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今時・中学二年生(写真をクリック⇒拡大)

マ・ゲンカン.jpg東京駅から総武線で一時間:千葉県は太平洋を遥かに望む高台にやってきた。かつての城跡だそうだ。見たところ設備が整った病院にしか見えないがこれが校舎だった。轟音に驚いて空を見上げるとジェット機が学校の真上を成田空港に向かって飛んでゆく。赤いサルビアの植え込みを眺めながら、広々と明るい玄関を入る。スリッパに履き替えると正面に校長室があり右手に職員室が見えた。校長室で今日の講演内容のコピーと写真が入ったCDを担当のY先生に渡した。それにしてもこの部屋は広い!ここで職員会議が開ける程の大きさだ。天井も高いし、窓が大きくて明るい!想像していた田舎の中学と言う、古ぼけたイメージからあまりにもかけ離れていた。聞いてみると、この建物は将来の少子化に対応して、病院や老人ホームに転用できる設計になっているそうだ。その上、成田に向かう旅客機の航路になっているから、校舎は助成金を使って完全な防音装置が施されている。
ウンドウジョウ.jpg 手入れの行き届いた広い校庭も圧巻だが、4階建てなのにエレベーターがあり、講堂とは別に大きさの違うホールが各階にある。私の講演は小ホールで行われ、入室すると100人の2年生から拍手が起こった。テーブル上にはプロジェクターがセットされ私の後ろには一畳以上もある大きなスクリーンがある。プロジェクターにパソコンを繋げば用意してきたCDから映像が映し出される仕組みだ。最近、教育に取り込まれ始めたデジタル技術をフルに活用できる設備が整っていた。
この学校では”総合学習”の時間を使って”働くこと・生きること”を考えさせるため、生徒をいくつかの職場に頼んで体験実習をさせて貰っている。その仕上げと言う意味で、私の中学生時代と現在を対比しながら、これからの日本を背負う中学生に”メッセ-ジ”を託すのが講演の趣旨だった。生徒たちは、IT機器を使って、私の作品”ウルトラセブン”を視聴し、ブログも読んでいたので、私についての予備知識は持っていた。Y先生、私のことを”スーパーおじいちゃん”と紹介したそうだ!この作品が放映されたのは昭和42年で、丁度子供達の親が生まれた時代と一致している。まずは、この時代を振り返るところから話を始めた。当時、日本は東京オリンピックを成功させ、世界一早い新幹線を運行・高度経済成長の真っ只中。国民の生活は豊かになったが、公害問題も深刻になった時期でもあった。それから40年、日本はアジアからただ一国、先進国の仲間入り。環境問題に国を挙げて取り組んだ結果、隅田川からヘドロの匂いが消え、多摩川に清流の魚が戻り、江戸前の海にアナゴも車エビも戻って来た。こうした事実を伝えることによって、一度汚してしまった自然を取り返す難しさと、かけがえの無い地球を守る先進国としての使命を生徒に伝えた。この年から更に22年さかのぼると、今から63年前ーー
コウエン2.jpg昭和20年・第二次世界大戦は、日本が始めての原爆被爆国となって終わりを告げた。私の家族は満州国で終戦を迎え、外地で食べ物もろくろく無い中を生き延び、運よく昭和21年に帰国できた。日本に居た人も戦後の混乱を乗り切るために大変な思いをしたに違いない。国内には、今だに原爆症に苦しむ人達がいるし、国外には、日本が大戦中に行った残虐行為を許そうとしない人達がいる。いつまでも癒える事の無いキズ跡を残す戦争を二度と起こしてはならない。唯一原爆被爆国であり敗戦国となった日本が、世界平和のために国を挙げて尽くしていくのは宿命のように思えてくる。目の前にいる子供達が”平和と核兵器禁止”に対して負う責任は重い。こうして最初の50分はアッと言う間に過ぎ、生徒たちは、私語を交わすことも無く、私の質問にも真面目に答えてくれた。事前に先生達が指導してくれたお陰もあるだろうが、私の目の前には、真剣に私の話を聞く中学二年生がいた。
サイン2.jpg15分の休憩中:私の周りに男の子が集まってきて、”総合学習”に使っているノートを差し出し、サインが欲しいと言う。私はとてもそんな柄ではないが、この学校が始めて外部から一般人の講師を呼んで話を聞かせた意味を考え、”私のサインを見て講演の内容を思い出してくれれば良いかっ”とサインに応じたが書いても書いてもノートが差し出される。顔を上げて見ると、男子ばかりでなく、女子も加わり、ほぼ全員が列を作って並んでいた!?!
休憩が終わり、私の中学時代の話に入った。昭和25年、私の家族はベニアの囲いの上にカワラを乗せただけの山小屋のようなバラックを建て両国に住んでいた。瓦礫の中で火災をまぬかれた4階建ての中学校は1・2階が教室で3・4階は家を焼け出された家族が住んでいたことや、経済的理由で普通高校に行けない同級生が昼間は働きながら夜間高校に通った話。どんなに貧しくても子供の教育に熱心だった両親。こうして”ナイナイづくし”の中で学ぶ事と我慢を知った私たちの世代が敗戦国日本を”働き病だ”と世界中から批判されながらも経済大国に育て上げていった。広大な農地も豊かな天然資源も持たない日本は、高学歴を持つ労働者が正確さと勤勉さを武器に精密な機械を作り出し世界市場を席巻した。正に日本の資源は日本人だったのです。人は磨けば磨くほどにその価値が上がり、天然資源のように使って無くなることも無い!だから家庭も学校も地域も協力して、大切な日本の資源・君達をより優れた人材に育てなければならないし、君達も今の状況に甘えることなく自分自身を磨かなければならない。君達が社会に出る頃、日本は先進国の一員として21世紀・アジアの時代をリードして行くことになるだろう。だからーーー君達は教育を通じて、日本人の良さを受け継ぎ、誇り持って21世紀を輝ける世紀にして欲しい。やがて、君達も親になる日がやって来る。自信を持って、子供に見せられる背中を持つ大人になるために、今を大切にして欲しい。子供は親の背中を見て育つのだからーーーー

