« 2008年10月 |メイン | 2008年12月 »

2008年11月22日

快傑ライオン丸:死を呼ぶ吸血怪人ゾンビー(写真をクリック⇒拡大)

シ・フキカエ1.jpg原作者・牛次郎のシナリオによる前回から分身魔王デボノバが出現、一段とパワーアップしたゴースン一味となった。今回は、これに吸血怪人ゾンビーが加わり、村人を襲っては血を吸い尽くし、この死体を隠れ家に運んで再生、ゾンビー軍団を増強して獅子丸の命を狙う話だった。冒頭から沙織、子助、獅子丸を襲う怪人ゾンビーと軍団。火の玉と戦うライオン丸と太刀回りの連続だ。獅子丸達が悲鳴を聞き、駆けつけてみると、吸血怪人ゾンビーに血を吸われた女の死体があった。沙織・子助が死体に花を供えていると辺りが急に暗くなり、土手下に身を隠して事の成り行きを見守っているとやがて元の明るさに戻り、ゾンビー達が死体を運んでいた。後をつけて行った三人は一味の隠れ家を発見。激しい太刀回りとなり、最後はライオン丸が吸血怪人ゾンビーを倒して次の戦いに向かうところで、この話は決着するがーーー
この回も獅子丸が左足首骨折で、動けない!それどころか何かに掴まっていなければ、立っていられない状態だった。ライオン丸役の俳優さんが吹き替えをしてくれていたが、激しい太刀回りは”吹き替え”がバレないようにカメラを引き(遠くから撮る)、本物はアップでおさえる。そこで苦肉の策として考え出したのが、刀をナメて(手前に刀だけを入れて)、移動しながらゾンビーを切りまくるカットだった。前回から愛用(?)している車椅子を使ったバストショットの移動撮影も使った。
シ・サオリ1.jpgシ・サオリ2.jpg色々な手を使ってはみたが、肝心の獅子丸が立っているのがヤットでは、アップで撮る”太刀回り”も限られ、作品全体の殺陣が単調になってしまう。やも得ず、沙織、子助の殺陣を工夫して、シナリオ以上に出番を増やした。勿論、ライオン丸の出番も少々長くした。こうして、どうにか最後の決戦場となるゾンビーの隠れ家にたどり着くまでは繋いできたが、家の中では獅子丸の顔が見えるフルショット(一人の全身が入る)の殺陣が欲しい。幸い家の中だから照明を落とし、獅子丸に見える筈の”吹き替え”を使ったフルショット(笑い)・長回しのカットを撮った。勿論、バレそうな所に”はめ込む”獅子丸のアップも数カット用意した。快傑ライオン丸は変身忍者もので、殺陣をを売り物する時代劇だから、それでなくてもカット数が多くなるのに、今回は”吹き替え”がバレないためのカットや、本来無用のアップが増えたので目まぐるしくカットを重ねる作品になった。
今、改めてDVDを見ると、正面から撮った本物の(?)獅子丸が動き出し、カットを変えて後ろから”吹き替え”が動き出す”つなぎ”に一寸不自然な場面もあるが、兎にも角にも”ライオン丸”らしく仕上げることは出来た。放映に間に合わせるのがテレビ映画の宿命とは言え、つらい思いも十分味わいました。はい!(笑い)
クロバック.jpgネガ.jpgそんな訳で今回はライオン丸の出番を増やし、増えれた分は当然”太刀回り”だから、吸血怪人ゾンビーとの決戦では、今までになかった黒バックで異次元空間を連想させたり、吸血怪人の足なめ(足の間からのカット)で目先を変えて撮ったり、ネガのカットを使ったりと変化をつけた。あの手この手の描写(笑い)で監督としては、獅子丸の怪我による撮影制限が作品に出ないように工夫した心算だったがーー撮影当時、考えてもいなかったDVDなるメデアが出現。この回を何回でも見られるようになった今、獅子丸の怪我を気づかせずに、このエピソードを見せ切ることが出来ているのだろうか?

