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2008年05月31日

チビラくん:君にも天使が見えたかい?

キミタイトル.jpgハ・マ・チ・ポ.jpgトラベルマシンが完成してから、チビラもポチポチも勉強に身が入らず、何かあれば、すぐマシンに頼り、ママゴンまで料理もせずに”マシンで何処かへ食べに行けばいいでしょう”などと言い出す始末。ついに怒り出すパパゴンだったが、言う事を聞いてくれないパパゴンに愛想をつかして三人は、ーーじゃなかった、二人と一匹は家出をしたんだとさ。一方ゴルバ家でもマシンの魅力に取り付かれたガキンコが、科学者になるんだと家を飛び出して来たんだとさ。この騒動を見ていたナンジャーさんは、機械に頼りきりの子供たちを心配して、”自然を愛する気持ち”を教えようと不思議な”術”を使い、花や雨や雲の中に”天女”が現れる仕掛けをしたんだとさ。
テン・ナン.jpg早速、可愛い天女を呼び出したナンジャーさんは、天女が星を磨きに来たのを知り、研磨機をセットすると天女達は星を磨き、キラキラ光り始めると、大喜びで宇宙へ帰って行ったんだとさ。この様子をチビラ達は見ていたのだが”自然を愛する”心のない子ども達には天女が見えず、ナンジャーさんが何をしているのかサッパリ分からなかったんだとさ。そこでナンジャーさんは、子供たちを花の咲いている所へ連れて行ったんだとさ。ポチポチがジッと花を眺めていると可愛い天女が見えて来て、大喜びのポチポチは、一緒にダンスを踊り、楽しんだんだとさ。チビラとガキンコには、まだ何も見えなかったが、突然、降ってきた雨をチビラが眺めていると、やがて雨が綺麗な縞模様になり、その向こうには、楽器を弾く天女達が見えて来て、一緒に音楽を演奏したんだとさ。
ポ・テンジョ.jpgチ・テンジョ2.jpgこうしてチビラもポチポチもトラベルマシンでは、けっして会えない天女に会い、楽しい時間を過ごしたのだがガキンコには、どうしても天女が見えなかったんだとさ。でもナンジャーさんに言われるまま、空をじっと見つめていると、雲の中から気球が現れ、ガキンコがそれに乗って空高く上がっていくと、雲の上には天女達がいて、雪合戦ではなく、”雲合戦”をして遊んだんだとさ。やがて雲を使い果たしたガキンコは地上に落ちてくるが、子供たちは大満足。”自然”を同じ星に生きているものとして、よく見れば、人それぞれに違ったものが見えてくることをナンジャーさんから教わったんだとさ。一方の大人たちは、”澄んだ心で自然を愛する”のが難しく、ママゴンに見えてきたのは、迎えに来て欲しいパパゴンの姿だった。そこに本物のパパゴンが現れ、家出騒動は”やれやれの結末を迎えた”んだとさ。
子供たちは、今日もナンジャーさんと一緒に”自然を見つめ”、”天女とたわむれ”、楽しい時間を過ごしていたんだとさ。

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安藤達己的内緒話:テレビの普及と急速な機械化が国民の生活を変え始めていた。その便利さにドップリと漬かって、折角、旅行をしても、見るのは表面だけ、ジックリと自然と向き合うことが少なくなり始めた時期の作品だった。花や雨を見ていると天女が現れると言う、荒唐無稽な話に思えるが、子供たちがテレビに夢中になり、家に閉じこもって、美しい日本の自然に目を向けることが少なくなっていた。自然が与えてくれるものはテレビと違って、見る人によって変ってくる。それを天女で表現したかった。当然、天女の人選とその場面の映像が、この作品の説得力の決め手となる。児童劇団から沢山のお子さんに来て貰い、満足のゆく3人を選ぶことが出来た。でも大喜びをしたのは子供たちより、むしろ、おかぁさんの方だったように見えた。こちらの用意した衣装では満足できず、3人とも母親が納得の出来る衣装を自前で作ってくれた。撮影が始まれば”なにかお手伝いすることはありませんか?”と、おかぁさん達が聞きにくる。当時、美空ひばりさんのママがステージママと呼ばれて物議をかもしていたが、子役のおかぁさんは皆、ステージママさんでしたよ(笑い)

