バレンタインデイ (写真をクリック⇒拡大)
チョコレートなんざぁー貰ったこたぁーねぇ。いや、まじな話がよ、あっしゃー、いい男だったよ!だがよ、その当時にゃ、バレンタインデイなぁーんて、洒落たものは無かったのさ。チョコレートと言やぁー、進駐軍のGIさんが、今まで見たこともねぇジープに乗って、颯爽とやって来るってぇと、汚らしい、なりをした子供達が取り巻いて”ギミーチョコレート:ギミーガム”の大合唱よ。砂糖なんざぁ、高級品で、滅多に拝めねぇ当時のこった、甘いものに餓えてたからさ、こんなに”うめぇー”ものがあるのかと、驚いたぁな。ガムも美味かったなぁー。今、思えば、単なる”風船ガム”だがよ。ガムをせしめたガキがさんざ、噛んでからガムを膨らますと”パチン”と弾けて、口の周りにくっつくわけよ。それを又、口に入れて”クチャクチャ”噛むのが格好良くてさ、ガムを貰いそこなったガキは、人がさんざん噛んで、味も無くなっているガムを頂いて我慢すると、まぁ、そうゆう訳だ。不衛生な話よなぁー(笑い)。
いつの頃から、こうなったのか知らねぇーけれど、2月に入ると、どこの菓子屋もチョコレートのオンパレードさね。会社勤めのお嬢さん方にゃ、難儀な季節よなぁー。同僚の男性方にチョコレートを配る、いわゆる”義理チョコ”ってぇーやつだぁーな。ちょいとばかり良い男は、大層な数を貰って喜んでるんだと。だがよ、沢山貰ったからって、自慢にゃ、ならねぇらしい。今時の若いお嬢さんのこった。そこは抜け目なく”義理チョコ”と”本命チョコ”に分けて、配ってるんだとよ。好きな人にゃ、板チョコを溶かして、手間を掛けた”世界に一つだけの”チョコをプレゼントするか、飛びっきり上等の”ブランドチョコ”を贈るんだと。
こちとらが貰えるチョコと言えば、せいぜい、指名して上げたお礼にオネェーちゃんが呉れる程度のものよ。これだって、うっかり、家に持って帰れねぇ。数年前に、テーブルの上に置いたまま寝てしまい、朝起きると、バァーさんが”お父さん、いくら使うとこんな物が貰えるの?”と、きぁがった。もう、それ以来、飲み屋のオネェーちゃんからチョコは貰わないことに決めたぁーな!!!!と言う訳で、今はもう、”義理チョコ”すら手に出来ねぇ、ていたらくよ。まぁー、それに同情したんだろうが、娘がチョコを持ってきて呉れるようになった。菓子屋に行った、ついでなんだろうが、裕福な孫娘も、身銭を切ってチョコを買ってくれる、これで、二人からチョコが届くっとーーーー
”義理チョコ”だって貰える内が華よ。あっしのように、身内からの”同情チョコ”しか来なくなっちゃー、世も末よなぁー。アァーァ。
安藤達己的独り言:昭和23年頃、私の田舎で、走っている車と言えば、警察車両、消防車と”木炭バス”程度、自家用車を持っている人なんて居なかった。そんな所へ白人の大男がジープで乗りつけ、お腹一杯、食べることさえ出来なかった子供達にチョコレートやガムを無造作に配る。私から見ればアメリカ兵は皆、桁違いの金持ちに思えた。酒やタバコは勿論、”無い無いずくし”の日本国民に比べて、進駐軍の居住地は、治外法権的な場所で”px”と呼ばれる店があり、アメリカ兵家族とその知り合いだけが、何でも、安く買えた。こんな少年時代を過ごした私達世代は、知らず知らずの中に白人コンプレックスを植え付けられて行ったのだろう?!終戦から60数年、経済大国となった今も、独立国らしい風格に乏しく、アメリカにばかり追随しているように思えるのだがーー。決して若くない日本の指導者も、私のように体に浸み込んだアメリカコンプレックスから抜け出せずにいるのだろうか?
コメント
こんにちは監督!
粋なバレンタイン記事を楽しく読ませていただきました。
「同情チョコ」には爆笑しましたけど!
ほんとにこの習慣はいつから始まったのでしょうね。街中チョコレートだらけですものね。
投稿者: ぶら坊 | 2008年02月14日 19:22
>いつの頃から、こうなったのか知らねぇーけれど
監督、こんばんは。
今日の毎日新聞夕刊によれば、チョコレートメイカーが、「2月14日バレンタインにチョコを!」というキャンペーンを始めてから、今年で50年になったとあります。
ということは、1958年から始まったのでしょう。
太平洋戦争が終ってから、13年目の昭和33年に、一般的に豊かになったんでしょうねぇ。
投稿者: オランダの薔薇 | 2008年02月14日 20:24