている。それは”卓球が強いだけの人間で終わって欲しくない”からだろう。

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ハチ1.jpg卓球にかける情熱なら八王子六中のO先生にかなう人は居ない。家族に取っては迷惑な話だが(笑)、生活の全てを卓球指導に捧げて(?)いる。東京代表で卓球の全国大会に出場するような中学校は、小学生の段階から強かった選手を集めるのが普通だ。ところがO先生が顧問をしている中学校には、そんな生徒は居ない。中学校に入ってから卓球を始めた子供ばかりだ。定年を真近に控えても、”自分の教え子を全国大会に送り出したい”と言う情熱は燃え上がるばかり。奥さんに愛想を尽かされようと、そんなことに怯む気配も見せず、ただひたすら、生徒と共に夢を追う。
卓球に魅せられた原点は、”30年前に押し付けられた卓球部の顧問を引き受けると、選手の頑張りで東京都大会で3位に輝き、その感動に酔いしれた先生は、子供から貰った感動の恩返しをしたい。”と言うものだった。それから30年、O先生は今もその恩返しのために生徒を指導し続けている。
ミタカク.jpgマルゼン.jpg大会も2日目、午後からベスト4によるリーグ戦が始まった。男子は丸善クラブが3戦全勝、他の3ティーム(市川六中クラブ、TOMAX、鴻巣北中学校)は1勝2敗で並ぶ大接戦。言い方を変えれば、丸善クラブだけが抜け出していたと言うことになる。まれに見るほど”優勝争い”が白熱したのは女子決勝リーグだった。本命と目されていた武蔵野中学校は27回連続で全国大会に出場。今年も当然のように関東大会を勝ち上がった。勿論、関杯に3年生は出られないが、その強さは誰もが認めるところ。ここと優勝を争ったのが美鷹クラブ、なんと!小学生だけで出場して来た。優勝を争う2ティームの勝敗は5番手まで持ち越され、3-2で美鷹クラブの勝利。6人の選手たちは無邪気に喜びを爆発させた。この子供達が順調に育てば、10年後に日の丸を背負う選手が出てくるかも知れない!
大会も無事終わり、心地よい疲れと満足感、ほのぼのとした期待が私の心をを満たしていた。

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2009年08月16日

ダヴァオ紀行:その46 インターネットカフェ(写真をクリック⇒拡大)

