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2008年09月27日

チビラくん:さよならチビラくん(写真をクリック⇒拡大)

サ・タイトル.jpgユキ・ハッタル.jpgいい天気に恵まれて、ナンジャーさんが空を見上げるとキラキラ光るもの降り注ぎ、目が開けられない程、痛くなり、農作業に忙しいゴルバとガキンコにも、サッカーをしていたチビラたちにも同じことが起こった上に、折角収穫した野菜もみるみる萎びてしまったんだとさ。目を洗って、どうやら落ち着いた住人たちだったが、今度は温度が急に下がって大雪が降り始め、雪に埋もれた家を飛び出し、避難しようと雪原の中を歩くゴルバとガキンコだったが、天気が回復すると雪はアッという間に消えてしまったんだとさ。
ゴ・ガコケ.jpgカジ.jpgこれで一段落とゴルバとガキンコが家に帰ってみると、温度の急変で家の中はカビだらけ、掃除機を借りにハッタル家に来て見ると、こちらでは機械から火が噴出し、消火活動の真っ最中だったんだとさ。この異変に危機感を持った怪獣星は、パパゴンたち科学者に対策を聞こうと召集をかけ、これに応じたパパゴンが家を出ると急に暗くなったり、川底から溶岩が噴き出したりしていたんだとさ。対策会議の結果は”文明が破壊してしまった怪獣星を救うのは不可能で、この星を脱出する以外に、生き延びる方法はない”と言うことになったんだとさ。これを聞いたゴルバは、この星をメチャメチャにしたのはパパゴンたち科学者だと怒り出すが、ナンジャーさんになだめられ、この危機を”祈り”で何とかしようと家路を急ぎ、一方のパパゴンは移住する星を探し始めるが、以前、何回も行ったことのある地球も汚れ過ぎていてもう住めなくなっていたんだとさ。
オモイデ.jpg地震が頻発するようになった怪獣星には爆発の危機が迫り、パパゴンがやっと移住先のマロー星を見つけた頃、ナンジャーさんに連れられて、いつもの場所に来た子供達は、もう二度と目にすることの無いこの星の思い出にふけっていたんだとさ。一方のゴルバはこの危機を救ってくれるのは、ご先祖様しかないと”お祈り”を始めるが事態は更に急を告げ、ハッタル家ではママゴンとポチポチがトラベルマシンでマロー星に出発、チビラの番になるが、ガキンコとゴルバが心配で、ナンジャーさんを追って表に出てみると、ガキンコの説得でやっと怪獣星を脱出する決心をしたゴルバがやってきて、ギリギリのところでマシンに乗り込んだんだとさ。
マローボシ.jpgマロー星の海辺に着陸したチビラたちは、今、昇ろうとする太陽を見ながら、今度こそ、この美しい星を、何時までも守り続けようと心に誓うのだった。
一年半(78回)に亘って放映された”チビラくん”だったが、これで最終回を迎えた。最後のシーンはどうしても夜明けの海辺で撮りたくて、プロデューサーに相談したところ、予算の関係もあって、伊豆の円谷英二氏の別荘で一泊させて貰った。海辺は岩場で足場が悪く、その上、夜明け前ギリギリの時間を狙ったので、着ぐるみの俳優さんには最後まで大変な思いをさせてしまった。でも、出来上った作品を見て、”苦労が報われた”と納得してもらえたら嬉しいんだけどーーーー皆さ~ん!ありがとう!