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。


シ・フキカエ2.jpg安藤達己的独り言:当時でさえ、成城学園を基点に、時代劇を撮れる場所は多くなかった。電信柱と舗装道路が無くて、田んぼのある所はもっぱら柿生で、馬が走れば拝島か青梅だった。このエピソードに出てくる農家も柿生にあった廃屋で、撮影には都合が良かったけど、もうとっくに取り壊されているだろう。そうそう、田園都市線に沿った関東ロームの丘が宅地造成中で、茶色の絶壁があったり、雑草だらけの空き地があり、人も滅多に来なかったので剣戟には絶好の場所だったっけーー最近はバラエテー全盛で子供向けの時代劇は滅多にないけど、東京近郊で時代劇を撮影出来る場所はもう無いのかも知れないなぁー

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。

2008年11月16日

今時・中学二年生(写真をクリック⇒拡大)

マ・ゲンカン.jpg東京駅から総武線で一時間:千葉県は太平洋を遥かに望む高台にやってきた。かつての城跡だそうだ。見たところ設備が整った病院にしか見えないがこれが校舎だった。轟音に驚いて空を見上げるとジェット機が学校の真上を成田空港に向かって飛んでゆく。赤いサルビアの植え込みを眺めながら、広々と明るい玄関を入る。スリッパに履き替えると正面に校長室があり右手に職員室が見えた。校長室で今日の講演内容のコピーと写真が入ったCDを担当のY先生に渡した。それにしてもこの部屋は広い!ここで職員会議が開ける程の大きさだ。天井も高いし、窓が大きくて明るい!想像していた田舎の中学と言う、古ぼけたイメージからあまりにもかけ離れていた。聞いてみると、この建物は将来の少子化に対応して、病院や老人ホームに転用できる設計になっているそうだ。その上、成田に向かう旅客機の航路になっているから、校舎は助成金を使って完全な防音装置が施されている。
ウンドウジョウ.jpg 手入れの行き届いた広い校庭も圧巻だが、4階建てなのにエレベーターがあり、講堂とは別に大きさの違うホールが各階にある。私の講演は小ホールで行われ、入室すると100人の2年生から拍手が起こった。テーブル上にはプロジェクターがセットされ私の後ろには一畳以上もある大きなスクリーンがある。プロジェクターにパソコンを繋げば用意してきたCDから映像が映し出される仕組みだ。最近、教育に取り込まれ始めたデジタル技術をフルに活用できる設備が整っていた。
この学校では”総合学習”の時間を使って”働くこと・生きること”を考えさせるため、生徒をいくつかの職場に頼んで体験実習をさせて貰っている。その仕上げと言う意味で、私の中学生時代と現在を対比しながら、これからの日本を背負う中学生に”メッセ-ジ”を託すのが講演の趣旨だった。生徒たちは、IT機器を使って、私の作品”ウルトラセブン”を視聴し、ブログも読んでいたので、私についての予備知識は持っていた。Y先生、私のことを”スーパーおじいちゃん”と紹介したそうだ!この作品が放映されたのは昭和42年で、丁度子供達の親が生まれた時代と一致している。まずは、この時代を振り返るところから話を始めた。当時、日本は東京オリンピックを成功させ、世界一早い新幹線を運行・高度経済成長の真っ只中。国民の生活は豊かになったが、公害問題も深刻になった時期でもあった。それから40年、日本はアジアからただ一国、先進国の仲間入り。環境問題に国を挙げて取り組んだ結果、隅田川からヘドロの匂いが消え、多摩川に清流の魚が戻り、江戸前の海にアナゴも車エビも戻って来た。こうした事実を伝えることによって、一度汚してしまった自然を取り返す難しさと、かけがえの無い地球を守る先進国としての使命を生徒に伝えた。この年から更に22年さかのぼると、今から63年前ーー
コウエン2.jpg昭和20年・第二次世界大戦は、日本が始めての原爆被爆国となって終わりを告げた。私の家族は満州国で終戦を迎え、外地で食べ物もろくろく無い中を生き延び、運よく昭和21年に帰国できた。日本に居た人も戦後の混乱を乗り切るために大変な思いをしたに違いない。国内には、今だに原爆症に苦しむ人達がいるし、国外には、日本が大戦中に行った残虐行為を許そうとしない人達がいる。いつまでも癒える事の無いキズ跡を残す戦争を二度と起こしてはならない。唯一原爆被爆国であり敗戦国となった日本が、世界平和のために国を挙げて尽くしていくのは宿命のように思えてくる。目の前にいる子供達が”平和と核兵器禁止”に対して負う責任は重い。こうして最初の50分はアッと言う間に過ぎ、生徒たちは、私語を交わすことも無く、私の質問にも真面目に答えてくれた。事前に先生達が指導してくれたお陰もあるだろうが、私の目の前には、真剣に私の話を聞く中学二年生がいた。
サイン2.jpg15分の休憩中:私の周りに男の子が集まってきて、”総合学習”に使っているノートを差し出し、サインが欲しいと言う。私はとてもそんな柄ではないが、この学校が始めて外部から一般人の講師を呼んで話を聞かせた意味を考え、”私のサインを見て講演の内容を思い出してくれれば良いかっ”とサインに応じたが書いても書いてもノートが差し出される。顔を上げて見ると、男子ばかりでなく、女子も加わり、ほぼ全員が列を作って並んでいた!?!
休憩が終わり、私の中学時代の話に入った。昭和25年、私の家族はベニアの囲いの上にカワラを乗せただけの山小屋のようなバラックを建て両国に住んでいた。瓦礫の中で火災をまぬかれた4階建ての中学校は1・2階が教室で3・4階は家を焼け出された家族が住んでいたことや、経済的理由で普通高校に行けない同級生が昼間は働きながら夜間高校に通った話。どんなに貧しくても子供の教育に熱心だった両親。こうして”ナイナイづくし”の中で学ぶ事と我慢を知った私たちの世代が敗戦国日本を”働き病だ”と世界中から批判されながらも経済大国に育て上げていった。広大な農地も豊かな天然資源も持たない日本は、高学歴を持つ労働者が正確さと勤勉さを武器に精密な機械を作り出し世界市場を席巻した。正に日本の資源は日本人だったのです。人は磨けば磨くほどにその価値が上がり、天然資源のように使って無くなることも無い!だから家庭も学校も地域も協力して、大切な日本の資源・君達をより優れた人材に育てなければならないし、君達も今の状況に甘えることなく自分自身を磨かなければならない。君達が社会に出る頃、日本は先進国の一員として21世紀・アジアの時代をリードして行くことになるだろう。だからーーー君達は教育を通じて、日本人の良さを受け継ぎ、誇り持って21世紀を輝ける世紀にして欲しい。やがて、君達も親になる日がやって来る。自信を持って、子供に見せられる背中を持つ大人になるために、今を大切にして欲しい。子供は親の背中を見て育つのだからーーーー

