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2008年02月24日

雛人形:岩槻 (写真をクリック⇒拡大)

トウ・ミセ.jpgヒナ1.jpgぶら~り”人形の町”岩槻にやって来た。駅を出れば、早速、人形屋さんの看板が目に飛び込んで来らぁー。ちょいと覗いて見ると、店内はパツと明るい。何せ、てぇーげぇーの”お雛様は赤い絨毯の上に鎮座まします”と言う訳だ。広い店内には二・三組の老夫婦が店員の説明を熱心に聞き入ってたなぁ。きっと、女のお孫さんでも出来て品定めに来たんだろうが、贈る側からすれば、少しでも良いものを贈りたいし、そうかと言って、あまり高いものにゃー手が出ねぇーと、この辺が思案のしどころよなぁー。あっしの家でも8年前にゃ、同じ思いをしたぁーな。
ヒナ7.jpg飾る場所と金にイトメはつけねぇー。と成れば、立派な7段飾りも、各種、取り揃えてあるがよ。今時の住宅事情と、老人の経済力?からすりゃ、どうしたって売れ筋は”お内裏さまとお姫様”と言うことに落ち着くはなぁー。いや、物によっちゃー7段飾りだって、あっしらの手が届く値段のものもあるがよ。でも、折角だから、孫が”物心がついた時”に気に入って貰いたいと思えば、懐と相談しながら、あれや、これや、比べて見らぁーな。”お姫様と内裏様”だけだって、こちとらが気に入ったものは、それなりの値段よ!お店の方も、そこは心得たもので、客の相談に乗って値段を引いてくれたり、他の人形を勧めてくれるがよ。まぁー、ざっと2・3拾万がところの出費とならぁーな。
岩槻・人形作りの歴史は日光東照宮建立まで遡ると言うから、長い歴史に支えられてる訳だぁーな。その頃、岩槻周辺は宿場町だった上に桐製品の名産地で、家具や下駄作りから出た”桐の粉”と”糊”を混ぜ合わせ、東照宮に関わった匠達がこの地に留まって人形を作り始めたんだとよ。今も、同じ材料で作られてるとは思えねぇーが、人形作りに関わる人が3千人も居ると言うから、恐れ入るとしか言いようがねぇ。
ヒナ4.jpgナオシ1.jpg数あるお雛様の中からしっとりと落ち着きがあって、一番印象に残ったのがこれだったなぁー。勿論、値段が手の届く範囲と言う理由もあるがよ!貧乏性は直らなねぇ(笑い)。展示されているお雛様の多さにも驚いたが、すぐ裏にある工房で、お客から預かった人形を”丹精込めて”直している職人さんには胸を打たれたなぁー。昔風に作られた人形ほど、虫食いなどで傷みやすいそうだが、この”使い捨て”時代に、修理しても”飾りたい人形”にはそれなりに”思い入れ”があるんだろうし、修復する人も”その思い”を大切にしながら作業を進めるんだろうなぁー。

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安藤達己的独り言:岩槻の町をそぞろ歩きをしていると、風情のある小さな人形屋さんがあったから、どうせ”急ぐ旅じゃなし”店に入って、いかにも職人風な店主と世間話に花を咲かせていると、お雛様も五月人形の部品も、驚いたことに今や、ベトナムやフィリッピンといった外国で作らせているものもあるそうな。日本人の琴線にふれる節句の飾りものまで、安さだけを求め始めたのかなぁー。そう、そう私の好きな酒の肴・〆サバが国産だとばっかり思っていたら、スエーデンで漁獲され中国で加工されているんだってさ。そんな風だから、雛人形が外国で作られていたって驚くには当たらない時代なのかも知れないなぁー?!?!
写真は”人形の東玉”さんに協力して頂きました。電話:048-756-1111

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2008年02月17日

ダヴァオ紀行:その22 ジヨリビー (写真をクリック⇒拡大)