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カラタイトル.jpgオープニングタイトルがない!こんな事が起こるんですね。この最終回の脚本は藤川桂介で監督は私・安藤達巳でした。このシリーズは10分のオビ番組で、”子供が喜べば良い”程度の作品の筈が、メイン脚本家、藤川桂介・若槻文三・上原正三氏たちの力量で、気が付いてみれば、結構、メッセージを含んだエピソードを描くことが出来た。円谷プロで一番の新人だった私が最終回を撮ることになり、藤川氏の感性が、当時、社会問題になり始めていた光化学スモッグ・異常気象をデフォルメした形で怪獣星に起こし、ゴルバの口をかりて”文明”とは何かを問いかける作品になった。
この作品から38年:今の地球は生物に優しい星になったのだろうか?北極の氷は溶け出し、川も海も汚れ、ハリケーンや台風は、地球温暖化の影響から大型化して被害を与えている。今年の夏は、雷と集中豪雨で各地に被害が出た。まるで熱帯地方のスコールが巨大化した様相だった。願わくば:第二の怪獣星にならないことを!
「SAMPLE」ビデオながら見日記さん、最後まで寸評をありがとう!本当に助かりました。

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2008年09月20日

チビラくん:たすけて!(写真をクリック⇒拡大)

タ・タイトル.jpgオンナノコ.jpg地球にやって来た怪獣町ご一行様:(といっても、例によってゴルバ家とハッタル家だが)がゴルバの運転するマイクロバスで遊園地にやってきて、バスを降りるとバックミラーにだけ映る謎の少女が現れ、バスを走らせると忽然と消えてしまったんだとさ。ビデオ発信機をバスに置いて来たご一行は、怪獣町にいるナンジャーさんとの連絡が取れなくなってしまったが、バスの件は警察に頼み、遊園地でゴルバは遊具のセールスにきた女性と”流しソーメン”を食べ、チビラ達はメリーゴーランドで楽しんでいたんだとさ。すると突然、全ての遊具が止まり、水上の乗り物に乗っていたママゴンは水の中に放り出され、ゴルバが食べていた”流しソーメン”も流れなくなったんだとさ。
センシャ.jpgヒコーキ.jpg遊具を売り込みたい女はこの機会を捉え、ゴルバを巻き込んで、商品の売り込みを試みるが、謎の少女が現れて、メリーゴーランドと会話を交わしたりゴーカートを消したりしたんだとさ。そればかりか、戦車まで操って一行を追い掛け回し、ついには飛行機まで繰り出してパイナップル爆弾で攻撃を仕掛けたんだとさ。これに怯えた女とパパゴン達はホテルに逃げ込むが、ここにも食べ物を積んで無人のカートが押しかけてきて、あまりの怖さに全員パニックに落ちいったんだとさ。そんなさなかに、謎の少女から電話がかかり、”使える遊具をもっと大切にしてね。遊園地の乗り物は皆んな泣いてるのよ。”と言ったんだとさ。この話が本当かどうか、チビラたちが遊園地に来てみると、機械たちの鳴き声が聞こえ、その中に聞き覚えのあるガキンコの泣き声も混じっていたんだとさ。
タイホウ・ゴガ.jpgゴルバがガキンコの泣き声を追って行くと、大砲の前で白旗を揚げているガキンコがいたので、慌てて駆け寄ったのはいいが、逃げようとすれば大砲からボールが打ち出されて、二人ともその場で白旗を揚げて動くことも出来なかったんだとさ。ゴルバは地面に落ちていた受話器に気づき、取り上げて謎の少女に呼びかけると、アーラ不思議、コードも繋がっていないのに、電話の向こうから少女の声が聞こえてきたんだとさ。ゴルバやチビラ達が遊園地の遊具やオモチャを大切に使うことを約束すると、大砲はボール攻撃を止め、全ての遊具は正常に動き出し、消えてしまったバスも帰ってきたんだとさ。これでチビラたちは怪獣町のナンジャーさんとも連絡が取れたし、楽しい地球旅行を続けられたんだとさ。ーーーきっと、あの謎の少女は粗末に使われた機械たちの”叫び”だったのかも知れませんね。やれやれ、これで”一件落着”。よかった!よかった!

