つり忍 (写真をクリック⇒拡大)
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伝法院通りに入ぇると、今はもう名物となった人力車が客に”観光案内”の真っ最中。ここから仲見世を歩くが、土曜日とあって、肌の色が違う人達がカメラ片手に盛んにシャッターを切ってたぁーな、正に国際観光都市の趣よ。山門をくぐり、浅草寺を抜けて”花やしき”の駐車場へ出る。ここにゃ、何故か機動隊の車両が数台いて、警察官の姿がやけに目に付いた。これも秋葉原の無差別殺人の影響かなぁー。振り返ぇれば、右に五重塔、左にゃ本堂と、いつもと違った景色が目に入ったぁな。千束に向かって、通りを渡りゃ、お目当ての”お富士さんの植木市”よ。距離にすりゃー、5・6百メーターだろうが、両っかしは、植木と屋台で埋め尽くされてたぁーな。
人出だって、半端じゃねぇ。これぞ縁日よ!若い子や親子連れが何やら食べながら”射的”や”金魚すくい”に群がり、”イカ焼き”の匂いが漂って来らぁな。そんな人込みをゆっくり歩きながら、お目当ての”つり忍”を探す。盆栽・野草・草花・サボテン・鉢植えと、溢れんばかりのお店が並んじゃいるが、”つり忍”が見当たらねぇ。ゆっくり歩くこと20分、涼しげな”すだれ”に囲まれた小さな屋台が見えて来たぁーな。急いで近づきゃ、折りからのそよ風に、聞き覚えのある”江戸風鈴”の囁きが、かすかに聞こえてきた。
”ついに会えたぞ!”どうでぇ、この飾り方!いかにも涼しげじゃねぇかい?夏の暑い日に、目にゃー爽やかな”緑”、耳にゃ風鈴の音色。想像しただけで、日本の夏景色が浮かんでくらぁな。それが、最近の住まいといやぁー、土地の有効利用と暖冷房の効率を良くしょうってんで、庭から土と落葉樹が消え、縁側のある建物なんざぁ滅多にお目にかかれねぇ。ましてや軒下と呼べるスペースがある屋根とくりぁ、望むほうが無理だぁーな。そんな訳だから”つり忍”の行き場がねぇ。その上、子供の声も風鈴の音色も騒音になるご時勢だ。当然のように”つり忍”を吊るして見ようか、なぁーんて言う日本家屋も少なくなった。この”市”だって何百とあるお店の中でたった2軒しか”つり忍”を商っちゃいねぇ。やがては、夏の風物詩から消えて行く運命なのかも知れねぇなーーあっしの”思い入れ”たっぷりな写真を3枚並べてみたぁーな。まぁ、ゆっくりと見てやってくんねぇ。
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安藤達己的回想:昭和24年頃だったか、あっしが小学生の頃よ。クラスにお嬢さん風な子がいたっけ。小奇麗な服を着て、スッキリと背も高く、目立ってたなぁー。当時、家といやぁー、殆どが平屋でカワラ葺き、ブロックなど無い時代だから、塀といやぁー、生垣か板塀よ。夏のある日、悪ガキ共が集まって、いつものように神社で遊ぼうってんで歩いていると、琴の音色が聞こえてきたぁーな。そこが、あのお嬢さんの家ってぇことよ。他のガキも興味があったんだろうな、皆で生垣の中を覗き込んだが、縁側の向こうは障子が閉まっていて、琴を弾いている筈のお嬢さんの姿は見えネェ。軒下にゃ、”つり忍”が吊るしてあり、赤い”江戸風鈴”の下で短冊形の紙が揺れて涼しげな音を奏でてたなぁー。