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2008年10月26日

べったら市(写真をクリック⇒拡大)

タカラエビス.jpg地下鉄・小伝馬町で降りて、”べったら市”の旗が並ぶ歩道を進めば、左手に参道入り口の横断幕が目にへぇったぁな。左に折れるってぇと、細い道の両っかしは屋台で埋め尽くされてらいっ。折角だから、ご本尊・宝田恵比寿神社に手を合わせようと10分程歩くと、急に屋台が無くなったぁな。周りを見渡したが神社なんざぁ、見当たらねぇ。仕方がねぇから、来た道を引き返ぇしてきたら、あったよ!間口が3間程(6m位)、間口一杯の鳥居があって、その下が賽銭箱よ。奥行きわってぇと5間もあるかどうか--暗くて良く見えねぇが”えびす様”が祭ってあって、ロウソクが燈ってたぁな。ビルに囲まれている上に、あまりに、こじんまりし過ぎてて、通り過ぎちゃったい(笑い)!それでも、この不景気風を吹き飛ばそうと、”苦しいときの神頼み”、お参りの人が列をなしてたなぁ。今時の人は知るめぇが、江戸時代にゃ商家で”えびす講”なる慣わしがあったのよ。10月は神無月と言われるように、八百よろずの神は出雲大社に集まり重要会談をやらかすってんで、どこの神様も留守になるが(笑い)、何故か”えびす様”だけが普段の場所に居なさる。そこで、商人や漁師は”えびす様”に商売繁盛を願って”えびす講”を開くってぇわけだ。大店じゃ、日頃の感謝を込めて店の者とご贔屓さまを集め、ご馳走を振る舞う。と、こう言うこった。そして”えびす講”に必要なものを売る商人が、日本橋に集まって来たのが”べったら市”の始まりよ。
ベ・ベッタラ2.jpgベ・ベッタラ1.jpg誰が持ち込んだか、麹と水あめで漬けた甘い大根を売るってぇと、これが売れに売れて、みるみる、この市の目玉商品になったんだとよ。江戸時代のこった、いなせなアンちゃん達が、大根をしごきながら、威勢よく売ったんだろうよ。このタレが飛んで着物に”べったり”付きゃ、簡単にゃ落ちねぇ。それでこの大根が”べったら”と呼ばれるようになったんだと。最近とくりゃ、季節に関係なく、モチも数の子もカツオも店頭に並ぶ。”べったら”だってスーパーに行きゃ年中売ってらぁ。年に一度だった行事もどんどん色あせて行くなぁー。でもよ、流石に伝統ある”市”だぁーな。宮内庁御用達の”べったら屋”さんもあった。
ベ・タイ.jpg驚いたのは屋台よ!縁日にゃつき物の、七味唐辛子・焼きソバ・つくだ煮屋・に混じって、流行のエスニックブームのせいか、どこぞのドネルケバブ・タイラーメン・チャプチュなる韓国ソバの屋台まで軒を連ねてたいっ。日本に住む外国人が多くなったせいだろうが、これからの縁日は益々(あっしにゃ、ちょいと寂しいが)、様変わりして国際色豊かになって行くんだろうな。

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安藤達己的独り言:短命内閣三代目が発足した。長くたって、任期はあと一年。施政方針演説が終わりゃ総選挙だろうと思っていたが、アメリカ発の金融危機が世界中に飛び火。当面の景気対策として補正予算、インド洋の給油継続、年金問題と、なかなか解散・総選挙に踏み切れない。選挙をやれば勝てそうにない与党に取っちゃ、都合の良い時間稼ぎだろう。そして先週、世界中の株が暴落。円が独歩高で$に対して20円以上、ユーロに対してだって50円も上がっている。これが日本経済に与える影響は予測を超えるだろう。今年は、原油が非常識なほど値上がりし、食料、鉄、石炭が後を追った。ところが投機資金なる怪物が方向を変えた途端、価格は暴落、今や原油だって半値以下だ。誰もコントロール出来なくなった巨大な資金は、次の利益を求めて投資先を探し、世界中にキズ跡を残してゆく。この怪物を退治出来なければ世界経済の安定は望めない。先進国が求めてきた市場主義とグローバリゼイションの結果が、暗い影を落としているとしたら、世界が協力して投機資金を運用するルールを作るべき時に来ていると思うのだがーーーー

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2008年10月19日

ダヴァオ紀行:その33 働く水牛(写真をクリック⇒拡大)