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2008年05月17日

ダヴァオ紀行:その26 不法占拠地帯(写真をクリック⇒拡大)

エリア.jpg海辺の低湿地帯に海水が流れ込んで来る。ここは本来波が寄せては返す、波打ち際だ。そこに木や竹で下駄を履かせた家が、と言っても、床とそれを囲う壁板に屋根が乗った簡単な物置みたいな建物だが、次々と無許可で建築され、低所得層の人々や、周辺農村地域からダヴァオ市に移り住んだ人々が住み着き、巨大な集落が出来上がっている。
ここダヴァオ市はミンダナオ島、最大の都市で、農村から職を求めて人が集まって来る。しかし、失業率が30%以上もある現状では、元々、ダヴァオ市に住んでる人も、大学を出た人も、仕事は簡単に見つからない。例え、見つかっても大抵契約労働で、3ケ月か良くても6ケ月の賃金が保証されるだけだ。それでも人口の都市集中は止まらない。
ツウロ2.jpgハバルハバルと呼ばれる原動機つき三輪車に乗って、水溜りだらけの細いデコボコ道を、人が歩く程度の速さで10分も乗ると三輪車が”たむろ”している、ちょっとした広場に辿り着いた、そこで車を止めて、車を降りる。そこに居た人々は皆、見かけない私を興味深げに眺めていた。一寸、気持ち悪いが、そ知らぬ振りをして、友人の後を追う。すぐに幅が20センチ位の板の上を、突き出ている棒に捕まりながら、おぼつかない足取りで歩いて行く、2メートル下は水溜りだ。狭い板だって一直線に固定されているわけではない。右の板の上を5メートルも歩けば、今度は左の板の上を歩く。歩道代わりの踏み板の両側には洗濯物がぶら下がり、誰が飼っているのかアヒルも居れば、汚い雑種犬まで昼寝をしていた。
一年中暑い熱帯地方の水の上にある家だから、下からの湿気でムッとする暑さだ。踏み板に面した狭い踊り場に出ると、開けっ放しの、薄っぺらなドアーの向こう側が、一軒の借家と言うわけだ。
イマ.jpgトイレ.jpg玄関のような、居間のような狭い場所にテレビと冷蔵庫が置いてあった。こんな生活をしていても、冷蔵庫はともかくテレビだけは欠かせないのかなぁー?床にビニールが張ってある3畳程のスペースがトイレとシャワー室だとのことだ。シャワーといっても、水を大きなポリバケツに貯めて手桶で体に掛けるスタイル?だし、トイレといっても床に開けた穴があるだけだ。排泄物は直接、水に(海に)ボチャンだ。
家賃を聞いてみると、月に2000ペソ(5000円)もするそうだ。私がビックリしていると、電気代、水道代込みの額だと付け足した。不法に建てた家に、電気や水道が正規に引けるわけも無く、家主が勝手に(勿論タダで)電線や水道管から引いているのだろうが、住む方からすれば是非必要なライフラインだから、双方に”都合が良い”と言うことになるのかなぁー?

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安藤達己的独り言:昭和26年、終戦の傷跡を残したままの両国に移り住んだ。住むといっても見渡す限りガレキの山で、建物らしき物は焼け残った学校と、いち早く立て直した相撲部屋ぐらいのもので、私の家だってベニア板で囲った、窓も山小屋のようにツッカイ棒で開けるベニア板だった。トイレも外に掘っ立て小屋を建て、勿論、汲み取り式だった。私の通った中学は4階建てで、1・2階は学校で3・4回は家を焼け出された避難民が住んでいた。
昭和30年。今から、わずか53年前、私は上野にある高校に通っていたが、西洋美術館がある辺りは”あおい部落”と呼ばれる不法占拠集落があったし、ある高校(竹の台だったと思う)は焼け残った都議会のビルを校舎として使っていた。最近、建て替えで営業を終えたジュラクが入っていたビルの、西郷さんの下を削る工事が始まったのもこの頃だ。王子駅周辺や池袋の西口も迷路のようになっていて、ヤミ屋とよばれる商店が軒を連ねいる、いわゆる不法占拠地域だった。
ダヴァオの不法占拠地帯を見て、こんな感慨にふけるのは、もう、私の様な、一握りの日本人になってしまったのかもしれませんね。

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2008年05月11日

チビラくん:祭りだ太鼓だ御神輿だ!

