雛人形:岩槻 (写真をクリック⇒拡大)
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ぶら~り”人形の町”岩槻にやって来た。駅を出れば、早速、人形屋さんの看板が目に飛び込んで来らぁー。ちょいと覗いて見ると、店内はパツと明るい。何せ、てぇーげぇーの”お雛様は赤い絨毯の上に鎮座まします”と言う訳だ。広い店内には二・三組の老夫婦が店員の説明を熱心に聞き入ってたなぁ。きっと、女のお孫さんでも出来て品定めに来たんだろうが、贈る側からすれば、少しでも良いものを贈りたいし、そうかと言って、あまり高いものにゃー手が出ねぇーと、この辺が思案のしどころよなぁー。あっしの家でも8年前にゃ、同じ思いをしたぁーな。
飾る場所と金にイトメはつけねぇー。と成れば、立派な7段飾りも、各種、取り揃えてあるがよ。今時の住宅事情と、老人の経済力?からすりゃ、どうしたって売れ筋は”お内裏さまとお姫様”と言うことに落ち着くはなぁー。いや、物によっちゃー7段飾りだって、あっしらの手が届く値段のものもあるがよ。でも、折角だから、孫が”物心がついた時”に気に入って貰いたいと思えば、懐と相談しながら、あれや、これや、比べて見らぁーな。”お姫様と内裏様”だけだって、こちとらが気に入ったものは、それなりの値段よ!お店の方も、そこは心得たもので、客の相談に乗って値段を引いてくれたり、他の人形を勧めてくれるがよ。まぁー、ざっと2・3拾万がところの出費とならぁーな。
岩槻・人形作りの歴史は日光東照宮建立まで遡ると言うから、長い歴史に支えられてる訳だぁーな。その頃、岩槻周辺は宿場町だった上に桐製品の名産地で、家具や下駄作りから出た”桐の粉”と”糊”を混ぜ合わせ、東照宮に関わった匠達がこの地に留まって人形を作り始めたんだとよ。今も、同じ材料で作られてるとは思えねぇーが、人形作りに関わる人が3千人も居ると言うから、恐れ入るとしか言いようがねぇ。
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数あるお雛様の中からしっとりと落ち着きがあって、一番印象に残ったのがこれだったなぁー。勿論、値段が手の届く範囲と言う理由もあるがよ!貧乏性は直らなねぇ(笑い)。展示されているお雛様の多さにも驚いたが、すぐ裏にある工房で、お客から預かった人形を”丹精込めて”直している職人さんには胸を打たれたなぁー。昔風に作られた人形ほど、虫食いなどで傷みやすいそうだが、この”使い捨て”時代に、修理しても”飾りたい人形”にはそれなりに”思い入れ”があるんだろうし、修復する人も”その思い”を大切にしながら作業を進めるんだろうなぁー。
安藤達己的独り言:岩槻の町をそぞろ歩きをしていると、風情のある小さな人形屋さんがあったから、どうせ”急ぐ旅じゃなし”店に入って、いかにも職人風な店主と世間話に花を咲かせていると、お雛様も五月人形の部品も、驚いたことに今や、ベトナムやフィリッピンといった外国で作らせているものもあるそうな。日本人の琴線にふれる節句の飾りものまで、安さだけを求め始めたのかなぁー。そう、そう私の好きな酒の肴・〆サバが国産だとばっかり思っていたら、スエーデンで漁獲され中国で加工されているんだってさ。そんな風だから、雛人形が外国で作られていたって驚くには当たらない時代なのかも知れないなぁー?!?!
写真は”人形の東玉”さんに協力して頂きました。電話:048-756-1111
コメント
岩槻はこういう伝統ある城下町だけにさいたま市岩槻区に変わったのを知った時は何故か寂しい思いをした記憶があります。地方行政も難しい時代です・・・。
投稿者: gun_gun_G | 2008年02月28日 23:32