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イトウスイ.jpg安藤達巳的独り言:この話は、昭和45年、大分県・キジマモーターピアランドで撮影したが、雨にたたられ、一部を伊東で撮ることになった。大きな地球儀の様な建物の前でバスが消えた場所は、伊豆サボテン公園が所有していた水族館で、もう、とっくに取り壊されていた。そうそう、当時”東拓”と呼ばれていたダイビングスポットも”海洋公園”になっている。ピアランドはどうなったのだろう?東京周辺でも、撮影で使わせてもらった”向ケ丘遊園”・”行川アイランド”や”小山遊園地”はもうない!でも、ピアランドは”勝ち組”だったのだろうかーー”セントレジャー城島高原パーク”となってホテル、ゴルフ場も併せ持つレジャー施設になっているようだ。
前作から九州で撮影していたスタッフに合流するため、私は川崎から日向へカーフェリーで行ったんだっけ。この時の制作部の人が車に無線機を積んでいて、撮影現場に着くとすぐ姿を消し、高い所へ行っては仲間と交信してた。今流に言えば”無線オタク”かなぁ。雲の出具合でブラジルとも交信できるとか、ーー話の終わりに必ず”テンテン”と言ってたけど、これが後のTVドラマ”テンフォーテンテン”になるんだから、この世界、何が起こるか分からない(笑い)。そうそう、ツイッギーとか言う、足が針金のように細いモデルさんが身に着けていたミニスカート全盛時代でホットパンツなるものも流行ってた。遊園地で遊ぶ女性客を撮る時は、目のやり場に困る程マブシかったなぁー(笑い)。パイナップル爆弾で攻撃するシーンでは現地のラジコン愛好家に頼んで飛行機を飛ばして貰ったが、撮影前に”こんな風ですよ”と頼んでもないのに離陸して見せたのは良いが着陸に失敗!2機で撮影する筈が1機になりました。ア~ア だった なぁー(笑い)

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2008年09月14日

ダヴァオ紀行:その31 ダヴァオ日本人会(写真をクリック⇒拡大)

ニ・ゲンカン.jpgダヴァオ日本人会の歴史は古い。大正時代にマニラ麻とラワン材を輸出するため、多くの日本人がここに定住。市の人口の6%を占めていたと言う。当然のように日本人会が出来、現地人との交流や情報交換の場となってきた。それが第二次世界大戦によって大きく損なわれ、終戦後の長年に亘る両国の努力で、ようやく正常な形に戻り、日本人会が再び発足したのが1973年のことだった。現在、ダヴァオ市に長期滞在している日本人は約300人、非公式(?)に滞在している人を含めると500人位いるのではないかと推定されます。他にも日本人グループはあるようだが、それはそれとして、この会を抜きにしてダヴァオの日本人会は語れない。会員は40人ほどで、ユニークな人も多い。当地の大学生にを教えているご婦人もいれば、夫婦で稲作に精を出す人もいる。昨今の米の高騰を思うと、趣味とは言え、先見の明に脱帽ですなぁ(笑い)。
ニ・ゴルフ.jpgといってもゴルフ好きが圧倒的だ(勿論、殆どが日本人の夫の方ですよ!)こちらで商売をしている人や働いている人は少数派で、年金暮らしの人が多い。そうなれば暇はあるし、プレイフィーが安いから(1日・ビジターで¥5000-位、会員になれば勿論もっと安い)、ゴルフが格好の運動不足解消となるし、おしゃべりの場でもある(日本人同士だから言葉の壁もない?!)。私もラナン・アポともう一箇所・3ケ所でプレイしてみたが、日本と違ってプレイヤーに一人ずつキャデーが付くし、ゴルフ場によっては日傘をさしてくれるだけのアンブレラガールがついたりする。安いとはいえ、タダではありませんぞ。ここは熱帯地方、朝早くは兎に角、10時を過ぎればテイーグランドに立っているだけで汗が噴き出してくる。そうなるともうスコアなんてどうでもよくなって、ただ、ただ早く終わりたい。そんな訳で早々とゴルフを諦めた私だが、御高齢(失礼)にも拘わらずゴルフ三昧に明け暮れる皆さんの健康が羨ましい。
ザッシ・ドリアン.jpgニ・ゼンケイ.jpg待望のダヴァオ日本人会館が、2007年・高級住宅地の一角に完成。ここを基点に、年間行事も一段と充実してきた。1月は新会館での新年会・餅つき大会から総会・料理教室。屋外ではボートによる島巡りツアーと海岸でのリクレイション。更に日比親善に一役買おうと”フィリッピン・日本フェステバル”に参加して和食や書道を紹介。綿菓子の売り上げはフィリッピン日系人会に寄付されました。このようにダヴァオ日本人会は会員同士の親睦や情報交換は勿論のこと、現地人との交流も視野に入れて幅広い活動を展開し、会報”どりあん”も年に一度発刊している。ダヴァオ駐在日本領事館の協力と会員の努力で、日比間の交流と相互理解が益々深まって欲しいと思います。

