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2007年11月29日

紅葉を探して:旧古河庭園 (写真をクリック⇒拡大)

フ・コウヨウー3.jpg11月も半ばをを過ぎりゃ、聞こえてくるのは”モミジ便り”よ。今朝もテレビをつけりゃ、赤や黄色に染まったスクリーンが目に飛び込んでくらぁーな。のんびりくすぶってる場合じゃあんめぇーと、家を飛び出し、飛鳥山に来たわけよ。ここから本郷通りを西ヶ原に向かって歩き出す。ところがさ、左手に見えるイチョウの木も、わずかに色を変えてるだけで”紅葉”などと、とても呼べねぇ。それにしても、自然もなけりゃ、高層ビルも高速道路も見当たらねぇ。日曜だから人通りも、ほとんどねぇ。なんとも間抜けと言ぁー、間抜けな景色だぁーな。”これも都会の持つ一面よ。”なぁーんて妙な感慨にふけっていると、程なく古河庭園の門前よ。
フ・ヨウカン.jpgここでの見ものと言やぁー、大正時代初期に建てられた西洋館と和・洋の庭園が同居している佇まいだぁーな。入園料・150円を払って、振り返れば、玄関口が木々に囲まれた二階建ての西洋館が見えてらぁー。今は、コーシーなど飲める喫茶室になってるがよ、どっしりとした洋館はさすがに貫禄充分、バラの花と良く似合ってらぁーな。それにしてもよ、バラって何時咲く、花なんでぇー?近頃のこった、季節感がすっかり無くなって、花屋に行きゃぁー、大概の花は年中、売ってるがよ、外で育っているバラが今、咲いてるとなりゃぁ、これは今頃が見所になる種類なんだんろうなぁー。
西洋庭園を下るってぇーと、日本庭園のエリアに入る。木々は、色づいているといやぁ色づいてはいるが、ほんの”おしるし”程度。とても”紅葉した”などと、言えたシロモンじゃねぇ。にわか仕込みの知識だがよ。昼と夜の気温差が大きくねぇと、綺麗な紅葉は見られねぇって言うじゃねぇーか。成る程よなぁー!温暖化が進む上に、ヒートアイランド現象とかで都会の気温が年々上がり、夜も冷え込まねぇってことになると、東京で”綺麗な紅葉”を愛でよう、なんぞぁー、”無いものねだり”なのかも知れねぇーなぁー。いつの間にか、木立の中に踏み入り、下を見やれば、有名な池が見えて来たぁーな。
フ・コウヨウー2.jpg日本庭園の呼び物は、何たって、この池だろうよ。上から見ると”心”と読めるらしいがよ、まだ緑が茂ってて、こいつぁ、確認出来なかったなぁー。まぁー、”かろうじて、綺麗に色づいている木”を一本見つけ出し、これでなんとか秋を感じて貰おうと、良いアングルを探して池の周りを一巡り。撮った写真がこの一枚よ!これで秋を感じてくれってぇのもおこがましいが、我が家から一時間がとこ、掛けてやっと撮れた写真(微笑)だからさぁ。まぁー、これで勘弁してやってくんねぇー。
昔っから”ならぬ堪忍、するが堪忍”って言うじゃネェーか。

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2007年11月14日

チビラくん:帰って来たナンジャー!

ナ・タイトル.jpgハッタル・ゼンケイ.jpgローソクの灯りで怪談を聞かされ、すっかり怯えてしまったチビラとポチポチだったが、朝がやってくると美しいフルートの調べが流れて来たんだとさ。何事かと興味を持ったガキンコもチビラと合流して、音が流れて来る方へ近づいて行くと突然、大きな花が目の前で開き、すっかり見られなくなった蝶が飛んで来たんだとさ。どうしてこんなことが起こるのかと、最初は気味悪がっていたが、そこは詮索好きな子供達のこと、すぐに音の出所を探して、更に川の上流に行くと、そこにはフルートを吹く、怪しい老人がいたんだとさ。
ベン・カブト.jpgこの老人が現れてから”学習ドリ”に、姿を消していたクワガタやカブトムシが群がり。こんな昆虫を見たことも無いチビラは、ただただ怖がるばかり。流石にパパゴンは昔見た、この虫を知っていたが、どうして突然こんな椿事が起きたのか、合点がいかず、悪いことが起こる前兆ではないかと、ますます不安になって来たんだとさ。ゴルバの方は仏壇に灯をともして、”悪魔払い”まで始める始末。その後も、開発で荒らされた土地に花畑が現れたり、木々の間を小鳥が飛び回ったりと、怪獣町から消えていたものが次々と姿を現し、大人たちは益々、不気味に感じ始めたんだとさ。こんな親達の心配をよそに、見知らぬ老人(プカロと言う、100年前怪獣町に住んでいた人)の不思議な能力に魅せられたチビラ達は、今日も森の中で巣箱を架けているプカロを探し当て、いつしか、鳥達と遊びながら自然を取り戻そうとする老人の手助けをするようになっていったんだとさ。
ハナ・チョウ・コドモ.jpgトリス・コドモ.jpgハナイチメン.jpg
百年もの放浪生活で、すっかり風貌も変わっていたプカロだったが、昔の面影は残っていて、パパゴンはプカロだと気づいて安心するのだが、ひょんなことから、頭脳自慢のパパゴンとプカロが掛け算の競争をする羽目になったんだとさ。長い放浪生活で、”知恵”と不思議な”術”を身につけて帰って来たプカロにパパゴンの計算力では、敵う筈も無く、簡単に負けてしまいましたとさ。ひどく意気消沈するパパゴンだったが、それを尻目に、チビラ・ポチポチ・ガキンコは今日もプカロの吹くフルートに導かれて、美しい夕日の中で、花の種を蒔いていたんだとさ。