カ・コメ.jpgダヴァオだって大都会?水田を見たいとなれば、かなり遠出になる。ダウンタウンを出発して1時間半、ガソリンが少なくなっているからスタンドに寄る。運転手は給油係りと二言三言、今度も給油をせずに走り始めた。どうしたのか聞いてみると、ガソリンが無いと言う。”エッこの車ハイオク?”:”勿論レギュラーさ”:そりゃそうだろう、10年以上前のホンダ1600CCで、日本なら立派な?鉄くずだ。で、”ナッ何で?”:この辺まで来ると、ジーゼル車ばかりで(ジーゼル用軽油はガソリンより1リッター5ペソも安い)、ガソリンは売れないそうだ。売れないものは置いてない、”なぁ~るほど と納得”。取り敢えず、ガス欠の心配は無さそうだから、少し先まで行ってみると椰子に囲まれた青々とした水田が広がっていた。世界一広い面積を持つダヴァオ市だから、ここも市内かも知れないが--折角、田んぼがある所までやってきたんだ。農家を覗いてみたいと、横道にそれて見た。
ブタ、トリ、アヒルー2.jpgバイクー5ニン.jpg小川なのか用水なのか?分からないが、近所で飼われているブタが紐で繋がれてエサを食べていた。残飯で育てられるブタは、イザと言う時の大切な換金動物で、大概の農家が飼っている。飼い主不明のアヒル・ニワトリに子犬まで、勝手に洗面器の中をあさっていた。そんな具合で、ブタのエサはアッと言う間に無くなった。ここに熱帯地方で、良く見かける水牛でも居てくれたら、まるで絵ハガキだ。と、思ったらどうしても”働く水牛の姿を見たくなった。”が、知り合いの農家があるわけじゃなし、最近では農業も機械化されて、水牛を農耕に使う農家はめっきり少なくなったそうだ。それでも小さなココナッツ農園でヤシの実を積んだソリを引いている水牛はいるんだとか--ここは、無いものネダリと諦めて、舗装されてない道を幹線道路に戻り始めると”とんでもない光景に出っくわした。””なぁ~んと”5人も乗っているバイクが細いデコボコ道をノロノロと走ってきた。車を止めて見ていると、そこは愛想の良いフィリッピン人らしく、クラクションを鳴らしながら、こちらへやってくる。どう見ても125CCのバイクだ。なぁ~るほど、後ろの荷台が異常に長い(ここに3人とガソリンタンクの上に1人・運転手を合わせて5人)。こんな辺鄙な所では、ジープニーもトライシクルも走っていないからバイクは大切な交通手段だ。5人も乗れば、馬力が無いからスピードは出ないが、そんなことには無頓着。歩くよりはズッとましなんだから!
カラバオー2.jpg幹線道路に戻り帰途についた。15分も経っただろうか、道路際の小さな農地を耕している農民一家と”働く水牛”に出っくわした!ラッキー・車を飛び降りてカメラを構える。おやじさんは、水牛が引くスキが浮き上がらないように押さえつけ、子供は、わめきながら後をついて歩く。奥さんは耕した土から雑草を抜いていた。どんな虫が掘り起こされるのか、小鳥が集まり、雑草だらけの土の中に嘴を突っ込んでいた。なんとも”のんびりした田園風景”が広がる。カメラを片手に水牛に近づくと、鼻息がすごい。肩から腹にかけて汗もかいている。ここには、まだ家族と動物が協力しながら生きている農村の姿が残っていた。

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安藤達己的独り言:終戦直後(昭和22・3年頃)。私は少年時代を房総半島で過ごしていたが、大抵の農家には荷役用の牛か馬がいた。親類の農家ではブタやタマゴが欲しいからニワトリまで飼っていた。当時、タマゴの値段が15円位、(今の300円以上になるんだろう)運動会や遠足の日以外、滅多に口に出来ない高級品だった。各家庭に電気製品など無く、お米だって”配給”されるほど不足していたが、近所の人は勝手に縁側に座り込み、漬物とお茶で世間話をし、野菜が足りなければ、隣から貰い。貧しいからって、惨めに感じていたわけでもない。近所同士が助け合いながら生きていたから、一人暮らしの老人なんて滅多にいなかった。ましてや老人の孤独死なんてあり得なかった。あれから60年、どこの店にも商品が溢れ、殆どの家庭が電気製品と自家用車を持っている。
でも、私たちの生活は本当に豊かになったのだろうか?今日も、無職の若者が老人を騙す”振り込め詐欺”の記事と家庭内殺人事件が新聞紙面を飾っていた。