ジュ。カンバン.jpg40年ほど前迄、外食と言えば、近所の日本ソバ屋か中華ソバ屋でに行く程度で、学生さん達は、もっぱら”お食事処”で用をたしていた。そこにマクドナルドが進出してくると、学校給食でパンに馴染んだ若者達が殺到し、あっと言う間に、日本中に支店を増やしていった。勿論、他の外食産業も手をこまねいて居た訳ではないが、ファーストフードの王様と言えば、マクドナルドだろう。ここの”ウリ”は、早くて安いことだ。店員はマニュアル通りに注文を聞き、同じ笑顔で客をもてなす。そこへ日本食・中華・イタリアン・洋食のファミリーレストランが追い討ちをかけ、寂しいことだが家族経営で客に対する思いやりがあり、個性豊かだった”お食事処”は姿を消していった。
フィィリッピンは、かってアメリカの植民地であったことや、つい10数年前まで空軍・海軍の基地があった為に、早くからアメリカ文化の影響を受けてきた。外食産業も勿論、影響を受けマクドナルドも進出して来た。それを迎え撃ったのが”ジヨリビー”だった。
カウンター.jpgジヨリビーのメニューを見てもマクドナルドとほとんど変わらない。なのに、現在のところ店舗数では、圧倒的にジヨリビーが優勢だ。フィリッピン全土に展開するマクドナルドが、数百店に対してジヨリビーが1万5千点を超えていると聞けば、これは勝負にならない。一体、どんな理由でマクドナルドの戦略がフィリッピンでは通用しないのだろうか?この状況を巨大国際企業・マクドナルドが放置する筈もなく、ダヴァオ空港の近くでも大店舗の工事が始まっていた。
スパ・パン・シェイク.jpg日本にいる時は、ファーストフードに滅多に行かないが、成功の秘密を知りたいと思いジヨリビーに入って、ハンバーガー・スパゲッティー・コーヒーを注文してみた。味付けは、”甘ットロ”くて、お世辞にも、美味しいとは言えない。でも、客は美味しそうに食べてるし、ゆったりとコーヒーを楽しんでいる人も居る。コーヒーもかなり”ひどい味”で、コーヒーそのものを楽しむと言うより、砂糖をいっぱい入れて、一寸、苦い飲料を飲んでいる感じだ。ひどかったのフライドチキンで、これはどう見ても、半生だ!でも一緒に行った現地の人は文句も言わず持って帰った。ハンバーガー用のパンも小さくて、私には”チットも美味しくなかった”が、フィリッピン人の口には合っているに違い無い。だからこそ大衆の圧倒的な支持を得て業績を伸ばしてると納得するしかしょうがない。(笑い)仕事がある若者の平均月収が1万円位で、失業率が30%以上もある。ジヨリビーに入れば、一人200円位の出費になるから、収入と比較すれば贅沢だと思うのだが、結構、客は入っている。最近は何処の国でも、外食産業が栄えるのはどうしてなんだろう?自分の家で食べる”おふくろの味”や”心づくしの家庭料理”が一番美味しく感じるのは、もう私の様な、年寄りだけになってしまったのだろうか?

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安藤達己的毒舌:スーパーマケットじぁ、国産のニラやキャベツが飛ぶように売れ、ギョウザの皮は増産しねぇと間にあわねぇんだとよ。浅はかな日本人らしいやね。中国産の冷凍ギョウザに農薬が入っていたのが事の発端よ。安くて簡単だからと、手間のかかる料理はせずに、やれレトルトだぁ、冷凍だぁの食品で間に合わせて置いて、何か不都合が起これば、すぐ誰かを非難する。大体、半調理品を安く手に入れようとすれば、売る方だって、当然、労賃の安い国で大量生産して輸入するに決まってらぁー。門題がなけりゃ、誰も文句は言わねぇ。それで、さんざ便利に使ってたくせに、不都合が起こりゃ、手のひらを返したような大騒ぎよ。ちょっと考えて見ねぇ、日本の食糧自給率は40%だってさ!先進国の中で最低の数字よ。分かりやすい話が、国内で生産された食料だけを食べてりゃ、国民一人・一日あたり”900カロリー分しかねぇって”言うことにならぁー。これじゃ、全国民、栄養失調だぁーな。
田舎は過疎と荒れ果てた農地だらけよ。畑がなくて食料が作れないんじゃねぇ。消費者が不当に安い、輸入農産物や畜産物・海産物を選択した結果がこの事態を招いたんじゃねぇかい?腰の据わらねぇ農政を続けた政治の責任も大きいが、こんな政治家を選んだのも、あっしら国民だぁーな。立派な建物や高速道路が出来たって、国民の健康さえ守れねぇ日本で、本当に良いのかい?中国産は信用出来ねぇ。なぁーんて、文句を言う前に、もう一度、日本人の”食と農業”のあり方を考えて見ようじゃねぇーか。なんたって、外国が日本への食料輸出を止めりゃ、日本国民総栄養失調なんだからよ。

