ダヴァオ紀行:その19 クリスマス風景 (写真をクリック⇒拡大)
流石はクリスチャンの国・フィリッピンだ!ハロウイン(10月31日)が終わるとソウルズデイ(オールセインツデイ)となり、先祖の墓参りが終われば、早々とクリスマスムードに包まれる。街に出れば、ツリーをかたどったイルミネーシオンが点滅を始め、クリスマスソングが聞こえてくる。とは言っても、ここは常夏の島、汗をかきながら聞くホワイトクリスマスには違和感を感じますなぁー(笑い)。夜になって、ダウンタウンで一番目立つツリーを見つけて写真を撮ってみる。日本で見る光と何か違うと思ったら、光源のせいだった。日本でも12月に入ると”光の祭典”とやらが大流行で、あちらこちらで、大げさな点灯式をやっているが、発光ダイオードのお蔭で”怖いほど鮮やかで、冷たい光”が冬の夜を彩る。ここダヴァオでは、発光ダイオードの”輝き”を見たことが無い。しかし普通の電球が醸し出す暖かい”明るさ”も、なかな捨てがたい。
商店街で土産ものを探していると、露天で、それこそキラキラ光る”クリスマス飾り”を売っていた。この時期になると小さなお店も、それなりに、ささやかな飾り付けをしている。決して豊かな国とは言えないフィリッピンのことだから、一般家庭でも、かっての日本の正月がそうだったように、クリスマスだけは待ちに待った特別な日で、子供達はプレゼントを貰い、食卓には、滅多に食べられないご馳走が並んで、楽しい時間を過ごすのだろう。なぁーんて勝手な想像を巡らせると、私の子供時代:わくわくしながら家族総出で”モチつき”をしたり、”お歳玉”が待ち遠しくて早起きをしたことが思い出される。あの頃は、本当に正月が待ち遠しかった。元旦にしか食べられない、おぞうにとおせち料理が本当に美味しかった。ーー
友人の家で冷えたビール飲んでいると、表で、”もの売り”らしき声がしたので、外へ出て見ると、この暑い中を”クリスマス飾り”の行商がやってきた。見渡したところ、人影は見当たらない、こんな住宅街で、買う人がいるのかと心配になるが、その男は売り声を掛けながらさっさと歩いて行く。
日本だって行商は珍しくなかった。つい数年前まで、我が家にも農家のおばさんが、竹かごに、自家製の野菜や花、時にはモチやオハギまで詰め込んで売りに来ていた。最近でも、たまに小型トラックで野菜や魚を売っている人を見かけるが、季節感のある行商はすっかり見かけなくなった。昭和40年代まで、5月を過ぎると、どの街にも必ずと言っていい程、金魚屋さんがやって来た。最初の頃は、両端に底の浅い桶を着けた天秤棒を担いで”キンギョ・キンギョェー”の売り声と共に現れたが、その内、天秤棒がリァカーに変わり、いつの間にか姿を見かけなくなってしまった。今更、こんな商売をしようなんて言う物好きは居ないだろう。それは兎も角、日常生活の中から季節感がドンドン無くなって行く。野菜も魚も果物もスーパーに行けば、季節に関係なく一年中並んでいる。生活が豊かになり、”食べたいものを食べたいときに食べる。”と言う消費者の需要に、生産者も流通業者も応えて来た。こうして日本から、”季節が送ってくれる恵み”に対する感謝と感動が希薄になって来た。
ダヴァオと銀座の年末風景を見ながら、ふと若かりし日を思い起こして、感傷的になった私でした。