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2009年05月27日

ダヴァオ紀行:その42 イーグルセンター・09(写真をクリック⇒拡大)

09eagle.jpg今年の新奨学生はドリーサラス(女性)一人、生徒が一人だけでは寂しいだろうと、昨年イーグルセンターに行った二人の学生・私とガイドを含め5人でフィリッピンワシ本部からの車を待つことにした。当日の朝7時30分、電話が鳴った。出てみると生徒が二人、早々とロビーに来ていると言う。私は起きたばかり、約束は8時半だった筈なのにーーーレセプショニストに”レストランで朝食を摂らせておく、”ように頼んで大急ぎでシャワーを済ませ、降りて行くと、二人は何も食べずに、テーブルの上には水のグラスだけが置かれていた。一寸、早過ぎるが私もオカユの朝食をオーダー(本当はバイキングだが、ここのウエイターはいつも私の朝食を揃えて呉れる)、二人には果物を勧めた。後の二人は時間通りに現れ、9時になると迎えの車に乗り込んだ。例年、センター内を案内してくれてるタチットが出張中で、代わりにサンドラが来たが、生徒二人が1時間も前に現れた話をすると”フィリッピンでは時間前にやってくる人は滅多に居ないから、本当にユニークな生徒ですね。”と大笑いになった。
ニュウジョウリョウ.jpgエントランス.jpg定宿のグランドメンセンホテルを出発して1時間。木立に囲まれたセンターに到着。去年は工事中だった入り口のビルが完成。白くて近代的な形が目を引く。去年までダウンタウンにあった事務所もここに移転。余分な経費を省くと同時に、フィリッピンワシ本部の全機能が集約されたことになる。早速、センターの責任者タデナに合いたいと言うと、何と!去年、退職したそうだ。
昨年から始まった”世界不況”が影響したのだろうか?自然保護団体は財政的な基盤が弱い。特に発展途上国では先進国からの寄付に頼らざるを得ない。現状の世界経済を考えれば、イーグルセンターの運営だって大変なのだろう。
現在の責任者は若干30歳の女性、アニメイで13人のスタッフを統括している。今も時々タデナに相談しているそうだが、困難を乗り切って、美しい鳥、フィリッピンワシを絶滅から救って欲しいもだ。
sewani.jpgセンターは猛禽類を主体にした小動物園のような施設だが、現在飼われている動物は36羽のフィリッピンワシ・5種類のワシ・3種のフクロウ・哺乳類4種・クロコダイル・オウム等だ。
施設の広さとフィリッピンワシが一羽づつ大きなケージが要ることを考えると、ワシを野生に戻さないかぎり、ここで飼育出来る数の限界を既に超えている。幸いな(?)ことに昨年の繁殖シーズンは雛が孵らなかった。野生に戻す試みも昨年2羽、放鳥されたが、1羽は家畜の近くに度々飛来。銃弾を浴びて死。もう一羽は人里を離れず。センターに戻された。結局、フィリッピンワシの放鳥計画はこれまで一羽も成功していない。今年こそ放鳥を成功させて、繁殖から野生復帰への道筋をつけて欲しいーー
日本でもコウノトリ・トキを野生に戻す実験が進行中だが、里山に住む鳥でさえ、自然繁殖まで辿り着くのは容易じゃない。日本のスタッフもあと一息、放鳥された地域の皆さんもこのプロジェクトを後押し、してーー