ホウサク・ゴガ.jpgマ・バレー.jpgゴルバ家が豊作祈願の”お祈り”を大げさにやっている頃、ハッタル家ではチビラとポチポチがママゴンからバレーの特訓を受けてましたとさ。豊作祈願の太鼓を聴いたナンジャーさんは、祭りを思い出しゴルバに”祭り”の開催を持ちかけるが、太鼓の打ち方を、先祖から習いそこなったゴルバは良い返事が出来ないでいたが、自宅の修理に金が掛かるため、寄付を目当てに”祭り”を計画、ハッタル家にやって来たが、これは”すげなく”断られ、ゴルバとガキンコは仕方なく、自分達で家の修理に取り掛かったんだとさ。一方のハッタル家もチビラの教育をめぐって、パパゴンとママゴンが対立、ジャンケンの結果、チビラはパパゴンのスパルタ教育で科学者の道を歩くことになったんだとさ。
マ・パトックン.jpgマ・パサルマワシ.jpgどうしても”祭り”がやりたい子供達はナンジャーさんに頼み込み、その説得でゴルバもパパゴンも祭りをすることを承諾、いよいよその日を迎えたんだとさ。ところが、この機会にパパゴンに恥をかかせて、日頃のウップンを晴らしてやろうと、ゴルバは”祭祀”であった先祖の立場を悪用、パパゴンにチンドン屋のような洋服を着せ、”猿回し”のような踊りをさせたが、不審に思ったナンジャーさんに見破られ、折角、上手くゆきそうだった祭りは台無しになったんだとさ。腹を立てたハッタル家は、”ならば”とばかり、一家で祭りを計画。家族バンドを編成して賑やかに町を練り歩き、”庭園パーテー”にガキンコを招待したんだとさ。、最初は迷っていたガキンコも好奇心には勝てずハッタル家に出向いたが、ここに、またまた、変身したゴルバが乱入、それとは知らないハッタル家と大乱闘。パーテーは台無し、両家の溝はますます深まって行ったんだとさ。
マ・ミコシ.jpgナンジャーさんが作った御輿の周りに集まってきた子供達は、いつものいがみ合いも忘れ、満開の梅に誘われるように、協力して御輿を担ぎ始めたんだとさ。子供達を捜しにやってきたゴルバもパパゴンもママゴンもいつしか仲間に加わり、ナンジャーさんがそっと見守る中、今までのいきさつを、水に流したかのように、楽しい”祭り”の一日が始まったんだとさ。めでたし!めでたし!

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安藤達己的内緒話:怪奇大作戦”こうもり男”年末も迫った日に、ラストシーンの夜間撮影に入った。編集の段階になって、”何と!”半分以上のフイルムに光線引き(カメラの何処からか光線が入る)で使えない!撮り直しをしたくても、現像場は正月休みだし、放映は年明け早々だ。結局、使えるフイルムだけを使って、作品を仕上げるしか方法はなかった。
チビラくん:原人ピピとペペの物語!原人の住む洞窟は美センのセットで撮影した。外はロケーションで、三浦半島で撮ったのだが、原人の出入りが激しく、ヤリを持ったり、石オノを持ったりと忙しい。案の定、編集の段階で持ち物が違って使えないカットが沢山でてきた。この作品はギリギリの予算で撮ってたから、撮り直しは出来ない!アァーア
快傑ライオン丸”分身魔王デボノバとイワゲバ”前の作品で主役が足を骨折していた。時代劇アクション作品だから、”目の前が真っ暗”になるようなショックを受けたが、それでも作品は撮らなければならない!吹き替えを”ふんだん”に使って仕上げたが、不満はあってもその中で仕上げるのがテレビ映画監督の宿命だったのだ!
松竹で助監督だったころ一緒に仕事をしたスタッフが、ロケから帰って来て見ると、フイルムに何も映っていなかった。”ロケ現場で、あるスタッフが出てきたヘビを焼いて食べた、とかーー”そのタタリに違いないと本気で話している人がいた。フイルム時代には、この手の話が、どこの撮影所にもあった。それだけカメラにまつわる事故が多かったと言うことだと思うが、デジタル時代の今、私が経験したことは”今は昔の物語”なのでしょうね。