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2008年02月10日

バレンタインデイ (写真をクリック⇒拡大)

バ・フウセン.jpgチョコレートなんざぁー貰ったこたぁーねぇ。いや、まじな話がよ、あっしゃー、いい男だったよ!だがよ、その当時にゃ、バレンタインデイなぁーんて、洒落たものは無かったのさ。チョコレートと言やぁー、進駐軍のGIさんが、今まで見たこともねぇジープに乗って、颯爽とやって来るってぇと、汚らしい、なりをした子供達が取り巻いて”ギミーチョコレート:ギミーガム”の大合唱よ。砂糖なんざぁ、高級品で、滅多に拝めねぇ当時のこった、甘いものに餓えてたからさ、こんなに”うめぇー”ものがあるのかと、驚いたぁな。ガムも美味かったなぁー。今、思えば、単なる”風船ガム”だがよ。ガムをせしめたガキがさんざ、噛んでからガムを膨らますと”パチン”と弾けて、口の周りにくっつくわけよ。それを又、口に入れて”クチャクチャ”噛むのが格好良くてさ、ガムを貰いそこなったガキは、人がさんざん噛んで、味も無くなっているガムを頂いて我慢すると、まぁ、そうゆう訳だ。不衛生な話よなぁー(笑い)。
メイジ2.jpgいつの頃から、こうなったのか知らねぇーけれど、2月に入ると、どこの菓子屋もチョコレートのオンパレードさね。会社勤めのお嬢さん方にゃ、難儀な季節よなぁー。同僚の男性方にチョコレートを配る、いわゆる”義理チョコ”ってぇーやつだぁーな。ちょいとばかり良い男は、大層な数を貰って喜んでるんだと。だがよ、沢山貰ったからって、自慢にゃ、ならねぇらしい。今時の若いお嬢さんのこった。そこは抜け目なく”義理チョコ”と”本命チョコ”に分けて、配ってるんだとよ。好きな人にゃ、板チョコを溶かして、手間を掛けた”世界に一つだけの”チョコをプレゼントするか、飛びっきり上等の”ブランドチョコ”を贈るんだと。
ゴデバー2.jpgこちとらが貰えるチョコと言えば、せいぜい、指名して上げたお礼にオネェーちゃんが呉れる程度のものよ。これだって、うっかり、家に持って帰れねぇ。数年前に、テーブルの上に置いたまま寝てしまい、朝起きると、バァーさんが”お父さん、いくら使うとこんな物が貰えるの?”と、きぁがった。もう、それ以来、飲み屋のオネェーちゃんからチョコは貰わないことに決めたぁーな!!!!と言う訳で、今はもう、”義理チョコ”すら手に出来ねぇ、ていたらくよ。まぁー、それに同情したんだろうが、娘がチョコを持ってきて呉れるようになった。菓子屋に行った、ついでなんだろうが、裕福な孫娘も、身銭を切ってチョコを買ってくれる、これで、二人からチョコが届くっとーーーー
”義理チョコ”だって貰える内が華よ。あっしのように、身内からの”同情チョコ”しか来なくなっちゃー、世も末よなぁー。アァーァ

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安藤達己的独り言:昭和23年頃、私の田舎で、走っている車と言えば、警察車両、消防車と”木炭バス”程度、自家用車を持っている人なんて居なかった。そんな所へ白人の大男がジープで乗りつけ、お腹一杯、食べることさえ出来なかった子供達にチョコレートやガムを無造作に配る。私から見ればアメリカ兵は皆、桁違いの金持ちに思えた。酒やタバコは勿論、”無い無いずくし”の日本国民に比べて、進駐軍の居住地は、治外法権的な場所で”px”と呼ばれる店があり、アメリカ兵家族とその知り合いだけが、何でも、安く買えた。こんな少年時代を過ごした私達世代は、知らず知らずの中に白人コンプレックスを植え付けられて行ったのだろう?!終戦から60数年、経済大国となった今も、独立国らしい風格に乏しく、アメリカにばかり追随しているように思えるのだがーー。決して若くない日本の指導者も、私のように体に浸み込んだアメリカコンプレックスから抜け出せずにいるのだろうか?