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安藤達己的:新インフルエンザ顚末記・ダヴァオ出発まで一週間もないと言うのにメキシコ発の新インフルエンザの発生で、新聞はこの記事一色。成田では映画に出て来そうな服装で検閲官が到着便に乗り込む。このウイルスを水際で食い止める作戦だとかーー日を追うごとに、ウイルスの毒性が低いことも、感染条件も分かってきているのにだ!私もパソコン用品を買いに行くと入り口で、女性に手を消毒された。
慌ててマスクを買いに走る!成田空港では、さすがにマスクを着けた渡航者が多い。息苦しいが仕方ない。私もマスクをして機上の人となった。飛行機の中でイミグレイションカード以外に、北米・メキシコの渡航暦と健康状態を申告する調査書が配られた。マニラ空港ではサーモグラフィも見当たらず、全く、普段と変わらない。日本人以外、マスクをかけている人は居ない。ダヴァオでは”海外旅行者情報で”メキシコへの渡航自粛を呼びかけていた。
帰国すると新聞から新インフルエンザの記事が消えていた。このインフルエンザ、毒性が弱く、ワクチンが無いだけで、感染したって、既製の薬が効く!専門家は”ウイルスは変異が早いから油断出来無い”と言うが、そんなら例年流行るインフルエンザも今回と同じ処置を取るのかい?
修学旅行を中止した学校が2000校を超えた。そんな必要があったのだろうか?普通のインフルエンザと同じ対応で良いとなれば、中止にする学校は無かったと思うのだがーー
マスコミの非難を恐れて、判断力を失っている教育委員会。学校生活一度の旅行機会を失った生徒たち。日夜、報道に関わっている記者諸君。この事態をどう思いますか?
判断を委ねられた地方は、労働厚生省の決定を待つばかりでなく、瞬時に駆け巡る情報を集めて自分の判断が出来る能力を養ったらどうだろう。
結局、責任を取りたくないから、こんな結果を招くんだろうなぁ。

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2009年05月16日

ファイヤーマン:死人をあやつる宇宙の支配者(写真をクリック⇒拡大)

シ・サブ.jpgミサキ・ギトウ1.jpg宇宙ロケット、レッド2号の捜査は打ち切られ、乗組員3人は絶望と思われたいた時、乗員の一人、杉森がSAF本部に現れた。マリがコーヒーを入れに部屋を出た隙に、一人になった杉森は時限爆弾を仕掛けていた。部屋に帰って来た岬は、マリを拳銃で狙っている杉森と格闘になり、耳に付いていた発信機をはずすと杉森はぐったり倒れこんだ。杉森は元々死体だったのだ!その頃、死体の盗まれる不思議な事件が頻発していた。発信機に使われた金属は水島の分析で、地球上に無い物質だったが、何処から来たのかは不明だった。
このエピソードは暗黒帝王・ブラックサターンが怪獣ブラッカーとロボットと共に地球に潜入、ロボットに死体を集めさせては再生、遠隔操作で操り、地球の破滅を狙うと言うゾンビ風のスリラーで、これに若い岬と千葉の息詰るアクションが加わった。
ロボット・ゾンビ.jpg不思議な機械で再生された、レッド2号の林隊員もゾンビ軍団に加わっていた。レッド2号の乗務員を調べていた岬と千葉は林の家の前で少年と出会い、林も何者かに操られているの知る。SAF本部では、宇宙からの侵略者が居るのではないかと疑問を持った海野隊長が宇宙電波を解読した野川博士と電話連絡を取っていると、突然、電話が切れた。ゾンビ軍団が博士を襲っていたのだ。岬と千葉が本部の指令で、駆けつけたが間に合わず、野川博士は電波を解読したテープを残して息を引き取った。
このテープでブラックサターンが近くにいることを知った岬と千葉が手掛かりを求めて野川博士の所へ戻ると、ゾンビ軍団が博士の遺体を車に積んで運び出すところだった。これを追うマリンカー。廃屋に忍び込んだ岬と千葉をロボットとゾンビ軍団が襲撃。激しい立ち廻りが繰り広げられ、千葉が人間だとばかり思っていたロボットを爆破するとゾンビ達も死体に戻った。
ブラッカー1.jpg紫の煙の中から現れたブラッカーはビルを破壊しながら暴れまわり、緊急発進したマリンゴン、マリンブルの攻撃も受けつけず、ブラッカーに接近した岬と千葉の乗ったマリンブルは角からでる光線で炎上、不時着した。二人を助けようと着陸するマリンゴン。
益々、凶暴化するブラッカー。だが暗黒帝王・ブラックサターンは姿を見せない。我に返った岬はマリンブルを飛び出すとファイヤーマンに変身、ブラッカーと激しい肉弾戦になった。ファイヤーマンのエネルギーは奪われて行く。あやふし:ファイヤーマン!
ファ・ブラ2.jpgブラックサターン.jpg最後のエネルギーを振り絞ったファイヤーマンが炎となって”ファイヤーダッシュ”で体当たりすると、さすがの怪獣ブラッカーも炎に包まれていった。燃えさかる炎の中から空中に舞い上がったクラゲのような生物。これが暗黒帝王、ブラックサターンの姿だった。野川博士の推測通りブラックサターンは地球に来て、ブラッカーの体内に隠れていたのだ。無敵のはずだった怪獣が倒された今、悪知恵にたけたブラックサターンを守るものは無い!ファイヤーマンの攻撃に、なす術も無く、燃えながら消えて行く暗黒帝王。地球は平和を取り戻し。マリンゴンはSAF 隊員を乗せて何事も無かったように基地を目指して飛び去った。