パナボバスストップ.jpgイッカイ・ワールド.jpgダヴァオから30数キロ、パナボと言う町がある。鉄道が無いミンダナオ島では、庶民はバスに頼るしかないが、マイカーを持つ人は大都会、ダヴァオの喧騒を嫌って田園風景が残るこの町に居をかまえる。毎回、交流を重ねてきた”ダヴァオ桜会”の会員の中にも、ここに住む人がいる。その中の一人、O氏はなんと!ネットカフェを経営していた。これまで農畜産業や飲食店を経営している日本人には会ってきたが、時代の最先端を行くIT関連の経営をしている人は始めてだ。早速、”店を見たい!”と申し出ると、”どうぞ、どうぞ”と快く、応じてくれた。ダヴァオのバスターミナルから1時間、パナボ市のターミナルに着くと、小さな出店がひしめき合うように並んでいた。この付近が市の中心地と言うことになる。中心地と言ってもレストランや雑多な店が30数軒ある程度で、のどかなものだ。その一等地(?)にO氏が経営するワールドネットカフェはあった。店に続く階段の幅は狭く、丁度、開店二周年のサービス週間が終わったばかりで、入り口には垂れ幕やビラが貼ってあった。
ネットゼンイン.jpgゲ-ム10.jpg中に入ると、右側は通路、左側が三っつのブロックに仕切られていた。受付けの向こうは、学生らしき若者が、隣の客と肩が触れ合うほど狭いスペースの中で、パソコンのモニターに見入っている。モニターの数はざっと40。奥の長椅子で席が空くのを待っている学生もいる。こんなに若者が集まっていても、人声は全く聞こえない。丁度、今は学年末(六月が新学期)で学校は休み。どこの国でも十代の子供達はパソコンゲームが大好きだ。だが、フィリッピンのPC普及率は一桁。当然のように学生達はネットカフェに集まる。ここのブロックはゲーム専門で、ゲーム以外にパソコンを使うわけには行かない。その分1時間の料金が、たった10ペソ(20円)と信じられないような安さだ。
コシツ・ソト.jpgコシツ15.jpg他の2ブロックは、普通のネットカフェ。個室スタイルで40室もあり、中は2畳もないスペースにPCと椅子が一つ、横になるのはとても無理だ(笑)。勿論、ゲーム以外も出来る。定員は2名。貴重品は自己管理。ポルノサイトは禁止。と張り紙があった。こちらは1時間、15ペソ(30円)。
インターネットへの接続スピードを聞いてみると、私の予想より遥かに早く・2、7メガビット、常に1メガ以上は出ている言うから立派なブロードバンドだ。ウイルス対策も、客が帰る時に電源を切れば、必ず初期設定に戻るようにセットされて、ここのPCは感染したことがないと言う。従業員が7人もいて、これだけ人が入っている。かなりの利益を上げているのかと思えば、一ヶ月平均、30,000-ペソ(60,000円)程度で、副業の収入の方が多いそうだ。ついでだから(笑)、副業を聞いてみた。O氏はPCを使って印刷屋の様なことをしている。な~るほど!名刺や招待状のように何百枚単位の印刷物は、早くて綺麗に仕上がるからパソコン普及率の低いフィリッピンでは結構、注文があるのだろう。奥さんは奥さんで、商才があり、種類の多い果物の収穫時期に、果物に合った輸送用の木箱やダンボール箱を農家に納めている。二人の副業収入が本業より多いとなれば、子供2人の4人家族。物価の安い、この地なら、余裕のある生活を楽しめるだろう。”羨ましいなぁー”
ネオンダフウフ.jpgO氏と奥さんの出会いは15年前にさかのぼる。日本で出会った二人は、意気投合して、程なく結婚。4年前には物価の安い、奥さんの故郷で暮らすことを決意。パノボ市にやってきたが、外国語を素早く使いこなす才能と、商才に長けたO氏は現地に多くの友人を作り、この地に合った事業を考えていた。そんなある日、パソコンの普及率が低いことから、思いついたのがインターネット関連の商売だった。一等地の二階に貸し店舗があり、割安だったので、店面積200ヘーベの権利とPC、その他の費用を含めて50万ペソ(100万円)を投資。ネットカフェをオープンした。家賃が22,000-ペソと安かったお陰もあり、商売は軌道に乗り始めている。
さて、まだまだ若いO氏夫妻、次は何を仕出かすのだろうか?期待して、将来を見守りたいカップルだった。

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フィリッピン事情:最近の新聞から・アロヨ・オバマ.jpg任期があと1年もないグロリア・アロヨ大統領が突然のようにオバマ米大統領と会談。ミンダナオ島の政情安定のためにMILF(モロイスラム解放戦線)と和平交渉を再開するそうだ。ついこの間、夫のホセ・アロヨは賭博関係者からのワイロ騒動で、国民が反アロヨ運動を起こしたのに--今度は自分の人気取りに走っているらしい!消息通は次期大統領選挙(2010年)への出馬を取り沙汰しているが。アロヨ政権は2001年の大統領選で副大統領に当選。エストラダ大統領が収賄がらみで失脚後、すったもんだの挙句、繰上げ大統領となり、2004年の大統領選で当選。結局は変則的な形で9年間も在位している。フィリッピン大統領の任期は6年。再選ナシの筈だが---
エストラダ.jpgこの動きを牽制するかのように、恩赦で終身刑をまぬがれたエストラダ元大統領が本職の俳優に戻り、映画の主役を演ずると発表した。大統領選を1年後に控えた今、この動きも様々な憶測を生む。そうそう、夫のペグニノ・アキノ氏がマニラ空港で暗殺され、1986年の選挙でマルコスがコラソン・アキノ(ペグニノの妻)に勝った筈が”選挙結果に不正があった。”と国民の怒りを買い、フィリッピン国軍にまで裏切られて”独裁政治”に終止符を打ったマルコスは亡命先のハワイで死亡。今は故郷に葬られている。そして今年の8月、ピープルズパワーの応援でマルコスを追放。第11代大統領になったコラソン・アキノ氏もガンの悪化で他界した。時間は無常にも大事件を歴史の中に閉じ込めて過ぎて行くが、今、不可解な動きを始めたフィリッピン政界に何が起ころうとしているのだろうか?