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コメント

 「資源のない日本の資源はあなたたちなんです!今日,私はここにそれを言いに来ました!」「21世紀はアジアの時代。そしてアジアで唯一の先進国は日本。これからのアジアを引っ張っていくのは将来の日本を背負っていく君達なんだよ!」「まじめさがある,我慢ができる,これだけの資質を持っているのは日本人だけだ!」「先進国という恵まれた環境に生まれてきて,ここでがんばれなかったら発展途上国の人々に失礼だ!」「勉強嫌い,やりたくないことはしない,努力嫌い,大したことをしていない人間に何で高い給料を払いますか?」もう,人生のキーワードになるたくさんの素晴らしい言葉や“喝”を,ありがとうございました。
 あのような内容の講演会は我々職員も生徒たちも初めてです。子供たちは全く触れたことのない(ひょっとしたら一生触れないであろう)感性と言いましょうか,考え方に接することができ幸せです。
 安藤さんの言う『日本が世界の中で果たすべき役割』というものが,どれだけ彼らの心に浸透していくかは未知数ですが,某監督の言葉を借りれば,まさに『0と1は違うんだよ』ってとことでしょうかね(笑)。
 子供たちには難しかったかもしれませんが,これが良い種まきとなり,この子たちが幸せになり,将来素敵な大人になってくれること,素晴らしいお父さんお母さんになることを心から願っています。
 ありがとうございました。
 
 

職業体験学習の計画の中での講演ありがとうございました。子どもたちの考え方や未来に対する希望の持ち方に一石を投じるような内容であったと思います。「君たちが日本の資源なんだ」「日本に生まれたことを感謝しなければならない」「今の勉強を一生懸命に行うこと,今頑張れなければ将来は頑張れない」など心に響く内容でした。そして,安藤さん自身も10年ごとに目標を立て頑張ってきたことを知り,私も頑張ろうと言う気持ちになりました。安藤さんもご健康に留意し,スーパーな人生を送って下さい。言葉整いませんがお礼の言葉とします。ありがとうございました。

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