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安藤達己的回想:ファイヤーマンは円谷プロ創立10周年記念企画として日本テレビで放映された。ウルトラQから怪奇大作戦まで放映はTBSだったから、ニッテレの円谷プロ作品に対する期待は大きかったに違いない。セブンDVD.jpgしかし視聴率は思ったほど、上がらず、このエピソードでは(27話目・全30話で終了)サブタイトルの前に、クライマックスシーンのファイヤーマンとブラッカーの戦いを入れたり、ブラッカーの中からブラックサターンが現れたりと、今までに無い工夫が見られた。それでも特撮作品が氾濫していた当時、劇的な視聴率の回復には結びつかなかった。ーーー
ウルトラセブンDVD新発売:5月12日、宅急便の荷物が届いた。円谷プロから発売されたばかりのウルトラセブン見本品の1・2巻だった。新生円谷プロが発売するDVD、第一弾と言うことなのだろうか?売り上げ予想がどれ位なのか見当もつかないが、1巻(4話)に怪獣プロマイドがついて¥1890-だった。
42年前の作品なのに、色あせないウルトラセブンの人気に脱帽!

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2009年05月10日

春爛漫:日比谷公園(写真をクリック⇒拡大)

ヒ・フンスイ.jpg初夏のような陽気に誘われて日比谷公園にやって来た。今年の桜は早過ぎるほど早く咲いたが、満開が来ねぇ。さんざ、じらした挙句、見頃ぁ4月に入ってからよ。お陰で入学式は日本らしい景色になったぁな。桜吹雪が舞ったと思ったら10日と経たねぇうちに、ぼたん・つつじ・ふじと立て続けの花便りよ。こうなりゃ、横着なあっしも家にばかり閉じこもっちゃいられねぇ(笑い)。重い腰を上げて、辿り着いたのが東京のド真ん中。この一等地に皇居から日比谷へと都会のオアシスが広がってらぁ。贅沢なもんよ!まずは、ここのシンボル・噴水の前に立ってカメラを構えが皮肉にも、今まで勢い良く吹き上がってた水がピタリと止まったぁな(笑い)。
iチュ・ヒキ3.jpgチュ・アップ1.jpgまぁー、あせるにゃ及ばねぇ。周りを見渡しゃ、洋風の草花が咲き乱れたぁな。バラはまだ蕾で膨らんじゃいるが、咲くなぁ、もうちょいと先だろうよ。明るい若葉が芽生えた樹木の下にゃ、チューリップの花が敷き詰められたいっ。木陰のベンチじゃスケッチブックを広げて写生を始めた、初老のご婦人が二人。ちょいと覗いてみたが、上手いもんよ。近頃ぁ、カルチャーブームとかで、芸達者な年寄りが増えたなぁ。こちとらも負けじと(笑い)カメラを片手に右往左往。どこぞの田舎で、何千本・何万本と咲いているチューリップのようにゃいかねぇが、地価の高い都心に咲く花の贅沢さを表現しようと、花壇を3周もしたぁな。ひょいと、噴水に目をやりゃ、中心の水が吹き上がって来たところよ。慌てて××ホテルをバックに勢いよく吹き上がる水柱をカメラに収めた。
ヒ・コイ1.jpg日比谷公会堂の前にテントが張られ、青いビニールの筒が沢山、並んでた。てっきり、何かの工事だろうと思っていたが、近づいてみりゃ、”錦ゴイ”の品評会よ。テントの中にゃトロフィーが山と積まれ、ネクタイをした役員が数人、お茶をすすっていたが、あっしの興味はコイの方だけよ。ったって、別にどこをどう見て魚の良し悪しを見分けるのか皆目、見当がつかねぇ。知ってる事と言やぁ、新潟出身の元首相が目白の豪邸で一匹数百万円もするコイを贅沢に泳がしていた位のことだぁな。そうそう、新潟は錦ゴイの産地だっけ、数年前の大地震でコイの養殖池が大打撃を受けた。その被害から立ち直って、山古志村でコイの生産を始めている業者が新聞に載ってたが、この品評会の受賞者の中にもその人が入っているかも知れねぇな。それにしても見事なコイだ!そこらへんの池やお堀にいるのたぁ大違いよ。模様によって名前があるらしいが、そんなこたぁ、知らなくたって、色の鮮やかさと、模様の美しさは誰の目にも分からぁな。思いがけない良いものを見せて貰った所で、丁度、昼飯時ーーー
マツモトロウ.jpg松本楼に行ってみるか!ここの歴史は古い。明治36年からの創業よ!戦前戦後、ここを訪れた政治家・文人は枚挙にいとまがねぇ。戦前のモボ(モダンボーイ)・モガ(モダンガール)にゃ、”カレーライス”ってぇ言葉がよっぽどハイカラに響いたんだろうなぁ。一度は入って見なくちゃ、申し訳が立たねぇ程の人気だったんだとよ。開業当初は瀟洒た3階建ての西洋舘だったが、今は4階建てのビルジングなってらぁな。松本楼っちゃ、やっぱカレーライスでしょう。今も続いてるかどうか知らねぇが、一年に一度、感謝を込めて10円で振舞ってたぁな。あっしが食べたかったのも、勿論カレーだったが、日比谷に繰り出した人の思いは皆同じ、入り口は長蛇の列よ。これに加わる勇気と忍耐は無ぇ(苦笑)。さっさと諦めて、同じ公園内にあるレストランでスパゲッテイと生ビールで昼食をすませ、瞼が重くなったところで噴水とチューリップに別れを告げた。