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2008年10月12日

ウルトラセブン:蘇る”あなたはだぁれ?”(写真をクリック⇒拡大)

dvdタイトル.jpgこの作品で監督デビューとなった。それまで特撮と無縁だった私が、ひょんなことから円谷プロで働くことになり、ウルトラセブンも終わりに近づいた頃、第一回監督作品の話が持ち上がった。脚本は、若手の有望株・上原正三で、当時、雨後の竹の子のように建設されたマンモス団地を侵略者フック星人が夜の間だけ占拠。昼間は普通の団地だが真夜中になると地下に建設された侵略者の団地と入れ替わり、地球侵略を狙って活動を始めると言う話だった。団地の持つ均一で無機質なよそよそしさと近所付き合いが殆ど無い人間関係を、どう侵略者と結び付ければ良いのか?単に、正義の味方ウルトラセブン対地球侵略を狙うフック星人との勧善懲悪物語にはしたくなかった。
40.jpg41.jpg核家族化がどんどん進み、人間関係が希薄になって行く中で、ウサギ小屋と呼ばれても家族だけで住める団地が人気を集め、嫁・姑の確執など無縁な生活が始まっていた。でも、ある日突然、幸福だった筈の家族が分散したり、親友だと思い込んでいた友人が去って行ったらーーーー私たちは、そんな潜在的な恐怖の中で生きていたのではないだろうか?”この怖さを描けなかったらこの作品の意味は半減してしまう。”と私は思った。だから団地の持つ他人行儀で冷たいイメージを伝えるために映像は出来るだけモノトーンで、陰影を強く出した。登場する団地住人の役は、人間として生活しているシーンとフック星人が化けているシーンがあり、ちょっと複雑な二役をこなしてもらわなければならない。一見して、それと分かる、ありきたりの演技では困る。この辺が配役の難しいところだった。まずは円谷作品の常連?だった小林昭二さんが決まり、三条美紀、大山デブ子、銀座プロ以来の仲間、松本敏男と芝居上手な俳優さんが揃い、これは解決出来た。問題はロケ地のナイトシーンだった。フック星人は夜になると活動する侵略者だから、当然、団地の夜間撮影が多く、時間の制約・ゼネレイターの騒音問題と、苦労は耐えない。苦手の合成作業も無事に乗り越え、第一回監督作品は仕上がったーーー
05.jpg初放映から40年:この作品をフィギャーを使った写真にあらすじを添えてネット上で再現したいと言うウルトラファンが現れた。だが”あなたはだぁれ?”が持つイメージを動画ではなく、写真で再現するのは容易じゃない。撮りたい写真に適したフック星人を手に入れ(これが一番の難題だったらしい)、思い通りの写真が撮たら、必要に応じて合成作業を行う。写真が全て完成するまでにBirdさんを始め何人の人達が協力したのだろうか?更に、安藤達己の人間像と今に迫りたいと、この人物は遠方から私に会いにやって来た。その時のインタビューを絡めながら、今、このサイトで(光の国から愛をこめて: http://ameblo.jp/ultra-taiga/)蘇った”あなたはだぁれ?”がアップロードされている。
”光の国から愛をこめて”のサイトは突然、閉鎖されました。平成21年(2009年)7月 安藤達己

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安藤達己的独り言:この作品の舞台になった多摩プラザ団地だけでなく、東京近郊の田んぼや山林が開発され、それこそ何も無い所に、忽然と団地や整地された分譲地が姿を現した。アパートに住む人が当たり前のように2年毎に権利金を取られるのに比べ、団地は家賃も安いし、権利金の問題もなかったので入居を希望する人が殺到、入居者は毎回、抽選で決められて宝くじのようだった。だから当時、団地の申し込みを代行してくれる業者さえあった。当選した人達?の入居が始ると、それまでガランとしていた空き地で、アカ抜けた若い奥さんはセリを摘み、ベランダには花が咲き、華やかで幸せそうな雰囲気が広がっていた。年の経過と共に多くの住人達は、団地住まいを卒業、マイホームを手に入れて去って行ったが、団地に住み続けている人達もいる。あれから40年、多くの団地は老朽化、住人は老齢化して、建て替えは進んでいるが、家賃が高くなって行き場を失う人も出てきた。団地にはもう、あの頃の華やいだ雰囲気はないーーーー
そうそう有名な3億円事件が起きたのもこの頃で(昭和43年)、白バイ・警官の服・発炎筒・とまるでドラマを見るような犯罪で、事件の起きた府中付近から遠くなかった映画会社は刑事さんの訪問を受けたっけーーー事件は結局、迷宮入り。それから間もなく(昭和45年)、まだ円谷プロで仕事をしている頃に三島由紀夫の自決があった。”あなたはだぁれ?”はこんな時代に放映された作品だった。

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2008年10月05日

ダヴァオ紀行:その32”これボーリング?”(写真をクリック⇒拡大)