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ダヴァオの誰とは言えないけれど:今回は伝説の男・K氏の話だ。伝説だから話に尾ひれが付く、どこまで信じて良いのか分からないがーーーーーフィリッピンに来て、一旗上げようと考える人はいくらでも居る。物価も土地も人件費も安いから、小銭があれば、事業を始められる。だが、いつの間にか資金は底をつき、一敗地にまみれる。この地で信用できるパートナーがいなければ、お金は砂にまいた水も同然だ。
ダヴァオの中古車は信じられないほど高い。私のマネージャーも10年前のホンダ(17万キロ走行・エンジンはオーバーホール)に乗ってるが、なんとこれが25万ペソ(60万円位)。そんな風だから、K氏は車に目をつけた、日本からS社の軽トラックを運転部分と荷台部分を切断して、クズ鉄として輸入。フィリッピンで溶接すれば、立派な軽トラックになる。これならボロ儲けだ。こんな商売が成り立つ為に、どんな手を使ったのかは定かでないが、K氏はアット言う間に億万長者となった。今は当地の美人と結婚、2人の子供にも恵まれ、10人のガードマンに守られた豪邸に住んでいるそうな。真偽の程はともかく、めでたし!めでたし!

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2008年09月06日

祭りたって”祭り”じゃねぇんだ!(写真をクリック⇒拡大)