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コウソク1000.jpg安藤達己的毒舌:去年の10月に端を発した定額給付金騒動。あれだけの反対を押し切って結局、国民一人当たり12,000~20,000円の支給が始まったぁな。足立区は手際良くゴールデンウイーク前に手元に届いた。だが、あっしにゃ、ちっとも有り難く感じられなかったなぁ。早ぇ話が”自分で収めた税金が、少しばかり戻って来たってぇことだろうよ”。もし、大金持ちの総理大臣様がさ、身銭を切って国民に配ったんなら喜びも”ひとしお”だったろうに(大笑い)。時の内閣は人気取りのために金をバラマイタ心算らしいが、国民はそれ程馬鹿じゃねぇ。第一、昨年末に支給する話が遅れに遅れて、まだ手にしてねぇ国民が大部分だろうよ。犬の”オアズケ!”じゃ、あんめぇし、いい加減にしてくんな。
次なる愚策が土・日・祭日:高速道路・1000円ポッキリよ。あっしのように車を持たねぇ者にゃ、何の恩恵もねぇ。車を持ってたって、まずETCを買わねぇことにゃ、事が始まらねぇ。ETCを買おうたって、品切れときたぁな。その上、ETCが売れる度に、ちゃっかり”うわまい”をはねる団体があるんだとよ。あ~ぁ、出るなぁ、ため息ばかりだぁな。
この連休にドット繰り出した家族連れは、あまりの渋滞にうんざり。50%セント以上の人が1000円の料金より渋滞の無い方が良いって言ってるじゃねぇか。このサービスに使われる予算が5000億円だとよ。そこで提案だが、全車種、1000円乗り放題をウイークデイ(月曜~金曜)にしたらどうでぇ、そうすりゃ、物流は安くスムースにいって、青息吐息の輸送業者は大助り。巡り巡って、流通コスト低下の恩恵は国民全体に行き亘る。あの渋滞を見て、温室効果ガスの削減をとなえる立派な政治家先生はどう思ったのだろう?是非、ご意見を伺いてぇもんよなぁ。

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2009年05月03日

ダヴァオ紀行:その41 シーフード・レストラン(写真をクリック⇒拡大)