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2009年08月09日

七夕飾り:阿佐ヶ谷(写真をクリック⇒拡大)

ア・エキマエ.jpgタンザク.jpg”七夕飾り”っとくりゃ、7月の平塚、8月の仙台だろうよ。東北の三大祭に数えられるとかで、今日から始まった”七夕まつり”をニュースで流してらぁ。あっしは”ヘソ曲がり”だからよ、”なりは、でけぇ”は”色は、ぎょうぎょう”しい昨今の飾りが好きになれねぇ。もしや、願い事を短冊に書いてぶら下げた、懐かしい”ササ飾り”にお目にかかれるんじゃねぇか、と阿佐ヶ谷くんだりまでやって来たいっ。階段を降りて、改札を出りゃ、黄色い声の大合唱が聞こえる。”願い事を書きませんかぁ~”。夏休みの奉仕活動なんだろうよ。ボーイスカウトのご一行さんだった。駅の外にゃ、長い机が用意され、星型や短冊にせっせと筆を走らせる人が数名。地元の女学生らしきグループもゆかた姿で広場にたむろしてた。さて、どの道を行きゃ良いんだろうと見渡すってぇと。左手の信号辺りに人が群がり、ガードマンも手に赤い懐中電灯みてぇな棒を持って交通整理に余念が無ぇ。パトカーの灯りも見えてらぁ。
ア・イリグチ.jpg近づいて見りゃ、ドームの上にパールセンターの文字よ。その天井から”吹き流し”みてぇなものが、束になってぶら下がってらぁ。見た目にゃ、派手すぎる程、派手だがよ、これじゃ、江戸時代の”火消し組”の看板か、海でさんざ痛ぇ思いをした”くらげの足”みてぇだぁな(笑)。ササ飾りが一本だけ、申し訳なさそうに仲間に入れて貰って、”寂しげ”だった。
道幅は、そうさなぁ、6メートルもあるか?派手で、でけぇ”飾りつけ(ササ飾りじゃねぇよ)”が道路にはみ出してるは、アーケードになった天井から”吹流し”みてぇなものが風にあおられてるは、毒々しいほどの色彩よ。これが、今時の”七夕さま”なのかなぁ。あっしにゃ、悲しいが、人集めの行事になっちまったんだろよ。お陰で、行き交う人の肩が触れ合うほどの人出だった。ゆかたやじんべぇを着て、何やら飲みながら歩くお嬢さん達に混じって、外国人も目についたなぁ。ちょいと路地を覗きゃ、縁日に付き物のカキ氷だのフランクフルトを食べてる若者がいたが、屋台は意外な程、少ねぇ。軒を連ねた商店街じゃ、屋台の出番は無ぇっか。どの店も、この人出を逃すまいと、総動員で客に声を掛けてたぁな。
アゼン1.jpgア・タケ2.jpg”飾り”のコンテストもやってるらしく、天の川賞・織姫賞なぁんてビラが下がった大きな作り物があったが、ほとんどアニメのキャラクターだろうよ。あっしには、名前さえ見当がつかねぇ。それも道路の中央にデンとぶら下がって、言ってみりゃぁ特等席に鎮座ましますっと、こういうわけだ。おっと、あっしが探してたのぁ、願い事の短冊を吊るした、普通のヤツよ。これが簡単にゃ行かねぇ!700メートルの道路を探しに、探して、やっと見付けたのがこのササ飾り、一本だけ。願い事は書いてあったが、紙の短冊じゃねぇ、薄っぺらいビニールよ。時代は変わっちまったなぁ。もう郷土色豊かな行事なんざぁ望むべくもねぇっか。七夕さまっちゃ、規模は違っても、日本中、似たような飾り付けに、似たようなハリボテ人形。
そう言やぁ、最近、何処を旅しても、夜飯は似たような”おかず”が出てくるなぁ。サシミに天ぷら、後は卵とじーーー宿を出て夜の街をそぞろ歩きゃ、パチンコ屋、コンビニにカラオケかぁ。

