快傑ライオン丸:ムササビアン爆破作戦!!
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初めての時代劇を撮ることになった:レッドマンと言うアクションばかりの短編を監督している時だった。親しくしていた、脚本家・若槻文三氏から、’時代劇をやってみない!’と声が掛かった。内心’時代考証とか約束事が多くて無理かなぁー’と思っていたのだが、話を聞いてみると時代劇とはいえ、変身・忍者ものといった作品で、思い切った演出が出来そうなので二つ返事で引き受けた。内容は戦国時代、かっての仇敵だった果心居士と悪の化身・ゴースンの戦いが始まり、果心居士はゴースンが送り込んだ子分に命を奪われた。居士の弟子だった獅子丸、沙織、小助が師からの形見を抱いて、旅をしながらゴースン一味と戦い、これを滅ぼして日本の平和を守ると言う勧善懲悪物だ。
今回は、人里はなれた山に住む父子が爆薬作りに成功。そんな折、同士の獅子丸たちがやってくるので、子供は川に出掛けて魚を捕るころから始まる。モリで魚を突くだけの何でも無いシーンだが、時代劇だから、電線、舗装道路、車のわだち、と映っては困るものだらけだ。東京周辺で時代劇向きの場所を探すとなればロケ地も限られてくる。ライオン丸では、多摩川の河原・柿生・拝島・青梅・五日市(あきるの市)で撮影をしていた。
ムササビアンでは狭い小屋のセットで太刀まわりがあり、それも忍者同士だから、ハリを伝わって剣を交え、空中を飛びながら手裏剣を投げるで、どうしてもカット数が増える。外にでれば、撮影がグッと楽になるが、忍者同士のアクションだから、忽然と現れては、消え去り。木に飛び乗ったり、飛び降りたり、で”逆回転の撮影”をふんだんに使う。この準備とタテの段取りも、それなりに大変だ。さらに空中でのアクションには”トランポリン”を使い、この撮影では、フイルムの巻上げスピードを3倍位上げるので、ほんの2・3秒のカットのためにも手間だけはかかる。
絶壁に見える壁をドクロ忍者がゴムホースをロープに巻いて、凄い勢いで降りてくるのには、”なるほど!”と殺陣師の工夫に驚いたものです。これを撮った場所は、田園都市線・京王線が工事中で、周辺の丘(関東ロームと呼ばれる土)をならして宅地にしていた所ですが、この土は柔らかく、怪我の心配が無かったのでかなり思い切ったアクションをやってもらいました。
最後の太刀回りは、獅子丸がライオン丸に変身して、ムササビアンを倒してから爆破・エピローグにつないだのだがーーーこの場所が時代劇にはうってつけの”柿生”で、度々、撮影隊が鉢合わせをして制作が話し合い、上手にやりくりしていました。それでも、この場面のように、広い絵を撮るとなると、人や自転車を止めなければならず、まして最後に爆発があるので撮影時間もかかる。円谷プロのような特撮班は無いから、変身後のアクションも全て同じスタッフで撮る。撮影は大変だったけど、一人の監督で撮りきるので、仕上がってしまえば、その苦労も楽しい思い出になる。こうして、私にとって初めて尽くしの時代劇”快傑ライオン丸”はクランクアップを迎えたのでした。