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。

2008年11月09日

小諸旅情(写真をクリック⇒拡大)

ウエノエキ1.jpgシンカンセン.jpg小諸に出かけようってんで、上野駅にやって来たいっ。構内はグーンと明るくなって、一昔前ぇのような、”くすんじゃ”いるが歴史を感じさせる趣は無ぇ。今、流行の駅中商店街だって、こざっぱりとしたもんよ。改札を通って上越新幹線とやらのホームを探すが、これが地下も地下、一番下の階だった。一体、地上から何十メーター下ったんだろう?東京発の列車が入ってきた。スマートなもんよ。見るからに早そうで格好が良いやね。”鉄男””鉄子”なぁーんて呼ばれる鉄道オタクが居るそうだが、分かるような気がするなぁー。これに乗りゃ、2時間足らずで軽井沢に到着。しなの鉄道なるローカル線に乗り換えて20分もすりゃぁ小諸だぁーな。紅葉にゃー、ちょいと早いが、折角、誘ってくれたんだ。と、やって来たが外は雨。構うこっちゃねぇ。こちとら”張子の虎”じゃねぇーんだ。時は、新そばのシーズン、先ずは歴史を感じさせるそば屋に立ち寄った。
チョウジヤ2.jpgチョウジヤ3.jpg信州信濃のソバよりもっとくらぁー。中に入いりゃ、ちょうちんがぶら下がり、太いハリがあって、なかなかの雰囲気よ。そば好きは盛りそばと冷で一杯と相場は決まってらぁな。”つき出し”に出てきたのが、そば味噌そばの実・もろみよ。これが酒飲みにゃ、堪えられねぇ。日本酒ってぇのはちょいと”しょっぺぇ”ものとの相性が良い。信濃の酒は福井の酒にゃ敵わねぇが、地元のつまみで飲みゃ、それなりに旨ぇ。そばを平らげて腹も収まったたところで、この”つき出し”を少しばかり、譲っていただいて、島崎藤村ゆかりの宿・中棚荘へ向かう。小諸の歴史をさかのぼりゃ、武田信玄、山本勘助の時代まで行き着くんだとよ。歴史が好きな向きにゃ、違った見方もあるだろうが、あっしにゃ”千曲川旅情の詩”の方がピンと来らぁな。タクシーを拾って10分も乗ればその中棚荘に到着よ。
ナカダナイリゴチ.jpgナカロウカ.jpg小雨の中、しっとりと佇む日本建築:これがその宿よ。こんな風情も悪かねぇ。玄関で女将の出迎えを受けるってぇと、部屋に案内された。廊下のここかしこに、年代もののタンスがあったり、野草がさりげなく活けられていて、年を経た建物と調和が取れていた。聞いてみりゃぁ、女将が毎日のように野草を摘んじゃ活けるってぇじゃねか、粋な計らいよなぁ。部屋数も30前後で決して大きな旅館じゃねぇが、温泉の良さと、落ち着いた雰囲気のせいで中高年の家族連れが多い。離れの”はりこし亭”で夕食を摂ったあと、部屋に戻って寝酒をチビチビ。寝る前にもう一度と、外階段を上がって大風呂に到着。誰も居ない湯船にゆっくり浸って、この宿を愛した文人に思いをめぐらせ、すっかり文化人に成り切った錯覚に陥った(笑い)ところで夢路についた。