フタリ・ショクジ.jpgダヴァオは海辺の町だ!レストランが軒を連ねるショッピングモール:ヴィクトリアの裏手にも2軒の海鮮料理屋があり、店に入れば、大きな水槽と調理場から立ち昇る煙・忙しく行き交うウエイター・とその活気に圧倒される。物価の安いフィリッピンとは言え、ロブスター・マングローブガニ・ハタ(海の魚・ここではラポラポと呼ばれている)はそれなりの値段だ。まずは店員を連れて水槽の前に立ち、今日、注文する食材の種類と量を決める。魚は、4人分だから700~800グラムで十分だろうと、キロ当たりの値段を確認して調理の仕方も客が決める。適当な魚を指差せば、店員は大きなタモを無造作に水槽に突っ込んで掬ってくれるが、相手は生きの良い魚だ!水槽の中を逃げ回るから海水が飛び散る。近くの客に水がはね返るが、客も店員もそんなことにはお構いなし。水しぶきを浴びた客もいつものことなのか、別に驚いた様子もなく注文した私をジッと眺めている。
ラポラポ.jpgロブスター.jpgラポラポは中華料理・”コイの空揚げ”風に、甘酸っぱい、トロリとしたアンカケソースをかけて食べれば美味い。次はロブスターだ、これはキロあたり3000円~4000円もする。日本では”錦エビ”と呼ぶ大型のイセエビの仲間でサンゴ礁に住んでいるから、体の色も白っぽく、体中に綺麗な縞模様が入っていて保護色になっている。日本のイセエビは500g位が普通で、1キロなんて大物には滅多にお目にかかれない。更に、これを食べるとなると、まずは懐と相談だ(笑い)。”錦エビ”は1キロ位が標準で、大きいのは3キロをゆうに超える。頭の部分にはミソがギッシリ詰まってて、良いダシが出るからスープにする。頭を解体(?)しながら身をを食べるが、かなりのボリュームで腹に溜まる。胴体はカラ付きのまま、豪快に叩き切って”エビのピリ辛ソース”風が美味しい。確かに姿も形も味も申し分ないが、値段がちょっとーーと思う私のような人には、ロックロブスター(私の田舎ではセミエビと呼ばれ、イセエビと一緒に獲れる)がお勧めだ。
ロックロブスター.jpgカニ・ロブスタ.jpg身の味はロブスターと同じなのに、姿が悪いばっかりに値段は半値以下だ(苦笑)。頭が平べったくて、ミソも身も入ってないからスープには向かない。一匹の大きさは、せいぜい100~200グラム位、私には2匹が適量だ。
そして最後に控えしは!熱帯地方にしか居ないマングローブガニ。ツメが大きく黒々としていて、見るからに挟む力が強そうだ。どのカニもツメはしっかり縛られて、一寸可愛そうだがこんなハサミに挟まれたら大変だから仕方ない。店の奥に或る鉄製の引き出しの中に入っているのを3匹ばかり選ぶ。現地の人は何故か、蒸したカニに炒めた野菜のスープをかけて食べていたが、私には全然美味しくなかった。第一、日本のカニと違ってミソが無い!まぁー、ツメの中に身はあるが、これだって取り立てて言うほど美味じゃない。そこでエビと同じように、”中華風ピリ辛”にして貰うと、予想通りこれは美味しかった!
熱帯の海鮮料理で腹ごしらえ:”お会計”をしてもらうと、ビールを入れて4人様:8000円弱。日本で食べることを考えると、5分の一以下の値段だろうか?そんなわけで、手ごろな値段でシーフードを食べるのもダヴァオ行きの楽しみの一つになった。”食いしん坊”も一徳ですなぁー。

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メキ・インフル.jpg安藤達己的ブタ・インフルエンザ考:2003年3月:SARSなるウイルス性伝染病が流行。その真っ只中、私は無謀にもダヴァオ行きを敢行した。慣れないマスクを着けて成田を出発。マニラに到着すると飛行機はエプロンには付かず、乗客全員がバスで検疫のため、別のビルに連れて行かれた。30数度ある室外で、汗だくになりながら待たされること1時間半。検疫官が全乗客一人ずつの額にビニールのようなものを押し付け、どうやって検査をしたのかは不明だが、結局SARSの感染者は0。予定通り国内線に乗り換え、無事にダヴァオに到着。
もし感染者が一人でも出たら、乗客全員を一週間マニラで隔離することになっていたそうな。後でこの話を聞いてゾッとした。今回はメキシコが発生源でアジア人の感染者は少ない。弱毒性のインフルエンザらしいが、誰も免疫を持っていないから感染が広がれば面倒だ。
私のダヴァオ行きは5月17日:”苦しい時の神頼み”ですいませんが(笑い)、この新インフルエンザ騒動:それまでには治まりますように!

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