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安藤達己的毒舌:アソウ・ハトヤマ.jpg長ぇー、長ぇー選挙戦が始まったい。投票日は、ずぅーっと先だってぇのに、舌戦の方は終盤を迎えたかのような加熱振りよ!そりゃそうだ、大方の見方ぁ、政権交代は避けられねぇってぇこった。それを承知だからかどうか知らねぇが、与党の民主党攻撃は、与野党交代したかのように”すさまじい”。特に民主党が主張する児童手当についちゃ、財源をどうするのかって?攻撃の手をゆるめねぇ。だが、待ってくんねぇ。民主党は行政の無駄を省いて財源を捻出するって、言ってるじゃねぇか。役人の言い分を鵜呑みにする与党にしてみりゃ、そんな財源は出てこねぇっちゅうことなんだろうよ。民主党は天下り先になっている××法人を整理して、現在12兆円も流れて行く金から9兆円の財源を搾り出そうとしてるらしいが、その程度じゃ甘すぎるんじゃねぇかい。社会保険庁の仕事っぷりが、いい加減だったのぁ、”ねじれ国会”のお陰で周知の事実となったぁな。農水省の”ヤミ専従職員”も大規模だった。防衛省も事務官が、とんでもない契約で特定の業者を優遇してクビになったぁな。
この人達、全員、税金から支払われる結構な給料を貰ってたんだぜ。あきれて物が言えねぇ!いいかい、あっしが言いてぇのは、どの省庁と言わず、国民が必要としている役所仕事の中にムダがあるってぇことだぁな。ここは一度、民間会社の手法で行政費用(税金)に対する質的、量的効果を検証して、余分な人員や部署を整理すりゃ、予算の10%どころじゃねぇムダが見つかるだろうよ。現、与党のように”役人の言い分”を鵜呑みにしてりゃ、予算の執行に”一切、ムダは無い。”ってぇことになるに決まってらぁな。役人に”屁理屈を言わせりゃ、誰も太刀打ち出来ねぇ。”そこんところを、よ~く承知した上で、新政権にゃ”大ナタ”を振るって貰おうじゃねぇか。そうすりゃ、20兆円どころじゃねぇ財源が出てくるなぁ、間違いねぇやね。それを新政権が出来るかどうか?国民は半信半疑だぁな。なんたって支持母体が労働組合の民主党のやるこったからよ。
与党の皆さん!”行政のムダを省く”ってぇ、お題目を唱えて何十年国民を騙してきたんだよう。予算が足りなきゃ国債を発行して、借金王国を作り、”ツケ”を子供や孫に残したのは、お前さん達だろうが、どの面さげて、他党が掲げるマニュフェストの財源に文句を付けられるんだ!
あ~ぁ、血圧が上がってきたいっ。後は”声なき声”を持つ国民が選挙で決着つけるしか、しょうがねぇやね。それが民主主義ってぇものなんだからよ。

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2009年08月02日

トリプルファイター:行け!栄光のファイター(写真をクリック⇒拡大)

