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ダヴァオ紀行:その35 音楽コンクール(写真をクリック⇒拡大)

カイジョウ.jpg約束通り:午前8時領事官舎に到着。公用車で会場に向かう。車中、領事から渡された”第16回・リコーダーアンサンブルコンペティション”への招待状に目を通すと、宛名がタツヤ・アンドウと間違っていたのは、ご愛嬌だったが私の役目は、何と!3人しかいない審査員の一人だった。プログラムを読んでみると主催は”比・日系人会”で会場は”比・日系人会インターナショナルスクール・カリナン支部”となっている。窓外には見慣れた景色が広がっていた。それもその筈、会場がカリナンと言うことは、毎年訪問するイーグルセンターと同じ町だ。そして、コンクールの後援は”吉祥寺ライオンズクラブ”と”日比ボランテアー協会”が主体になっていた。
1時間弱のドライブで会場に着き、車を降りると、ムッとする暑さが襲ってきた。額の汗をぬぐって、まずは会場に足を運んだ。床面は土だが、高い屋根が陽をさえぎり、側面は吹き抜けで屋根を支える支柱だけだ。収容人員1000人位だろうか、一段高いところにバレーの公演も出来そうな立派な舞台があった。椅子が並べられた観客席には早々とかなりの人が集まり、コンクールに参加する学生や父兄・指導者は学校ごとにグループを作り、最後の打ち合わせに余念が無い。どの顔も興奮と緊張がみなぎり、コンクール会場独特の雰囲気がみなぎっていた。
レ・リョウジ.jpgウchダ・リョウジ.jpgコンクール開始まで、まだ時間があったので歴史資料館を覗いてみた。ここも”比・日系人会”が運営している。館内には有名なマニラ麻で織られた民族衣装や、セピア色に変ってはいるが、ミンダナオ島の先住民らしき写真や日本人の写真も沢山展示され、改めて日本とダヴァオの関係の深さを知ることが出来る。時間があればもう少しゆっくり見学、といきたいところだが、今日、ここに来た目的はコンクールへの出席だったので、時間を気しながら外に出ると、噂に聞いていた”日系人会の父”と尊敬さる内田氏がご高齢にもかかわらず、会場に見えていた。領事に紹介されて立ち話をしているとすぐに進行係りが”会場へどうぞ”と迎えに来た。会場の入り口では招待客に、レイならぬネクタイ状のハンカチを首の周りにかてくれる係り員が何人も居て、これをスカーフのように巻いてもらい審査員席についた。
シンサ2.jpg壇上、左手に日本語の司会者と英語の司会者が並び、コンクールの開会を告げると、会場のザワメキは静けさに変り、まずは主催者から”この大会が16回目を数えたことへの感謝”とカソリック教徒らしく”神への祈り”行われ、開会式は進行していったが、途中、アシスタントの女性が足早にメモ用紙を持って私の席に来て、審査員の紹介で使う”文章を書いて欲しい”とのことだ。大急ぎで”私が監督した作品だけを書いた自己紹介文”を渡したがその頃には日比両国国家が別々の小学校生のリコーダーで演奏され、私の文が司会者に渡るとすぐに三人の審査員が聴衆に紹介された。これで開会式のセレモニーは終了。小学生の部からコンクールは始まった。
ショウガク3.jpgコウコウセイ1.jpg出場ティームは3分間の練習後、課題曲”村祭り”の演奏に入る。どの学校も真剣に演奏してくれたが、実力にはかなりバラつきがあり、優勝を狙える学校は16校中3校だった。それでも、出場している生徒たちは一生懸命演奏していて、聞いている人に感動を与えてくれる。どの学校も練習を積んでこのコンクールに参加したのだから、順位はともかく、あまり得点差が開かないように採点し、最優秀校と最下位校との差は10点に抑えた。小学生の後は高校の部になったが、参加校は意外なほど少ない。さすがに高校生、体格も技術も肺活量も違うからリコーダーの音色も一段とダイナミックになり、聴き応えがあった。課題曲は”こきりこ節”で、やはり日本の学校で教えている曲が選ばれていた。
小・中・全20校が演奏を終える頃には正午も近く、審査員の採点が集計されると、上位3校は小・中とも、私の採点と変らず、順当な結果だった。直ちに表彰式に移り、司会者が学校名を告げると、順位に関係なく歓声が上がり、参加した生徒・父兄・先生方の顔にも、いつもの笑顔が戻っていた。3位以上の学校には参加賞以外に賞品がスポンサーの”吉祥寺ライオンズクラブ”の女性会員から手渡されたが、これが、何と:現金だった!何はともあれ、日比親善の一環としてスタートし、16回を数えたこのコンクールが来年も盛大に開かれることを願って、カリナンを後にダウンタウンに向けて出発した。

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”オレオレ詐欺”ダヴァオ編:もう2年前になるのかなぁ?イーグルセンターに学生を連れて行く日の朝だった。7時に電話が鳴り、出てみると”ジョンだかジョエルから電話だが、つなぎますか?”と聞いてきた。”そんな名前は知らないよ”と言うと電話を切ってくれた。15分もすると、又電話が鳴って、”今度はデニーだと言う”てっきり、フィリッピンワシ本部のデニスだと思い込み、つないで貰った。すると直ぐに、電話は女に変り”アンドウさん、私、ヴィッキーだけど”、そんな名前に思い当たるフシが無いから”間違いじゃない!”と答えると”じゃ、モニカはジェーンはジョイは?”と言ってきた。”ジョイなら一人知ってるけど”と答えると”そのジョイよ。日本で名前を色々使ってたから、どの名前の時にアンドウさんと会ったか忘れてた。ごめん!”で、何の用か聞いてみると、今、ダヴァオの家にいるけど、お母さんが入院していて、今日10,000-ペソ払わないと病院を追い出されるとのことだ。でも、私には、電話の主が私の知っているジョイかどうか分からないし、余分なお金だって、そんなに持ってないと伝えると、”じゃ、7000-ペソでも良い”と値下げしてきた。
私も、今日は9時にホテルを出るから、貴女がホテルに来たら3000ペソ位ならあげるよ、と言うと、受付に置いといてくれとのことだ。顔を見てからでないとお金は渡せないと言ってやると、今度は9時までにホテルに行ける場所に居ないと言う。だってさっきダヴァオに居るって言っただろう?こうして会話(いや、オネダリ交渉)は20分も続いた。最後には”じゃー、もう、いいっ!”だって。ーー一誰がアンドウという日本人が一人で、このホテルに泊まっていることを知らせたのだろう?ホテルの従業員で私の部屋番号を知らない人なのだろうが、その情報でサギを働こうなんて奴がここにもいた。当時、日本に働きに来ていたタレントの中に”オレオレ詐欺”の手口を知って、現地で実行、味をしめたグループが居たに違いない。そうなると被害に遭った日本人も居たということになる。
気を付けねぇーと!どこにでも、悪い奴はいるもんよなぁー

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