祝!40周年 ウルトラセブン大賞:トークショウ
朝、7時:我が家を出発、8:30am、成城学園駅に到着。降りてみると、線路は高架になっていて、南口と北口が繋がっている。教えられた通り、北口からタクシーに乗り”東宝ビルド(旧・美セン)”と言うと、すぐに走り出した。消防署、武蔵工業大学を過ぎて、東宝撮影所を左手に見て通過する筈だが、見過ごしてしまった。世田谷通りに出ると、美センに行く道は一方通行で、こちらからは入れない。地元のタクシーだから、細い道を、ぐねぐねと曲がって住宅街を走り抜ける。40年前は、畑ばかりで、モンシロチョウの飛んでいたのが印象的だったのに、今は、畑どころか、空き地すらなく、すっかり大東京のベッドタウンとなっていた。
美センの門前で降りて、門を過ぎると、昔は無かった守衛所がある。名前を書こうとしたら、”セブンの方ですね。どうぞ・左手に、控え室があります。”と案内された。久しぶりだから、辺りを見回して見るが、見覚えのあるような、ないような、どうもはっきりしない。とりあえず、教えられた建物に入って行くと、ドアーに森次・満田・安藤様の張り紙がある。中に誰か居るらしく、テレビの音が聞こえてきた。軽くノックして、ドアーを開けると森次氏(ダン)が来ていた。
ダン「アンちゃん。どうしてたのよ?連絡とろうにも、誰も連絡がとれなくてさぁ。それにしても久しぶりだねぇ。」
私 「40年ぶり、だもんね。でも随分、早く来たんだね」
ダン「7時には着いてたよ!ポインター号のミニチュア持ってくるように頼まれて、1メートルもあるからさ、車じゃなきゃ運べないし。一寸、遅く出れば、渋滞だしーーーそれで早く着いちゃったのよ」
そこに満田氏登場。”おはようございます。”
私 「去年は、わざわざ円谷プロまで来て頂き、有難うございました。」
満田「あぁーあの時ね。アンちゃんが来るって言うんで、大岡ちゃんが”ミッチャン来てよ。”って頼まれたのよ。」
私 「そうだったんですか、ーー今、ダンとポインター号の話、してたんだけど、特注で作らせたんですって」
ダン「ポインター号作って、売れば結構売れると思ったんだけど、それが高くてさ。今日持ってきたので50萬だよ。本当は、運転席にダンが座って、車も動くようにしたかったけど、70萬も掛かるんだってーー」
満田「それじゃー、売値がいくらになるの?誰も買わないよねぇ」
ダン「それで、もう止めたわけよ。小さな部品が意外と高いんだよね。」
ひし美ゆり子(アンヌ)このあたりで、仲間入り。
アンヌ「おはよう御座いまぁーす。わぁー、アンちゃんだぁ。」
私 「本当に久しぶりだねぇー。美センの周りもすっかり住宅になって、迷子になりそうだよ。門の位置が違うけど、作戦本部は、右手の奥だったよね。」
満田「そうだよ。綺麗になって、冷暖房がついてるけど、ステージは同じ場所だよ。」
私 「まぁー、当時ステージとは名ばかりで、トタンで囲ってあるだけだったもんね。全部、アフレコだったし。夏のセットは暑かったよ。ーーライテングのせいもあるけど、外が33度もあるのに、セットから出ると、涼しく感じたもんね。手も顔も塩が噴出してざらざらしてた。(笑い)」
満田「いや、冬にさ、セットに入ってみたら雪が積もっていて、中止にしたことがあるんだよ。(笑い)トタンの隙間から、吹き込んだんだよね。」
アンヌ「そんな事あったわね。それに満田さんが監督の時、いつもダンと集合時間の、1時間前にセットに入って、リハーサルさせられたわ。でも、そうして貰ったから、なんとかやれたのねぇ。」
ここから、あまり他人に話したことの無いギャラの話になった。
ダン「俺は、当時、給料が1ケ月3萬円でさ。仕事が終われば、アパートに、寝に帰るだけだったなぁー、もっとも遊びに行くったって、お金はないしさ。」