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。


オバマ.jpg安藤達己的毒舌:アメリカ建国以来、初めての黒人大統領・民主党・オバマが誕生した。”まさか”が”まさか”じゃ無くなったってぇこった。それも共和党候補・マケインに倍以上の大差をつけてだからさ。共和党政権の失政が、ここに来て爆発!アメリカ発の経済危機が世界を震撼させてらぁ。こんな情勢を打開して欲しいと言う期待が肌の色を超えてオバマに集まった。しかし、冷静に考えてみねぇー、今の情勢を一気に変えるなんざぁ誰にも出来っこねぇ!それを見透かしたように世界中の株価は乱高下してらぁーな。過度の期待が過度の落胆を生んで不幸な結末を招かないように願うしかねぇ!なんたって、アメリカが”こけりゃ”世界中”こける”んだからよう。一方の日本はってぇと、年末を控えて、じゃない総選挙を控えて、あの手この手と人気取り政策を打ち出してきたぁな。中小企業への”貸し渋り”を抑える手立てだの、ついには一人当たり12000円、小遣いを呉れるだのーーーだがよ、待ってくんねぇ。肝心の税金無駄遣いはどうなってんだいっ!国家予算、特別会計を含むと年間220兆円。ある評論家は無駄が50兆もあるって言ってるじゃねぇか。第一、ここ50年以上、各省庁に配分される予算の比率が変って無いのはどうゆうこったい。どこの家計だって、その時々で使うお金の配分が変るだろうがーーーこれを見たって、税金の使い方を決めてるのは役人だってことが良~く分かる。小手先の人気取りじゃなく、福祉を充実させて、国民が感じている将来の不安を取り除けば日本経済は上向くんじゃねぇかい。次の選挙ではどの党が本気で予算配分を変え、国民のための政治をしてくれるのか?そこはきっちり見極めようじゃねぇか。国民だっていつまでも騙されちゃいませんぞ!

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。

2008年11月02日

ダヴァオ紀行:その34 パブリックマーケット(写真をクリック⇒拡大)