コウモン.jpg天にも御慈悲はあるもんよ!ここ一週間、来る日も来るも、雷と集中豪雨の洗礼よ。こんな調子じゃ、今年の”祭り”は、雨にたたられるんだろうなぁ。なぁ~んて、覚悟を決めていた。ところが、開門時間になると、雲の切れ間から陽が差してきたぁな。夏休み最後の恒例行事となって13年、近所の人達ゃ、とっくに御存知よ。開門前から長い行列が出来てらぁーな。暑い中を折角来てくれるお客さんだ。”がっかり”させちゃ申し訳ねぇってんで、O会長を中心に同窓会は一ヶ月も前から準備に入るがよ、同窓生でもねぇ奥方も協力させられるとなりぁー、ちょいと気の毒な気もするなぁ(笑い)。中でも大変なのが、名物”ザリガニ釣り”に使う”ザリガニ”を捕って来ることだぁーな。
ザリガニ.jpgヤキトリ.jpgこの学校が開校したのが、昭和39年てぇから、東京オリンピックの年だぁーな。学校の周りにゃ、田んぼが広がり、農業用水が流れ、水溜りと言うか、池みてぇなものが、そこら中にあってさ、田植えの時期にゃカエルの声がうるさかったい。メダカやザリガニなんざぁー、いくらだって取れたさ。それが、あれよあれよと言う間に住宅が増え始め、団地まで出来るってぇーと、田んぼも用水も無くなって、その代わりじぁねぇけど、小学校や中学校が次々に開校して立派なベッドタウンになったてぇ訳よ。今時、この辺でザリガニを釣ろうったって、そうは行かねぇ。だがよ、ガキの時代をここで過ごした同窓生の中にゃ、ザニガニが取れる秘密の場所(?)を知ってる奴がいてよ。この件についちゃ、一手に引き受けよ。面倒なのが、これを当日まで、生かしておくことだぁーな。なにせ、一緒にしとけば”共食い”が始まるんだからーーー苦労はこれだけじぁねぇよ。名物になった”焼きトウモロコシ”・”焼きとり”・”野菜の安売り”・”趣向をこらした景品つきゲーム”と20人を超える同窓生が、こっちの準備に掛かりっきりになると、まぁ、こうゆう訳だ。
PTAバザー.jpgPTAだって負けちゃいねぇ!この日に備えて、何十人関わったか、定かじゃねぇが、体育館で立派なバザーが開かれてたなぁー。タオル・ヌイグルミの類は溢れんばかり、時代を映してかワインも格安で売ってたぁーな。そればかりじゃねぇよ、校庭では”駄菓子”・”タコ焼き”も商ってた。天気は良くなって結構だったが、その分、汗が止まらねぇ程の暑さよ。そこで賑わってたのが、”カキ氷”だった。おかぁさん方がテントからはみ出す程の人数で、ひたすら”カキ氷”を作っているがそれでも間に合はねぇ。あっしが、居る間、ずっと行列が絶えなかったなぁー。
カンブ3ニン.jpgフジンブタイ.jpgたった三時間の間に2千人もの人出だってぇから、驚くじゃねぇか!この辺りだって、ご他聞にもれず、量販店とチェーン店の進出で商店街の元気が無ぇ。”盆踊り”もめっきり寂しくなって、地域社会の連帯感が益々薄れていかぁな。大人達は近所の子供の顔も知らねぇし、隣の住人さえ分からねぇ。だから子供が事件に巻き込まれたり、老人が悪徳業者から易々と食い物にされたりすらぁーな。ここの小学校も、創立40年以上となりゃ、親子で同窓生ってのも増えてきた。こうした出身校の行事を中心に、世代を超えた地域社会の活性化が出来たら、その意義は計り知れねぇと思うのだがーーーー

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シュショウタイジン.jpg安藤達巳的毒舌:あ~ぁ、又かよぅ!内閣改造して1ケ月じゃねぇか。顔ぶれを変えてみたって、支持率は上がらねぇ。国民から見りゃ、当ったり前よ。でも福田総理にすりゃ、これが最後の賭けだったんだろうよ。これが駄目だとなりゃ、政権の放棄ときたぁな。考えてみねぇー、3年前、小泉総理が郵政民営化の旗を立てて、圧倒的大勝利。国民は大行政改革が起こると期待して自民党に投票したんじゃねぇか。それがどうでぇ、小泉首相退陣後、改革の掛け声は小さくなり、年金・健康保険・介護保険の負担は増え続け、これに原油高と食料の値上げが追い討ちをかけたぁーな。ここ10年、民間の給料は上がってねぇんだ。国民が負担増で苦しんでいるのに、相変わらずの役人天国。次から次へと無駄遣いが明らかにならぁ。
各省庁にぶら下がってる××法人なんてのは、全部ナシにしてくんな。皆んな役人の天下り先だろうが。国会議員だって数を減らしたらどうでぇ。それと中央省庁から地方へ出向している役人さんよ、これが地方公務員の仕事とダブッていると言われてるじゃねぇか、その数、10万人だと!!特定財源の使い道だって怪しいもんだ。新しい総理総裁は今月中に決まるだろうが、どうみたって”選挙管理内閣”だろうよ。選挙の結果どの政党が勝っても良いが、今度こそ徹底的に”税金の無駄遣い”を無くす政治をやってくんな。その後で、増え続ける社会保障費をどうするか”国民視点”で考えようじゃねぇか。役人天国・政治家天国がそのまんまで、消費税論議なざぁ、許さねぇよ。肝に銘じてくんなーーー

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