満田「当時なら、そんなもんだろう。俺だって、給料が4萬で監督すると、スタッフとの飲み代として、一作品毎に、1万5千円を足して貰っただけだよ。アンちゃんどうだった。」
私 「多分、1ケ月、7か8萬円、貰ったてたと思うけどーー」
満田「へぇー、結構貰ってたんだ。やっぱ、外部から呼んだスタッフだから、だろうなぁー」
アンヌ「そうそう、ダンも私も結構、隊長(中山昭二)とかフルハシ(石井伊吉)隊員に奢って貰ったんじゃない!」
ダン「えぇー、そうだったかなぁー」
アンヌ「そうよ。それと、ほらアフレコの時、お正月が近くって、ダンの田舎(北海道)からシャケが届いて、私がさばいて、配ったのよ。私は頭を貰ったんだけどね。」
私 「ふーん。そうだったの。覚えてないけど!」
満田「確か、あの時の助監督はアンちゃんじゃなかったよ。山本くん(故人)だった。」
アンヌ「そう、山本くんよ。あの年、私、丁度20歳で、成人式があったんだけど、撮影とぶつかって、振袖が着られなくなってね。その後、一度その振袖を着たんだけど、着せ付けが変で、本当にツイてないのよね、あの着物。それで、娘の成人式に着てもらおうと思ったら’古いから’嫌だって。」
とそこへ、制作部が”リハーサル、お願いしまぁーす。”と呼びに来た。
安藤達己的・後記:このエッセイを書き始めて、最初の写真をUPした時、グラグラッと来て、思わず腰を上げた。部屋を出ようか、パソコンの周辺機器を押さえようかと迷いながら、時計の秒針を見つめる。30秒:結構長い。揺れが収まってきた。テレビをつけると、もう地震速報を流している。またまた、新潟だ!やっと台風が通り過ぎた直後の地震!あ~ぁ、自然災害列島・日本。
コメント
安藤さんという苗字は、“アンちゃん”と呼ばれるのが常ですねぇ(^^)
>山本くん(故人)
ということは、山本正孝さんもお亡くなりになっているんですかぁ・・・
となると、セブンでドラマ部分を語れるのは、満田さん飯島さん、そして安藤監督のみですね。
今後とも、安藤監督のブログで当時の“裏話”を連載頂ければ幸いです。
投稿者: オランダの薔薇 | 2007年07月16日 18:41
40周年おめでとうございま~す!!
ブログいつもワクワクしながら拝見しています。
私も怪獣好きの子供でしたので
感激です。
舞台裏のお話、楽しい~~
ひし実さんお美しい~~
森次さん、変わらな~い
安藤監督、お若い~~
投稿者: ブラボー | 2007年07月18日 07:09
しばらくブログを休んでたもので記事確認が今日になりました。やはり満田さんは「みっちゃん」のあだ名?なんですね。記事読んでると、なんか楽しい同窓会みたいです。お給料の話もすごく新鮮で驚きました。ポインターといえば、かなり前ですがポインターの改造車(見た目は本物にかなり近い!)が走ってたのを偶然見たことがあります。きっとポインターファンの方が作ったんでしょうね。根強い人気車です。
投稿者: gun_gun_G | 2007年07月21日 15:50
やはり放送が見たいですね、私の所では視聴が出来ないので残念です、友人で録画可能な人に連絡が付かないので間に合うかどうか判りません。
投稿者: ざんぶろんぞ | 2007年07月22日 21:32
ウルトラセブン大賞に出席されたのですね。 ギャラのお話なんて…普段聞けないですよね~。 話変わりますが、何かの書籍で安藤監督がセブンについて顔出しで語っているインタビュー記事があったんですが…うちには特撮関連本多くて、判らない次第です。 確か10年くらい前だと思うんですが…
投稿者: 映像秘宝館 | 2007年07月29日 07:30