ザッカ.jpgパブリックマーケットでは肉・魚・野菜・乾物・花、生活に必要なものは何でも売っている。卸専門と言うわけではなく、個人も買出しに来ている。市内には小綺麗で巨大なスーパーマーケットも沢山あるが、値段はパブリックマーケットの方が格段に安い。さすがに100万人の胃袋を賄っている市場だけあって中は野球場ほどの広さがあり、商品ごとに売り場が仕切られている。外は築地の場外市場を連想させるような露天が並び、車と人の多さは、まるでラッシュアワーのようだ。タクシーを拾ってやって来たが市場に近づくと、車が動かない。仕方が無いから200メートルも手前で降りて、暑い中をテクテク歩いて来たが、まずはその活気に圧倒される。歩道は雑貨と服を売る屋台が占拠していて、人がやっと歩ける幅しか空いてない。
クダモノ.jpgコメ.jpg果物の町・ダヴァオらしく、熱帯特産のフルーツが、にわか作りのようなお店に、うず高く積み上げられている。この暑い中で直射日光を浴びている果物や、日陰でもすぐに萎れ始める野菜を見ると心配になるが、買う方はそんなことにお構いなしだ!主食の米も大半が輸入品で、細長いの(インデカ米)や丸いの(ジャポニカ米)が何種類も売られている。値段も1キロ20ペソ~50ペソと開きがあるが、日本米のように500円(250ペソ)なんて云う種類はない。それはそうだ、そんな値段で米を買える人なんてここには居ない。魚売り場では、海の魚も淡水の魚も同じ売り場に並び、店のおばさんが、せっせとヒモノらしき物を作っていた。
ブタニク.jpg肉売り場の主役はブタ肉だ。ブタの種類が違うのか日本のものより小さくて、精肉にされるのは50キロ程度のブタだ。私もチャーシューを作ろうと1キロ位のブロック肉を買って、背アブラをそぎ落とし、出来上がったら、これがコラーゲンだった。肉は引き締まっていて、これは美味しい。それに比べると牛肉の方はいま一つだ!シチューを作ろうとバラ肉を買って、更に小さく切って煮ること2時間。アクは驚くほど出たが、ちっとも柔らかくならない。一切れ味見してみたが硬くて歯がたたない--私の歯のせいではありませんぞ(笑い)。ステーキハウスでオーストラリア・アメリカ・地元牛の三種類を頼んでみたが、地元の牛は固くて噛むのが大変だった。友人に聞いてみると、放し飼いに近い牛一頭の値段が10万円以下だと!それじゃーしょうがないっか。
ニワトリ.jpgニワトリとアヒルが生きたまま売られているのには一寸驚いた!勿論、肉になっているのもあるが、生きたまま買えば、食べる時にツブセば良いから腐る心配は無い?!ここダヴァオでは、生きたニワトリをサバクのなんか普通の作業だ。売られているのはビサヤンチキンと呼ばれる地鶏で、養鶏所で飼われているのではなく、農家で飼われている。出荷される若鶏はスリムで2キロもない。放し飼いだから、自分でエサを探し、危険が迫れば矢のように飛んで逃げる。だから運動は十分過ぎるほどしている(笑い)。余分な脂肪が付いていないモモ肉はブロイラーの半分くらいのボリュームだが、筋肉質で味も歯ごたえも最高だ。日本のキジやヤマドリを少し柔らかくした感じで、このトリを一度、口にすると、やみ付きになる。私もダヴァオをへ行く度に、このトリを食べるためにバーベキュー(胸半分と手羽1本・モモ肉一本がそれぞれ一人前で、日本のように小さなトリ肉をクシに刺したのとは違う)通いをする。ダヴァオのヤキトリが無性に恋しくなってきた。そんなわけで、今回は日本と一味違う熱帯地方の”卸売り市場”風景を紹介してみました。

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。


ダヴァオの誰とは言えないけれど:日本の商社でマグロの買い付けをしていたM氏、美人のフィリッピン人と結婚。ダヴァオでの生活が始まり、早速、M氏は計画通りマグロの仲買いを始めた。市場ではマグロの肉質によってA・Bランクに分けられていて、値段は3倍以上も違う。最初は自分の目で確かめて、仕入れから販売までこなしていたが、事業が拡大するにつれて奥さんの親類を雇うことになった。M氏は従業員が親戚だから、すっかり信用して仕事を任せたところ、利益が上がるどころか毎月、赤字になってきた。驚いたM氏がチェックしてみると、Aランクで仕入れた筈のマグロが売り物にならないほどひどいBランク!問い詰めると、漁師と親戚の仕入れ係りが共謀して肉質を偽装。M氏から大金を引き出していた。更に、別の漁師には、とっくに払った筈の金が渡っていない!無性に腹が立ったが、そこは日本男子。M氏は奥さんの親類が仕出かした詐欺行為をすべて清算。一文なしになって、一日200ペソでバナナ農園の過酷な労働に耐える身となった。その後、日本からの送金が届き、奥さんとの離婚も成立。今は、ささやかなお店を開き、現地女性と再婚して平穏な日々を送っている。それでも、どういう訳か、前妻とは今も友人として普通に付き合いが続いているそうだーーーさすが男の中の男!太っ腹ですなぁーM氏は。

にほんブログ村 映画ブログ 映画監督・映画俳優へブログランキングへ左のバナーをクリック:お願いします。