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ダヴァオ紀行:その23 日本との関わり (写真をクリック⇒拡大)

コウテイ.jpgつい数年前、ゼネラルサントス近くで、日本兵生存の噂が流れ、ダヴァオ領事やマニラの大使館員も現地に入ったが、案の定”ガセネタ”だった。この手の噂は、未だに時々聞こえて来るが、戦後63年、ジャングルで人知れず生き延びていると考えるには、時間が経ち過ぎてるし、生存している人の年齢を考えると無理がある。しかし、国籍を隠して現地人として生活していれば、元日本兵生存者がいてもおかしくない。ーーここダヴァオと日本の繋がりは、戦前から始まっていた。沖縄県からの移民が多かったと聞くが、マニラ麻生産のために、かなりの日本人が住み着き、ダウンタウンの一角に日本人町まであった。戦後は、当然のことながら対日感情が悪くなり、日系人達は、素性を隠さなければ生きていけなかった。こうした不幸な時期を経て1980年:フィリッピン・日系人会が発足した。現在、ダヴァオ周辺を中心に、日本が認めた日系人は6500人、更に4000人が申請中だ。
ダイガク.jpgフィリッピン日系人会は1989年、ラナンにインターナショナルスクールを開校、現在、幼稚園から高校まで1400人の生徒が在籍している。職員たちは、私に好意的で、小学校・中学校を案内してくれたが、私立だけあって、建物も教室も明るくて綺麗だった。私が知り合った、日本人会の子供さん達もこの学校に通っている。2002年より、日比ボランテアー協会(網代会長)の援助で、ここの敷地内にミンダナオ国際大学も開校して、子供の教育は勿論、日比の架け橋としての役割も持ち始めている。
ニッケイ・ジギョウ2.jpgこじんまりとした大学内を案内して貰うと、授業中の教室があった。中に入ってみると、大学生とは、とても思えない40歳前後の生徒が30人程、若い先生の講義を真剣に聞き、ノートを取っていた。案内してくれた教授に聞いてみると、生徒は皆、日系人で”日本で働くための授業”だそうだ。それにしても”日本語は全く使われていない!”どうやら、教えている内容は”ビザの更新や健康保険等”の手続きらしい。思い切って”日本語が分からない人が日本で働き口があるのか?”と聞いてみる。すると教授は笑いながら”日本語が分からなくても、正規のビザがあれば、日本の農家はいくらでも働き手が欲しいんだよ”と教えてくれた。”正に、これが日本農業の実情なんだ”。私は、農作地域から若者が去り、”限界集落”などと言われて、極端に過疎化しているのを知りながら、労働力を外国に頼らざるを得ない現実を直視してこなっかった自分を一寸恥ずかしく思いました。
ミニマート.jpgミニマート(小さなコンビニ)が、大学の一角にあった。ちょっとした雑貨や日用品が揃っていて、収益はフィリッピン日系人会に入るようになっているそうだが、”会”が大きくなって行くには、どうしても資金がいるし、このミニマートが第一号店となり、上手く行けば、店を増やす計画があるとのことだ。更に、大学事務室の一角に、日本の法律事務所からの事務員が常駐していて、日系人探しの手伝いをしていた。第二次世界大戦を乗り越え、厳しい戦後を生き抜いてきた日系人達が日比両国から正当な扱いを受ける日は、いつ来るのだろう?
戦後60数年、戦争の重荷を未だ背負っている人たちがいる。私を訪ねて40代の女性がホテルにやって来た。身分証(住民票)を差し出すから見てみると、ステイタスは空欄。ただ、ミドルネームがANDOとなっていた。どうやら、その人は日系人であることを認めて貰って日本で働きたいらしい。おじいさんに当たる人(日本人で86歳だとか)がゼネラルサントスでご存命だとのことだった。早速、”ミンダナオ国際大学”で、日系人探しの手伝いをしている人に紹介状を書いて渡したが、あの人は日系人であることを認めて貰えたのだろうか?

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