ユ・トリヘンシン.jpgユ・テ・ユ・ユリ.jpgいよいよ”トリプルファイター”の撮影が始まった。TBSで17:30~17:40に帯番組で放映。月曜~金曜の5回で、一つのエピソードが完結する。確かに、帯ドラマはNTVの”チビラくん”で経験していたが、これは独立した枠ではなく、”おはよう子供ショウ”の1コーナーでハッタル家とゴルバ家の子供が対立しながら成長し友情を深めて行く”着ぐるみ”のホームドラマだった。
トリプルファイターは違う!円谷プロが得意にしてきた”ヒーロー対怪獣”の戦いを巨大化せずに中心に据え、分かり易い勧善懲悪の物語を展開する。変身するヒーローもパリに本部を置くSAT(スペースアタックテーム)日本支部の隊員で、長い戦いの末に悪玉デビル星に滅ぼされた銀河連邦、M星の子孫だった。この3人、早瀬哲夫・早瀬勇二・早瀬ユリが、デーモン、デビラと戦い、ピンチになればグリーン・レッド・オレンジファイターに変身。最後は3体が合体変身して最強のトリプルファイターが誕生。怪獣を爆破して止めを刺す。なんとも贅沢な(?)、変身ヒーローが、4体も出てくる作品になった(苦笑)。
ユ・グ・オレ・レッド.jpgユ・トリファイター.jpgトリプルファイターに4人ものヒーローが出てきたのは、企画段階からスポンサーのオモチャメーカー・ブルマークが関わっていたからだった。
SAT側が、変身前・変身後・トリプルファイターと3段階でアクションを繰り広げれば、悪役デビル側も姿を見せず緑の球から指令を発するデビルモンスター・その指令を実行するために、次々と送り込まれては敗れ去るデーモン(毎回、違った姿で現れる)・デーモンの子分、デビラ達と出演陣は”てんこ盛り”だ。まずタイトルバックから撮影を始めたが、10分帯番組の宿命で、時間が極端に短い。それでも番組を象徴する画像は全部入れたいからカットを短く繋いで、忙しくなったが(苦笑)、スピード感に溢れるタイトルバックに仕上がった。
ユ・デーモンカー・テツ・ユ.jpgダークマン.jpgいよいよ本編の撮影に入る。いきなり隊員たちとデビラの戦いだ。SAT側はSATカーとバイクで土手を川原を走り回り、デーモンに率いられた黒タイツとドクロ模様のお面を被ったデビラは悪役のくせに、スバル360を黒塗りにした可愛い車で押し寄せてくる。体育会系の勇二はバイクを乗り捨てて、路上で、荒地で、ビルの通路から階段、屋上へとアクションに次ぐアクションだ。そしてついに今回のデーモン、ダークマンが姿を現した。牛をモチーフにしたダークマンの武器は、全てを破壊する体当たりだった。川原で哲夫、ユリが乗るSATカーと対決し、激突するダークマン。傷を負ったダークマンを見逃してやる心優しいユリ。3隊員の性格を戦いの中に散りばめながら、戦いは金曜日のクライマックス・トリプルファイターの出現へと続いて行く。グリーン・レッド・オレンジファイターが合体したトリプルファイターはダークマンとの空中戦、肉弾戦の末に、必殺技トリプルキックを繰り出し、さしものダークマンを爆破。戦いは終わった。

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ユ・サット・バイク.jpg安藤達己的”あの当時”:この作品が放映されたのは昭和47年(1972年)だった。円谷プロの”変身巨大化ヒーロー”に対して他社が仕掛けた”等身大変身ヒーロー”作品が視聴率を上げ、円谷プロも手をこまねいてはいられなくなっていた。等身大ヒーローであれば、合成もミニチュアワークも殆ど要らない。したがって特撮班を編成する必要が無いから制作費も半分以下で済む。それにも増して、この作品で特筆すべきは、スポンサー、ブルマークが企画段階から関わっていたことだった。
ウルトラマンの放映が始まると、人形(フィギャー)を売りたいオモチャメーカーがコピーライトを争い、文具、Tシャツ、靴メーカー等々もこれに加わり、円谷プロが著作権専門に扱う別会社、エンタープライズを創立しなければならない程のフィーバー振りだった。まぁ、そのお陰で制作費の赤字が埋められた面もあったようだが(苦笑)ーーこんな背景があったから、ブルマークはフィギャー(人形・ミニカー)の独占販売を狙って、スポンサーになると共に、企画から参加していたのだろう。SATカーもスポンサーからの提供で、オモチャにすれば売れそうなデザインだったが、アクション作品で使う車としては強度が足りなくて使いずらかった(苦笑)。
ユ・デビラ・クチュウ.jpgこれまでの円谷作品と比べれば極端に少ない予算(1作品150万円程度)しかないから、撮影日数が少ない。アクションが売り物で、10分毎に明日に繋ぐクライマックスを設定するからカット数は増える。デーモンカーが出てくれば、これを運ぶのに運搬車が要る。この時期、すでにポンコツに近かった(笑い)スバル360は、スピードを出したり、悪路を走ると、すぐに故障が起きて大切な時間を食われる。動かない車はどうしようもないから、コンテを変えざるをえない。トリプルファイターでは、SATカー、バギー、バイクを含め、車には泣かされることが多かった(苦笑)。車以外でも、ファイターに変身後の立ち回りや、忍者のように姿を現すデビラを撮るために、撮影隊は常にトランポリンと6尺台(1.8メートル)、マットを持ち歩き、普通のカットを撮り終わると、最後の儀式(?)のように、プロの人に何種類もの扮装をしてもらってトランポリンを飛んで貰う。このように、円谷プロが始めて取り組んだ”等身大変身ヒーロー”作品は、難題を抱えながら、忙しい撮影が続けられていた。

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