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2008年05月04日

藤の牛島 (写真をクリック⇒拡大)

1300フジ.jpg特別天然記念物で日本名木100選に選ばれてるんだとよ。藤の木がどの位生きるのか知らねぇけど、この木が樹齢1200年と聞きゃ、なんとなく”厳かに”感じられるはなぁー。幹を見てみると、元のところで二本の木がくっついてるようにも見えたが一本だと言われりゃ、そうなんだろうよ。この枝が藤棚の上を、広がりに広がり300坪を紫の花で埋め尽くすとなりゃ、確かに立派だぁーな。庭内は6000坪もある、と言うが藤棚に沿って歩けば、落ち着いた池があり、老木の松を見上げて通りすぎればそこが庭の突き当たりよ。あっしの’感じ’じゃ、旧家の庭をちょいと広くした日本庭園といった風情だった。種類の違う藤の大木があと二本あったが、印象に残ったのは、庭全体の、配置よ。
フ・マツ.jpgフジ・ツツジ.jpg庭の奥にある松の枝越しに、天然記念物の藤を眺めれば、ゴツゴツした、形の良い枝の向こうに、淡い紫の花が浮き上がり、ツツジの赤がアクセントになっていたぁーな。さりげなく配置された石灯籠も見逃せねぇ。小さな橋を渡って入り口の方に戻ると、色合いも形も違う藤棚が二つ並んでたなぁー、早々とアゲハ蝶とクマンバチも飛んでいたが、こいつぁカメラに収められなかった。残念!とまぁー、30分も庭内をうろつきゃ、もう充分、見落としたところもねぇ。この辺で引き上げるかーーー
そうそう、入場料と言うのか入庭料と言うのか、1000円だった。
フ・エキ.jpg15分も歩けば”藤の牛島駅” だがよ、所番地を見りゃ、東京のベッドタウン、春日部市となってらぁーな。だがよ、駅に着くまで、この町のメインストリートらしき通りを歩くのだが、両側に商店らしき店は殆ど無く、わびしさを感じるほど’さびれ’てたなぁー。踏み切りもあるがよ、線路は単線だし、駅は、普通の’しもた屋’そのものよ。無人駅かと思うほど、人の出入りが少ない。結局、駅員の姿は見ずじまいで帰途についたと、マァーそう言うわけだ。

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安藤達己的毒舌:いや、健康保険料を年金から天引きされたから怒ってるんじゃねぇんだ!大体、社会福祉と言うのは、国民全体で助け合うと言う精神で成り立っているんじゃねぇかい。それなのに突然75歳を境に、健康保険を別枠にして、後期高齢者健康保険制度ときたもんだ。歳を取りゃ、医療費がかさむ、これは避けて通れねぇ。だが、待ってくんねぇ。人は一年に一歳しか歳を取らねぇ。人口動態調査とやらをやってきたお役人さんよぅ!その省の大臣さんよぅ!今のような情勢になるのは20年も前から分かってたんじゃねぇかい。それには、何の手も打たず、いよいよとなりゃ、例によって、数字合わせで国民に負担を押しつける。一方では、役人が使い放題の無駄使いよ。いちいち数え上げるのも馬鹿馬鹿しい程の数だぁーな。国民年金だって、40%以上の人が払っていねぇ。あっしはバカだから、そうとは知らずに60歳まで、一月も欠かさずに払ってきたぁな。貰う段になって驚いたいっ。一ヶ月に貰う額が7万円にも満たねぇ。これで生活出来るかい?払い続けたって、貰う時にこの額じゃ、払いたくねぇわな。こんな風だから、歳を取るほどに不安がつのる。
内閣支持率が20%を切った!当たり前だ!国民に負担を求める前に、国の無駄遣いを徹底的に改めてくんな。日本国民ほど教育程度の高い国はない!国が使うお金を、一般財源だろうが特別会計だろうがガラス張りにして、国民に理解を求めれば、国民だって納得して相応の負担をするに決まってるんだ。もう隠し立てをして、一部の人間が既得権にしがみついて良い思いをする時代はとっくに終わってるんだよう。政治家のみなさん、そこんところを分かってやってくんねぇ。ーーー

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