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ダヴァオ紀行:その33 働く水牛(写真をクリック⇒拡大)

カ・コメ.jpgダヴァオだって大都会?水田を見たいとなれば、かなり遠出になる。ダウンタウンを出発して1時間半、ガソリンが少なくなっているからスタンドに寄る。運転手は給油係りと二言三言、今度も給油をせずに走り始めた。どうしたのか聞いてみると、ガソリンが無いと言う。”エッこの車ハイオク?”:”勿論レギュラーさ”:そりゃそうだろう、10年以上前のホンダ1600CCで、日本なら立派な?鉄くずだ。で、”ナッ何で?”:この辺まで来ると、ジーゼル車ばかりで(ジーゼル用軽油はガソリンより1リッター5ペソも安い)、ガソリンは売れないそうだ。売れないものは置いてない、”なぁ~るほど と納得”。取り敢えず、ガス欠の心配は無さそうだから、少し先まで行ってみると椰子に囲まれた青々とした水田が広がっていた。世界一広い面積を持つダヴァオ市だから、ここも市内かも知れないが--折角、田んぼがある所までやってきたんだ。農家を覗いてみたいと、横道にそれて見た。
ブタ、トリ、アヒルー2.jpgバイクー5ニン.jpg小川なのか用水なのか?分からないが、近所で飼われているブタが紐で繋がれてエサを食べていた。残飯で育てられるブタは、イザと言う時の大切な換金動物で、大概の農家が飼っている。飼い主不明のアヒル・ニワトリに子犬まで、勝手に洗面器の中をあさっていた。そんな具合で、ブタのエサはアッと言う間に無くなった。ここに熱帯地方で、良く見かける水牛でも居てくれたら、まるで絵ハガキだ。と、思ったらどうしても”働く水牛の姿を見たくなった。”が、知り合いの農家があるわけじゃなし、最近では農業も機械化されて、水牛を農耕に使う農家はめっきり少なくなったそうだ。それでも小さなココナッツ農園でヤシの実を積んだソリを引いている水牛はいるんだとか--ここは、無いものネダリと諦めて、舗装されてない道を幹線道路に戻り始めると”とんでもない光景に出っくわした。””なぁ~んと”5人も乗っているバイクが細いデコボコ道をノロノロと走ってきた。車を止めて見ていると、そこは愛想の良いフィリッピン人らしく、クラクションを鳴らしながら、こちらへやってくる。どう見ても125CCのバイクだ。なぁ~るほど、後ろの荷台が異常に長い(ここに3人とガソリンタンクの上に1人・運転手を合わせて5人)。こんな辺鄙な所では、ジープニーもトライシクルも走っていないからバイクは大切な交通手段だ。5人も乗れば、馬力が無いからスピードは出ないが、そんなことには無頓着。歩くよりはズッとましなんだから!
カラバオー2.jpg幹線道路に戻り帰途についた。15分も経っただろうか、道路際の小さな農地を耕している農民一家と”働く水牛”に出っくわした!ラッキー・車を飛び降りてカメラを構える。おやじさんは、水牛が引くスキが浮き上がらないように押さえつけ、子供は、わめきながら後をついて歩く。奥さんは耕した土から雑草を抜いていた。どんな虫が掘り起こされるのか、小鳥が集まり、雑草だらけの土の中に嘴を突っ込んでいた。なんとも”のんびりした田園風景”が広がる。カメラを片手に水牛に近づくと、鼻息がすごい。肩から腹にかけて汗もかいている。ここには、まだ家族と動物が協力しながら生きている農村の姿が残っていた。

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安藤達己的独り言:終戦直後(昭和22・3年頃)。私は少年時代を房総半島で過ごしていたが、大抵の農家には荷役用の牛か馬がいた。親類の農家ではブタやタマゴが欲しいからニワトリまで飼っていた。当時、タマゴの値段が15円位、(今の300円以上になるんだろう)運動会や遠足の日以外、滅多に口に出来ない高級品だった。各家庭に電気製品など無く、お米だって”配給”されるほど不足していたが、近所の人は勝手に縁側に座り込み、漬物とお茶で世間話をし、野菜が足りなければ、隣から貰い。貧しいからって、惨めに感じていたわけでもない。近所同士が助け合いながら生きていたから、一人暮らしの老人なんて滅多にいなかった。ましてや老人の孤独死なんてあり得なかった。あれから60年、どこの店にも商品が溢れ、殆どの家庭が電気製品と自家用車を持っている。
でも、私たちの生活は本当に豊かになったのだろうか?今日も、無職の若者が老人を騙す”振り込め詐欺”の記事と家庭内殺人事件が新聞紙面を飾っていた。

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コメント

そういえば今月後半から、またダヴァオへ行かれる予定でしたと記憶しています。
体調に気をつけて、また面白いお話をお持ち帰りください!
お待ちしております。

この記事を読んで何となくですが4年前に亡くなったGの祖母が生前に話した今まで出一番怖かった話を思い出しました。太平洋戦争中、福島の、昔風に言えば相馬中村藩10万石の領内に住んでいた祖母は畑から帰る道で1機のB29に遭遇してしまったそうです。だだっ広い畑道に自分1人で素人目にも機銃が届く距離だったので運よく近くに1つの岩があるのを見つけ隠れて難を逃れ助かったそうです。ちなみにそのB29は釜石方面をその後に空襲したそうです。こういう話をしてくれる方って本当に貴重だと最近思うGです。

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