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2008年02月03日

チビラくん:空気がなくなる日

ク・タイトル.jpgタウ・タイトル.jpg突然・怪獣町に地震が頻発するようになった。慌てふためいたゴルバは、先祖伝来の方法で占ってみると、震源地は”ハッタル家”だと出た。早速、ゴルバはガキンコを連れて”お払い”に出掛けるが、科学万能主義のパパゴンは”ホワイト彗星”の接近が原因であること突き止め、対策を練っているところだったとさ。こんな話に納得出来ないゴルバは、先祖から伝わる秘伝の書から対策を見つけ出し、”ナマズさま”の怒りを静める儀式を始めたんだとさ。だが、益々地震はひどさを増し、その上、重力の変動で家財道具まで浮き上がるようになって、怪獣町全体が大騒ぎとなったんだとさ。
トラベル.jpgナンジャー爺さんの計算でも、彗星が怪獣星に接近しているのは確かで、そうなれば、地震の頻発や重力の変化だけではなく、空気さえ無くなることになるんだとさ。ハッタル家では故障してしまった”トラベルマシン”を直しミリオン星に避難しようとパパゴンが大奮闘している真っ最中、ゴルバといえば、野原に円形の布を敷いて祭壇を飾り、その上にいれば、空気が無くなる心配はないと、こちらも、お祈りの真っ最中。ガキンコはウサギもカメも助けたいと、動物の背中に空気袋を背負わせて、空気の無くなる日に備えていたんだとさ。
ナ・ゴ・ガ・ク.jpgこんなゴルバ家を心配したナンジャー爺さんは、ゴルバを説得し、せめてガキンコだけでもハッタル家と共にミリオン星に避難させるように勧めたんだとさ。頑固で荒唐無稽に見えるゴルバだが息子を思う気持ちは、人一倍強く、突然ガキンコを棍棒で殴り、気絶させてハッタル家に運び、パパゴンに頼み込んで修理が出来たトラベルマシンで脱出させたのだが、到着した場所がミリオン星どころか、何んと、なんと、ゴルバが野原に作った祭壇の近くだったんだとさ。これで怪獣星の住人も”一巻の終わり”かと、稲光の中で怯えているとーーーーー
チ・ポラスト.jpg暗くなった外にも空気があり、そこにはナンジャー爺さんの姿があった。爺さんは電気バリアーで怪獣星を覆って彗星をやり過ごす、ことを思いつき、この危機を救ったんだとさ。彗星が通過すると、真っ黒だった空にも綺麗な夕日が輝き、平和な怪獣町が戻って来たんだとさ。めでたし、めでたし。
今回の話は彗星の接近と言う、映画の題材では良く使われるエピソードだった。しかし本当の主題は、ナンジャーさんを絡めながら、対照的な子育と危機管理をしているハッタル家とゴルバ家だが、子を思う親の気持ちには変わりが無い事と子供同士の友情を描くことにあった。
それにしても、このエピソード、地震のシーンが多く、大きなタイヤチュ-ブの上にカメラを乗せて、助手がチューブを踏みつけながら揺れ具合を調節して、カマラマンに怒られているのを見ると、可笑しい様な、気の毒の様な(笑い)、まぁー大変な撮影でした。

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ツ・テガミ.jpg砧社屋ありがとう会・砧社屋を閉鎖するにあたって、2月1日に社屋を一般ファンに公開するお知らせの手紙だった。2年前に新本社が八幡山に完成した時も、ここを閉鎖する話が持ち上がったが地元商店会(現・ウルトラマン商店街)の強い要望もあり、”円谷プロ発祥の地として残された”いきさつがあると聞きます。昨年9月、円谷プロはTYOの傘下となり、今年に入ってバンダイが30%の株取得を目指すと新聞発表されました。40年前、テレビ映画に新しいジャンルを開いた円谷プロが事実上消滅して行く”お知らせ”だと私は受け取りました。”変身巨大化そして怪獣”と”怪奇特撮”の2つの人気路線を持ちながら、次のヒット作を打ち出せなかった円谷英二氏の後継者たちーーー失ったものの大きさに気づいて愕然とする日が、やがて訪れることだろう。

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「SAMPLE」ビデオながら見日記・さん、いつも”チビラくん”の寸評読ませて貰ってますよ。