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安藤達己的独り言:当時、私は植木で有名な安行の近くに住んでいた。まだまだ、マイナーだったマリーンスポーツ愛好家が集まるスナックがあって、私を中心にスキューバだのサーフィンの話で盛り上がっていたのだが、この作品にクワガタやカブトムシが要る話をすると、2・3人の大学生が”取ってくるよ”と言う。2・3日すると、その通り10匹位のムシを取ってきてくれた。開発が進んでいたとは言え、木が沢山あった安行あたりでは、昆虫採集も出来たのです。
それがアッと間に開発が進み、気がつけば、曲がりくねった山道は舗装され、川には立派な護岸が作られ、田に水を引く用水さえU字溝に変わって行った。米や野菜の収量を上げるため、化学肥料と殺虫剤が大量に使われ、それまでは何処にでもいたカエル・メダカ・ドジョウが姿を消し始め、これを捕食する鳥達も絶滅へ歩みを速めた。エサがいなくなって、コウノトリもトキも野生で生きることが出来なくなり、飼育ケージの中で数だけは増やしてきた。
今年に入って、先ず、コウノトリの野生化実験が地域の農家を巻き込んだ大きなプロジェクトとなり、日本種が絶滅したトキも、後に続く計画が進められている。一度、壊してしまった自然を取り戻すのがどれだけ大変なことか、この鳥達が証明している。なのに、便利な生活を求めて、山も川も海もコンクリートに囲まれて行く。
四十年前に、いろいろな形で投げかけられた”自然破壊”への警告は、経済優先の政策に飲み込まれ、開発の波は止まらない。もし私が、このプカロのように100年地球を留守にして帰って来ることが出来たら、その時、この青い星はどうなっているのだろうか?

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[SAMPLE]ビデオながら見日記:さん!今回は”良い評価”をありがとうっ!

2007年11月07日

チビラくん:ハッタルヤッタル騒動紀!

サブ・ハッタル.jpgベ・サルグツワ.jpg勉強ドリに猿轡をして、ハッタル家を抜け出したチビラとポチポチは飛行機を飛ばしたり、ガキンコとチャンバラごっこをしたりと今日も楽しく!?勉強をサボっては遊び暮らしていたんだとさ。教育熱心なママゴンは、こんなチビラを放ってはおけず、パパゴンに協力を求めたのだが、そこは”勉強”ばかり押し付ける母親と違って、”遊びも大切”だと父親らしい考えを押し通し、ついには深刻な夫婦喧嘩となりパパゴンは家出をしてしまったんだとさ。
パ・ゴツリ.jpgこのチャンスを逃してなるものか!と、ゴルバはパパゴンが居なくなったハッタル家を訪れ、”ガキンコの教育には家庭教師が必要である”からして、ふさわしい人を見つけに行くので、しばらくガキンコを預かって欲しいとママゴンに頼みこんだんだとさ。ゴルバの”ハッタル家乗っ取り計画”を見抜けないママゴンはこの計略に見事ひっかかり、ガキンコを預かるが、その頃パパゴンはゴルバに”一服盛られて”寝ている間に、ゴルバ家の一室に閉じ込められていたんだとさ。
パ・ポ・シナイ.jpgパパゴンに化けたゴルバは、何食わぬ顔でハッタル家に乗り込み、教育熱心なパパゴンの振りをして、チビラ、ガキンコ、ポチポチを勉強部屋に集め、特訓を始めたんだとさ。なにせ日頃から、気に食わぬハッタル家のチビラとポチポチ、”出来が悪い”と言っては竹刀で叩く。一方、ガキンコに対しては、易しい問題を出し”良く出来た”と褒めちぎる。こうして、積もり積もった”恨みつらみ”を晴らしていたのだが、それだけでは、飽き足りず、ついには、チビラとポチポチにボクシングをやらせるわ、更に樽乗りまでさせるわと、いじめまくったんだとさ。パパゴンのあまりの豹変振りを不思議に思ったチビラとポチポチは、誰も居なくなったゴルバ家に行き、パパゴンが監禁されているのを見つけて救い出しました。こうしてハッタル家には元通りの生活が戻ったんだとさ。
チ・ガ・ポフェッシング.jpgこんな大騒ぎがあっても、チビラ・ポチポチ・ガキンコはいつものように、親の監視を潜り抜け、広場に集まっては、また新しい”遊び”を見つけて楽しんでいたんだとさ。めでたし、めでたし。

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安藤達己的独り言:昭和45年、ほとんどの家庭にテレビが行き渡り、子供が長い時間、テレビに夢中になる傾向が見えてきた。”国民総白痴化”などと言われて、教育への悪影響が論議されるようになったが、塾に通う子もそんなに多くはなかったし、偏差値・偏差値と大騒ぎする時代でもなかった。外には、まだ空き地もあって、子供達も、キャッチボールだのカン蹴りをして遊んでいた。いつの時代も同じなのだろうが、親は、特に母親は、子供に”勉強しろ”と言うのが一つの仕事のように思える(笑い)。当時も”勉強しろ・勉強しろ”と言ってはいたが、言う方も、言われる方もどこか余裕みたいなものがあって、切羽詰った感じ、じゃなく、ホット出来る部分があった。それに引き換え、ずっと豊かになった筈の今、子育ても、ギリギリのところ迄追い詰められているように見えて、”息苦しさ”、さえ感じてしまいますが、これって私だけの思い違いなのでしょうか?

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「SAMPLE」ビデオながら見日記さん。いつも寸評ありがとう!ザックバランな意見・私は好きです!