アレー.jpgドーバー・メガレーン:夕食も終わったところで、”今日はちょいと涼しいし、ボーリングでもするか”とやって来たのがこのレーン。繁華街から外れたビルの薄暗い階段を上がると、左手に”玉突き台”があって、その向こうのレーンで2・3組のグループがボーリングを楽しんでいた。メガと言うから、広いのかと思えば、さにあらず。レーン数も10位だったかなぁ?中も、日本の明る過ぎる?ボーリング場と違って、やっぱり薄暗い。受付に行って、スコアカードを貰ってきたが、なんだか立っているピンも小さく見えるし、投げるボールも見当たらない!?この女性、履いてきたサンダルのまま、ソフトボールの様な丸いものをアプローチの横から取り上げると、いきなりピンに向かって転がしたというより、ぶん投げたが、隅の何本かを倒しただけだった。すぐに2投目を投げるが、荒れ果てた床で、ボールが向きを変えると、あえなくガーター。続いて3投目を投げた。”待ってくれよ。2フレーム目じゃないのかい?”いやはや!このボーリング・1フレームで3回投げられる。どうやってスコアーを取るのか見当もつかない。途方にくれた(笑い)私を見て、どこからともなく現れた男女2人がすぐにスコアーを付け始めた。
スコアー.jpgボール.jpg私の番だと、合図されたからレーンに上がり、ボールを取り上げた。指を入れる穴なんて空いてない。まぁー、ソフトボールを転がす要領で、ヘッドピンに向かって投げて、じゃない、転がしてみた。ささくれだったレーンをあやふげに転がったボールは、見事ヘッドピンに当ったが左の3本が残ってしまった。あと2投あるから、スペアーは取れるだろうと甘く考えたが、そうは行かない。兎に角、ボールが素直に進んでくれない!微妙なレーンの傷と凹凸で方向が変り、見事なオープンフレームとあいなった。スコアは当然7だ。このままいけば、オールオープンフレームでスコアーは80に届くかどうか?----靴は履いて来たままでいいし、客はマバラだから、面倒くさいルールなんて一切気にしなくて良いが、ストライクを出そうなんて思うと、ストレスが溜まってくる。これはボーリングなんて云うものじゃなくココナッツボール投げだぜ!この表現が、友人に”うけにうけて”、以後、現地でスモールボールと呼ばれるボーリングは”ココナッツスロウ”と名を変えた(笑い)。ダヴァオの名誉の為に言って置くが、近頃は本当の?(普通)ボーリング場もあるそうだ。
レーン.jpgコンコーンとボーリングらしい音がするから、向こうで投げている人達を見ると、これが、凄い。レーンの悪さを吹き飛ばすような剛速球を投げている。なぁ~るほど、あれならボールは真っ直ぐ転がる。早速、私も真似をして、腕を力一杯振ってみたが、無残にもココナッツ?はガターへ向かって一直線。第一、普段の運動不足が災いして、膝がキシミだしてきた。4フレーム・12投目を投げたところでギブアップ。後はスコアーを付けていた人に任せて、お金を払いに行ったが、お一人1ゲーム50ペソ。安いのも安い。私たちが残したフレームでボーリングを楽しいんでいる2人に少々のチップを渡して、ホテルに引き上げたが、2・3日は腰が重かった。あ~ぁ、歳は取りたくねぇーなぁ(笑い)。

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ダヴァオの誰とは言えないけれど:歌自慢のA氏、ときたまヴィデオケで楽しんで帰宅が遅くなることもあるそうな。何がそんなに?楽しかったのか、午前様になってコッソリと家に入り、寝込んでいたが、朝になって奥さん(勿論、フィリッピン人ですよ)が、やおら毛布を剥いだそうだ。眠い目をこすりながら、起きようとすると先ずは枕、続いて鍋、スプーンが飛んできた。慌ててA氏は毛布を被ってひたすら攻撃を避けたが、何のことやら分からない。”止めろ!”と叫んで顔を出すと、昨日、着ていたシャツを片手に奥さんがベッド際に立っていた。そのシャツの胸の辺りには口紅がベットリ。一生懸命言い訳をしたが、そんな話は聞いて貰える訳も無く。携帯なんか持っているから”私に内緒でおねぇーちゃんに連絡してーーー一体、何をしてきたの?”と携帯を取り上げられ、どうしても返して貰えない。私が会った時には、仕方なく息子の携帯を借りていた。その後、どうなったろう?(大きなお世話か!)口紅が何故シャツに付いたのか謎のままだが:私が知ったってどうにもならないわなぁ(笑い)。キット良い思いをしたんだろうから、その位の罰はしょうがないっかーーー

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